番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「もし、そこの方」
玄関先を箒で掃いている琴音に、後ろから声がかかる。そちらへ琴音が目を向ければ、高そうな着物に身を包んだ綺麗な女性が立っていた。
「此方は煉獄様のお屋敷で間違いないですか?」
「ええ、そうですけど……」
首を傾げた琴音に、女性は頬を染めながら問いかける。
「あのっ!、杏寿郎様はお見えでしょうか?」
「杏寿郎さん、ですか?杏寿郎さんならいらっしゃいますけど……」
どちら様でしょうか?そう続く筈だった言葉は、玄関を開く彼の声によってかき消された。
「琴音、一人では大変だろう!?何か手伝おう!!」
「いいところに、お客様です「杏寿郎様っ!」
杏寿郎に向かって口を開いた琴音を、押しやるようにして女性は一歩前に出る。
「む?君は確か、この間の……」
「はい!私、楓と申します。先日は助けていただき、ありがとうございました」
目の前で進んでいく会話に「杏寿郎さん、この方は?」と琴音が首を傾げれば
「先日、なにやら男達に絡まれていたのを助けてやったんだ」と杏寿郎は説明した。
その状況を思い出したのだろうか。女性は、ぽっと頬を染め、嬉しそうに口を開く。
「あの時は何もお礼ができず、申し訳ありませんでした。もし杏寿郎様がよければこの後、この間のお礼にお食事でも如何ですか?」
そう言ってさりげなく杏寿郎の腕に自身の腕を絡めた女性に、琴音は思わず顔を顰める。
「いや、お気遣いありがたいが…… 琴音が用意してくれる昼飯があるのでな!遠慮しておこう」
口ではそう返事をするものの、女性を振り解く事もなく、満更でもない笑みを浮かべる杏寿郎に、琴音の表情はどんどんと曇っていく。
そんな琴音を知ってか、女性は杏寿郎の腕に胸を押し付けるようにして「琴音さんって、そこのお手伝いの人ですか?」と可愛らしく首を傾げた。
「いや彼女は…「私はただの
杏寿郎の言葉を遮って、そう言い放った琴音はズカズカと玄関まで行くと、二人に向かって頭を下げた。
「私は忙しいので失礼します!!」
ピシャリと玄関の戸を閉めた琴音に、女性は不満を口にする。
「なんですの?あの失恋な態度……」
杏寿郎さんもそう思うでしょう?と、女性が杏寿郎を見上げれば、それはそれは楽しそうに彼は笑っていた。
「楓殿、折角来てもらってすまないが、今日はお引き取りいただきたい!!」
「な!なんでですの?先程の方なら、気にしないでいいと言ってらした筈よ」
「ああ、琴音は随分と怒っていたな!!あれは当分ご機嫌斜めかもしれないな!!」
「え、あの。……杏寿郎様?」
「む?ああ、すまないな!楓殿も気をつけて帰ってくれ!!」
ワハハ、と笑いながら玄関へと入っていく杏寿郎の背中をポツンと見送った女性は呆然と「なんなのよ…」と呟くのだった。
******
玄関から逃げるようにして台所へとやってきた琴音は、大きなため息を一つ落とした。
杏寿郎さんは優しくて、男前で、頼りになって……沢山の女性から慕われている事なんて随分前から知っている。女性隊士に告白されているところだって何度か見かけた事もある。だから、先程の女性が彼に特別な感情を抱いているのも然程驚く事ではないが……
琴音は、また一つため息を落としながら、黙々と料理を作り始めた。
こんな時彼女を癒してくれる千寿郎も、今日は愼寿郎の遣いで夕方までは留守にしている。そのため料理は愼寿郎と自分だけの分を用意すればいいだけだ。
〝杏寿郎さんは今頃あの人と一緒に食事処へ向かっている頃だろうか……〟
自分でそう仕向けた癖に、彼に寄り添うあの女性を思い浮かべるだけで、琴音はもやもやとした気持ちになる。
「痛っ」
そんな他事を考えていれば、包丁で指先を切ってしまい、琴音はもう何度目か分からないため息を漏らした。
水で洗い流し、血に滲む指先を眺めて先程の女性を思い浮かべる。
きっといい所のお嬢様なのだろう。戦いとは無縁の手は傷一つも付いていなかった。着ているもの一つ取っても、自分とは点で違う。彼女は普段からあのように着飾った格好をしているのだろう。かく言う琴音は、道着姿で箒を片手に……。やはり男性はああいう女性に惹かれるものなのだろうか。
そんな事を思いながら、血が流れる指先を眺めていれば、後ろからいきなり声がかかる。
「怪我をしたのか!?どれ、見せなさい!」
そう言って琴音の手を取った杏寿郎は、迷う事なくぱくりと指先を口に含む。突然現れた彼の奇行に、わなわなと震えた琴音は、杏寿郎に向かって声を荒げた。
「何してるんですか!!呼吸で止血できるから大丈夫です!!」
「そうか、それは要らぬ心配だったな!!ワハハ」
「そんな事より……いいんですか?先程の女性とお食事に行くのでは?」
「琴音がいるのに行く訳がないだろう。それとも行ってほしかったのか?」
「………行って、欲しくは…ない、ですけど……」
自分でも分かるくらい、可愛げのない返事をしてしまった琴音だが、杏寿郎はそれに笑みを漏らし口を開いた。
「それなら良かった!では千寿郎の代わりに俺も料理を手伝おう!!」
