番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「琴音さん、好きです。付き合って下さい」
そう言って頭を下げた青年に、琴音は苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。私には、お付き合いしている方がいるので……」
「えっ!煉獄さんとは別れたんですよね!?」
その一言に、琴音はもう何度目かのため息を落とした。
******
ここ最近、琴音はあらぬ噂に頭を悩まされていた。
〝琴音と杏寿郎は婚約を解消したようで、近々琴音は煉獄家から出るらしい〟
何処から流れた噂かは知らないが、それを知った隊士達が我先にと、彼女へと想いを告げる日々が続いていた。
その行動を後押ししたのは、一重に彼女を慕う想いだけではなく、杏寿郎が柱を辞退した今、彼女を見張る
誰が流した噂かは知らないが、嫌がらせとしか思えない情報に琴音はため息を漏らす。
そんな憂鬱な表情を浮かべた琴音は、夜中の任務も終わり、今は煉獄家への帰路に着いていた。
やっと家が見えた頃……
まだ陽が上り始めたばかりの早朝に、玄関に立てかけるように花束が置かれている事に気がついた。
〝夜中に置かれたのかな?誰から……?〟
琴音は花束を拾いながら首を傾げたが、ここに置かれているという事は煉獄家の誰かに送るつもりで置かれたのだろうとため息を吐く。
もしかしたら、杏寿郎への見舞いの花束……か、彼を密かに慕う者からの想いが詰まった花束かもしれない。そう思えば何とも複雑な気持ちになるが、折角の花束をこのままにはしておけない。
琴音は、もやもやとした感情を抱きながらも、花束を手に家の中へと入って行く。
だがそれを遠くから見つめる青年が嬉しそうに口元を歪ませていた事を、この時気づく者はいなかった……
******
「む?どうしたんだ、この花は?」
「任務が終わって家に帰ってみれば、花束が置いてあったんです」
花瓶に生けてある花を見て首を傾げた杏寿郎に、琴音は困ったように口を開く。
「ほう……、それは珍しいな!そんな時間に誰からだろうな!?」
「分かりませんが……もしかしたら杏寿郎さんへの贈り物かも知れませんね」
そう口にした琴音の脳裏には、あの噂がちらついた。あんなもの杏寿郎に想いを寄せる者が、流した
確か、赤い薔薇の花言葉は〝貴方を愛しています〟だったか。無駄に読み漁って身につけてしまった知識がこんな所で役立つなんて……
琴音は、そんな事を考えて眉を下げるのだが、杏寿郎は全くそれには気づかない。
「むう。花束も美しいが、どうせ貰うなら食べ物が有難いな!!」
「……そうですか、まあ、杏寿郎さんはそうかもしれませんね」
花言葉なんて全く興味もないのだろう。目の前で花より団子だと言い張る彼に、琴音は呆れたような視線を向けるのだった。
だが、その花束はその日を境に、ほとんど毎日玄関先に置かれるようになる。そしてそれを見つけるのは決まって任務帰りの琴音であった。
〝わざわざこの時間に置くなんて……私への当て付けなのかもしれない〟
今日も花束を見つけた彼女は、一人どんよりとした気持ちのまま、皆が寝静まる煉獄家の戸を開くのだった。
******
そんな日が二週間近く続いたある日、琴音は一人の隊士に呼び止められた。
「琴音さん、偶然ですね!これから任務ですか?」
「あれ?君は確か、この間の……」
「はい!覚えていてくださったんですね!!先日の任務の時は琴音さんと一緒で、本当に助かりました!!」
街中を歩く彼女に声をかけたのは、三週間くらい前に任務を共にした一人の隊士だった。その時は確か、鬼の攻撃から彼を守ってやったのだが…… 琴音が駆けつけたのが少し遅く、右足に深い傷を負わせてしまった事を思い出した。
「あの時の怪我はもう大丈夫?あまり無理はしては駄目だよ?」
「はは、琴音さんは優しいですね。でも大丈夫です。怪我はもうすっかり良くなりました!」
「そう。それなら良かった」
琴音がにこりと笑いかけると、青年は頬を赤く染める。だが、次の瞬間には眉を下げ心配そうに口を開いた。
「あの、琴音さん……煉獄さんとの噂、聞きました……大丈夫ですか?」
それには琴音も思わず苦笑いを浮かべ、曖昧に頷いた。まさか彼にも知られていたとは思わなかったが、自分を心配してくれる優しい青年に琴音は小さく笑みを漏らす。
