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煙草は体に悪いので程々にしましょう

「土方さん、煙草買ってきやしたでィ」

部下が煙草を買ってきたと言ってきた。
この土方十四郎二十七歳、ちょっとやそっとのことで騙されやしない。
この部下に何度殺されかけたことか、時には仕事中、時には藁人形で呪われ、時には屋上__あれは土方であって土方ではないが、そんな話ではない。
土方は沖田総悟に執拗に命を狙われている、しかもバズーカだとか普通に呪ってきたりだとか一回一回殺意が高いのだ。
夢の中で土方を殺していると連想出来る寝言をこぼしていたことだって何日もあった。
つまりはこの男が差し出した煙草なんて吸った暁には毒を盛られて倒れていてもおかしくは無いということなのだ。

「この煙草なんかあるだろ」
「まず疑ってかかるのは人としてどうなんでィ」

今までの積み重ねが無ければ至極真っ当な意見であるがその積み重ねが前提にあれば百八十度意味が違って聞こえる意見だ。
普段即死級の攻撃を受けているのだから疑ってかからないと土方の命がいくつあっても足りやしない、ギャグ時空の世界にいると忘れそうになるが命は有限なのだ。
「そんな気になるなら吸ってみればいいでさァ」そんなことを言いながら土方の胸辺りに煙草の箱をグリグリと押し付け黙々と去っていった。どこか投げやりな様にも見えたがソレはソレ、コレはコレ、別問題だ。
__もし、この煙草が罠だとしてもわざわざ吸わなければいい話。
仕事に支障は出ないだろうと割り切っていた。が、その時「大変です副長!」と何かあったのか隊士の人が土方のところにぜぇぜぇと息を吐きながらやってくる。
焦りが見られるものだから思わず反射的に土方は「何があった?」と呟いていた。

「それが、それがぁ!」
「落ち着いて話せ」
「煙草が…」
「は?煙草?」

偶然にも焦りの理由は先程まで警戒していた煙草のようだった、こうなると何か関係があるのではないかと土方の中に疑心が生まれる。いや、そんなまさか__
「江戸から…いえ、日本中から煙草が消えてなくなりました!」
隊士の言葉が信じられず自分の普段持ち歩いている煙草を探してみれば綺麗さっぱり無くなっていた。
だが総悟に貰った煙草だけは残っている、先程の総悟とのやり取りが関係あるとしか思えずそのことだけが土方の頭の中をぐるぐると掻き回していた。
__そうだ、そもそもがおかしかったのだ、総悟があんなにも簡単に引き下がるはずがないとなぜ気づかなかった。
個人が意図して日本中の煙草を消すなんて普通不可能だがアイツなら出来ると言われても疑わない、元々そういう超人的な人物であるためだろう。
いや、問題は誰がやったかでは無い。
極端な話、今土方は禁煙をするか自分の命を犠牲にするかの残酷な選択を迫られているのだ。
さすがの土方も自分の命を犠牲にしてまで喫煙をする気は無い、禁煙くらいならすぐ出来るだろう。__この時はそう、思っていた。

◇◆◇◆

「局長、副長の様子が…」
「ん?あぁ、確か日本中の煙草が無くなったんだったか…トシはいつも吸ってたもんな、確かに落ち込んで居てもおかしくはねぇさ」

「いや、そうじゃ…」と山崎が歯切れ悪く言い淀む。
そういえば、前にも似たようなことがあった。煙草が消えた、という訳ではないが総悟やとっつぁんの提案で禁煙場所が増えてトシが煙草を吸えなくなったことがあった。あの時はどんな様子だったか__そう、近藤は忘れていたのだ、だからこそ今のトシの様子には気づけなかった。

「離せ!止めるな!!」
「副長落ち着いてください!」
「今から煙草を探す旅に出んだよ、煙草王に俺はなる!」
「それ別の漫画です!麦わら帽子被ってる人のセリフです!!」

トシのあまりの変わりように近藤は半ば放心していたかもしれない。__思い出した。前に煙草が禁止された時は宇宙にまでも禁煙されていない場所を探しにきていたのだった。近藤は楽観視し過ぎていたのだ、もういい大人なのだから煙草が無くなったくらいどうってこと無いだろうと。忘れていたのだ、トシが異常な程煙草依存だったことを。
だが、これはむしろトシに煙草を辞めさせる転機なのではないだろうか。吸ってしまえば辞められないものではあるが体に悪いことには違いない、ただでさえ食事の栄養が偏っているというのにその上煙草とはよくあの体型を維持出来たものである、本当ならばデコボッコ教の件の時のように脂肪がついていてもおかしくは無いのだから。そうと決まれば行動に移すべきだろう。兎に角死ぬ気でトシの動きを止め__「局長」

「あの、副長行っちゃったんですけど」
「トォォシィィィィィ!?」

◇◆◇◆

○月✕日、ある男がこの地を訪れる。
その男はこの廃れた地に恵みをもたらしこう伝えた。
曰く、この所業は神の成した業と。
曰く、自分は神の伝言者だと。
曰く、神は消えた煙草を欲していると。
曰く、お前達は神に恩を返すのだと。
そう全ては神の__「ざけんなぁ!!」

