番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「応急処置は済ませてあるから、その隊士は蝶屋敷に運んで!!あとはお願いね」
そう言って指示を出す琴音に、話しかけられた隠は恐る恐る口を開く。
「了解しましたが……炎柱様は大丈夫ですか?」
「ああ、うん……大丈夫。怪我は負ってないから」
苦笑いでそう答えた琴音は、自身の身体に目を落とし、大きなため息を漏らした。
それも、その筈……彼女は頭の先から足の先まで、余す事なく全身びしょ濡れになっていたのだ。隠が心配する訳である。
そもそも琴音がこの様な姿になったのは、昨晩の厄介な鬼のせいである。
その鬼は水中に適応している鬼で、突然沼から飛び出してきて、琴音が反応するよりも早く隊士を沼へと引き摺り込んだのだ。それに迷う事なく琴音は水中へと飛び込み、なんとか鬼の首を斬り落とした。共に任務についていた隊士を沼から必死に引き上げて、水を吐き出させたまでは良かったが、溺れて意識を手放した隊士をそのまま置いていく事もできず、結局隠の到着を待つことになったのである。
身体に張り付く衣服は気持ち悪いし、まだ夜も完全に明け切らない時間という事もあり、かなり冷えるのは致し方ない。そんな事を考えながら隠の到着を待ち望んでいた琴音は、その姿を確認するや否や冒頭の台詞を伝え、早速帰路へと着いたのである。
だが、帰路に着く途中琴音は、ふとその足を止めた。
こんなにもびしょ濡れの状態で、家に上がる事はできないだろう。せめて手拭いで軽く水気を拭き取らないと、とは思うがまだこんな時間だ……杏寿郎達はまだ起きてはいないだろう。
そう考えた琴音は、申し訳なく思いつつも藤の花の家に今晩は厄介になる事にして、煉獄家へと向かっていた歩みを変えるのだった。
******
翌日、昼過ぎに煉獄家へと帰宅した琴音の姿に、杏寿郎が慌てて駆け寄ってきた。
「今朝方、鴉から知らせを受けた時は心臓が止まるかと思ったが……怪我は負っていないようだな」
「えっと、はい。怪我はしていませんよ?……ご心配をおかけしました」
琴音の無事を確認して、ほっと肩を撫で下ろした杏寿郎に、苦笑いを浮かべた彼女は口を開く。
「ところで鴉はなんて?」
「うむ。〝琴音が帰宅困難な状況に陥った為、藤の花の家に泊まる〟と言っていたが……昨晩の任務、何かあったのか?」
そう言って心配そうに眉を下げた杏寿郎に、琴音は今度こそため息を漏らした。
〝そんな伝え方をしたら誰でも心配になるだろう〟
自身の鴉に、心の中で文句を唱えながら琴音は「実は…」と口を開いた。彼女が任務の内容を話し出せば、神妙な顔つきで聞き入っていた杏寿郎も、一通り話し終わる頃には安心したように笑っていた。
「くくっ!それは、えらく災難だったな!!」
「……杏寿郎さん、笑いごとじゃないですよ。藤の花の家に着いた時なんて、出迎えてくれた女性に軽く悲鳴を上げられたんですから……」
「すまない、あまりにも想定外の事態だったのでな!!」
そう言って、もう一度豪快にワハハと笑った杏寿郎に琴音も釣られて、結局二人して笑い出すのだった。
******
翌日ーー。
琴音は目を覚ました瞬間に、自身の体の異変に気づいた。昨日の夜もまたいつも通りに警備をこなし、帰宅して眠りにつくまでは何も違和感を感じていなかった筈なのに……
目覚めてみれば、身体の節々が痛み、酷い寒気を感じるし、全身が怠いのだ。
〝これは駄目なやつだ……〟
思わず顔を顰めた琴音だが、彼女には休んでいる暇はない。家の手伝いや日々の鍛錬、夜にはまた警備に着かなければならない。
〝大丈夫……、呼吸を使えばなんとかなる〟
