第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
無惨の衝撃波を喰らった琴音は、地に体を伏したまま、動く事が出来ない状態だった。
体は痙攣が止まらず、呼吸をする事も儘ならない。思考をすることすら難しい程、体中が悲鳴を上げていた。
〝無惨…が……、このまま、じゃ…っ逃げ、…る〟
視界の端で、此方に背を向け歩き出す無惨に、なんとか腕を伸ばした琴音だが、その腕が奴に届くことは決してない。動かぬ体に、悔し涙が溢れ、彼女の視界が歪んでいく。
〝駄…目、……動、けっ……動けっ、……お願いっ、動いてよ……〟
だが、いくら己を鼓舞しても、琴音の体には全く力が入らない。琴音はその事実に絶望し、唯一動いた右腕で、遠ざかる無惨の姿に呆然と腕を伸ばした……
その横を、彼女もよく知る猪の頭を被った背中が通り過ぎる。そしてそれに少し遅れて、金髪のあんなに怖がりだった少年の背中も続いて行く。
〝嫌だっ、……失い、たくない……〟
琴音が未だ動けぬ内に、近くに倒れていた炭治郎や伊黒も立ち上がり、無惨に向かって走っていく。そしてそのすぐ後に、満身創痍の柱達も続いて行く。
〝お願い、動けっ!動けっ!!動けぇぇぇ!!!〟
涙でぐしゃぐしゃになりながら、ぐっと拳を握りしめたその時……
琴音の脳裏に、杏寿郎の声が蘇る。
『心を燃やせ』と……
そして、無限列車の……彼を失うかもしれないと思った、あの時の背中を思い出す。
あれ程の重症を負いながらも、一切気後れしていなかった……心に強く暖かい炎を燃やし続けた、頼もしい彼の姿。
あの背中にどれ程憧れて、どれ程勇気を貰ってきたか。
……琴音は、静かに目を閉じた。
深く、深く、呼吸を繰り返す。
〝心を燃やせ……〟
どくん、どくんと大きく刻みだした心音。痙攣を起こし、震えていた手足に感覚が甦っていく。
〝限界を超えろ………〟
顔を上げ、近くに転がっていた炎型の鍔の刀に手を伸ばす。ぐっと其れを手にすれば、一緒に戦っていてくれる様な……彼が自分に力を貸してくれている様な気がした。
『俺は俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!』
あの時の彼の台詞が、琴音の背中を後押しする。
〝ありがとう、杏寿郎さん………〟
そして、琴音はゆっくりとした動作で目を開けた。
呼吸を深く、深く、溜め込んで……最大限に肺へ酸素を送り込む。
血の巡り、心拍数を最大限に刻んでいく……
呼吸を使って、体の力を限界まで全て解放した彼女は、ぐっと体に力を入れた。
******
皆が皆、満身創痍。
「百万回死んで償え!!」ぼろぼろになりながらも、死んだ仲間の為に何回も立ち上がった伊之助も……
片足を潰されて普段の威力が出ない中、爺ちゃんを思い浮かべて何度も斬りかかる善逸も……
血反吐を吐きながらも、無惨を何度も追い詰めて、遂に体を捉えた炭治郎も……
炭治郎を庇う様に、無惨に噛みつかれた伊黒も、
無惨の体から伸びる触手と素手で対峙した蜜璃も、
弟を失っても尚、立ち上がり刀を握る実弥も、
片足を失って尚も立ち上がった悲鳴嶼も、
片腕を失いながらも再び刀を振るう冨岡も。
………いや、この場に居合わせた鬼殺隊の仲間達全てが、もう当に限界を超えていた。
そんな中、朝日が登り始めた事により、無惨はなりふり構わぬ攻撃に出る。
再びその場の者達に衝撃波を喰らわしたのだ。
一般隊士は勿論、柱達も吹っ飛ばされる。未だ無惨を壁に縫いつけたままの炭治郎が、倒れる事はなかったが、その衝撃で片腕を失ってしまうほどの威力。
そんな中、無惨は再び背中から管と触手を無数に生やした。
今度こそ、倒れた者達の息の根を止めようと、あの柱達を一瞬で吹き飛ばした攻撃を繰り出したのだ。
この状況で、そんな大技を繰り出されればひとたまりも無い……
その場の誰もが、そう身構えた瞬間だった。
「炎の呼吸 拾ノ型 蛍火」
凛とした琴音の声が響き、無数の細かい斬撃が彼らを守る様に繰り出された。
