意地っ張り同士のナド主シリーズ

 どんなに時が経っても、頭にこびりついて離れない夢がある。
 でもそれは、本当に夢だった?
 それにしては妙に生々しくて、実のところ、それを夢だと言い張る理由を探すとすれば、ただ気持ちが受け入れられないという一点だけだった。
 かつての因縁の相手、ナドラガ神。あろうことかそのナドラガと、まるで恋人同士かのように触れ合っていただなんて。有り得ない。こんな悪夢、他に見たことがない。
 ああ——考えれば考えるほど頭が痛い。

 好都合だったのは、私が何かと忙しい身だということだ。
 既にナドラガンドでの旅は遥か昔。今では、"創失"から世界を救うためにアストルティアとゼニアスを行ったり来たりする日々だ。
 そんな慌ただしい生活の中で、あの時彼の肌に触れた感触も、初めて知った温もりも、全てが薄れていって——あれはただの悪い夢だったのだと思い込むには十分な時間が経っていた。

「あれは夢。あれは夢……はぁ」

 フォーリオン造成地。そう名付けられた大地で横たわり、深いため息をついた。上空には天使たちの住む天星郷が浮かんでいて、この大地に影を作っている。
 木々は薄紅色の花を満開に咲かせ、大地を覆う鮮やかな緑は穏やかな風に揺れる。
 ここはまるで桃源郷のような場所だ——この地を訪れた時、心からそう思った。
 なのに、天使ヒマエルの依頼を受けて調査をした結果、ここはかつてナドラガンドの一部だったことが分かった。
 それだけではない。天界での旅の合間に出会ってしまったのだ——過去の彼、若きナドラガに。
 古き時代のフォーリオンで出逢った竜神には、かつて見た夢——あの口付けを交わした彼の面影があった。
 知らなければよかった。出会わなければよかった。
 長い年月を経てようやく薄れていた気持ちが、ただの夢だと言い聞かせていたことが、旅の中で再び色付いていく——だけど、私はただ目を逸らすことしかできなかった。
 だからこそ、ここは花見の穴場スポットだから——なんて言い訳をわざわざ自分に言い聞かせてまで、私は今日もフォーリオン造成地に咲く満開の花を眺めているのだった。

◇◇◇

 それから少し経って、私はアンルシアの見舞いのためにグランゼドーラ城を訪れた。

「やあ、浮かない顔をしているね」

 幾分か回復してきたアンルシアにホッと肩を撫で下ろし、城のバルコニーで風に当たっていた時のこと。
 煌めく金の髪をした神が、私の顔を覗き込んできた。

「まぁ、色々ありましたから……。でも、とにかく本当にアンルシアが無事で良かった……」

 何度思い返しても寒気がする。アンルシアは大切な親友だ。そんな親友が、死んでしまうかもしれなかっただなんて。
 さっきも見舞いの後でシオンさんに会い、そういう大事なことは先に盟友たる自分に相談しろとか、くどくどと文句を言ってきたところだった。ちょうどそこにグランゼニスが居合わせたので、その話は一旦終わりということになった。
 思い返せば、エステラや姉が危険に晒されていると知って、誰にも告げずにナドラガ教団の大神殿の地下に殴り込みに行ったが最後、オルストフによって一度は絶命した私には、それを言う資格は無いのかもしれない。シオンさんがそこに触れず、黙って話を聞いてくれたのは、ある種の優しさだろうか。

