第四章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「もう、立てませんっ……」
そう言って涙を浮かべる隊士の前に、ゆっくりと近づいて視線を合わせた琴音は、困ったように眉を下げた。
「鬼がいつまでも黙っているままではないだろうから……短期間で君たちを鍛える為に、荒々しい稽古をしてしまってごめんね?」
そう言って頭を下げた琴音に、隊士は慌てて「い、いえ!」と返事を返した。
まさか柱に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。オロオロと慌て出した彼の肩に琴音はそっと手を伸ばす。
「これからの戦いで出来れば誰にも死んでほしくないの。……だから、一緒に頑張ってくれないかな?」
「琴音さん……俺、間違ってました!!まだまだ頑張ります!!」
琴音の姿に頬を染めた隊士は、先程までと打って変わり、闘志を燃やし始めた。それに嬉しそうに微笑んだ琴音は「うん、頑張ろう」と返事を返し、彼に次の課題を伝えていく。
それを遠くから見ていた杏寿郎は、柱稽古が始まってからもう何度目かのため息を落とすのだった。
******
あれから……、琴音による稽古が始まり、一週間が過ぎようとしていた。
彼女が教えるのは〝基本中の基本〟である為、早い者は三日程で
そもそも普段の優しい印象の琴音が、中々の鬼教官っぷりを見せたことで初日にして、泣き喚く隊士も出たりもしたのだが……
彼女はそんな隊士に優しく寄り添い、時には頭を下げ、時には励まし…、隊士達のやる気を引き出していた。所謂〝飴と鞭〟である。
こうして琴音に想いを寄せる者が生まれていくのを目の当たりにして、杏寿郎は思わずため息を漏らすのだった。
******
暫くして、朝から始まった稽古に漸く昼休憩が訪れる。
皆が稽古に励む間に、せっせと握り飯を作ってくれていた千寿郎と隠達が、それを手分けして配り出す。
それを合図に琴音も、ふう、と一息ついて、杏寿郎に嬉しそうに駆け寄った。
「杏寿郎さん!今日の稽古はいかがでしたか?」
「うむ!琴音も随分柱に慣れてきたようだな!!的確に隊士達に指示を出せていた!!」
杏寿郎の一言に「えへへ、ありがとうございます」と破顔する琴音に、彼も嬉しそうに頷いた。
正直に言えば〝他の隊士への距離感が近い〟やら〝あまり無闇に他の隊士に触れないでほしい〟やら……
杏寿郎には募る不満もあるのだが。
毎回稽古が終わると、杏寿郎の姿をきょろきょろと探しては、嬉しそうに駆け寄ってくる琴音の姿に、結局それは心の奥に閉まっておくのだった。
だがやはり他の隊士が自分の婚約者に頬を染めている姿を見るのは癪に触るため、わざと隊士達に見えるように琴音の腰にそっと手を回してみたり、頭を撫でてやったりと……
隊士達に牽制をかけたりはしているのだが。
今だって、さりげなく彼女の手を取り歩き出した杏寿郎は、チラリと隊士達に振り返る。
二人の間にある甘い雰囲気に、思わず赤面した隊士達をギロリと睨みつけた彼は、ふっと不敵な笑みを溢す。隣で嬉しそうにニコニコしている琴音は全くもって気付いていないのだが、彼の無言の牽制に、隊士達は顔を青褪めた。
〝〝〝
まあそんなこんなで、稽古をつける日々は過ぎて行くのであった。
******
それから更に数日経った頃、琴音は蝶屋敷に訪れていた。稽古をつける隊士をもう殆ど、天元の元へと送り出した彼女は、空っぽ寸前になってしまった応急処置の道具を貰いにしのぶの元を訪ねたのだ。
「しのぶ〜、柱稽古で医療備品が底をつきそうだから少し分けてくれない?」
いつも通り戸は叩いたものの、本人の断りを得る前に部屋へと足を踏み入れた琴音に、しのぶは呆れたように口を開いた。
「琴音はいつも突然ですね……いきなり何なんですか?」
「ん?ああ、ごめんごめん。…………ところで、すごい量の試験管だね?禰󠄀豆子ちゃんの血を研究してるの?」
苦言を呈したところで、そんな事を気にする間柄でもない為、琴音は呑気に部屋の中を見回していた。
「………まぁ、そんなところです」
「ヘ〜。ねえ、しのぶ?柱稽古に参加しないで研究をしたいって言ってたよね?あと少しで稽古をつけ終わると思うし、私も手伝おうか?」
そう言って笑った琴音に、しのぶは「いえ、とりあえず何とかなりそうですから大丈夫です」と拒絶の言葉を口にした。
以前は、手伝って欲しいなどと口にしていた筈なのに…と一瞬不審に感じた琴音だが、「そうなんだ」などと曖昧に返事を返しておく。しかし、彼女の反応から何やら嫌な予感がした琴音はしのぶに近づき、彼女の手元を覗き込む。
色々な色をした液が入った試験管や道具の数々。それからしのぶの手元にあるメモに視線をやった琴音は、ふと彼女の手を見て動きを止めた。
「ねえ、しのぶ。………私に隠れて何してるの?」
ゆっくりと視線を合わせて、そう呟いた琴音にしのぶは眉間に皺を寄せる。
「何って、……禰󠄀豆子さんの血の研究ですよ?」
「そう。……じゃあ、この爪はどうしたの?…………それと……、この小瓶の中身は?」
ぱっとしのぶの手を掴んだ琴音は、薄い紫色に変色しているそれを指摘した。それから目の前の試験管の隣に並ぶ、液体が入った小瓶に視線をやった。
琴音の頭の中で、まさか…と最悪のシナリオが浮かんだが、本人の口から聞いた訳ではない。そんな事しのぶがする筈ないだろうと、なんとか自分を落ち着かせる。だが未だに無言を貫くしのぶに、琴音は大きくため息を吐く。
「いつも無茶をするなって言ってた癖に。無茶はどっちよ………」
「………私はまだ何も言ってないですよ?」
「その爪、何に対しての毒物反応なの?しのぶが私に隠れてコソコソと研究する程の代物でしょう?………例えば鬼にとって猛毒な〝花〟とか?」
そう問いただせば、それが答えとでも言うように苦笑いを浮かべた親友の姿を、琴音は思わず睨みつける。
「…………バレてしまったようですね、残念です。」
親友の放ったその一言は、琴音が絶望を感じるには充分だった。