両片想いの主ポルシリーズ
キィンベルの軍団司令部、かつては軍団長室として使われていたその部屋は、紅茶の華やかな香りに包まれていた。
「まぁ、そうなの? ポルテちゃんが普通の女の子に……ふふ、なんだか不思議な感じね」
メレアーデの柔らかな笑みと共に、後ろでひとつに結んだ髪が揺れた。
"創失を招くもの"から世界を救い、穏やかな日常が戻って数日が経った日のこと。ポルテと隊長は、報告も兼ねてメレアーデのもとに訪れたのだった。
「ポルテちゃんは元々……えーっと、アストルティアを具現化?した存在だったのよね? 私、その話だってあまり実感が湧かないままだもの」
メレアーデは肩をすくめ、ティーカップに満たされた紅茶を一口飲んだ。
「いいのいいの! 難しいことは気にしないでオッケー! だからさ、今までと変わらず仲良くしてくれると嬉しいな!」
ポルテが元気よくメレアーデの前に手を差し出す。その華奢な手をメレアーデが握り、固い握手を交わした。
「まぁ……色々あったけどさ」
互いの手を握りぶんぶんと振っている二人の向かいに座る隊長は、空になったティーカップに新しい紅茶を注ぎながら口を開いた。
「またこうやって、メレアーデと茶会が出来てよかったな、ポルテ」
「うん! 隊長も、ありがとね!」
ポルテが弾む声と共に微笑むと、隊長は曖昧な返事をしたかと思えば目を逸らしてしまった。
照れ隠しなのだろうか。砂糖も何も入っていない紅茶をティースプーンでぐるぐるとかき混ぜている。ポルテとメレアーデは隊長に気づかれないように顔を見合わせて肩をすくめた。
「そうだわ。せっかくだから、何か新しいことを始めてみるのはどうかしら」
メレアーデはそう言うと、ケーキスタンドに並べられたクッキーを一枚選んで口に運んだ。
「それなら……ポルテなら調理職人とか向いてるんじゃないか?」
「いいねいいね! お料理のレパートリーも広がりそうだし!」
「やっぱり食うのが一番好きだもんな、ポルテは」
「もう! 一言余計!」
ポルテが大げさに怒ると、隊長は小さく笑みをこぼす。ポルテはそれをこっそりと目に焼き付けた。無愛想な隊長が笑うなんて珍しい。
「メレちーはどう思う? っていうかそもそも、普通の女の子ってどんなことしてるんだろう……」
「うーん、そうねぇ……」
自分から言い出したこととはいえ、メレアーデは少し困っていた。
というのも彼女は王族の家庭の生まれで、ポルテが思い浮かべているであろう市井の少女についての知識は無いに等しい。
身近な侍女たちがよく話してくれることを思い出してみる。ショッピング、最近読んだ本の話、それから——
「恋愛……ええ、そうだわ。恋をしてみるっていうのはどうかしら?」
侍女たちは、騎士団の誰々をお慕いしているだとか、お食事に誘われただとか、そういう話をいつも楽しそうに話していた。
メレアーデ的には名案だったが、紅茶を飲もうとしていた隊長は、それを聞いて強く咳き込んだ。
「まぁ大変! 大丈夫!?」
メレアーデがナプキンを手渡すと、隊長は気まずそうにそれを受け取り、口を拭いた。
「れ、恋愛ってお前なぁ……」
「あらおかしい? 恋する女の子って、みんな楽しそうなんだもの」
隊長は納得がいかないのか、小さく唸った。
「メレちー! あたしはすっごく良いと思うよ!」
「まぁ! 嬉しいわ!」
「なんでポルテは乗り気なんだよ。そもそもそんな相手——」
「え? いるよ。好きな人」
「は?」
隊長はポルテの思いもよらない言葉に目を丸くした。
好きな人がいる、だって?そんな話。一度も聞いたことがない。いや、聞きたいわけではないが。
隊長が悶々としていると、メレアーデはやや興奮気味にポルテに詰め寄った。
「ポルテちゃん! それはどこで出会った誰なの? 私も知ってる人?」
ポルテは緩んだ唇をきゅっと結んで、メレアーデに向けて頷いた。
「きゃー! 誰かしら!」
ポルテが想いを寄せていて、メレアーデが知っている人。ならば隊長も見知った人の可能性は高いのだが、それを聞く勇気は隊長には無かった。
「じゃあ、メレちーにはコッソリ教えちゃおうかなー」
ポルテは椅子を引いて立ち上がり、メレアーデの元に駆け寄る。耳打ちしようとしたところで、睨みつけるような隊長の視線に気づいた。
