ナドラガ×主人公♀
「えーっと、前回はどこまで話しましたっけ」
「貴様が水の領界を訪れてすぐに冒険の書を奪われかけた話は聞いたぞ」
いつからか、ナドラガンドの宿屋で眠ると何故かナドラガ神が夢に出るようになった。
「もう、そういう覚えていてほしくない話ばっかり覚えて……」
今日は何度目の再会だっただろう。片手で数えられなくなったあたりから、数えるのは止めてしまった。
夢の中できちんと意味のある対話ができるというのも、かえって奇妙な話だ。とはいえ今までも不思議なことを沢山経験してきたこともあり、まぁそういうこともあるよなぁと、すんなり受け入れてしまった。
夢の中のナドラガ神の専らの関心ごとは、かつて竜族たちから"解放者"と呼ばれた異種族の冒険者——つまり、己が友の旅の話だった。
前回の続きを話そうと口を開きかけると、視界がゆらゆらと揺らいだ。数回の瞬きの後、景色が変わる。そこに現れたのは、海底都市ルシュカの酒場だった。
石と二枚貝の殻で作られた椅子に座れば、ナドラガ神も同じように近くの席に腰掛けた。
夢の中にも関わらず、あの領界特有の、水中であって水中でないかのような不思議な感覚がある。一体どういう仕組みなのだろうと手のひらを振って水を切っていると、ナドラガ神は咳払いをした。早く続きを聞かせろということらしい。
「じゃあ、オーフィーヌの海から海底に向かったところから話しましょうか」
エステラとトビアス——二人の神官と共に海底を進んだ先に現れたのは、水の領界で唯一の街である海底都市ルシュカだった。
シスターの亡霊に奪われかけて久しい冒険の書のページをめくって振り返りながら、当時のことを語り聞かせた。
ナドラガ神は、聞きながら何を考えているのだろう——彼のことは、未だによく分からないことの方が沢山だ。けれど、話を聞いている時は心なしか穏やかな表情をしている気がするので、良しとしよう。
「おい、また何やら無駄なことを考えているだろう」
「ちょっと、わたし何も言ってないんですけど。そっちこそ勝手に思考を読むのやめてください」
ヒトの力を超越した神のチカラというやつなのだろうか。厄介なことに、ナドラガ神には考えていることが筒抜けらしい。
大体、誰かさんのせいで末代まで報復を受けることになった竜族たちの話をするのだって気を遣う事この上無い。こちらが言葉を選んで話しているのに、ほとんど意味を為さないのは面倒だった。
「フン。そのような気遣いは不要だと、何度も言っておろうが」
「……」
「誰のせいだと思っているのか、だと? ええい全く口の減らん奴だ」
まだ口から出してない言葉まで勝手に読み取るからじゃないですか、と口を尖らせて睨みつけると、ナドラガ神は深くため息をついた。
「……本当に、貴様に気遣われるまでもない。これらは全て、至らぬ我が重ねた罪なのだからな」
ナドラガ神はそう言うと上を見上げた。そこに澄み渡る空は無く、太陽の光すら届かない深海の闇が広がっている。
「しかし、貴様にとっても気分の良い話ばかりではないだろう。ここまで付き合わせてしまったが、これ以上は——」
ナドラガ神が最後まで言い終わる前に、大袈裟にため息をついた。言葉を遮られて一瞬ムッとした彼を尻目に、白々しく肩をすくめる。
「なぁんだ、わたしの思考は勝手に読むくせに、わたしの気持ちはまるで分かってないんですね」
ふふんと鼻を鳴らしながらナドラガ神の顔を覗くと、爬虫類のような黄金の瞳はこちらを睨みつけた。
「どういう意味だ」
「まぁ、ちょっと来てください」
そう言って立ち上がり、ナドラガ神に手を差し伸べる。
「……なんだその手は」
彼がその手の意図を理解するまで待ちきれず、そのままグッと腕を引いた。
鱗に覆われざらりとした腕を引いて階段を駆け上がり、扉を開けて酒場を後にする。
後ろから「おい」だとか、「返事をしろ」だとか小言が聞こえる。それを無視して歩き続け、橋の中腹まで来て立ち止まると、ナドラガ神は煩わしそうに手を振り解いた。
彼の口から出た空気の泡が数個、ゆらゆらと水中を舞っていった。思考が読めない自分にも分かるくらい、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「全く、貴様は我が神だということを忘れる節があるな」
「えっ、そうかなぁ。それよりほら、見てくださいよ。ルシュカは綺麗な街でしょう?」
「フン、どうだか。マリーヌの奴が海中に沈めたというところがどうにも気に食わんがな」
「もう、またそうやって……。せっかくですし、ゆっくりお散歩してみませんか」
隙を見て、振り払われた腕を再び握り直す。やれやれ、と後ろから大袈裟なため息が聞こえたが、今度は振り払うことはなかった。
あなたの犯した罪は計り知れないし、これからも赦されるものではないかもしれない。
でも困ったことに、わたしにはあなたに話したいことも、一緒に見たい景色も、たくさんあるんですよ。
何も言わずにただ、振り返って微笑む。への字に曲がったナドラガ神の口角が、僅かに上がったような気がした。