そう自分に言い聞かせ、重い身体に鞭を打ち、なんとか起き上がった彼女は、道着に身を包み普段通りに部屋を出た。
庭へと歩みを進めれば、杏寿郎と千寿郎が素振りをしており、琴音に気づいた彼らが口々に挨拶をする。
「琴音さん、おはようございます」
「おはよう、琴音!!どうだ、一緒にやらないか!?」
同じ顔して笑いかける二人に、琴音は思わず小さく笑みを漏らす。
「ふふ、おはようございます。是非お願いします」
そう言って竹刀を持ってきて彼らの隣に並んだ琴音に、杏寿郎は嬉しそうに口を開く。
「では、続きからやるとしよう!あと832回!」
普段となんら変わりない琴音の姿に、杏寿郎も彼女の異変に気づく事はなかった。
******
その後稽古が終わり、昼飯の準備を千寿郎と共にする時も琴音は至って普段通りだった。食事だけは、食欲が全然湧かなかった為、かなり少なく盛り付けたが、特に誰にも気付かれる事もなく無事に昼食も食べ終えた。
だが、その頃になると琴音の体調は益々悪化し始めていた。意識もふわふわとし始めて、呼吸だけではどうにもならない程、本格的に熱が上がり始めた身体に、琴音は思わず顔を顰めた。
夜の任務まで少し身体を休めるべきか……そう考えた琴音は、杏寿郎に向かって口を開いた。
「杏寿郎さん、少し読み物をしたいので昼からの鍛錬は遠慮させて頂きます……」
「ん?勿論いいが…… 琴音、顔色が悪いが大丈夫か?」
そう言って琴音に手を伸ばした杏寿郎は、彼女の身体が異常に熱いことに気がついた。
「なっ!?熱があるではないか!?昼も全然食事に手をつけていなかったようだし……何故言わないんだ!!」
既に体力の限界だった上に至近距離で大声を出された琴音は「す、すみません……」とか細い声で謝った後、杏寿郎に凭れかかるようにして倒れ込む。
「琴音!!大丈夫か!?千寿郎っ、医者をっ医者を呼んでくれ!!!」
遠くで自分の名前を必死に呼ぶ杏寿郎の声に〝ただの風邪ですから、大丈夫〟と薄れゆく意識の中で呟いた。
******
琴音はおでこに触れた冷たい感覚に目を覚ました。
「あれ……杏寿郎さん………、?」
「琴音!目が覚めたのか。」
そう言ってほっと肩を撫で下ろした杏寿郎は、琴音の頬に手を伸ばし「まだ熱が高いな」と呟いた。呆然とその光景を眺めていた琴音だが、杏寿郎の一言に自分が体調不良で倒れた事を思い出し、慌てて起きあがろうとする。
だが、それを杏寿郎が許すはずもなく、すかさず彼女の肩を押しその動きを制した彼が口を開く。
「まだ熱が高いのだ、寝ていなさい。それから今日の任務は休みを貰っておいたから、安心していい」
「……………はい。すみません」
罰が悪そうな表情を浮かべた彼女に、杏寿郎は優しく笑いかける。
「いきなり倒れたから心配したんだが……町医者を呼んで診てもらったら、ゆっくり休めば良くなるそうだ」
「……ご迷惑おかけしました」
「うむ。次からは体調が悪い時は遠慮せずに言ってくれ!君が倒れた時は心臓が止まるかと思ったぞ!!」
「……す、すみません」
そう言って布団を口元まで引き上げて、目線だけを寄越してきた琴音に杏寿郎は小さく笑みを漏らす。
「一昨日の任務でびしょ濡れになったのが良くなかったのだろうな」
「……そんな事で寝込んでしまうなんて、不甲斐ないです」
「いくら呼吸の使い方が上手いからと言って、琴音だって人間なんだ。そんな事で落ち込む必要はないだろう?」
「で、でも……」
「だが無理をした事は褒められた事ではないからな。琴音の体調が戻るまで俺がしっかり看病してやろう!!」
何故か嬉しそうにしている杏寿郎に、琴音はなんだか嫌な予感がした。
「やはり弱っている時は、心寂しいものだろう」
そう言って布団の中に入ってくる杏寿郎に、琴音はギョッとしたのだが、そんな彼女を気にする事なく杏寿郎は口を開いた。