「あ、隊長はダメだからね。なんか口軽そうだし」
「べ、別に何も言ってないだろ! あと今しれっと聞き捨てならないこと言わなかったか!?」
ブツブツと文句を言っている隊長を無視し、ポルテはメレアーデの耳に手を添えて喋り始めた。
隊長がどれだけ耳を凝らしても、当然聞き取ることはできない。眉間のシワはより深くなる一方だ。
「えーっ! そうだったの!?」
メレアーデは頬を染め、一際大きな声で言った。廊下で待機している護衛の兵士はさぞ不審がることだろう。
「ふふっ。なるほどねぇ……」
「ど、どんな奴なんだよ、ソイツは」
「ほら、やっぱり気になるんじゃん」
「うっさい。そんなリアクションされたら気にもなるだろ」
メレアーデとポルテは、どうする?という感じで目配せをする。少し悩んだ後、先にポルテが口を開いた。
「じゃあヒントね。その人は……ぶっきらぼうで、ノリが悪い」
「……何だって?」
隊長は首を傾げる。ぶっきらぼうといえばジーガンフやヒューザあたりが思い浮かぶが、なんだかんだでポルテの調子に合わせているように思うので、ノリが悪いとは少し違う。
メレアーデも、そうねぇと人差し指を口に添えて考えた後、
「それに、ちょっと天邪鬼なところがある……かしら?」
とクスクス笑いながら言った。ポルテもその意見には強く同意したらしく、分かる〜などと言ってクッキーをつまんでいる。
隊長は今与えられた情報から、例の人物の正体を導き出すことは出来なかった。しかも今のところ、嫌な奴という印象しか湧いてこない。
「何だよソイツ。絶対友だちいないだろ。ポルテは本当にそんな奴が良いのか?」
「もちろん。たまに笑うとかわいいし」
「そうかよ……」
「そうそう、しかもすっごく頼りになるのよ?」
「メレアーデまで……。ああもう、一体誰なんだよ」
とうとう頭を抱えてしまった隊長に、ポルテとメレアーデは思わず吹き出す。答えならこんなに近くにあるのに、この調子じゃ気づくまで時間がかかりそうとポルテは思った。
(不器用だけど本当はいつも優しくて——あたしのことを、救ってくれた人。あなたのことだよ、隊長)
ポルテはその言葉を大切に心の奥にしまった。春の訪れに胸を弾ませながら。
「まぁ、そうなの? ポルテちゃんが普通の女の子に……ふふ、なんだか不思議な感じね」
メレアーデの柔らかな笑みと共に、後ろでひとつに結んだ髪が揺れた。
"創失を招くもの"から世界を救い、穏やかな日常が戻って数日が経った日のこと。ポルテと隊長は、報告も兼ねてメレアーデのもとに訪れたのだった。
「ポルテちゃんは元々……えーっと、アストルティアを具現化?した存在だったのよね? 私、その話だってあまり実感が湧かないままだもの」
メレアーデは肩をすくめ、ティーカップに満たされた紅茶を一口飲んだ。
「いいのいいの! 難しいことは気にしないでオッケー! だからさ、今までと変わらず仲良くしてくれると嬉しいな!」
ポルテが元気よくメレアーデの前に手を差し出す。その華奢な手をメレアーデが握り、固い握手を交わした。
「まぁ……色々あったけどさ」
互いの手を握りぶんぶんと振っている二人の向かいに座る隊長は、空になったティーカップに新しい紅茶を注ぎながら口を開いた。
「またこうやって、メレアーデと茶会が出来てよかったな、ポルテ」
「うん! 隊長も、ありがとね!」
ポルテが弾む声と共に微笑むと、隊長は曖昧な返事をしたかと思えば目を逸らしてしまった。
照れ隠しなのだろうか。砂糖も何も入っていない紅茶をティースプーンでぐるぐるとかき混ぜている。ポルテとメレアーデは隊長に気づかれないように顔を見合わせて肩をすくめた。
「そうだわ。せっかくだから、何か新しいことを始めてみるのはどうかしら」
メレアーデはそう言うと、ケーキスタンドに並べられたクッキーを一枚選んで口に運んだ。
「それなら……ポルテなら調理職人とか向いてるんじゃないか?」
「いいねいいね! お料理のレパートリーも広がりそうだし!」
「やっぱり食うのが一番好きだもんな、ポルテは」
「もう! 一言余計!」
ポルテが大げさに怒ると、隊長は小さく笑みをこぼす。ポルテはそれをこっそりと目に焼き付けた。無愛想な隊長が笑うなんて珍しい。
