第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
琴音を力いっぱい抱きしめる杏寿郎に、その店に居合わせた客達は驚き動きを止める中、
「煉獄……貴様は周りの目というものが気にならないのか?」
彼のすぐ後ろに立つ伊黒が、信じられないとでも言う様に顔を顰めて声をかけた。
それに、あはは…と愛想笑いを浮かべた琴音に天元は口角を上げる。
「おいっ、煉獄!嬉しいのは分かるが、おやっさんの迷惑になるからな。そろそろ琴音を離してやれよっ!!」
「むう………」
そう言われた杏寿郎が漸く琴音から離れれば、それを待っていたかのように琴音が静かに口を開いた。
「……あ、あの!私そう言えばこの後予定があって」
「あ?今日は浴びる程酒を飲みたいんじゃなかったか?ああ、琴音の奢りでって言う話だしなっ!」
「えっと、それは……そのっ!」
「いい加減諦めろって!大人なら空気くらい読めるんだろ?」
この状況でも、まだどうにか逃げようとする琴音の姿に、天元がそうやって釘を刺せば、琴音は漸く諦めたようだ。ははは、と乾いた笑いを浮かべた後、がくりと肩を落として見せた。
******
それから天元に連れられて、個室へと移動してきた琴音は、席に着くなり変わらぬ顔ぶれに眉を下げた。
知らない女性も一人いるが、あの時共に戦った悲鳴嶼や、冨岡、伊黒もこの場に同席しており、なんだかあの頃に戻ったような気持ちになる。
そんな琴音は天元と杏寿郎に挟まれるように席についていた。
……だが、あれから杏寿郎は無言を貫き、琴音に至っては一度も彼と目線を合わせようとしなかった。
今だって天元の方に体を傾け、左隣にいる杏寿郎に背を向けるようにして座っている。そしてそれに口を挟まれないように、琴音は皆に向かって口を開いた。
「皆さん、もしかして同じ職場なんですか?」
そんな二人の様子に流石の天元も気づいていたが、敢えて口を挟む事なく当たり障りのない返答をする。
「まあな〜。なんの因果かしらねぇが、気づいたら見知った奴らばかりになってたわ。……で、お前は?今なんの仕事してんの?」
「私は……まぁただの会社員みたいな物ですよ?」
「ふぅ〜ん。会社員ねえ……じゃあ、今日はなんでまた、やけ酒なんかしてたんだ?」
「……大した理由ではないですよ。まぁ社会人にもなると、皆んな小さな悩みくらい抱えるものでしょう?」
そう言って苦笑いを浮かべた琴音に、天元は「へえ」と興味なさげな返事を返し、琴音をじーっと睨みつけた。
この期に及んで、まだ自分の事を口にしない琴音に〝全然諦めてねぇーじゃん〟と呆れたような視線を送る。
そこへ個室の襖越しに「失礼します」と店員の声がかかり、一杯目のアルコールが運ばれてきた。誰の飲み物だ、と天元がそれを皆の目の前に配り始めた頃、襖が再び開かれて
「遅れて悪るかったなァ……あ?」
目つきの悪い男が現れた。
そして真正面にいた琴音と目があった瞬間、彼は動きをピタリと止めた。
だが次の瞬間、
ドンッと天元の肩を押した琴音は、天元が頼んだまだ口をつけていない生ビールを手に取り
「実弥さん!お久しぶりですっ!!これどうぞっ」
とズイッと彼に向かって差し出した。それを驚きながらも手にした実弥に向かって、琴音は急にニコニコと笑いかけ「実弥さんっ、此処にどうぞ!!」と自身の目の前に座るように指示を出す。
実弥が来る事を元々知っていた彼らが座りやすい入り口の席を開けていただけで、琴音が用意した訳でもないし、ビールに関しては天元が頼んだ物なのに……
それはもう嬉しそうにニコニコとし始めた琴音は、全くそんなことを気にしていない。
さながら、大好きな飼い主の登場にブンブンと尻尾を振る小型犬の様である。そんな彼女の姿を見た一行は、それぞれ違った反応を示す。
元々、昔の彼らを直接見たことがある悲鳴嶼は涙を流し、再会した彼らに手を合わせているし、伊黒は呆れた様な視線を送っている。冨岡に関しては、まぁいつも通り変わりはないのだが……
そんな彼らとは違い、初めて二人の絡みを目にした天元と杏寿郎は、あまりの琴音の懐きっぷりに驚き目を見開いた。そして、そんな二人を見た女性は「あらあら〜」と嬉しそうな声をあげている。
そんな彼らを気に留めることもなく、どかっと琴音の前に腰を下ろした実弥は、満面の笑みを浮かべる琴音に向かって再び静かに口を開いた。
「琴音、久しぶりじゃねぇかァ。お前今までどうしてたァ?」
「それが……実弥さん、聞いてくださいよっ!実は私、桜並木学園で教師をしていまして……」
〝教師〟というフレーズにその場の者がピクリと動きを見せる中、琴音は言葉を続けていく。
「……って言う理由でクビになったんです!セクハラ野郎を成敗しただけなのに、酷くないですか?」
あれだけ天元が聞き出そうとしても渋っていた癖に、それはもうペラペラと自身の身に降りかかった災難を話し始めた琴音に、実弥は眉間に皺を寄せた。
「あァ?じゃあ、お前……今無職かァ?」
「ふふっ、それが凄いんですよ!?さっきの話は今日の朝の出来事だったんですが、私の恩師に相談したら、なんとゴールデンウィーク明けから働ける学校を見つけてくれたんです!!」
「……へ〜〜、そんな奇跡みたいな事ァ、本当にあるんだなァ?」
「はい。
そう言ってニコニコと笑みを浮かべた琴音に実弥だけじゃなく、その場にいた者は琴音の顔を見て動きを止めた。
そして、
〝なんでこんなにも、顔見知りばかり増えていくんだか……〟
皆一様に、同じ台詞を頭の中で思い浮かべた。