第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
木刀が激しくぶつかり合う音が響く。
ここは煉獄家の一角にある道場である。
そこで琴音に打ち込み稽古をつけてやっていた杏寿郎の背中に声がかかった。
「杏寿郎、……少しいいか?」
その声に杏寿郎が振り向けば、珍しく真剣な目をした父の姿がそこにあった。彼は腕を組む様にして杏寿郎を一瞥した後、背を向けて自室の方向へと歩き出す。まるで〝早くしろ〟とでも言っている様な、そんな父の背中を見送った杏寿郎は、琴音に向かって眉を下げる。
「琴音すまない、一度席を外す」
「ふふ、大丈夫ですよ?いってらしてください」
クスクスと可愛らしく笑った琴音に送り出され、杏寿郎は父の部屋へと急ぐのだった。
******
「え?杏寿郎さん、行けなくなったんですか?」
「……すまない。父上から〝今日は出掛けるな〟と先程言われてしまってな………甘露寺によろしく伝えてほしい」
「愼寿郎様が……では仕方ないですね。分かりました、蜜璃ちゃんにはまたの機会にと伝えておきます」
そう言って微笑んだ琴音に、杏寿郎は申し訳なさそうに眉を下げた。
先程杏寿郎が父の部屋を訪ねると、有無を言わせぬ物言いで「今日は共に行かねばならん所がある。それまで家から出るな」と言われたのだ。
杏寿郎が何故なのか、何処へ行くのかと、何度父に問いかけても「時がくれば分かる」の一点張り……
そんなことがあった為、このあと柱同士の稽古に同行する予定だった杏寿郎は、それを取りやめるしかなくなった訳である。
「すまないな、琴音」
「大丈夫ですって!また
琴音が口にした通り、最近は隊士達への稽古を終えた柱も増えてきた為、柱同士の稽古は毎日行える様になっていた。
彼らと任務をこなした事がない琴音にとって、この柱稽古程驚きがあった稽古はないだろう……それ程までに琴音にとって充実したものとなっていた。
そもそも天元と伊之助、しのぶを除き、基本の呼吸しか見た事がない琴音にとって、彼らの剣捌きには目を見張るものがあった。
同じ竹刀を使っている筈なのに、曲がって見えたり、伸びて見えたり。はたまた消えて見えたりと、独自の呼吸を極めた者達の剣術は琴音の予想を遥かに超えたものだった。
勿論、実弥を始めとする基本の呼吸を極めた彼らもまた、洗練された技を使いこなす。普段他の隊士が使う
そして、そんな者達と毎日手合わせをしている琴音もまた、着実に力をつけてきていた。速さは勿論、判断能力や、柔軟性など短期間で磨きがかかり、呼吸の使い方も前にも増して上手くなってきた様に思う。
そんな琴音の今日の稽古は、杏寿郎の弟子でもあった蜜璃とのものだったのだ。それを聞いた杏寿郎が「久しぶりに甘露寺にも会いに行くか」と口にした為、そのような流れになったのである。
余程楽しみだったのか、残念そうに眉を下げる杏寿郎に、琴音は思わず苦笑いを漏らす。少し拗ねている様にも見える杏寿郎に、また次回の手合わせの時に声をかけるから、と何とか彼を励ましてやる。
「むう。……そうだな、甘露寺の元にはまた別の機会に訪ねるとしよう!」
「はい。では私は蜜璃ちゃんの屋敷に行ってきますね!」
「うむ。気をつけてな!!」
「ふふっ、分かってます。」
恋柱邸まで行くだけなのに、いつものように〝気をつけて〟と心配してくれる杏寿郎の姿に、琴音はクスクスと笑みを漏らす。
それに杏寿郎も笑みを返せば、それを合図に琴音は玄関へとくるりと向きを変える。
「琴音……」
そこへ背後から、彼女に向かって声がかかった。
それは普段滅多に見送りなどに顔を見せない愼寿郎の声で、琴音は振り向き様にキョトンと首を傾げてみせた。
「愼寿郎様、どうしたんです?」
そう言って、不思議そうに琴音が彼を見つめれば、ゆっくりと琴音の頭に手が伸びる。優しく数回行き来したそれに、琴音は好奇な眼差しを向けた。
「くれぐれも、気をつけて行ってきなさい……」
「もう、愼寿郎様まで!子供じゃないんですから」
そう言って笑った琴音に、愼寿郎は眉を下げ優しく笑いかける。
「………琴音の帰りを待っているからな」
「ふふ、本当にどうかしたんですか?……では、心配性の愼寿郎様と杏寿郎さんの為に、稽古が終わったら真っ直ぐ帰ってきますね?」
琴音は、二人に向かってふわりと笑い
「いってきます!!」
元気よく、煉獄家を出発した。
******
その姿を見送った杏寿郎に愼寿郎から声がかかる。
「杏寿郎、私達も出かけるぞ。支度をしなさい」
「……父上、一体どこへ?」
尋ねらた愼寿郎は一瞬躊躇うような仕草を見せた後、息子の目を見て口を開く。
「鬼殺隊次期当主の
「護衛?……何かあるのですか?」
「お館様が罠を仕掛けたのだ。お館様の読み通りなら、今夜、鬼舞辻は現れる。………自身を囮とし、長きに渡る戦いに今宵、決着をつけるおつもりだ」
「なっ!?」
愼寿郎の言葉に目を見開いた杏寿郎は、先程の琴音の姿を思い浮かべる。まさかそんな事が起きるとは気づいていない琴音の様子を思いだし杏寿郎は声を荒げた。
「そのことを琴音はっ!?……いや、隊士達は聞いているのですか!?」
「……それを知っているのは、ごく僅かだ。それに、これはお館様の御判断だ」
「……っ、ですが父上っ!?」
「……杏寿郎、見誤るな。この戦い、私達には彼らを信じる以外出来る事は無いだろう。それより今我らに出来るのは、何か考えろ。……煉獄家として鬼殺隊に出来る事をするべきだろう」
最愛の者が何も知らされず、これから大きな戦いに向かうのだ。誰だって狼狽えるに決まっている。そんな息子の気持ちを理解しながらも、愼寿郎は静かに杏寿郎に問いかける。
「あの娘なら…… 琴音なら必ずやり遂げる。信じよう」
厳しくも正しい父の言葉に杏寿郎は、ぐっと押し黙る。不安なのか、怒りなのか……、よく分からない感情が押し寄せ、震える拳を思わず握りしめる。
今出来ること、か……。
杏寿郎は静かに目を伏せ、琴音に簪を渡した夜を思い出す。〝鬼を倒したその先も、残された時間を共に生きたい〟そう言って泣いていた琴音に、誓った言葉に嘘はない。あの時、彼女を信じると決めたはずだったではないか……。
「父上、……すぐに準備してきます」
そう口にした杏寿郎の瞳には、先程までの迷いはもう感じられなかった。
燃える様な闘志を思わせる