「まだまだ問題は山積みですけど——あなたの石化も解けたことですし、怖いもの無しですね」

 そう、創失を招くものとポルテのことなど、まだまだ気がかりなことはある。
 だけどもう一つ——

「ふふ。その割には、何か悩み事がありそうだけど?」

 隣に立つグランゼニスは、金色の瞳を細めた。その微笑みに何もかも見透かされていそうな気がして、目を逸らした。

 確かに気がかりなことはある。その原因には、先ほどシオンさんから聞いたばかりの話も含まれていた。
 古き女神に呪われてしまったグランゼニスの石化を解く手段を教示してくれたのは、かの竜神だったのだそうだ。
 彼が手を貸したのは今回が初めてではない。永い眠りについていたグランゼニスを復活させる際、かつて因縁の相手でもあったにも関わらず協力してくれたのだ。
 それは優しいというにはあまりにも不器用で、だけど誠実であることは古き時代から変わらないようだった。
 私の中で揺らぎ続けている気持ちは、そんな一面を知るたびにどんどん膨らんでいく。
 それは、ナドラガンドで出会った竜族たちが過酷な生活を強いられていたことや、オルストフを介して自分の命が一度は奪われたことなどを思い出すたびに萎んでしまうのだった。
 そんな落としどころを見つけようもないモヤモヤが、あの夢を見た時からずっと、忘れ去られることなく育っていった。

「ほら、私に話してごらん。きっと、力になれると思うから。ね?」
「……いえ、グラさんの手を煩わせるわけにはいかないので」

 居た堪れずにルーラストーンを取り出す。逃げ出そうとしたのがバレて、咄嗟に腕を掴まれた。

「ま、待って。じゃあ、言い方を変えよう。これは私からのお願いだ。兄上に——竜神ナドラガに、会ってくれ」
「……! な、な、何でそうなるんですか」
「だって、会いたいんだろう? ふふ、顔に書いてあるよ」
「ちょっと……勝手に決めつけないでください」
「でも君という人は、自分の欲は誤魔化せても、誰かからの頼まれごとは断れない。そうだろう?」

 グランゼニス神は白々しくウインクなんてして、あくまでも私と対等の立場のように振る舞っている。
 ——でも本当は違う。神様とその眷属という関係上、拒否権なんて無いようなものじゃないか。

「あぁもう……分かりました。引き受けましょう」
「そう来なくっちゃ。心から感謝するよ」
「でも、そもそもどうやって会うっていうんです?」
「会うためには私の創生のチカラを少々と——君、何かナドラガンドにまつわるものを持っていたりしないかい?」
「えっ、急にそんなこと言われても……」

 仕方なくカバンの中を漁る。そんなもの、持ってなかった気がするけど……あ。

「グラさん、それって写真でもいいですか?」
「しゃしん? ああ、現代人が発明した便利な写し絵だったかな。見せてごらん」

 カバンから写真機を取り出す。グランゼニスに見せたのは、今は天使たちの所有地となった、かつてのナドラガンドの写真だった。

「おや、これは非常にチョベリグでナウい写真だね」
「あ、はぁ……」
「これは兄上に会ったら是非見せてあげるといい。きっと喜ぶよ」
「うーん、あの偏屈な神様が素直に喜んでくれるとは思いませんけど……」
「あははっ、それも一理ある。兄上は気持ちと言葉がチグハグなところがあるからね。ちょうど君みたいに!」

 私が眉をひそめてグランゼニスを睨むと、神は声を上げて笑った。神の笑いのツボは分からない。

「君と兄上はよく似ている——ほら、そんな顔しないで。君たちは言葉にはなかなか表さないけれど、内に秘めた愛は誰よりも深いんだと思っているよ」

 似てると言われたことに怒るべきか、愛情が深いと評価されたことに感謝するべきかを悩んでいると、そんな私を置いてグランゼニスは写真機に左手をかざした。その手に、淡い白の光が灯る。

「さて。今から、ちょっとした異空間を創生するよ」
「異空間? そんなことが出来るんですか?」
「ああ、出来るとも。ただ、私は眠っている時間が長かったから、創生のチカラが少しばかり弱まっていてね。多少歪でも、多めに見ておくれよ」
「歪……? よく分からないですけど、異空間を創生するだなんて、それだけで十分すごいと思います」
「ふふ、ありがとう」

 グランゼニスは微笑んで、それから真剣な面持ちで視線を床に落とした。そしてそこに右手をかざし、何やら呪文のようなものをぶつぶつと呟いた。
 ——すると、そこには青白い渦を巻いた旅の扉が現れたのだった。

