このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

1、フュンフ

坂田銀時は32で死んだ。
死んだはずだった、自分自身に殺されて。
だが今見ている景色はなんだろう?
赤い空、差し込む夕日、鬱陶しい烏がカァカァと鳴く声…鼻につく鉄臭い死臭が、血の花をドロドロと咲かせる刀とニンゲンだったもの達が、どうしてか手に持っている赤いモノが染みた握り飯が、自身の過去を連想させて仕方ない。
最初はここが地獄かとも思ったが心臓の鼓動の音に空腹感、手の温かさが生きている時とさほど変わらない、そんな感覚がどうしても自分が死んでいるとは思わせなかったのだ。__?
ふと、視線が低いことに気づいた、ぺたぺた自分の体を触ってみれば手のサイズ感もこじんまりとしている、その小さい手で触れた足も頭も胴体も小さい。体に巻きついていた包帯も持っていた錫杖も無く着ているのは使い古された着物だけ…つまりはそういうことだ。──先程死んだはずの銀時は今幼少期の坂田銀時になっている。
どういう原理なのかは分からない。
今迄見てきたものが夢だったのか、今見ているものが夢なのかなど誰も分かりやしない。
路頭に迷う、というのは正にこのことだろう。鬼から人間に、人間から世界を滅ぼしかけた大魔王になって罪を重ねてきた自分が死んで、全てが救えたのなら悪くもない最期だったのかもしれないと、そう思えたのに、思えたはずなのに、この世界はこれ以上自分に何をしろと言うのか。
やり場のない怒りで無意識に手に力が入り、持っていた握り飯はポロポロと形を崩す。崩れていく様が無様で、なんだか今の自分を見ているような気分だ。

「そんなことをしては食べ物が無駄になるのでは?」

後ろからそんな声を投げかけられる。
昔から…いや、今となっては未来だろうか、聞き慣れ、求め続けた声がそこにあった。
だからこそ後ろを振り返る気は無い。
この目でその声の主の姿を見てしまったらこの悪夢のような場所から出られなくなりそうで、恐ろしくて、怖かったから。
__心の中ではは、と自分を嘲笑う。
綺麗事を言いながらオマエは逃げているだけでは無いのか。さして心地よくもない冷たさに居座ろうとしているだけでは無いのか。
そんな幻聴が聞こえる。

「屍を喰らう鬼が出ると聞いて来たのですが…」

「ちげぇ」

銀時の予想だにしぬ反応に男が「え?」とでも言いたげな様子なのが後ろからでも伝わってきていた。
人生生きてきて人を突き放すことだけが上手くなっている自覚はある、どうにも自分で抱え込む性分なものだから。
世界を滅ぼしかけた野郎があの男の傍に居ていいのか。否、良いはずがない。
自分はあの男が思う道とは反対側に進んでしまったのだから、本当なら会う資格だってなかっただろう。
運命の悪戯というのは悪趣味だと、つくづく思う。

「違うならば君は何なんですか?」

「アンタみてぇな得体の知れない奴に言うかよ」

「吉田松陽です。ほら、知らない奴じゃなくなりましたよ、君の名前を教えてくれませんか」

名前を知れば他人ではなくなると、だから名前を教えろと。
これは屁理屈だ。なんの捻りも無い屁理屈だからこそ言い返す言葉が見つからない。
だが、ここで素直に名乗っても帰ってもらえばいい、何も名前がバレたら都合が悪い訳ではないのだから。

「…坂田銀時。答えてやったぞ、アンタがさがしてるヤツはここには居ねぇからかえれよ」

「まさか、一人でいる子供を放っておけと?」

「そう言ってる」

今の自分はさながら某名探偵のように見た目は子供、頭脳は大人状態なのだ。
そんな奴を子供と言っていいかも怪しい。といってもそんなことは他の人間には分かりようが無いのだが。
放っておけと言ったにも関わらず暖かい男の手が肩に触れ、思わず下を向く。
自分が思っていたよりも男は近づいて来ていたようだった。

「体が冷えてるじゃないですか、風邪を引きますよ」

「別に平気だから」

真っ赤な嘘である。
先程から寒さで歯がカタカタといい鳥肌もたち体が震えている、誰がどう見ても寒さを耐えているようにしか見えないであろう状態だった。
それでも嘘をついたのは心の奥底にある自己犠牲の精神からだったかもしれない。