「いえ、杏寿郎さんが手伝うと余計に時間がかかりますから、大人しく待っていてください」
「よもや!」
そんな事を言う琴音だが、心はなんとも単純で。
彼が他の女性の誘いに乗らなかった事に、ほっと肩を撫で下ろし、小さく笑みを浮かべるのだった。
******
それから三日程経ったある日。
久しぶりの非番を貰った琴音は、ルンルンと玄関へと向かっていた。
普段の隊服ではなく、杏寿郎から送られた着物に身を包み、幾分か着飾った彼女はこれから杏寿郎と甘味処へと向かう約束なのである。
今日は何を食べようか。上機嫌の琴音が玄関で杏寿郎を待っていれば「御免ください」と扉が開く。
「あら、こんにちは。
固まる琴音に笑いかけるのは、先日杏寿郎に迫っていた〝あの女性〟だった。
「先日はお断りされてしまったものですから、改めてお誘いに参りましたの。」
杏寿郎様はいらっしゃいますか?と挑発的に笑う女性に、琴音は言葉を詰まらせる。
「あの、杏寿郎さんは、この後用事が…」
「あら、よく見たらお弟子さん、今日はおめかししていらっしゃるのね?もしかして杏寿郎様とご一緒にお出かけ、かしら?」
「えっと…」
どうしたものかと琴音が視線を彷徨わせていれば、琴音の無言を肯定と取った女性はきっと眉を吊り上げた。
「お弟子さんは何か勘違いをなされているんではないですか?杏寿郎様はお優しいから、あなたに気を遣ってあげているのですよ?」
何もいい返さない琴音を、小馬鹿にするように笑い立て、女性は更に言葉を続けた。
「そもそも女性であるのに、何故杏寿郎様の弟子になったのです?ああ、いいです。口に出さなくても、あなたを見ればわかります。どうせ、杏寿郎様に取り入って、あわよくば想いを伝えようとか、そんな所なのでしょう?」
「………」
「大体、女性が武術を習うなんて野蛮じゃありませんか?どんな手段を使っても杏寿郎様に振り向いてもらおうとする、その魂胆が醜いとは思いませんの?」
女性の言葉に言い返す事もなく、琴音はぐっと拳を握り締める。
彼女は何も知らない。いきなり幸せが手のひらから零れ落ちる事を…誰かが立ち上がらなければ、犠牲になる命がある事を……。鬼の存在を知らないなら、そのままの方が幸せだ。そう思って一方的な罵声をただただ黙って聞き入れていれば
「それ以上、この子を侮辱しないでくれ!!」
ふわりと、後ろから温かな腕に包まれた。
「な!杏寿郎様……どうして?」
「琴音にはただの弟子だと、断言されてしまったが、彼女は俺の
「婚約者……」
「君の言う〝どんな手段を使っても振り向いてもらいたい〟……そうだな、それ程までに俺はこの子を想っていた。漸く琴音に、想いを受け入れて貰えた所なんだ!!」
もしこの子を傷つけるなら容赦はしない!そう言って、琴音を抱きしめる手に力を込めれば、女性は目に涙をいっぱい溜めて、逃げるように飛び出して行った。
「すまなかった」
静かになった空間に、杏寿郎は呟いた。
「先日はっきり断っておけば、琴音が傷つく事もなかっただろうに……あまりにも琴音の反応が可愛らしかったものでな。曖昧な返事をしていた俺の責任だ。すまない」
だが何も返事を返さない琴音を心配して杏寿郎が「琴音?」と彼女の顔を覗きこめば、そこには茹で蛸状態の琴音が未だにキョトンと固まっていた。
「ぐっ、くく!あんまり、可愛らしい反応ばかりっ、取らないでく、れっ!」
「………杏寿郎さん、」
「む?なんだ!?」
背後から覗き込んだ彼に振り返り、口を開いた琴音は、真っ赤な顔で口を開く。
「人前でなんて事するんですか!!?………でも、」
嬉しかったです。そう呟いた琴音は、顔を隠すように杏寿郎の胸元に額を寄せた。その行動に思わず杏寿郎は笑みを漏らし、琴音をぎゅっと抱きしめる。
「では、お詫びに先日言っていたパフェとやらを食べに行こう!?」
「…………」
「君は俺の婚約者だからな!宇髄と行くぐらいなら俺が好きなだけ、ご馳走してやろう!これで許してはくれないか?」
「……………………それなら、許してあげます」
許すも何も、杏寿郎には最初から怒ってはいない。ただ嫉妬して不安になったのは自分の方なのに……
琴音は杏寿郎からそっと離れると、下駄を履きながら小さな声で呟いた。
「杏寿郎さん、今なら私も同じ事を思いますよ……私だってどんな手段を使っても、杏寿郎さんを振り向かせたいですから!!」
逃げるように玄関の戸を開けた琴音に、杏寿郎はポカンとその背中を見送った。
「よもや、そこまで想われていたとは……」
独り言を口にしながら、琴音を追うように下駄を履く。家先で顔を赤く染める琴音の姿を想像し、杏寿郎は口元に弧を描くのだった。
******
りっち様リクエストありがとうございました〜
〝長編夢主の設定で、煉獄さんに一目惚れした女性が煉獄さんにアタックしている様子を見ている夢主が嫉妬してしまう→最終的に煉獄さんがきっぱりその女性を振って、夢主の嫉妬を喜ぶみたいなお話が読みたいです!〟
随分性悪な女性に迫られるお話となってしまいましたが、ご期待に添えれば幸いです。
りっち様、またぜひ長編も読んでいってくださいね?ありがとうございました。
2021/06/19 おもち