それは、柱ですらも目で追うのがやっとな程な速さで放たれた無数の斬撃……
そう。琴音は杏寿郎との鍛錬の中、ギリギリで自分だけの大技を生み出していた。
蛍を思わせる様な、ほわっとした火の粉が彼らを守る様に包み込み、まさに仲間を守る事に最後までこだわった琴音らしい技だった。
そして、その一撃は確実に無惨の体にも損傷を与えた。奴から伸びた管も触手も、彼女の炎の刃が全て焼き払ったのだ。しかし……
「まずい、……不死川っ!!」
悲鳴嶼の慌てた声が響いた瞬間、呼ばれた実弥はハッとして、琴音の元まで飛躍した。
琴音は大技を放った反動で、無惨のすぐ目の前で両膝を着いて蹲っていたのだ。
其れを見逃してくれる相手でもない。すぐさま彼女に攻撃を仕掛けるが、なんとか悲鳴嶼と冨岡がそれに割って入る。
その隙に実弥は琴音を抱え上げ、物陰に身を隠したが……
そこで琴音の姿を確認し、目を見開いた。
そこに数名の隠が駆けつければ、実弥は悲しげに目を伏せ口を開く。
「此奴は煉獄の元に連れ帰る……よく戦った、休ませてやって欲しい」
そう言ってもう一度視線を琴音に向けた実弥は、再び無惨に向かって駆け出した。
******
「琴音死亡……残る柱と隊士、いや隠も全ての力を総動員して無惨を決して逃すな!!」
産屋敷邸で輝利哉の護衛をしていた杏寿郎は、呆然とその言葉を受け入れた。
琴音が死んだ?あの琴音が……?
「いってきます」
ニコニコと笑って、数時間前に出掛けて行った彼女の笑顔を思い出し、杏寿郎は静かに目を伏せた。
それから暫くして、護衛をしていた三人に無惨討伐の知らせが届く。だがそれと同時に、殆どの柱を含む隊士が亡くなった事も伝えられた。
単純に喜ぶだけではいられない。そんな重苦しい空気の中、愼寿郎が口を開いた。
「杏寿郎、ここは私が付いている。あの娘を……、琴音を迎えに行って来てくれないか?」
その言葉に、杏寿郎がぐっと拳を握りしめれば、隣にいた天元からも声がかかる。
「煉獄、琴音を頼む」
「父上、宇髄………すまない、お館様を頼んだぞ」
そう言って屋敷を後にした杏寿郎は、全速力で駆け出した。
市街地に着けば至る所が大破しており、戦いの大きさを物語っていた。中心に向かい暫く行けば、杏寿郎の姿に気づいた隠が近寄って来る。
「煉獄様……」
「忙しい所すまない。琴音が何処か知っているか?」
悲しみに顔を歪めた隠に対し、恐ろしいほど冷静な自分がいた。そんな杏寿郎に対し「………ご案内致します」と口にした隠に着いていけば、何人もの隊士が並べられている中に、彼女も仰向けに寝かされていた。
「琴音さんは最後まで皆を守る為に戦っていらっしゃいました……最後の瞬間っ、体の限界を…超えた、の…でしょうっ、…皆を庇うよぅ……に、大技を…放って、…… 琴音さ、んの…心臓はっ、……内側から、破裂してっ……」
必死に琴音の最後を伝えてくれる隠の言葉を聞きながら、琴音の姿に目をやれば、怪我をしていない所はないんじゃないかと思うほど、全身ぼろぼろだった。
彼女の横に置かれた刀は、あれ程「畏れ多くて使えません」と言っていた炎の鍔が付いた刀が置かれていて、刀が折れても尚、琴音が立ち上がったと証明していた。
そっと彼女の横に膝をつき、その頬に触れれば、まだ温かくて本当にもう目覚めないのかと疑ってしまう。
「琴音……」
そう名前を口にしても、それに返事は返ってこない。彼女の死を頭では理解しようとしているが、心がそれを拒絶する。
そうやって呆然と琴音を見つめていれば、ふわりと優しい風が吹いた。
『杏寿郎さん、ありがとう……一人にしてごめんなさい』
その瞬間、琴音の声が聞こえたような気がして、驚いて彼女を見つめるがその目が開く事はない……その事実を漸く理解した杏寿郎は、琴音を力強く抱きしめた。
「琴音……、琴音っ……、っ!」
杏寿郎の瞳から涙が溢れ出し、彼女との思い出が溢れ出す。
「よく戦かった……っ、頑張ったなっ、……」
そう言って呟いた杏寿郎の心には、
「師範、ありがとうございます!」
遠い日の琴音が笑っていた。