「私、面倒くさい奴なので銀時が一緒に来てくれるまでここから動きません」

「マジでめんどくせぇヤツ、ぜったい行かねぇ」

肩に触れられていた男の手が移動して銀時の襟を掴み男の動く方へと引っ張られる。
その行動に一瞬頭に疑問符を浮かべポカンとしていたが誘拐紛いなことをされていると気づくと全力で抵抗する。が、子供の姿では大人の力、しかも松陽の馬鹿力には為す術もなくゴツゴツとしている地面に背中を擦り付けられ「痛い痛い痛い」と言う銀時の声も、その声に驚いて飛び散る烏達の鳴き声すらもその男は無視を決め込んだ。

◆◇◆◇

息を潜める、出来る限りバレぬように、勘づかれないように。
バレれば…「何してるのですか」

「ぎゃぁぁぁあ!」

「やけに大人しいなと思っていればこれですか、本当油断なりませんねぇ」

そう言った松陽はひょいと銀時が着ている服の襟を掴む、自分は逃げ出そうとしていた…というより逃げ出そうとしている。
最初は抵抗と言わんばかり無鉄砲に何回も逃げ出したが見つけられていく内に学習し、今回は今か今かという時を待って逃げ出したのだがあっさりと見つけられてしまった。
精神年齢が大人になった今でもコイツにかなうヤツは宇宙のどこを探しても居ないように思う、時間場所問わず後ろに目でもついているのかというほどすぐに気づくのだ。

「喉が渇いたでしょう、先程水を汲んで来ましたから飲んでください」

と言いながらがっしりと嫌がる銀時の腕を掴み飲ませる。
嫌がる子供にこんなことをできるのだからメンタルはジャンプスクエア並なのだろう。
Sな人間は打たれ弱いと言うが打たれ弱い松陽なんて想像も出来ない。
まさかSに隠れたM……

「何か失礼なこと考えていませんでした?」

心を見透かしていたような発言に冷や汗が頬をつたう。
人外じみた所業を時折見せるのはなんなのか、同じ人間だというのにどうしてこんなにも違いがあるのだろう。

__グゥゥゥ…

腹の虫が鳴る。
そういえば今日はまだ何も食べていなかった、万事屋であった時も…というより今までの人生腹が空かないことは中々無かった思い出がある。

「確か近くに団子屋がありましたね」

「よっしゃ行くぞ」

「手のひらくるくるすぎませんか」

例え後ろめたかろうと誰が甘味の誘惑に抗えるだろうか、こればっかりは口と足が勝手に動くとしか言いようがない。
今はまだ天人が来て間もないためパフェやアイスクリーム等の天人由来のものが無い、その為団子くらいしか甘味がないのだ。これはこれで美味しいからいいのだけど。

「みたらし団子を一つお願いします」

頼んだのは一つだけ。
松陽はお腹が空いていないのだろうか、思えば松陽は昔から銀時に食べさせて自分だけあまり食べていなかった気がする。
小さい頃はそこまで気にしたことも無かったがこうして見てみると疑問に思う。
__腹が空きにくい体質か、あるいは…
そんな考えも出されたみたらし団子の美味しさで掻き消えていった。

◆◇◆◇

木々の隙間から差し込む暖かな陽射しとそよ風が運んでくる草木の匂い、田舎であるからこそ歌舞伎町に住んでいる頃は中々感じられなかった自然が感じとれる。
そんな自然に囲まれた建物が一つ、これから『松下村塾』になるであろう場所。思い出も大切な物達も烏に焼き払われ、仲間と共に覚悟を決めたであろう場所。
その覚悟も数十年先に無駄にしてしまったのからなんとも皮肉な話だろう。

「ここが私の言っていた場所です、これからの家にもなるでしょうね」

「先生になりたい、だっけか、それだけなら俺を連れてくる必要あったのかよ」

「ありますよ、君には生徒第一号になってもらいますから」

「あぁそう…」

有無も言わさぬ言動、小動物には怖がられるくせになんで此奴が子供達に好かれたかさっぱり理解できない。表裏の無いやつは好かれやすいと聞くが此奴はどう考えても真逆だろう、本当に何でだ。

「さて、長旅でしたので銀時も疲れたでしょう、今は寝てていいですよ」

「じゃあお言葉に甘えて…っと」

こちとら歩き疲れと逃げ疲れでクタクタなのだ。フラフラと歩き村塾の玄関すぐでバタッと寝転ぶと睡魔が襲われ、すぐ意識は深い闇に落ちていった。
1/1ページ
スキ