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其の一 家出少女

「つまりは俺が金を稼ぐには払い屋になるしかねぇわけか」

自分、坂田銀時は救世主などというガラではない。今までの人生を振り返って見れば到底そんなものとは程遠いと思うし自称する気もサラサラない。なのに払い屋になるのは単純明快、金に困ってるからだ、汚い理由だが現実そんなものだと思う。
銀時が居る部屋にはデカデカと机が置いてあり、その机に銀時は頬杖をつき眼鏡を掛けた黒髪少年──志村新八の話に耳を傾けていた。

「そうですね、銀さんはまだ16にもなってないですし」

「…お前の敬語やっぱ慣れねーわ」

そもそも年上が年下に敬語を使ってること自体おかしいのだ、本人は精神年齢的に下な気がして…などと言っているが銀時から言わせれば新八の方が年齢的にも精神的にもよっぽど年上である。
何もしてこなかった銀時とは違いパッとしない眼鏡掛けてるくせして姉と二人暮らしで亡き父の借金もあるというのにバイトと払い屋の仕事を掛け持ちしてせっせと働いていたのだから放り投げなかったのは十分偉いと言えるだろう。

「あら、まだ銀さんは子供なんですから大人しく居候していてもいいんですよ」

「だから敬語…もういいか、お前らがせっせと働いてんのに俺だけタダ飯つーのは悪ぃだろ」

「子供は黙ってタダ飯を食う生き物なんですよ?」

「はぁ〜変なの」

新八の姉、志村妙はそこまで新八との年齢差がある訳でもないというのに無駄に銀時を子供扱いする。彼女の態度の節々からそう感じ取れるのだ、が、子供扱いをしているくせに新八同様銀時に対して敬語を使うのは本当に違和感がある。

「とにもかくにも払い屋の仕事を貰うにはまず本部に名前を登録しないと…」

「本部とか登録とか無駄に難しく感じる言葉使うんじゃねえ!」

「今のツッコむとこでしたァ!?話続けて良いですか?良いですよね、大体払い屋をする人たちは二人以上でチームを作ってします、万が一誰かが死んだ時に本部に報告する人が必要なので」

仕事をしている途中に生死不明になられてはその本部とやらも困るのだろう、銀時には知ったことではないが。

「銀さんの場合は僕らがいるので僕らと組めば問題無いです」

成程、主人公補正か。
などという三次元目線の発言は一旦置いておくとして、銀時はとても重要なことを思い出した。恐らく深海に沈んだとしても世界中のどこを探してもこれ以上は見つからないと言うほどの重要なことである。

「今日ジャンプ発売日じゃん」

「いやなんでだよ!あんな地の文で誇張表現しといてそれは無いでしょうよ!そもそもとしてあんたジャンプ読んでたんですか!?ジャンプって存在知ってたの!??」

「落ち着けぱっつぁん、ジャンプは別に逃げねぇよ」

「ジャンプが欲しい訳じゃねぇからぁあ!」

部屋の中は新八の叫び声が虚しく響き渡っていた。

――

「で、結局ジャンプ買いに行くんですね」

「まぁいいじゃないの、この時期の子には色んなものを読ませるべきよ」

「なに親ヅラしてやがる」

何を隠そう今まで聞いてきた話の中で一番惹かれた話がジャンプと甘味の話なのだ。その辺のジャンプを盗って読んだ時の感動は今でも忘れられない。

「銀さん、前!前見て!」

「へ?っうわ!?」

ぶつかった衝撃で銀時は尻もちをついた。ジャンプに夢中になっていたあまり、前を見るのを怠ってしまったようだ。
傘を持った透き通るような白い肌に橙色の髪を変わった髪飾りでまとめていた少女はそこに倒れ込んでいる。そのうんともすんとも言わぬ様子に銀時は一気に血の気が引いた。

「だ、大丈夫〜?」

その少女の頭を銀時はぺちぺちと叩き無事かどうか確認しようとすると…途端クルッと回転し足が振り上げられ勢い良く地面に向かって蹴られる。

「叩くんじゃねーヨ!地味に痛いアル」

「なんだめっちゃ元気じゃん、心配して損したー」

「…この際お前らでもいいアル、私を引き取って欲しいネ」

「…え?」

普通、出てこないような言葉が飛び出てきて頭を打たれたような衝撃を覚えた、何という訳ありとぶつかってしまったのだろう。
心の中で激しく後悔したが一旦少女を連れ帰ることにした。