「なんなんだこのふざけた茶番は、珍しく真選組副長さんにお呼ばれしたと思えば神の真似事をさせられるたぁ…そんなに煙草が欲しいか」

「アイデア自体はいいわね、私も銀さんにあんなことやこんなことをしてもらう為の道具集めに使おうかしら」

そう呟くのは元御庭番衆の猿飛あやめと服部全蔵、先程の神の所業とはこの二人が小細工をして引き起こしたものだったのだ。
不満がある様子だったが土方には気にも止まらなかった、なぜならば煙草を求め続けているからだ。その為なら手段は選ぶつもりはない、どんな極悪非道を行おうと煙草神による煙草神という煙草のためだけにどんな障害があろうと土方は突き進む。その先で倒れようが死んでしまおうがさほど問題では無い。結果的にこの手に煙草があればそれでいいのだ。煙草さえあれば世界は平和になる、煙草さえあれば皆幸福を手にすることができる、煙草さえあれば土方は前を向ける、煙草さえあれば万事は解決する。だから進むのだ、他ならぬ煙草を手にするために__
念仏を唱えるかのように頭の中を煙草への熱意で埋め尽くす。それは水を失い彷徨う魚の様ともいえる、もはや土方には血と鉄と煙草しか残っていなかったのだ。禁断症状によるもの、というにはあまりにも酷い、ここまでのものがあるのだから恐らくもしその場に留まっていたとしても煙草を辞めさせるという近藤の思惑は叶わなかったことだろう。

「なぁ猿飛、コイツ大丈夫か?ずっとブツブツ呟いてるぞ」
「禁断症状出てイカれてるだけでしょ」

二人は土方の様子に呆れているようだった。
それもそうだろう、ずっと「煙草煙草煙草煙草…」などと呟いていれば異常者と見られることは仕方の無いことだ。仕方ない、というより異常者であることは事実な訳であるが。
そんな様子に入りにくい空気を感じながらも煙草教の信者が土方に話しかけた。

「すみません教祖様、近頃異教の者がこの地に取り入っているとの噂を聞いたのですが…」
「あぁ?煙草教の邪魔をするやつはおっぱらっとけ、なんつー宗教だ」
「ドS教という名前でして…」

それは聞こえも字面も悪い名前だと誰もが思うであろう宗教だった、そんなところに入る者がいるのだから余っ程教えが素晴らしいのか教祖の人心掌握が優れているのか。
大抵は後者であろう、そもそも宗教なんぞは始める人間の理由は金が殆どであるのだからそう結論づけるのは必然のことだ。
皆が疑問符を浮かべる中たった一人、声を上げる者がいた。

「ドS教…なんて素晴らしい響きなの!」

そう、変態である。
ドMの猿飛にとってドS教という響きはさぞかし魅力的であろう。相手もそれを狙っていたのではないかと勘繰るほどには猿飛の為に作られたかのような宗教である。__しかしドSか、ドSといえば身近にもそんな奴がいたな、と土方はある人物を思い浮かべる。まさかこんな場所に来ているはずも無いので似たような性格をしている人間なのだろう、そう考えると寒気がする。奴のような人間は一人で十分だ、二人三人と居れば何が起こるかなど想像もしたくない。

「煙草教の教祖つーのはてめぇで…あ?土方さんじゃねェですかィ」

噂のドS教の教祖であろう人間が親しげに土方を呼ぶ。副長という上の立場についてはいるが土方さんと呼ぶ者は中々に少ない、真選組の部下達は副長と呼ぶからだ。土方さんと呼ぶのは沖田総悟と万事屋にいる従業員くらいであろう、周りの人間の中で唯一まともと言えるあの従業員がドS教などという宗教を開くとは考えられないので消去法でドS教の教祖は総悟ということだ。
奴のような人間が複数人居て欲しくないという土方の願いは奇しくも叶ったと言えようか。

「ところで土方さん、煙草吸わなくていいんでィ?」

__まずいところをつかれた。
一時的にまともな思考に戻れていた土方だったが禁断症状が抜けていない訳では無い。その為症状の原因である煙草のことを思い出すと、煙草…こんなふうに…煙草煙草…思考が…煙草煙草煙草…吸い寄せられてしまうのだ…煙草煙草煙草煙草__

「そんなに欲しいなら手元にあるじゃねェですかィ、煙草」
「あ__」

総悟に貰った煙草、禁断症状が発症しているうちは考えないようにしていた。吸ってはいけないことは分かりつつも煙草であることには違いないのでつい吸ってしまいそうだったからであるのだが、それが見破られていたのかはたまた知らずに言ったのか。
土方は限界だった。元々一日でも煙草を欠かせば暴れだしてしまう程なのだ、それが数日にも渡ろうものならどうなるかなど考えずとも分かってしまう。
だがコイツの思い通りになるのだけは…なるのだけは……

__スーッ

「…あ?死なない…?毒が回るような感覚もねぇ……」
「何を想像してたんでィ、今日に限ってそんなことしないでさァ」
「今日?どういうことだよ」
「覚えてねェんで?」

何の事だろうか。いや、何だっていい。
どうしてかは分からないが今日という日のお陰で土方は生き延びることが出来たのだからその偶然に感謝すべきなのだ。
煙草が美味い、別格だ。こうも求め続けた煙草は美味いものなのか。これの為ならば少しくらい禁煙しても__やっぱり駄目だ、今日のような目には遭いたくない。土方はいつも通りこうやって毎日スパスパ煙草を吸えればそれで良いのだ。
__そんなことを考えていればどこにあったのか総悟が何かスイッチの様なものを懐から取り出す。…ポチっと総悟の手によって軽々しくそれは押されてしまった。

__バァァァァン

何が起こったのかそんなけたたましい音と共に爆風が押し寄せる、近くにいたはずの忍者達は既に危険を察知してこの場を立ち去っていたようだ。コツコツと総悟は土方の目前にやってきてこう言った。

「土方さん誕生日おめでとうございやす」
「そういう、こと、かよ…」
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