第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「うーーーむ。」
何やら遠くを見つめて考え込む兄の姿に、千寿郎は遠慮がちに声をかけた。
「兄上、どうかされたのですか?」
「うむ…… 琴音がな」
「琴音さん?」
杏寿郎が見つめる先を辿れば、その先には隊士に稽古をつける琴音の姿。だが、そんなに考え込むような変化を彼女からは感じ取れない。千寿郎は首を傾げながら、杏寿郎に問いかけた。
「俺には普段通りの琴音さんに見えますが…」
「うむ!そうなのだ!!普段通りだな!!」
「……そ、そうですよね?」
戸惑いを浮かべる千寿郎が口にしたように、琴音は至って普段通りに見える。今だって、怪我のため遅れて稽古に参加し始めた炭治郎に、甲斐甲斐しく鍛錬をつけてやっている。
だが、ふとした時にぼうっと空を見つめてみたり、かと思えば小さくため息を吐いてみたりと……何かに思い悩んでいるような素振りを時折見せる。
数日前、蝶屋敷から帰ってきた時から、どこか様子がおかしかった。あの時は何かあったのか尋ねても
「日の光を克服した禰󠄀豆子ちゃんは、お喋りも出来る様になっていて、とっても可愛かったです」
と本題をはぐらかされてしまったのだが。
〝また一人で悩みを抱え込まなければいいが……〟
そんな事を思いながら、杏寿郎は琴音の背中を見つめていた。
******
あれから、遅れて柱稽古に参加した炭治郎だったが……
持ち前の性格と既に全集中の呼吸を身につけていたと言う事もあり、琴音の稽古を三日で通過して行った。
彼を送り出すのを最後に、琴音が稽古をつける隊士は居なくなった訳だが、だからと言って琴音に暇を持て余す程の余裕はない。
来たる大きな戦いに備え、新しい技を完成させなければならないし、他の柱との稽古もある。まだ自分の所から隊士達を送り出しただけなのだから、
……それから〝痣〟を出せるようになることは、その中でも急務である。
会議で決まったあの時から、一人の時間を見つけては心拍数を上げる鍛錬を繰り返しているのだが、いくら呼吸を使いこなそうと一向にその感覚を掴めてはいない。
そもそも誰しもが痣を出現させられる訳ではないと、あまね様も言っていた。……だが、自分にも痣を出現させられる可能性があるのなら、最後の最後まで諦める事はしたくない。
だけど、それを杏寿郎に伝える決心が、まだ彼女にはついていなかった。
痣を出した時の代償を伝えれば、きっと彼は心を痛めるだろう。だけど、彼はとても優しい人だから、それでもこんな自分に手を差し出してくれるかも知れない……
それを分かっていながら、痣を出したいと思ってしまう自分に心底嫌気がさしてしまう。
それに……
結局は、杏寿郎に拒絶されるのが怖いのだ。
彼を失いたくない。痣を出しても側にいたい。残された時間は彼と一緒に過ごしたい。自分の帰りを待っていて欲しい。
ぐるぐると自分に都合のいい言葉が脳裏を駆け巡り、琴音の心はもうぐちゃぐちゃだった。
******
自己嫌悪に陥る琴音が、空をぼうっと見上げていれば、背後から近づく気配を感じた。
今一番会いたくて……だけど一番会いたくない彼の気配に琴音はゆっくりと振り返る。
「杏寿郎さん……」
「琴音、最近様子がおかしいが……どうかしたのか?」
眉を下げ、心配そうに近寄ってくる杏寿郎に、琴音は思わず目を逸らす。全て彼に打ち明けてしまいたいと、心が叫ぶが平気を装い口を開く。
「……どうもしていませんよ?」
「琴音……」
「杏寿郎さんこそ、どうかされたんですか?」
ふわりと笑った琴音が、なんだか泣いているように見えて、杏寿郎は思わず彼女の腕に手を伸ばす。その手を掴んだ杏寿郎が、そのままくるりと向きを変え、スタスタと歩き出すものだから、困惑した琴音が声を上げる。
「杏寿郎さん!どこに行くんですか!?」
「甘味処だ!!疲れた時は甘いものに尽きるのだろう?」
「ちょっと待って、私疲れてませんから……大丈夫です!!」
そう言って、引かれる手に力を入れた琴音に、杏寿郎は足を止める。
「琴音が何に悩んでいるのか、今は無理には聞かないでおこう。だが俺はいつでも琴音の味方でいる。君の事を一番に想っていることだけは、忘れないで欲しい」
「…………」
「だから、今日は黙ってこのまま甘味を食べに行こう!!琴音は笑った顔が一等可愛らしいからな!!」
「………杏寿郎さん、ありがとう」
前を向いたままの杏寿郎の背中に、琴音がぽつりと呟けば、彼はまたゆっくりと歩き出す。
二人の間にはこれと言った会話もないが、琴音を思う彼の優しさは、その背中から充分伝わってきた。優しく繋がれた手に視線を落とし、彼のために決意する。
〝いつまでも逃げていられないな〟
******
甘味処に着くまで、無言を貫いた琴音だったが、店に着き杏寿郎と向かい合った所で静かに口を開いた。
「杏寿郎さん……今日の夜、少しお時間よろしいですか?」
やっと口を開いたかと思えば、何かを思い詰めた様な表情でそう話し出した琴音の様子に、杏寿郎は優しく笑いかける。
「うむ、了解した!では、今はそんな事忘れて甘味を美味しく頂くとしよう!!」
自分を気遣い、明るく笑いかけてくれる杏寿郎の姿に、琴音は胸が締め付けられる。今夜話をすれば、大好きな彼のこの笑顔を曇らせる事になるかも知れないと、不安が消える事はないのだが、
それでも、ここに来るまでに彼の背中を眺めながら、決心したこの想いを自分なりの言葉で伝えると決めたのだ。
もしもそれで、彼を失っても後悔はしない……と。