「千寿郎が小さい頃は、熱を出す度こうしてよく添い寝をしたものだ」
「……そう、なんですか。それは可愛らしい思い出ですね」
「そうだろう?琴音が眠るまでここにいてやるから安心しなさい」
どうやら杏寿郎は、千寿郎が小さい頃にしていたように、琴音にも添い寝をしてくれるようだ。幼い子供と同じ扱いなのは、些か不満に思うところもあるのだが、心配して優しく笑いかける杏寿郎に、琴音は熱で染まった頬を更に赤く染めるのだった。
暫く琴音に千寿郎の幼少期の話をしていた杏寿郎だったが、琴音がうつらうつらとし始めた事に気づき、優しく彼女の背中を叩いてやる。
ぽん、ぽんと一定で刻まれるリズムが心地よく、琴音の瞼はどんどんと下がっていく。半分眠りに落ちた思考で〝これじゃあ、本当に幼な子と一緒だな〟と琴音は思ったが、睡魔に勝てる筈もなく、それからすぐに寝息を立て始めるのであった。
そんな彼女の寝顔を見守る杏寿郎は、ほう、と安心したように息を吐いた。
琴音が目の前で倒れた時は、本当に肝を冷やしたのだ。いつから体調が悪かったのかは分からないが、杏寿郎が気づいたのは昼食の時だった。普段より少なく盛られた食事を、随分と時間をかけて食べていた琴音に、もしや体調が悪いのでは、と思っていたのだが。
杏寿郎が琴音に声をかけようとして近づいた時には、琴音の顔色は随分と悪くなっていた。だが杏寿郎が話すより前に口を開いた彼女は、体調が悪いとは口にせず「読みものをしたいから」と言って鍛錬を断っていた。きっと部屋で休みたかったのだろうが、その直後に倒れてしまうとは……
どれほど無理をしていたのだろうか。
杏寿郎は琴音の寝顔を眺めながら、小さくため息を漏らすのだった。
******
暫くして目を覚ました琴音は、もうすっかり熱も下がり体調も万全に戻っていた。
やはり琴音は呼吸の使い方がずば抜けている為、回復もかなり早いのだ。
だが…
「ほら琴音、口を開けるんだ!あーんだ、あーん」
「……杏寿郎さん、もう回復しましたから」
「むう!信用ならないな!!琴音は無理をして倒れたばかりなのだからなっ!!」
そう言って琴音にお粥を食べさせてやろうとする杏寿郎を説得するのは不可能だった。
真っ赤な顔で眉を下げる琴音の口元に、心底楽しそうに笑う杏寿郎はスプーンを近づける。
「ほら、あーーん」
暫く視線を彷徨わせた琴音が、遠慮がちにぱくりとスプーンを口に含めば、杏寿郎はふっと小さく笑みを浮かべた。
勿論杏寿郎だって、琴音の体調が回復した事くらい、彼女の様子を見た時から気づいていた。だが今回は倒れてしまう程に無理をした琴音が悪いのだ!そう考えた杏寿郎は、恥ずかしがる琴音を尻目に
余りにも可愛らしい反応に、思わず杏寿郎の頬も緩む。
〝今日は普段できない分、とことん琴音を甘やかしてやろう〟
杏寿郎がそんな事を考えていたなんて、恥ずかしさと戦う今の琴音に気づく余裕など有りはしなかった。
その後ーー。
結局、琴音は丸一日の休暇を貰った訳だが……
任務につくその寸前まで、恥ずかしがる琴音の世話を焼く杏寿郎の姿が見られたと言う。
そして琴音は強く思った。
〝もうびしょ濡れになる任務は御免だ〟と……。
******
華様、リクエストありがとうございました。
遅くなってしまい申し訳ありません。
前回に続き、また楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも長編夢を楽しみにお待ちいただけたら幸いです!
〝ストーカー隊士からの危険から助けてくれる煉獄さん
例のような、熱を出した長編夢主を看病する煉獄さんのお話も見たくなりました〜♡〟
2021/06/26 おもち