◆◇◆◇

「おかわりアル!」

「いや食べすぎだろ」

神楽だというこの少女はもう白米3合ほど食べていた、どこにこれが収まる程の胃袋があるのだろう。それにしたって食べ過ぎやしないか。栄養が偏ると体調は悪くなるという話を聞いたことがある。このままだと神楽は炭水化物まみれになり脂肪の塊になっていてもおかしくは無い。
それを平気な顔して食べている、随分と裕福な家に育ったのだろうか。そもそも裕福な家でもこんなには食べないのでは無いだろうか。そんな疑問を頭の中に浮かべながら神楽を見つめ、言葉を漏らす。

「引き取ってほしいっつーのはどういうことだよ」

「そのまんまの意味ネ、私家出してきたアルから」

「でも困りましたね、最近銀さんが入ってきたばっかりなのに」

そう、既に銀時も志村家の世話になってしまっているのだ。そこに一人追加など新八たちの苦労が知れない、しかも食費を多く消費しそうな。

「うぅ〜誰も帰ってこない家に帰りたくないヨぉ、誰か拾ってくれないと寂しくて死んじゃいそうアルぅ…」

「か、神楽ちゃん僕が何とかするから!」

まぁ随分とわざとらしい泣き落としである。心の中で計画通りとでもドヤ顔してそうな演技。だが男はいつだって女の子の涙に弱いのだ、だからこうやって新八のような平凡男は騙される。
銀時が一つ学んだ瞬間だった。
――
チリン…チリン…
呼び鈴の音が耳に入ってきた、どうやら訪問者らしい。新八が急いで門まで向かっていくのを銀時はじっと見つめていた。

しばらく経つと話し声が消え新八が戻ってくる。

「神楽ちゃんに用だって言うんだけど…」

「追い返してくるネ駄メガネ」

「何とか帰ってもらうように言ってみるよ」

駄メガネ呼ばわりされても文句も言わず言うことを聞くところに社畜精神があるように思える、いやパシリ精神だろうか。どちらでもそう差異は無いような気がする。それはともかく

「俺も行く」

そう言ったのはどこか底知れぬ不安感があったからかも知れないしただの気まぐれだったかも知れない、どちらにしても行くべきだと銀時の勘が言ったのだろう。

「すみません、今日のところはお引き取り願えませんか?」

門の前に立っていたのは神楽と似たような傘を持っている大人の男二人だった。共通点はそこだけでこのモブ顔も髪色も神楽には似ていない。二人は新八の言葉を聞くと今から実力行使をしますよとでも言わんばかりに傘を構えだした。
案の定だな、と呟きそこら中に転がっている木の枝を拾ってそれに対抗するように新八の前に立ち銀時も構える。

「…それで対抗出来ると思われているようなら我らも舐められたものだ」

男の言葉にもう片方の男も同じ考えなのか同意するように頷いている。

「そりゃこっちのセリフだ、ただのガキだからって舐められちゃ困る」

一触即発とはまさにこのことだろう、自分達の身振り素振り、烏の鳴き声、吹き抜ける風でさえこの状況を壊しかねない。いつ仕掛けるか仕掛けられるかなんて考えていたときだった。
橙色の影がヒュンと鋭い風のように銀時を通り過ぎ一直線に二人の男達へと向かっていく。

「私達はもう他人のはずネ!関わるんじゃねーヨ!そっちも人様の子供世話しなくてもよくなってwin-winダロ!」

「貴方様は夜兎家の跡取りなのです、家出をしてもらうようでは困ります」

「余計なお世話アル!」

「夜兎家…聞いたことがあります、払い屋の勢力の一つで傘を持って戦うのが主流、代々身体的な能力がズバ抜けているのだとか」

新八がここぞとばかりに解説を入れてくれた。夜兎家、神楽はそこから家出をしたらしい。銀時はどんな家で生まれただとかは分からないし記憶にもない、だからこのような家の跡取り云々の話はさっぱりだ。だがこれが在るべき家族の姿でないことだけは分かる。

「神楽ちゃん嫌がってるだろーが、傍から見たら誘拐現場みてーだぞおじさん」

「減らず口を…お前達!何をしてでも跡取りの娘を連れ戻せ!」

男の叫ぶと同時にいつから居たのか門の外からゾロゾロと湧く虫のように同じような傘を持った男達がこっちへ向かってくる。
男達が持っている傘は対妖用なため人間である銀時達相手には本来の力を発揮出来てはいなかった。
咄嗟に振り下げられる傘を木の枝で受け止めて振り払い、傘の先を掴んで足を振り上げて男を気絶させる。メインウェポンが木の枝では心許無いため見事に気絶している男の傘を奪うことにした。

