第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
酒を浴びる程飲みたいと言っていた癖に、ジョッキをチビチビと傾ける琴音を横目に、天元は水を飲むかの如く豪快にビールを喉へと流し込んだ。
「それにしても、お前今まで何してやがった?どこ探しても見つかりやしなかったが……」
「何って……普通ですよ。昔と同じ両親の元に生まれて、学校を出て…、今やストレス社会を生き抜く立派な大人なんですから!」
そう言ってへにゃりと笑った琴音をまじまじと眺めた天元は、確かにあの頃のような少女ではないな、と口元に弧を描く。
昔の彼女は19歳という若さで命を落とした。華やかに着飾る事もせず、ただひたすらに戦いに身を投じていた彼女に、少なからず心を痛めていた自分がいたが……
ふと隣を見れば、ふわふと緩く巻かれた髪に、適度に施されたメイクがあの頃の彼女より大人の女性になった事を証明していた。
それに気を良くした天元は、琴音を揶揄うように口を開く。
「ふぅん……立派な大人、ねえ?確かにあの頃より老け込んだか?お前今いくつだ?」
「老け込んだぁっ!?……天元さん、デリカシーって言葉をご存知ですか?私、まだ23歳ですよ?そんなに言われるほど老けて見えますか!?」
失礼しちゃう、と可愛らしく頬を膨らませた琴音に、天元が「冗談だ」と笑いながら頭を小突けば、琴音もそれを知っていたかのようにケラケラと楽しそうに笑ってみせた。
「まあ、なにわともあれ、琴音が元気そうで安心したわっ!アイツらもお前に会いたがってたしな!!」
「……アイツら?もしかして他にも記憶がある人がいるんですか?」
「まあなっ!とりあえず柱には全員会ったが、皆覚えてたぜ?」
「……そうですか。皆さん元気にしてますか?」
「アイツらだぜ?元気に決まってんだろ?」
「ふふ、それもそうですね」
あの頃共に戦った彼らを思い出し、琴音はクスクスと笑みを浮かべた。時を超えても尚、彼らの絆が切れる事がなかったことを嬉しく思ってしまう。そんな事を考えながらビールを再び流し込めば、天元が「琴音の事を知ったら、アイツらも飛んで驚くだろうな!」と笑って言うものだから、琴音は思わず眉を下げる。
「私、皆さんに会うつもりはありませんよ?」
「……は?」
それまでゲラゲラと笑っていた天元は、琴音の一言に驚いたのだろう。眉間に皺を寄せ、険しい顔で彼女を見つめた。それに自傷気味な笑みを浮かべた琴音は、天元から手元へと視線を移し、グラスについた水滴を眺める。それが側面を滑り落ち、ぽたっと自身のスカートに落ちるのを眺めながら、琴音は徐に口を開く。
「もうあの頃とは違うんです。皆それぞれの人生があるように、私にもあの頃と違った人生がある……だから、今更皆に会うつもりはないんですよ?」
「……それは、煉獄にもか?」
そう言われて、脳裏に蘇る愛しい彼に、琴音はそっと目を伏せた。
「はい。杏寿郎さんにもですよ」
それに何かもの言いたげな視線を寄越した天元は、次の瞬間はっと顔を上げた。
「お前っ、まさかっ!もう既に既婚者とかって言うオチか?」
「ふふっ、違いますよ?今はお付き合いしている人もいませんし……ただ今世では何故かモテ期が到来したようで、そのうちいい人に出会えるかもしれませんね〜」
そう言って再びビールに口をつけた琴音に、それはそうだろうな、と天元は呆れたような視線を送る。
あの頃だって琴音を慕う者はとても多かった。
ただでさえ整った顔立ちに頬を染める者も多かったが、彼女は年や性別に関係なく、どんな者にも優しく手を差し伸べる事ができる。そんな思いやり溢れる隊士だった。
気づけばいつも皆に囲まれていたし、コロコロと鈴が鳴るように可愛らしく笑みを浮かべれば、そりゃあ惚れてしまう者だっているだろうと思う。
だが当時の彼女には、胡蝶や煉獄、不死川と言った、言わば番犬とも言えるような存在がいた。
軽々しく思いを口にすれば、胡蝶からは背筋が凍るような笑みを向けられ、煉獄からは嫉妬に満ちた稽古をつけられる。不死川に至っては特段何かをした訳ではないが、ギロリと睨みつけられれば二人の中に割って入る者などいなかった。
そう、皆んな彼女の知らないところで玉砕されていただけなのだ。
そんな事とは露知らず、呑気に酒を飲む琴音の姿に、天元は悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃあどうだ?今世では今度こそ俺の嫁になるか?」
その一言にキョトンと彼を見上げた琴音は、ぷっと小さく吹き出した。そしてクスクスと、楽しそうに笑った琴音は「成る程!それもいいかもしれませんね?」と口にする。
可愛らしく小首を傾げた琴音の姿に〝あの頃は真っ赤になって否定ばかりしてた癖に、えらい小悪魔になったもんだ〟と天元は無意識に口元を上げた。
そんな彼らの背後、店の入り口がゆっくりと開く。
視界の端に見知った顔ぶれを確認した天元は、ニカッと豪快に笑って見せる。
「まあ、俺からお前の事をアイツらに言う事はしないでおいてやるが……せいぜい自分の運命を恨むんだな」
運命?と琴音が首を傾げた瞬間、彼女は後ろから突然抱きしめられた。
昔のように気配が分かる訳もなく、琴音は突然の事に驚いたのだが、振り返らずともそれが誰なのか分かってしまう。
この逞しい腕も、人より少し高い体温も、お日様のような優しい匂いも……あの頃と変わらぬ恋い焦がれた彼に抱きしめられ、動きを止めた琴音を前に、天元はニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「悪いな琴音、今日はここで飲み会の予定だったんだわ!」
その一言に、ギギギと機械音でも鳴りそうな程不自然に、琴音は首だけそちらに向ける。
「あはは、は、は……皆さん、お久しぶりです……」
琴音の口から出たその声は、余りにも頼りないものだった。