「変な心配をかけてしまったようで、ごめんなさい。でも、大丈夫!噂は全くの間違いなの!私は気にしていないから、君もあの噂は気にしないで?」
「………そうなんですか」
「杏寿郎さんを想う隊士が流した噂だと思うの。杏寿郎さんを慕う者は多いから……彼はとても素敵な人だから、仕方ないのよ」
そう言って自傷気味な笑みを浮かべた彼女に、青年はいきなり「それは違う!」と大声を上げた。
街中で突然そんな事を叫ぶものだから、琴音はギョッとしたのだが彼が続けた言葉に思考が停止した。
「実は、俺見ちゃったんです……煉獄さんが女性と親しげにしている所を……」
「え、待って…何の話?……杏寿郎さんが、本当なの?」
琴音が震える声で問いかければ、心配した青年が「とりあえず場所を変えましょう」と彼女の腕を引いて歩く。大人しく青年についていけば、琴音がよく立ち寄る甘味処へと彼は足を踏み入れた。
******
「おばちゃん、餡蜜を2つ!」
店に入り、店員の女性に声をかけた青年は、琴音を奥の静かな席へと誘導した。
「琴音さん、大丈夫ですか?すみません、突然あんな事を言ってしまって…」
「いや、うん。大丈夫…、少し落ち着いてきたから。それで、その……君が見たと言うのは本当に杏寿郎さんだったのかな?」
「はい……あの煉獄さんの髪色を見間違える事はないですから」
申し訳なさそうに返事をした青年に、琴音は「そうだよね…」と呟いた。だが、少し冷静さを取り戻した琴音の本心は、本当にそれは杏寿郎の話なのだろうか、と考えを巡らせていた。
琴音が知る杏寿郎は、実に誠実な男なのだ。今朝だって、わざわざ琴音の帰る薄暗い時間に起きてきて出迎えてくれたし、琴音が怪我でも負うような事があれば、それはもう付きっきりで心配してくる程だ。
それにもしも、彼が他の女性に惹かれるような事があれば、きっと琴音にきちんと別れを切り出すだろう。琴音が知る杏寿郎は、そう言う人なのだ。
目の前の青年が嘘を言っているようには見えない為、やはり彼の見間違いではないだろか。そう琴音は結論付けて「心配してくれてありがとう。私から直接杏寿郎さんに聞いてみるね?」とその会話を打ち切った。
すると丁度そのタイミングで、店員が餡蜜を運んできてくれたものだから、琴音はそれへと視線を向ける。悩んでいてもやはりお腹は減るもので……
大好きな甘味を前に琴音は、嬉しそうにスプーンを手に取った。
だが彼女がその手を持ち上げる前に、目の前の青年が動きを見せた。
「僕が琴音さんの力になります」
そう言って琴音の手を両手で包んだ青年に、琴音は咄嗟に手を引っ込めた。だが露骨に拒絶してしまった事に慌てて「あ、ありがとう。もしも困った時はお願いね?」と口を開き、話を変える為言葉を続けた。
「あ、あのね!ここの餡蜜はとっても美味しいんだよ?私よくここに立ち寄るの!」
「ああ、僕もよく
にっこりと笑みを浮かべた青年の言葉に、一瞬琴音は違和感を覚えた。
見てました?食べてましたじゃなくて……?少し不思議な言い回しだとは思ったが、そういえば看板に大々的に〝餡蜜〟と書かれていた事を思い出す。きっとそれをこの道を通る時によく見かけていたとか、そういう事だろうな。
琴音は深く考えることもせず、餡蜜を口に運び顔を綻ばせる。目の前の青年が、それをうっとりとした表情で見つめていたなんて、この時の琴音は気づく事はなかった。
******
あれから相変わらず、琴音が任務から帰宅すれば、花束が置かれている日々が続いていた。
そんな日々が三週間も続けば、段々と琴音もそれに慣れてくるというもので。今日も薄暗い時間に帰宅すれば、当たり前のように綺麗な花束が置いてある。それを確認した琴音が、ゆっくりと花束を拾い上げれば……
今日はいつもと少し様子が違っていた。その下に何やら手紙が置かれている事に気がついたのだ。
琴音が徐にその手紙を手に取れば、真っ白の封筒には〝春野 琴音様〟と書かれていた。裏を見ても差出人は書かれていない。
〝まさかこの花束は私宛だったの?〟
てっきり杏寿郎に想いを寄せる者からだと、勘違いをしていた琴音は、何の気無しにその手紙を開け、それに目を落とす。
『琴音に相応しいのは僕だ、あいつじゃない。
僕がこんなに想っているのを知っているのに、琴音は僕にヤキモチを妬かせたいのかな?