「よし、バッチグーだ。この旅の扉の向こうに、きっと兄上がいるよ」
「う、まだ心の準備が……」
「すまないけど、私の力不足で長時間保てそうにないんだ。なるべく早めの入場をおすすめするよ」
「そんなぁ……。あれ? でも、かの神に会ったその後は一体どうすれば?」
「うん、まぁ難しいことは考えなくて大丈夫さ。話したいことを話してくるといい」
「えっ!? そんな適当な……わぁぁ!」

 そんな適当なことでいいんですか——と言いかけた途中で、グランゼニスが強引に私を旅の扉へと押し込んだ。

「いってらっしゃい! 良い旅を!」

 視界が揺らぐ中、グランゼニスの弾んだ声だけが響いて消えた。

◇◇◇

「こ、ここは……」

 目を開けると、見覚えのある——というか、先ほどグランゼニスに見せた写真と同じ景色が広がっていた。

「フォーリオン造成地……?」

 あ、違う。
 生えている草花や薄紅色の花をつける木は同じだけど、空には雲しか浮かんでいない。それに、天使が管理しているエネルギー制御室もない。
 その代わりに——ナドラガンドで見かけたような様式の建造物が建っていた。
 もしかして、あの建物の中にいるのだろうか。そう思うと、自然と歩みが止まる。
 小さくため息を吐く。気は乗らないけれど、グランゼニスの頼みとなれば、このまま会わずに帰るわけにもいかない。

「うぅ、嫌だな……」

 グランゼニスは、私がナドラガに会いたいのだろうと思っていたようだけど、果たして本当にそうだろうか。この重い足取りを見たら、考えを改めてくれるかもしれない。
 
「何だ、誰かと思えば貴様か」
「う、うわぁぁぁぁ!?」

 背後から突然響いた声に、派手に尻餅をついた。
 ドラマチックな再会なんて期待もしていないけれど、これはさすがにどうかと思う。
 声の主は、地面にへたり込んでいる私を睨みつけながら正面に立った。

「何だ、化け物を見たような反応だな」
「あー……ある意味、化け物以上といいますか……」
「……今、何か聞こえたか?」
「ヒッ! き、気のせいでは……?」
「ああ、そうだな。此度だけは気のせいで済ませてやろう」

 声の主——ナドラガは、凍りつきそうなほど冷ややかな目で私を見下ろした。これ以上余計なことを口にすればどうなるか、分かるな?といった様子で。

「おい、何を呆けている。さっさと立て」
「ちょ、ちょっと! 自分で立てますから引っ張らないで!」

 ナドラガは不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、強引に私の腕を掴んで引いた。
 私が足をもつれさせながら何とか立ち上がったのを確認すると、ナドラガは腕を掴んだまま歩き始めた。

「わっ離してください! ねぇ聞いてます!?」
「……はぁ」
「えっ、今ため息……あぁもう、歩くの早い……!」

 腕を掴まれたままなのは腹立たしいが、行き先はやはりあの神殿らしい。ナドラガは何も言わず、ずんずんと歩みを進めている。
 それにしても、相変わらずこの神の手からは熱を感じられない。まるで彼の態度を表しているようだ。

「ナドラガ神は、いつからここに?」
「さぁな。先ほど目覚めたらこの場にいたのだ。おおかた、"趣味の悪い誰か"が創った束の間の夢といったところだろう」

 どうやら仕向けた人に心当たりがあるようだ。それはナドラガにストレスを与えるには十分だったようで、不機嫌そうに深いため息をついた。

「全く、あのまま石化していれば良かったものを……」
「ああ、何だかお世話になったみたいで。ありがとうございます」
「……フン。我が知り得た知恵をほんの少し分け与えたまでだ」

 そうこうしているうちに、神殿の前まで着いた。近くで見ると思った以上に大きく、立派な建物だ。
 思わず感心して眺めていると、「さっさと入るぞ」と、ナドラガに掴まれた腕をまた引かれた。

