第五章
夢小説設定
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ゴールデンウィーク前日の金曜日。
時計の針はもう少しで19時を指そうとしていた。
明日からの大型連休を控え、居酒屋の店内はワイワイと活気を増す中、カウンターで黙々とビールを飲み干す琴音の姿に、にやにやと笑みを浮かべた男二人が近づいた。
「お姉さん可愛いね!一人……かな?良かったら俺たちと一緒に飲もうよ?」
その下心みえみえのお誘いに、琴音はほんのり色づいた頬を可愛らしく膨らませた。
「結構です!」
セクハラ男のボンボン太郎といい……
女と見れば声をかけてきて!!と半ば八つ当たりに近い怒りを感じながら、彼らを見上げれば
「遠慮しなくていいよ!!ほら、一人より大勢で飲んだ方が楽しいしっ」
全く遠慮のない男達は琴音の手を取り、自分たちの席へと強引に連れて行く作戦に出たのだ。
それには流石の琴音も声を荒げ「ちょ、ちょっと!!」となんとかその場に踏み止まる。
その状況に気づいた店主の男性が止めに入ろうとした瞬間、琴音の背後から第三者の声が割って入る。
「聞いた事がある声だと思えば……お前、派手にからまれてんじゃねぇか!」
その場の者が驚き振り返れば、そこには2メートル近い長身の男が立っていた。
ラフなパーカー姿の男は、とても整った顔をしていた……まぁ、所謂イケメンという奴だ。ただ、目の周りに赤いペイントを施し、ごちゃごちゃとした装飾を着けているあたり、随分と派手好きなようだ。
そんな彼が片手を上げて、琴音に向かって口を開く。
「よおっ!覚えてるか?」
「……なんで此処に、祭りの神様がいるんですか?」
「くくっ、やっぱりお前も覚えてんだなっ!……それにしても、琴音は相変わらず派手な見た目してんのな!!」
そう言ってゲラゲラ笑う男に、琴音は〝どっちが派手よ…〟と呆れたように彼を見つめた。
店主の男性は、どうやら彼と顔見知りだったようで「兄ちゃんの知り合いなら安心だ」と、そそくさと厨房の方へ去って行く。琴音の腕を掴んでいた男達も、長身のイケメンにギロリと睨まれ、慌てて自分達の席へと戻って行った。
それを呆然と見送った琴音は、再び彼へと視線を戻し、改めて口を開いた。
「お久しぶりです、天元さん」
それに笑みを深くした男は、琴音の頭に手を置いて「おう!」と嬉しそうに返事した。
******
琴音には他の人達と違い、生まれる前の記憶がある。よく言う〝前世〟と言うやつだ。
彼女がこの時代に生を受けて早23年。
あの頃を思えば随分と平和な世の中になったものだな……と、少し年寄りじみた考えを持ってしまう訳だが、琴音は元々生まれた頃から前世の記憶を持っていたわけではない。
あれは高校3年の冬。
センター試験を目前に控えた大事な時期に高熱を出し、一週間程寝込んだことがあった。
両親は街のクリニックを経営しており、忙しい中、交代で琴音の看病をしてくれた。その時期特有のウイルスにかかった訳ではなく、原因不明の高熱にうなされ続けた彼女は、両親に多大なる心配をかけたのだが……
意識が朦朧とする中、琴音は長い長い夢を見ていた。それは、今までに見たこともない夢なのに、何故か自分はそれを知っている。そんな不思議な感覚の夢。
その夢の中で琴音は人を食べる〝鬼〟と戦っていた。両親や弟を失った彼女は、その悲しみを繰り返さぬ為に何度も何度も刀を振るっていた。仲間と共に立ち向かい、いつも隣には自分を支えるように彼がいた。
炎色の髪を持ち、琴音を優しくいつも照らしてくれたお日様のような彼。想いが通じ合い、未来の約束もした。夢の中で、永遠に続いて欲しいと願ってしまう程に、彼からは沢山の愛情を貰い、琴音もまた彼を心から愛していた……そんな幸せな日々。
だが、それは唐突に終わりを迎えた。大好きな彼にお別れを言う事なく、彼女はその生涯に幕を下ろしたのだ。
ぼろぼろになりながらも、最後まで生きることを諦めなかった彼女だが、結局そのまま命を燃やし尽くしてしまった。それ程までに壮絶な戦いだった。必ず彼の元へ帰ると約束したのに叶わなかった……
そんな夢を見終わった時、パタっと高熱は下がり、全ての記憶が琴音に蘇ったのだ。
最後の戦いで鬼舞辻無惨を倒すことなく亡くなってしまった彼女は、その後の事は勿論知らない……だが平和な世界となったこの時代に〝ああ、戦いはあの時終わったんだな〟と理解して、涙が止まらなかったものだ。
そして記憶を取り戻してから気づいた事は、あの時失った両親の元に、また自分は生を受けたと言う事。弟も平和な世界で生まれ育ち「俺、父さんみたいな医者になりたい」と、あの当時、口にしなかった夢を語っている。
〝自分は何て幸せ者なんだ……〟
心の底から、そう思ったものだ。
だが、家族には記憶が残っている様子はなかった。勿論確認した訳ではないし、鬼に殺された記憶など思い出させたくもない。
だから、自分だけが前世の記憶を保有しているものだと思っていたのだが……
******
琴音は隣に座った天元を見上げ、相変わらずド派手な彼の姿にクスリと小さく笑みを漏らす。
「天元さん!今日は私、浴びるほどにお酒を飲みたい気分なんですっ!天元さんの分も奢りますから一緒に飲みませんか?」
そう言って生ビールを手にした琴音の姿に、天元は少し驚いたような表情を浮かべ、再びゲラゲラと笑い出す。
「いいねぇ〜、浴びるほど飲めっ、飲めっ!今日は今世で俺に初めて会った祝いだからなっ!派手に行こうぜっ!!」
いつの間にやらビールグラスを手にした天元に、琴音もクスクスと笑みを浮かべ
「「乾杯〜〜!」」
二人はグラスをぶつけ合うのであった。