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其の三 紅桜

似蔵達のいる場所の少し離れたところで村田鉄矢は普段からは想像も出来ないほど静かにその戦いを見ていた。

「鉄子、まさか全部話したのか!」

「兄者を止めてもらうために話した、似蔵さんも呑まれかけてる!」

「彼自らあの刀を使うことを志願したんだから問題無いだろう!」

「…」

◇◆◇◆

鉄子が用意していた刀でその男と相対する。
力のぶつかり合い。
銀時が押し切りガシャンッと音が鳴る。
__今のは何だ?おっさんの刀が急に軽く…?
似蔵は何かが分かったかのような笑みの表情を貼り付けていた。
瞬間似蔵の膝が上がり足で銀時の手を蹴る。
急なことに反応できず手から刀を離してしまった。

「いけないねぇ、その刀はフェアじゃない。そこの眼鏡の坊主も桂のペットも」

今度はやろうとしていることが分かった為新八もエリザベスも構える。
斬り掛かるかと思えばグニャリ…と形を曲げる、『紅桜』が変形しているように、意思を持っているかのように見えた。

「そりゃ刀っつーよりバケモンなんじゃねぇの!」

「もう戦えないのに口だけは達者だ」

『紅桜』がまず一人と新八を襲いかかろうとする。__ダメだ、やめろ。
心の中を掻きむしられるような焦燥に駆られれば考えるよりも体が、手が動いていた。

__グシャン

「…」

眼前の男は心底驚いたような顔をしている。
あまりにも隙だらけなものだからエリザベスがこれを機にと似蔵に襲いかかる。
またもや『紅桜』が変形しエリザベスの刀を受け止めた。

「そんなもん隠し持ってたのかい、でもそりゃまるで人間と対比したときを想定してたみてぇだ」

ギラりと光る短刀が銀時の右手に握られていた。

「いいや?スイカでも切ろうかと思って…っな!」

エリザベスの刀を受け止めている『紅桜』を斬る。
何とも感触が生き物を斬っているかのようで刀だということを忘れそうになる。
流石に気休めの短刀はこのような戦闘向きではないなとその場で倒れていた役人の真剣を借りることにした。

「銀さん、今の短刀……」

「あー…そろそろ捨てようかとは思ってたんだけどよ、たまには役に立つもんだな」

「何を話してんだい、俺も混ぜてくれねぇかなぁ!」

似蔵は真剣を持った自分ではなく新八を狙ってくる。いや新八の刀を狙っている…?
新八を突き飛ばして刀と刀がぶつかる。
先程はあちらの押す力が弱くなっていたはずなのに今度は何の違和感もなかった。
刀が違えばこんなにも変わるものだろうか。
『紅桜』というのはまさか…

__ヒュン

何かが空を切り似蔵にぶつかる。
傘、それにこの色は彼女のものだろう。

「銀ちゃーん!」

神楽、その後ろに金髪の髪の女と目が変質者のような男、二人程が着いてきていた。

「神楽、そいつらは!?」

「キヘイタイ?っていうそこの盲目野郎の知り合いらしいネ」

「似蔵!お前何やってるッスか!」

「辻斬りの噂は聞き及んでいましたがまさか似蔵さんだったとは」

「…いつかは気づかれるとは思っていたが仕方ない」

地鳴りがする。
何かが起こるということを察する前に異変はすぐそこで起こっていた。
グシャァァァと音をたてて橋が壊れた。
『紅桜』が似蔵の体を取り込んでいく、遠くから鍛冶屋で聞いたような声の歓声と悲鳴が耳に届いてくるのが分かる。
まずいことが起きているのは確かだった。
それでも"似蔵だったもの"は何も気にする様子は無く先の言葉の続きを口に紡ぐ。

「全員ここで殺してやる」

見た目で見れば暴走、という言葉正しいと思う。敵味方問わず殺そうとする殺戮マシーンのようなもの、それが今の似蔵を体現する言葉であろう。
ソレから目を逸らし後ろを振り返る。

「俺の予想が正しけりゃ『紅桜』は妖だ!俺の持ってる刀じゃ効かねぇがお前らのやつならアイツに効く!」

そう呼びかけても皆唖然としている。
視線が一点に、自分の後ろに集中していた。
「銀ちゃ…」と呼びかけられた声を聞ききる前に足に何かが絡まってくるのが分かった。

◇◆◇◆

遠くで銀髪の少年に『紅桜』が絡みついている。
意識を失っているようで抵抗しようと足掻く様子は見られない。
__怖い
手の震えが止まらない。
足が動かないのが自分でも分かる。
近くで兄が「素晴らしい」と歓声を上げている。
あれのどこが素晴らしいというのだ。
ただ人を殺すだけの生物じゃないか。
刀は"護るため"にあるのであって"殺すため"の道具ではないと、ただ叫びたい。
『紅桜』が銀髪の少年目掛けてすでに刀とは言えないモノを振り下ろそうとする。
その人を殺してはダメだ
兄の作った刀を汚してはダメだ
そんな想いでの行動だったのだろう。
『紅桜』目掛けて刀を投げる。
「鉄子!?」という声に聞こえないフリをしてそこに走った。