「お邪魔しまーす……あれ?」

 神殿の中に入って驚いた。外観からして立派な広間があるのを予想していたけど、見事に覆されてしまった。

「何だ、上辺だけで中身がまるで伴っておらぬではないか。全く、創った者の美的感覚を疑う出来だな」
「よくもまぁそんな悪口がスラスラと……」
「何、事実を述べたまでだ。フン、でもまぁ……窓の装飾は見事なものだ」

 そこには、宿屋の一室ほどの広さの居間のような空間が広がっていた。先ほどグランゼニスが、多少歪でも——と言っていたのはこういうことだったのだろうか。
 しかし窓だけは少し造りが違う。ステンドグラスがあしらわれ——自分の目には少々不釣り合いな気もするけど——作り手のこだわりがうかがえる。
 柔らかな日差しが差し込んで床に模様を映し出している光景が気に入ったのか、ナドラガは満足そうに鼻を鳴らした。何だ、案外嬉しそうじゃないか。随分と兄の機嫌を取るのが上手な弟がいたものだ。
 そして部屋の真ん中にはローテーブルと質の良さそうな皮張りのソファが置かれている。
 テーブルの上にはいくつかの菓子が並んだ皿と、ティーセットが置かれていた。よく見ると、カップからは湯気が立ち上っている。

「えっ……あれって口に入れても大丈夫なやつですか?」
「さぁな。まぁ、今さら再び我に喧嘩を売るようなことをする道理もなかろう」

 近づいてカップの中を覗くと、その色に驚いた。それは絵の具を溢したかのような青色をしていて、余計に心配になってきた。きっとグランゼニスが用意したものだから安全なのだろうけど、それでも安心はできない。

「どうした。早くこちらへ」

 先にソファに座っていたナドラガは、自身の隣を叩いて私に座るように促した。いや……正気?
 こんな風に寛げる空間を用意したグランゼニスも、それをあっさり受け入れるナドラガも理解できない。そして隣に座れって?
 何も知らない私を小馬鹿にして、神たちの冗談に巻き込まれているような気さえしてきた。

「聞こえなかったか? 座れと言ったのだ」

 苛立ち始めた棘のある声色に、我に返る。言われるがままいそいそと腰掛けると、吸い付くように深く沈み込んだ。これはもう簡単には立ち上がれそうにない。

「うむ。味は悪くない」

 隣を見ると、ナドラガがさっそく例の青い茶を一口飲んだところだった。

「え、飲んじゃったんですか!?」
「悪いか?」
「いえいえ全く! へぇ、むしろこういうの警戒するタイプかと……」
「フン。いたずらに恐れていてばかりでは何も進歩が無い。——あの時の貴様も、そうだったのだろう?」

 青い茶を啜りながら、こちらを鋭く見つめた。
 あの時……?と首を傾げると、ナドラガは大きなため息の後に言った。

「おい、忘れたとは言わせぬぞ。貴様は以前、不敬にも我に馬乗りになり——「わーーーーーーー!」

 最悪だ。覚悟はしていたけど、やっぱりナドラガにもあの時——抱擁し、口付けを交わした時の記憶は残っているらしい。
 彼を押し倒した直後には景色が暗転し、そこから先の記憶は無いことだけが救いだった。記憶が無いだけで、何かしらをしでかしている可能性は——うん、考えない方が良い。

「なんだ急に。喧しい」
「いや、すみません……ちょっと思い出したくない記憶だったもので」
「思い出したくない……? 何故だ」
「な、何故って……。あの時はどうかしてたんです。謝ったほうがいいなら謝ります。変なことしてすみません」
「貴様は全く……雑に謝るくらいなら、何も言わぬ方がまだマシだ。それに、そもそも謝る必要はない」
「そう、なんですか?」
「ああ。あの時、我は寒くて寒くて仕方が無かったのだ。凍えてしまいそうな時に、現れたのが貴様だった」
「ああ、だからくっついてきたわけか……」
「あの時——自分自身でもどうかしていると思うが、貴様がとても温かく感じたのだ。ずっとこの温もりの中で微睡んでいられたらどんなに良いかと思ってしまうほどに」
「……どうかしてますよ、本当に」
「……ああ、そうだな」