「メレちーはどう思う? っていうかそもそも、普通の女の子ってどんなことしてるんだろう……」
「うーん、そうねぇ……」
自分から言い出したこととはいえ、メレアーデは少し困っていた。
というのも彼女は王族の家庭の生まれで、ポルテが思い浮かべているであろう市井の少女についての知識は無いに等しい。
身近な侍女たちがよく話してくれることを思い出してみる。ショッピング、最近読んだ本の話、それから——
「恋愛……ええ、そうだわ。恋をしてみるっていうのはどうかしら?」
侍女たちは、騎士団の誰々をお慕いしているだとか、お食事に誘われただとか、そういう話をいつも楽しそうに話していた。
メレアーデ的には名案だったが、紅茶を飲もうとしていた隊長は、それを聞いて強く咳き込んだ。
「まぁ大変! 大丈夫!?」
メレアーデがナプキンを手渡すと、隊長は気まずそうにそれを受け取り、口を拭いた。
「れ、恋愛ってお前なぁ……」
「あらおかしい? 恋する女の子って、みんな楽しそうなんだもの」
隊長は納得がいかないのか、小さく唸った。
「メレちー! あたしはすっごく良いと思うよ!」
「まぁ! 嬉しいわ!」
「なんでポルテは乗り気なんだよ。そもそもそんな相手——」
「え? いるよ。好きな人」
「は?」
隊長はポルテの思いもよらない言葉に目を丸くした。
好きな人がいる、だって?そんな話。一度も聞いたことがない。いや、聞きたいわけではないが。
隊長が悶々としていると、メレアーデはやや興奮気味にポルテに詰め寄った。
「ポルテちゃん! それはどこで出会った誰なの? 私も知ってる人?」
ポルテは緩んだ唇をきゅっと結んで、メレアーデに向けて頷いた。
「きゃー! 誰かしら!」
ポルテが想いを寄せていて、メレアーデが知っている人。ならば隊長も見知った人の可能性は高いのだが、それを聞く勇気は隊長には無かった。
「じゃあ、メレちーにはコッソリ教えちゃおうかなー」
ポルテは椅子を引いて立ち上がり、メレアーデの元に駆け寄る。耳打ちしようとしたところで、睨みつけるような隊長の視線に気づいた。
「あ、隊長はダメだからね。なんか口軽そうだし」
「べ、別に何も言ってないだろ! あと今しれっと聞き捨てならないこと言わなかったか!?」
ブツブツと文句を言っている隊長を無視し、ポルテはメレアーデの耳に手を添えて喋り始めた。
隊長がどれだけ耳を凝らしても、当然聞き取ることはできない。眉間のシワはより深くなる一方だ。
「えーっ! そうだったの!?」
メレアーデは頬を染め、一際大きな声で言った。廊下で待機している護衛の兵士はさぞ不審がることだろう。
「ふふっ。なるほどねぇ……」
「ど、どんな奴なんだよ、ソイツは」
「ほら、やっぱり気になるんじゃん」
「うっさい。そんなリアクションされたら気にもなるだろ」
メレアーデとポルテは、どうする?という感じで目配せをする。少し悩んだ後、先にポルテが口を開いた。
「じゃあヒントね。その人は……ぶっきらぼうで、ノリが悪い」
「……何だって?」
隊長は首を傾げる。ぶっきらぼうといえばジーガンフやヒューザあたりが思い浮かぶが、なんだかんだでポルテの調子に合わせているように思うので、ノリが悪いとは少し違う。
メレアーデも、そうねぇと人差し指を口に添えて考えた後、
「それに、ちょっと天邪鬼なところがある……かしら?」
とクスクス笑いながら言った。ポルテもその意見には強く同意したらしく、分かる〜などと言ってクッキーをつまんでいる。
隊長は今与えられた情報から、例の人物の正体を導き出すことは出来なかった。しかも今のところ、嫌な奴という印象しか湧いてこない。
「何だよソイツ。絶対友だちいないだろ。ポルテは本当にそんな奴が良いのか?」
「もちろん。たまに笑うとかわいいし」
「そうかよ……」
「そうそう、しかもすっごく頼りになるのよ?」
「メレアーデまで……。ああもう、一体誰なんだよ」
とうとう頭を抱えてしまった隊長に、ポルテとメレアーデは思わず吹き出す。答えならこんなに近くにあるのに、この調子じゃ気づくまで時間がかかりそうとポルテは思った。
(不器用だけど本当はいつも優しくて——あたしのことを、救ってくれた人。あなたのことだよ、隊長)
ポルテはその言葉を大切に心の奥にしまった。春の訪れに胸を弾ませながら。
