第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ではこれからよろしくお願いします。師範!」
その一言で、杏寿郎は笑顔のまま固まった。
〝杏寿郎さん〟なんて、可愛らしく呼んでくれるのを期待していた彼は、琴音から思わぬ変化球を受けて、思考回路が止まってしまったのだ。
この場に、あの派手好きな自称祭りの神なんかがいればゲラゲラと笑い転げ、「琴音のそういう所は派手でいい!!」なんて褒めていただろう。
そんな彼女は呑気な物で、先程の甘味処についてブツブツと呟きながら考え込んでいる。
「それにしても、あの甘味処はいつ頃できたのでしょうか……?二ヶ月前、あの道を通った時にはあんな所に店なんてなかったと思うんですが……」
「………」
「それにあの期間限定とやらの桜餅……今日は残念ながら売り切れていましたが、一度は食べておいた方がいいですね……」
至って真剣に考え込み始めた琴音には、彼の呼び方の事なんて正直どうでもいいのだろう。
なんなら目の前で不自然に動きを止めた杏寿郎にすら、恐らく気づいていないのだから。
そんな琴音を他所に、なんとか思考を呼び戻した杏寿郎はじっと琴音を観察する。
「きな粉餅も買っておくべきだったかな……もっと沢山食べられたらいいのに」
顎に手を置き考え込む琴音の独り言に、杏寿郎は人知れずため息を漏らす。
〝なんとも呑気なものだな……〟
そして、そんな彼女を視界の端に捕らえながら、杏寿郎は記憶を巡らせる。
〝そういえば、甘露寺も甘味が好きだったな……〟
******
カン!カン! ッブン! バシッ!
道場に響き渡る木刀同士がぶつかる音。
まだ柱になる前から、杏寿郎には甘露寺蜜璃と言う継ぐ子がいた。
現在、彼女は恋柱を任される程立派な隊士に成長したが、その当時は煉獄家の道場でよく打ち込み稽古を行なっていた。
「師範〜……腹ペコでお腹と背中がくっつきそうです〜、甘味休憩を所望します」
「まだ休憩には早いだろう!!」
杏寿郎の激しい打ち込みに半泣き状態になりながら、甘露寺は竹刀を必死で動かす。
だが本格的に彼女が根を上げる前に、ぐうぅ〜……と腹の虫が暴れ出す。
「腹の音で返事をするんじゃない!!」
「だってぇ〜〜……」
そんなやり取りをしながら稽古をつけていた事を思い出し、杏寿郎は小さく笑みを溢す。
そうやって終えた稽古後は、千寿郎が用意してくれた甘味を仲良く三人で口にしたものだ。
……そこまで考えて、はたと気づく。
〝なんだ、甘露寺も俺の事を師範と呼んでいたではないか!呼び方など些細な事!そんなにこだわる事ではないな!!〟
自分の中でようやく納得のいく答えが出た杏寿郎は、どこかスッキリとした表情で、目の前の少女へと視線を移す。
そこには先ほどと変わらぬ琴音の姿。
女性は甘いものに目がないと言うが……何もそんなに真剣に考え込まなくてもと思わず口元を吊り上げる。
「俺もあの店は初めて行ったがなかなか賑わっていたな!次は是非きな粉餅を食べに行こう!」
「はい!限定の桜餅も是非食べに行きましょう」
「うむ!了解した!!」
ハハハッと豪快に笑い声を上げた杏寿郎は、先程まで落ち込んでいたのが嘘のように満面の笑みで頷いた。
彼はとても切り替えが早い男なのだ。
******
気を取り直した杏寿郎は視線を本棚に移し、あっという間に残りの本を棚に並べ終える。
そこでふと〝分析〟と書かれた本を見つける。
他の本と違い、この本の背表紙の文字は恐らく後ろにいる少女が書いたであろうもの。
まだ知り合って間もないが、彼女は随分な努力家である事は間違いないから、きっと医療のこと……もしくは鬼に関しての分析が書かれているのだろう。
どんな分析をしたのか気になった杏寿郎は徐に本を手に取ると、何の気なしにページを捲る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・大和屋
団子が美味しい。特にみたらし団子が格別。
餡団子を始めるか検討中らしい
(ぜひとも食べてみたい)
盛り付けの仕方が綺麗。お皿もとっても綺麗。
桜並木が目前に広がる為、春は店先で食べるべき
桜の季節のみ桜餅を販売している(要確認)
・富田屋
おはぎが絶品。絶対ここはおはぎ一択。
実弥さんもここのおはぎを褒めていた。
つぶあん、こしあん両方あるから
その日の気分で変えることができる所もいい
女将さんがとっても優しくて、面白い
たまにおまけで抹茶を出してくれる
・カフェーシロクマ
ぱんけーきなる、はいからな食べ物がある
これはふわふわで甘い。何枚でも食べられる
ただ、珈琲には注意
これは飲みものとは思えない。とても苦い。
絶対にこれだけは注文すべきではない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
つらつらと一件一件の甘味処の感想や、店の所在地、そこで食べられる甘味の絵などが大量に書かれている内容に、杏寿郎は盛大に吹き出した。
「ぶっっくくっ、琴音は随分と甘味が好きな、のだなっ!ぐっ、…」
震える声で問いかけた杏寿郎だが、もう耐えられないとワハハ!と大声で笑いだす。
「え?なんです?」
突然の出来事に琴音は驚いたように彼を見上げ、その手に収まる本を確認した瞬間、ぼん!と顔を赤らめる。
わ、わ、わ〜!と奇声を発しながら、未だに笑い続ける杏寿郎から本を奪い取り、泣き出しそうな声で叫ぶ。
「もう、何で勝手に見るんですか〜」
「くくっ……いや、すまない!つい出来心だ!!」
その姿はまるで失敗を直隠す子供のようである。
〝恥ずかしすぎる〜……
本を抱きかかえ、遂には蹲ってしまった琴音は随分と幼く見える。
普段鬼殺隊の為に身を捧げている少女の可愛らしい一面をみた杏寿郎は、最後に口元を吊り上げると楽しそうに口を開く。
「では、琴音の大好きな甘味を食べに行くとしよう!縁側で千寿郎がお茶を用意して待っているだろうからな!」
「………はい」
もうこれでもかと言うほど真っ赤な顔の琴音が恥ずかしそうに返事を返せば、杏寿郎はそれに大きく頷いて満足そうに歩き出す。
******
縁側に続く、長い廊下を歩く二人。
先程とは打って変わり、前を歩く上機嫌な杏寿郎と、下を向いて彼の後ろに続く琴音。
彼女に気付かれないようにそっと後ろを振り返る。
隠しきれていない真っ赤な耳に、また杏寿郎は小さく笑みを浮かべるのだった。