第五章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おじさん。生ビールおかわりっ!」
頬を染めてへらっと笑った女に、店主の男は渋い顔を浮かべる。
「姉ちゃん、大丈夫かい?ちょっと飲み過ぎじゃないかい?」
「むー。大丈夫よ、これくらいっ!私、お酒に強いので!!」
そう言って、ふふっと頬を緩めた女に「だといいんだが……」と男は困ったようにため息を吐いた。
誰がどう見ても完全なる酔っ払いの女……
春野 琴音は一人、居酒屋のカウンターでグラスを傾け、やけ酒をしていた。
******
時は令和ーー。
ストレス社会にもみくしゃにされながら、大人達は皆せっせと働く時代。
春野 琴音も例外なく、そんな社会の荒波に揉まれる日々を送っていた。
だが、今日は4月の最終日。
世の中の大半の人間は〝ゴールデンウィーク〟の始まりに浮かれる日……であるのに、琴音はやけ酒をしないとやっていられない程にイライラしていた。
其れもその筈。
彼女は今日とても理不尽な理由で、仕事をクビになったのだ。
******
彼女はもともと桜並木学園で働く、高校の教師である。
教論をとって一年。
やっと先生の仕事にも慣れて来た琴音だが、彼女を悩ます存在がいた。
「おはよう〜琴音ちゃん、今日ご飯どうかな?」
「おはようございます、荒垣先生。今日は、ちょっと予定がありまして……すみません」
それが此奴。荒垣先生改め、影の呼び名は〝ボンボン太郎〟である。
ボンボン太郎はこの学園の理事長の息子である。その為、何かと態度が大きく、周りの先生方も迷惑をしているものの、誰もが其れに口出しできない環境だった。
それは琴音だって例外ではなく、何故か彼に気に入られてしまった琴音は、数多くの迷惑……まぁ、俗に言う〝セクハラ〟と言うものに、耐えながらも、なんとか彼をかわしながら仕事をこなしていた。
「そっか〜其れは残念だな。でも、今日はとっておきの報告があるから楽しみにしてて〜」
そう言って琴音の肩を抱き、耳元に囁いた彼にゾゾゾ……と背中に悪寒を感じたが「あはは、楽しみにしていますね」とさりげなく彼の腕からすり抜けて、職員室まで駆け込んだ。
暫くすれば先生方も揃いだし、毎日行われる朝礼の時間となった。明日からゴールデンウィークと言う事もあり簡単に終わるはずだったそれに、ボンボン太郎が手を挙げ口を開いた。
「今日は皆に報告があるんですよ〜!琴音先生、ちょっと此方へ」
突然名前を呼ばれた琴音は首を傾げたが、言われた通りに彼の隣へと歩みを進めた。隣に立ち、改めて皆の方へ振り返った琴音は〝一体なんの報告だろう〟と隣をチラリと盗み見れば、彼は平然と琴音の腰を抱き寄せて皆に向かってこう口にしたのだ。
「琴音先生と、結婚を前提にお付き合いする事になった!皆、祝福してくれっ!」
「はぁっ!?なんの話ですかっ!?」
思わず歳上の彼に失礼な態度を取ってしまうのは致し方ない。彼には何かと言い寄られ、まぁ告白じみたものをされた事もあったが………
そもそもそんな話を受けた事もないし、彼とは20歳近く年が離れているのだ。
何故そんな彼とそんな話になるのか、と琴音が額に皺を寄せた時、事もあろうか腰をすりすりと撫で上げられて
琴音はプツン、と頭に血が上った。
振り返り様に腰に回された腕を取り、それを肩に担ぐ。再び体を反転させながら、勢いをつけてセクハラ野郎を投げ飛ばす。
ズダァァーンッ、
とても痛そうな音が響き渡り、職員室で琴音は、なんとも見事な背負い投げを披露したのだ。
痛い、痛いと泣き言をいう彼は、琴音をキッと睨みつけると
「暴力教師だ!そんな奴はクビだ!!」
と言い放ったのだ。それにふん、と鼻を鳴らした琴音は自身のデスクへと歩みを進め、引き出しをガサゴソと漁り出し、一通の封筒を手に取った。その際カバンも引っ掴み、再び彼の前までやってきた琴音は、その封筒を投げつけた。
「セクハラに耐えられないので、辞めさせていただきます!!」
そう一言残し、ズカズカと職員室を後にした。
残された先生方は皆フリーズ状態で、床に落ちている〝退職届〟と書かれた封筒を見つめるのだった。