大丈夫、心配しなくても君は僕のものだから……
琴音を愛している。君と出会ったあの夜から、僕たちは結ばれる運命だった』
「なに、これ……っ、……」
びっしりと書かれた狂気な内容に、気づけば身体が震えだす。思わず落としてしまった花束に視線を移した琴音は、ここ最近の噂を思い出し、漸く全てが繋がった。
三週間ほど前から噂が立ち始めた事、その頃から花束が置かれ始めた事、それを見つけるのは決まって琴音だった事……
唐突に理解して、吐き気を催した琴音はその場に小さく蹲る。だが、下を向いていた彼女に影が近づき、琴音が驚き顔を上げれば、いつぞやの青年が目の前で嬉しそうに笑っていた。
「僕からの手紙、見てくれたんだ」
「君が……なんで?っ、……」
なんとか絞り出した琴音の声は、恐怖で震えていて、腰が抜けたように蹲ったまま動けない。
「何でって、酷いな。ずっと琴音に求婚の花束を送っていたじゃないか?」
「求、婚……」
「君は必ずそれを受け取ってくれていた。僕はそれが嬉しくて、嬉しくて……
でも中々煉獄から離れないから、今日は琴音を迎えに来たよ?」
そう言ってニタァと笑った青年に琴音は涙を滲ませる。
「泣くほど喜んでくれるなんて、張り切って手紙を書いた甲斐があるなぁ」そう言って、一歩、また一歩と近づいてくる青年に、遂に耐えきれなくなった涙が琴音の目から溢れだす。
「イヤ、っ!来ないで!………助けてっ、杏寿郎さん!」
そう彼女が口にした時だった。
薄暗闇を炎色が物凄い勢いで駆け抜けて、目の前の青年を殴り飛ばした。
「近頃、おかしな花束が届くと用心していれば…… 彼女に何をしている!?」
地を這うような低い声で、怒りを露わにした杏寿郎の姿がそこにあった。放心状態の琴音を庇うように、さっと背中に隠した杏寿郎に、青年は顔を赤くして怒鳴りつける。
「お前には用はないんだ!!琴音をお前から取り戻しに来ただけだ!!」
「………取り戻すも何も、琴音は君に想いを寄せていないだろう?」
「違う、お前に何が分かる!?あの夜琴音は言ったんだ!!〝君が生きていてくれてよかった〟って!!分かるか?琴音が共に生きたいのはお前じゃない!僕なんだっ!!」
そう言って怒りに震えた青年は、丸腰の杏寿郎相手に、すらりと自身の日輪刀を手に持った。
それに杏寿郎が目を細め「それは人を傷つける道具ではない」と静かに言えば、青年はきっ、と眉を釣り上げて杏寿郎へと走りだす。
元柱とはいえ、丸腰の杏寿郎相手に、鍛錬を積んでいる隊士が斬りかかれば、無傷とはいかない。だが、後ろに琴音がいる以上、杏寿郎はその場を動くつもりがなかった。
刀の切先が触れるのを覚悟で、相手の手首に手刀をお見舞いしてやろうとした杏寿郎だが……
ガキンッ!