「銀さん!無事か!?」

『紅桜』から解放されてもなお銀時は目覚めそうには無い。
そうこうしている間に攻撃はすぐそこまで迫っていた。
自分が、護らなければ。
この刀で。
───自分の信じる刀で。

__バッ

目を疑った。
目の前で兄が、自分を庇うように『紅桜』に貫かれていて__

「兄者…!?」

◆◇◆◇

目が覚めると月明かりに照らされ赤黒い血をドロリと流す鉄矢とそれを抱き上げて涙を流す鉄子が居た。
『紅桜』は今なお暴れているらしい。
銀時は刀を取り『紅桜』に向けた。

「兄妹を邪魔するなんざ無粋なヤツだな」

地を蹴りウネウネと動く『紅桜』の上に乗るがどこからともなく攻撃が飛んできてキリがない。

「銀ちゃん!これ!」

下から何かが飛んでくる。
神楽の傘だ、この傘なら妖に効く。
意図を察すれば刀を扱うように傘で『紅桜』を斬る。
心做しか先程よりも弱っているように感じた。

「ウガァァァァァア」

呻き声が辺りにこだますると同時に銀時は吹き飛ばされる。
壁に当たった背中が痛みを堪え銀時は顔を歪める。
「銀さん!」「銀ちゃん!」と叫ぶ声
がした。

__どこからかダッダッダッと走る音がする。
此処に向かってきている…?
『紅桜』はどうなっているかと目を向ければ__空を切って現れた人物が『紅桜』を斬った。
その男を見て金髪の女が歓喜の声で叫ぶ。

「晋助様!」

「全員下がれ、ここは上司がケジメつけなきゃなんねェ」

『紅桜』の__否、似蔵の上司を名乗る人物が前に立ち金髪の女に目が変質者のような男は大人しく下がる、エリザベスは文句ありげな様子だったが下がる、鉄子は倒れた鉄矢を庇いながら下がる、神楽と新八は銀時が倒れている以上動けないと判断して下がると結果的に全員その場から下がったことになるだろう。

"晋助様"と呼ばれるその男は随分と妖と戦い慣れているらしい。
一突き、二突きと『紅桜』の猛攻を避けながら確実に入れていく。


「ガアァァァア」

咆哮。
それが何故か銀時には悲しさを帯びているように聞こえた。

「似蔵、随分変わっちまったな」

__ザシュッ

男はそんな咆哮も気に留めることは無くそんな言葉を"似蔵"にかけて『紅桜』を一刀両断する。
もう『紅桜』が暴れることは無かった。

「晋助殿、似蔵さんは一体…」

「村田鉄矢だったか、どういう技術かは知らねェがあの刀にゃ妖の恨み辛みが宿ってた、それが似蔵に影響して最近また辻斬りなんぞを始めてやがったんだ、あいつは妖になりかけてたんだよ」

「そんな…」

[あの、んな話どうでもいいんで桂さんの居場所教えてほしいんですけど]

「はァ?桂がどうかしたのか」

男は困惑している様子で聞いた、似蔵は"桂を斬った"と言っていたがその上司は心当たりがないらしい。
ただ上手く隠蔽して誰の耳にも届かなかった、というだけだろうが。

「そういやそんな話してたな、桂とかなんとかが行方不明になったみてーな話」

「あ!そうアル!私達は紅桜の他に桂だかなんだかを探してたネ」

「呼んだか」

声の主に目を向けると短い黒髪をなびかせ、
見下ろしながら此方を見ていた。
シュッと下に飛び降りて綺麗に着地する。

[桂さん!]

「桂、お前ずっと何してやがった」

「いきなりお前のところの奴に切られたものだから現状把握に努めるために潜伏していたのだ」

「だからってウチの問題に無関係の奴を巻き込むんじゃねェ、流石に温厚な先生でも怒るぞ」

「その時は高杉も一緒に…」

「却下」

そんな掛け合いを見ながら新八が「そういえば」と口を開いて言葉を続ける。

「そもそも僕らって刀打ってもらいに来てたんじゃありませんでした?」

「銀さんの刀なら私が打とう、また後日来てくれ」

「よろしく頼むよ、銀さん色々ありすぎてくたくただわ」

「すまねェな、ウチの問題に付き合わせちまって」

「本当だよ、似蔵くんだかのせいでただ刀打ってもらうだけだったのがこんな大変なことになっちまった、慰謝料に甘味諸々寄越せよ」

「…お前みたいな図々しいガキは初めて見たかも知れねェ」

「仮にもこちらが巻き込んだ側なのだぞ、そんなに分かりやすくイライラするな」

「後で諸々請求しとくからな、新八、神楽帰ろーぜ」

体の節々に痛みを感じながらも帰路を辿る。
ゆっくりと三つの影が伸びていた。
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