第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「実弥さん、弟って手がかかるものですよね……」
彼女の口からぽつりと溢れた言葉に、実弥は静かに琴音へと視線を移した。
その横顔は憂いを帯びていて、普段の明るい彼女の印象とは随分かけ離れていた。それに少し驚いた実弥は動きを止めるが、そんな彼を気にする事なく、琴音は続けて口を開いた。
「実弥さんが何に対して怒っているのかは知りません。でも先日私の稽古に訪れた彼はこう言ったんです。〝俺呼吸は使えないんですが、それでも柱になって兄ちゃんに認めて貰いたいんです〟って」
「…………」
「びっくりしちゃいましたよ。呼吸が使えないのに鬼殺隊なんて……でも彼は私が出した難題も必死にこなして、しっかり合格を出して送り出したんです。きっとここまで来るのも大変だった筈ですよ?……それでも玄弥君は必死に辿り着いた。余程実弥さんに会いたかったんですね」
「………知らねーよ、あんな奴。大体呼吸もまともに使えねェような屑は、この先の戦いで足手まといになる。アイツには隊士なんか出来ねェ」
実弥が吐き捨てるように口にした言葉に、琴音は空へと視線を移した。何かを懐かしむように目を細めた琴音は、小さく笑みを浮かべて目を伏せた。
「実弥さんにはお話しましたよね?私には弟がいて、優斗って言うんです」
「あ?……何の話だァ?」
いきなり弟の話をし始めた琴音に、実弥は思わず顔を顰める。だがそんな彼の言葉を無視して、琴音は言葉を続けていく。
「優斗も私の後を追って、鬼殺隊に入りたいって。私が鬼殺隊に入ったのは弟を守る為だったのに……本当、困っちゃいますよね?」
「…………」
「ずっと反対し続けたんです。優斗が鬼殺隊に入っても」
「なっ、入ったのかァ……!?」
「勿論これっぽちも認めませんでしたけどね?」
そう言ってやっと実弥に視線を移した琴音は、彼の目を見て悲しそうに微笑んだ。
「……死んだんです。鬼殺隊に入って僅か三か月程で」
「っ、……」
目を見開く実弥に対し、琴音は彼の目をじっと見つめて、自身の想いを伝えていく。
「だから、私には実弥さんの気持ちが分かるんです……突き放してでも、弟さんに生きていて欲しいんでしょう?嫌われてもいいから守りたいんでしょう?」
「……………」
「でもね、人は誰しもいつ死ぬか分からないんですよ?命は簡単に手から零れ落ちるって、知っていた筈なのに…………
私、弟が死んだって鴉から聞いた時思ったんです。〝あ〜、やっぱり何が何でも優斗を鬼殺隊から辞めさせるべきだった〟って。」
「………ああァ」
「でも、同時に〝優斗の気持ちを少しでも理解して、認めてあげていたら……〟って後悔もしました。………死に目にも会えず『鬼殺隊に入るなんて絶対に認めない』って怒鳴ったのが最後の会話だなんて……あまりにも酷い姉ではないかって。」
「琴音、お前………」
「ふふっ、……私はもう大丈夫ですよ?杏寿郎さんが暗闇から助け出してくれたから………、私は私なりに弟とお別れできました……」
「………そうかァ、」
「だからね、実弥さん。これは経験者からの戯言ですけど……私達には常に死がつきまとう。そんな過酷な戦いに身を置いているんです。
だからと言って、玄弥君にどうこうしろっていう訳ではないですが……貴方が後悔しない選択をして下さい。実弥さんが落ち込む姿なんて見たくないですから」
そう言ってふわりと微笑んだ琴音は、徐に自身が持ってきた包みを開けた。
「おはぎを作ってきたんです。良かったら食べてください」
そこには三段のお重が入っていて、蓋を開ければ辺りは餡子の甘い香りに包まれた。中から四つ、箸を使いおはぎを取り出した琴音は、蓋に其れを乗せて実弥の横にそっと差し出した。
「私は隊士達にこれを配りながら、応急処置をしてきます。」
そう言って立ち上がった琴音は、お重を片手に歩き出す。呆然とそれを見つめる実弥に、琴音は思い出したかのように振り返る。
「ああ、そうだ。その内の一つは私のおはぎですからね?ちゃんと残しておいて下さい。それと、すぐ戻ってきますから、お茶。お願いしますね?」
悪戯っ子のように、にこにこ笑みを浮かべてそう呟いた琴音は、今度こそ庭に向かって消えて行った。
******
残された実弥は、一人拳を握りしめた。
琴音が弟を亡くしていたなんて全く知らなかった………気づきもしなかった。
〝今回のことがなければ、きっと琴音はそれを口にする事もなかっただろう。俺の為に辛い思いをグッと堪え、辛い話を口にしたんだろうなァ〟
それを理解している実弥は、苦しそうに呟いた。
「分かってらァ、そんな事………っ、」
玄弥の気持ちも、命が簡単に手から溢れ落ちる事も、もしもがあった時に訪れるだろう後悔も。全て理解した上で………
〝それでも俺は、玄弥を認める事は出来ねぇ。アイツを死なせる訳にはいかねぇんだよっ〟
実弥はそう心の中で吐き捨て、ゆっくり空へと視線を移した。
あの日守れなかった自身の弟妹。
救ってやれなかった母の姿を思い出す。
〝玄弥だけは何としても……〟
そんな事を思い、そっと目を伏せるのだった。