「銀さんどうしますか!?」

傘と同じく対妖用である真剣で男達を峰打ちをしながら新八は銀時に問いかける。
このままここで戦っていては騒ぎになり中にいるお妙が不審に思って出てきてしまう、飛び火がうつればあまり戦いに出向くことの無いお妙はやられてしまうだろう。
それを避けるために何処か人が居ない場所に移動したかった。 新八も神楽も同じ考えを持ったのか人気の少ない場所へ移動するように動いていった。

――

人気のない町外に銀時達は未だ神楽に説得を続けながら追いかけてくる傘を持った男達と戦っていた…が、夜兎家の子孫ということもあり並々ならぬ身体能力を発揮している神楽に飾り気のない戦い方ながらも強いといえる実力のある新八達の抵抗によって追いかける側であるはずの男達の方が客観的に見ても追い詰められていた。

「いい加減諦めろヨ!」

「この家にはもう貴方様しかおりません、貴方様が唯一の希望なのです」

流石に追い詰められたことに焦っているのか戦い方に冷静さが無くなり単調になってきていた。そのおかげか先程よりも簡単に倒せるようになっている。
それでも神楽に説得を続けているのだから執念深いと言うべきか諦めが悪いと言うべきか、どちらもそう意味は変わらないのだが男達の態度にどことなく銀時は違和感を抱いていた。

「何で名前を呼ばないネ!」

そうだ、彼らは夜兎家の人間か関係のある人間なのだから神楽の名前も知っているはずなのに先程から神楽のことをわざわざ「貴方様」だとか「跡取りの娘」だとか断固として名前を呼ぼうとはしない。
気にすることでは無いのかもしれないがそれがどうにも引っかかった。

「私には神楽って名前があるネ!…なのに、なのに皆マミーがいなくなった時から夜兎家の娘としか見てくれなくなったアル!」

「神楽ちゃん…」

悲痛な声だった。その声に感化されてか男達の攻撃の手が止み、それにつられて新八も銀時も攻撃を辞める。
男達に目を向けてみれば余程予想の外にある言葉だったのかその険しい顔には似合わず不意をつかれたような呆気に取られた表情をしている、それが銀時には意外な反応だった。
先程までどれだけ突き放す言葉を言おうとも男達は表情も変えずに同じ様なことを言い続けていたからだ。神楽はそんな男達の変化を気にもとめず細々と語り出す。

「……私のこと誰も見てなかったヨ、まるで遠くにいる誰かを見ているようだったネ」

「そんなことは…」

「それが、凄く怖かったアル」

男達の言い分を遮りポツポツと本心を語っていく、今までつり積もっていた激情を少しずつ晴らしていくかのように。

「一体お前らは私に何を見てるアル!」

神楽の叫ぶ声がこんなにも響き渡っているというのに烏のカーカーという鳴き声すら耳障りに感じるほど辺りは静寂な空気に包まれているようだった。此処だけ時が止まっているのでは無いかと、そう錯覚してしまうほどに。その静寂を打ち破ったのは神楽でも無く新八でも無く自分でも無い、呆気に取られていたはずの男達だった。

「……どうしても、見てしまうのです、当主の奥様の面影を」

震えた声が聞こえる、絞り出して絞り出して出したであろう言葉を紡ぐ声が。
そっと神楽の方を見やる、神楽は静かに右手を顔に近づけながら人差し指だけを立て……鼻の穴に突っ込んだ。

「え…え?」

「オマエらにはこんなことするやつがマミーに見えてるアルか、随分と幸せな頭してるネ」

辺りの空気は静寂から困惑へと変わる、突然の奇行に皆少なからずとも驚いているのだ。
先程まで眼鏡越しに瞳をうるうるとさせていた新八も涙が引っ込んで今にもツッコミが飛び出てきそうだったがそれをしないのは神楽の行動の意図を察したからだろう。
神楽にどんな人物の面影を見ているかは知らないが少なくともこんな奇行に走る人物では無かったのだろう、というかそうでなかったと思いたい。

「亡霊の面影なんて見てんじゃねーヨ」

「…神楽様」

その言葉を、待ち望んでいた言葉が紡がれるのを聞いて神楽はニカッと笑った。
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