「貴様が水の領界を訪れてすぐに冒険の書を奪われかけた話は聞いたぞ」
いつからか、ナドラガンドの宿屋で眠ると何故かナドラガ神が夢に出るようになった。
「もう、そういう覚えていてほしくない話ばっかり覚えて……」
今日は何度目の再会だっただろう。片手で数えられなくなったあたりから、数えるのは止めてしまった。
夢の中できちんと意味のある対話ができるというのも、かえって奇妙な話だ。とはいえ今までも不思議なことを沢山経験してきたこともあり、まぁそういうこともあるよなぁと、すんなり受け入れてしまった。
夢の中のナドラガ神の専らの関心ごとは、かつて竜族たちから"解放者"と呼ばれた異種族の冒険者——つまり、己が友の旅の話だった。
前回の続きを話そうと口を開きかけると、視界がゆらゆらと揺らいだ。数回の瞬きの後、景色が変わる。そこに現れたのは、海底都市ルシュカの酒場だった。
石と二枚貝の殻で作られた椅子に座れば、ナドラガ神も同じように近くの席に腰掛けた。
夢の中にも関わらず、あの領界特有の、水中であって水中でないかのような不思議な感覚がある。一体どういう仕組みなのだろうと手のひらを振って水を切っていると、ナドラガ神は咳払いをした。早く続きを聞かせろということらしい。
「じゃあ、オーフィーヌの海から海底に向かったところから話しましょうか」
エステラとトビアス——二人の神官と共に海底を進んだ先に現れたのは、水の領界で唯一の街である海底都市ルシュカだった。
シスターの亡霊に奪われかけて久しい冒険の書のページをめくって振り返りながら、当時のことを語り聞かせた。
ナドラガ神は、聞きながら何を考えているのだろう——彼のことは、未だによく分からないことの方が沢山だ。けれど、話を聞いている時は心なしか穏やかな表情をしている気がするので、良しとしよう。
「おい、また何やら無駄なことを考えているだろう」
「ちょっと、わたし何も言ってないんですけど。そっちこそ勝手に思考を読むのやめてください」
ヒトの力を超越した神のチカラというやつなのだろうか。厄介なことに、ナドラガ神には考えていることが筒抜けらしい。
大体、誰かさんのせいで末代まで報復を受けることになった竜族たちの話をするのだって気を遣う事この上無い。こちらが言葉を選んで話しているのに、ほとんど意味を為さないのは面倒だった。
「フン。そのような気遣いは不要だと、何度も言っておろうが」
「……」
「誰のせいだと思っているのか、だと? ええい全く口の減らん奴だ」
まだ口から出してない言葉まで勝手に読み取るからじゃないですか、と口を尖らせて睨みつけると、ナドラガ神は深くため息をついた。
「……本当に、貴様に気遣われるまでもない。これらは全て、至らぬ我が重ねた罪なのだからな」
ナドラガ神はそう言うと上を見上げた。そこに澄み渡る空は無く、太陽の光すら届かない深海の闇が広がっている。
「しかし、貴様にとっても気分の良い話ばかりではないだろう。ここまで付き合わせてしまったが、これ以上は——」
ナドラガ神が最後まで言い終わる前に、大袈裟にため息をついた。言葉を遮られて一瞬ムッとした彼を尻目に、白々しく肩をすくめる。
「なぁんだ、わたしの思考は勝手に読むくせに、わたしの気持ちはまるで分かってないんですね」
ふふんと鼻を鳴らしながらナドラガ神の顔を覗くと、爬虫類のような黄金の瞳はこちらを睨みつけた。
「どういう意味だ」
「まぁ、ちょっと来てください」
そう言って立ち上がり、ナドラガ神に手を差し伸べる。
「……なんだその手は」
彼がその手の意図を理解するまで待ちきれず、そのままグッと腕を引いた。
鱗に覆われざらりとした腕を引いて階段を駆け上がり、扉を開けて酒場を後にする。
後ろから「おい」だとか、「返事をしろ」だとか小言が聞こえる。それを無視して歩き続け、橋の中腹まで来て立ち止まると、ナドラガ神は煩わしそうに手を振り解いた。
彼の口から出た空気の泡が数個、ゆらゆらと水中を舞っていった。思考が読めない自分にも分かるくらい、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「全く、貴様は我が神だということを忘れる節があるな」
「えっ、そうかなぁ。それよりほら、見てくださいよ。ルシュカは綺麗な街でしょう?」
「フン、どうだか。マリーヌの奴が海中に沈めたというところがどうにも気に食わんがな」
「もう、またそうやって……。せっかくですし、ゆっくりお散歩してみませんか」
隙を見て、振り払われた腕を再び握り直す。やれやれ、と後ろから大袈裟なため息が聞こえたが、今度は振り払うことはなかった。
あなたの犯した罪は計り知れないし、これからも赦されるものではないかもしれない。
でも困ったことに、わたしにはあなたに話したいことも、一緒に見たい景色も、たくさんあるんですよ。
何も言わずにただ、振り返って微笑む。への字に曲がったナドラガ神の口角が、僅かに上がったような気がした。
2/2ページ