その刃を受け止めたのは、先程まで杏寿郎の後ろで震えていた琴音だった。
「なんで?、……琴音をそいつから助けてやるのに、どうして……っ?」
「私の大切な人を傷つけないでっ、!!私は杏寿郎さんが好きなの、愛しているのは貴方じゃない……っ!!」
「嘘だっ!そんなわけない!!琴音は僕のものだろうっ、?」
杏寿郎を守るように刀を構える琴音は、未だに恐怖に顔を歪ませていた。声だけでなく刀を握るその腕さえも震えてしまっているが、それでも刀を構え、青年の刀を受け止めた。琴音が咄嗟に動けたのは、杏寿郎が傷つくのが怖かったからだ。
そんな彼女の姿に逆上した青年が、なりふり構わず刀を振り回し始めた瞬間、
琴音の手からすっと日輪刀を取り上げた杏寿郎が、一瞬で青年との間合いを詰め、首元に刀を押し当てた。
「ヒィィィっ、」と声にならぬ叫び声を上げた青年に
「琴音は君のものにはならない!俺の大切な婚約者を、これ以上傷つけるつもりなら、俺は君に容赦はしない!!」
杏寿郎がそう口にした時だった。
ガラッと戸が開く音がして、愼寿郎が顔を出した。
「お前たち、今何時だと思っている」
不機嫌そうに苦言を呈した愼寿郎だが、
息子が見知らぬ隊士の首に刃を押し当てて、その後ろで顔を真っ青にして身体を震わせながら涙を流す琴音の姿に、その状況を一瞬で理解する。
「杏寿郎、その隊士の腕を……縄でしばりなさい。」
そう言って、玄関の近くにあった棚から縄を取り出した愼寿郎は、それを手渡す。
さすがに元柱二人と現役の柱一人を相手にするほど、青年は馬鹿ではないようだ。大人しく縄で縛られた青年が、チラリと琴音に目をやれば、愼寿郎に強く縄を引かれて彼は、とぼとぼ歩きだす。
「杏寿郎、私はこいつを本部まで連れて行くから、琴音と家で待っていなさい」
そう言って愼寿郎は青年を連れて歩いて行った。
******
愼寿郎の背中を見送った杏寿郎は、弾かれたように振り返る。そこにはぺたんと地に腰を下ろし、震える琴音の姿があり、杏寿郎は彼女に駆け寄り抱きしめた。
「琴音大丈夫か?」
杏寿郎にぎゅーっとしがみついて、ぼろぼろと涙を流す琴音の姿に、余程怖かったのだろうと、杏寿郎は眉を下げる。とりあえず彼女を抱き上げて、玄関の中まで入り腰を下ろす。
「琴音もう大丈夫だ、俺が側にいる。」
「杏寿郎さ、んっ……怖か、った……」
「…すまない、駆けつけるのが遅くなってしまった」
杏寿郎がそう呟けば、琴音は違うと首を振る。何が違うのか…杏寿郎は首を傾げたが、しゃくりあげて泣き始めた琴音が落ち着くまでその背を優しく撫でてやる。
「杏寿郎さんが怪我をすると思って……怖かったんです。……どこも切られてないですか?」
漸く泣き止んだ琴音が口にしたのは、杏寿郎が怪我をしていないかの確認だった。それには杏寿郎も目を丸くさせたのだが、安心させるようににこりと笑いかける。
「ああ、琴音が守ってくれたから大丈夫だ!」
「よかった……」
肩を撫で下ろした琴音は、杏寿郎に頭を下げてお礼を口にした。
「杏寿郎さん、助けてくれてありがとうございました。ううん、今日だけじゃない……最近私の帰りの時間に迎えにきてくれてたのは、心配してくれていたからだったんですね」
「うむ……あの花束が俺に贈られているようには見えなくてな、もしやと思っていたのだが……、結局琴音には怖い思いをさせてしまった」
「いえ、杏寿郎さんが来てくれたので……安心しました。」
そんな琴音をもう一度抱きしめた杏寿郎は「琴音の危機になら何度だって駆けつけよう!!」と優しく笑いかけるのだった。
******
その後本部に連れて行かれた隊士には、厳正なる処罰が下された。
まず、今後一切の琴音との接触禁止。それから風柱と岩柱による鍛錬と言う名の、性根の鍛え直し……特に琴音を可愛がっている実弥からの稽古は、何度も気絶するほどの厳しいものになったと言う。全身痣だらけ、数カ所受け身が取れずに骨折を負うと言う……半殺し状態で蝶屋敷に運び込まれた隊士は、そこでも地獄を見たと言う。毎日しのぶから笑顔で毒を吐かれ、経験した事がないほどの苦い薬を飲み続けた……とかなんとか。
そして、それからすぐに鬼殺隊にはこのような噂が流れ出す。
〝琴音と杏寿郎の仲を引き裂ける者はいないだろう。琴音に手を出せば、杏寿郎だけでなく彼らを祝福する他の柱によって殺される……〟と。
******
華様、リクエストありがとうございました〜
少し長くなってしまいましたが、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
〝ストーカー隊士からの危険から助けてくれる煉獄さん
例のような、熱を出した長編夢主を看病する煉獄さんのお話も見たくなりました〜♡〟
もう1話は、書き上げるまでしばしお待ちください。
2021/06/21 おもち