第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〝今日は何だか上手くいかないな……〟
そう思って肩を落とす琴音に、千寿郎は心配そうに声をかけた。
「琴音さん、まだ怪我の具合が良くないんじゃないですか?」
「ううん、それは全然大丈夫!一応明日、しのぶに診察してもらう予定だけど、もうすっかり傷は塞がってるの。ごめんね、余計な心配させちゃったみたい。」
「いえ。そんな事は……」
そう言って曖昧に笑った千寿郎に、琴音は小さくため息を落とした。
******
それもその筈。本当に今日の琴音の稽古ときたら、それはもう散々な有様だった……
愼寿郎には「集中せんか!」と珍しく本気で怒鳴られるし、ふと視線を感じて振り返れば、意味深にニヤつく杏寿郎と目が合うしで、正直言って機能回復訓練どころでは全くなかった。
〝それもこれも、全部杏寿郎さんのせいだ!!〟
琴音にしては珍しく、杏寿郎に腹を立てながら、お玉に乗せた味噌を溶いていく。
そう。彼女は今、千寿郎とともに晩御飯の仕度の最中なのだ。
怒りをぶつけるように、箸で乱暴に味噌を溶いている彼女だが、結局作っているのは
こんな時にまで杏寿郎の好物を作る辺り、本当に彼に怒っているのかどうかも怪しいところである……
だが、そこへ突然
「いい匂いがすると思えば、今日はさつま芋の味噌汁か!?」
「兄上!!」
そんな琴音の後ろから、彼女の手元を覗き込むようにして現れた杏寿郎に、千寿郎は驚き声を上げる。
一方、杏寿郎の気配を察知していた琴音は、プイッとそっぽを向き、お玉で鍋をかき混ぜていた。
そんな彼女の反応に杏寿郎は思わず笑みを漏らす。
〝随分と意識してくれているらしい〟
だがここまで露骨な態度を見せられれば、杏寿郎も揶揄いたくなるというもの。
千寿郎に「何か手伝う事はあるか?」なんて聞きながら、さり気なく彼女の腰を抱き寄せる。
それだけでピクリと動きを止めた琴音に、杏寿郎は無意識に口元に弧を描く。
「杏寿郎さんに手伝って貰う事などありませんから!」
だが、琴音もそれに黙っていられる筈がない。
千寿郎がいるのに何をするんだ、と真っ赤になってプルプルと震え出した彼女は、杏寿郎に向かって声を荒げた。
いきなりの事で驚いた千寿郎には申し訳ないが、琴音は苛立ちと恥ずかしさで爆発寸前なのだ。
「あっちで待っていて下さい!!」
お行儀悪く、手にしたお玉で居間を指した彼女は、プリプリしながらまた鍋へと視線を戻す。
小さな子供のような反応をする琴音に、杏寿郎は楽しそうに笑い声を上げ
「琴音にそう言われてしまってはしょうがないな。では、美味しい味噌汁が出来るのを待っているとしよう!!」
そう一言残して、台所を去っていった。
残された二人の間には何とも気まずい空気が流れるが
「……琴音さん「千寿郎君、何も聞かないで」
千寿郎が、兄と喧嘩でもしているのかと、心配してかけた言葉は、琴音の言葉でかき消された。
だが、チラリと覗いた彼女の顔は、眉を下げ、それはもう真っ赤に染まっていて……
その表情は怒っていると言うより、困っているように思えて、千寿郎はそれ以上何も言えなくなる。
そこでふと先程の兄が、随分と機嫌が良かった事を千寿郎は思い出した。こんなに声を荒げた琴音も初めて見るし
〝兄上は琴音さんの事となると、幾分か暴走する癖があるから……きっと今も琴音さんの反応を楽しんでいるのだろうな〟
と、やはり彼女を思い曖昧に笑って見せるのだった。
******
結局その後も、杏寿郎は何かと琴音に構ってみせた。
食事を運ぶのを手伝う時だって、わざわざ琴音の手に触れてから料理を運んでいたし、
いつもは「うまい!」と感想を述べる以外は黙々と料理を平らげる杏寿郎が、
「今日の味噌汁は格別に美味いな!やはり琴音が
と声をかけてくるしで、琴音は途中からだんまりを決め込んだ。
さすがに琴音の機嫌が真っ逆さまに落ち込んでいるのを心配し、千寿郎が声をかけようとすれば、
「杏寿郎、飯くらい静かに食べれんのか……」
呆れた父に小言を言われる始末である。
「すみません、父上。あまりにもこの味噌汁が美味かったもので!!」
「「「…………」」」
だが結局、すこぶる機嫌が良い彼に、呆れて誰も口を開かなくなるわけだが。
そんなこんなで、いつもよりどっと疲れを感じた琴音は、恐れ多くも一番に風呂へと足を運んだ。
何故か哀れな目を向けた愼寿郎と千寿郎に、
「今日は大変だっただろう、私たちの事は気にしなくていいから一番に風呂へ入りなさい」
「そうですよ琴音さん、片付けは俺がやっておきますので!!」
そう声をかけられた琴音は、その提案にありがたく頷き、一番風呂を頂戴したのだ。
そして自室へと戻った彼女は、髪もそこそこに乾かして、早速布団へと潜り込んだ。
まだ寝るには早い時間だし、寝る前の習慣にしている呼吸の鍛錬もしていないが
精神的疲労が最高潮に達していた琴音は、何もかも放り出し〝ふて寝〟をする事に決めたのだ。
だがそんな時、部屋に近づく足音が聞こえ琴音は布団の中で固まった。
「琴音、部屋に入ってもいいだろうか?」
杏寿郎の声が聞こえたが、彼に一日揶揄われ続けた琴音は、未だに腹を立てていた。
ここで招き入れれば、また揶揄われるだけだろう。そう考えた琴音は、その問いかけには返事をせず、寝たふりでやり過ごす事にした。
「……もう寝てしまっただろうか?」
彼女の思惑通り、そう呟いた杏寿郎に琴音はクスクスと静かに笑う。これで少しは彼からの意地悪のお返しが出来ただろう。そう笑みを漏らした琴音だったが……
「では、勝手に入らせて貰う!」
そう声を上げ、あろうことか杏寿郎はズカズカと琴音の部屋へと入ってきた。
それには琴音もギョッとしたのだが、寝たふりをすると決めた以上、布団の中で息を殺す。
そんな彼女に近寄った杏寿郎は、布団の横までやってくると、その中へとそっと手を忍ばせた。
「わぁぁぁー!!何してるんですか!!」
その手が体に触れた瞬間、耐えきれず琴音は叫び声を上げ、飛び起きた。顔を真っ赤にさせた彼女に、杏寿郎は楽しそうに笑い声を上げる。
「何って。琴音が夜にしてくれ、と言うから約束を果たしに来たのだが?」
「ち、違います!!……あれは、そう言う意味じゃなくて」
だが、そんな彼女の言い訳なんて聞こえないとでも言うように、ゆっくりと杏寿郎は距離を詰める。琴音もそれに合わせて後ずさったが、トン、と壁に背が当たり、その状況に青ざめる。
「それに、寝たふりは良くないな?」
彼女の横に手をついた杏寿郎は、そう呟いて怪しく笑いかけるのだった。