 意外なことに、今のナドラガは機嫌が良いらしい。わずかに微笑んで、また青い茶を飲んでいる。
 私も、自身の目の前にあるティーカップになみなみと注がれたそれを見つめた。
 こんな風に彼と話すことになるなんて、誰が予想しただろう。きっとシンイくんやラグアス王子だって予知できない。
 意を決してカップを口元に運び、一口飲んでみた。

「あ、おいしい……」

 それは見た目の奇抜さから考えられないほど優しい味だった。なんだ、こんなことなら早く飲んでおくべきだった。

「ああ、そうだろう。我はこの色も気に入った。ナドラガンドの空の色だ」

 ナドラガは手に持ったティーカップを揺らしてその色を眺めている。
 あぁ、そうか。この神殿の外にも、こんな色の空が広がっていた。

「あの、あなたに見せたいものがありまして」

 カバンから写真機を取り出すと、ナドラガは訝しげにそれを見つめた

「……何だそれは」
「写真機です。見たままの景色をそっくりそのまま写し出せる優れものなんですよ。ほら」

 私は数ある写真の中から、フォーリオン造成地の写真を選んで見せた。

「これは……我が創生せしナドラガンドと思ったが、少々様子が違うな」
「あ、そっか。今は天使たちが管理してるので、あなたがいた頃とは違うのかもしれないですね」
「天使たちがか……?」
「ふふ、そんな心配そうな顔しないでください」

 ナドラガはしばらく私が撮った写真に見入っていたが、不意に写真機を奪い取った。

「あ、ちょっと! 勝手に……」
「ふむ、実に便利な機械ではないか。なるほど、ここを押せば他の写真に……」

 奪い返そうとする私を無視して、ナドラガは他の写真を眺め始めた。変な写真は無いはずなのに、嫌な汗が出てきた。

「む、これは……」

 すると、とある写真を見てナドラガは手を止めた。それはナドラガ教団の大神殿で開かれた宴で、エステラとトビアスと私で撮った写真だった。(どういったきっかけで開かれた宴かは、ここでは黙っておいた方が良さそうだ)
 エステラは私の真似をして顔の横でピースをして微笑み、トビアスも同じようにピースを決めているが、目を瞑ってしまっている。

「ああ、竜族の。ほら、こっちはあなたの神の器の。こっちの方は、今は教団長としてナドラガンドの発展に向けて奮闘されてます」
「……」

 ナドラガは何も言わず、次の写真に切り替えた。
 それからサジェやリルチェラ、ディカス団長などの写真に切り替える度に、私はどんな人物かを説明していった。
 相変わらずナドラガは黙ったまま、私の言葉に耳を傾けていた。

「竜族のみんなの写真はこれで終わりですね。どうでした?」
「……ああ」
「ああ、って……」
「貴様——いや、そなたが我の子らを救ってくれたのだな」

 竜族を救った。それが何を意味するのか、張本人たるナドラガが知らないわけではないだろう。にも関わらず、私を見つめるその表情はあまりにも穏やかだ。

「私はただ、手助けをしたまでです」
「ほう、やけに謙虚ではないか」
「だって親の手を離れて歩み始めたのは、彼ら自身ですから」
「……ああ」

 ナドラガはそれ以上は何も言わず、静かに目を閉じた。
 ああ、そうだった。彼は竜族を心から愛していた。愛し方は間違っていても、不器用でも、ちゃんと。
 横顔を見て感傷に浸っていると、ナドラガは視線に気づいたのか、目を開けてこちらを見た。
 
「……ああ、分かった」
「ん? 何がですか?」
「そなたが以前、自分で考えろと我に言ったことだ」
「え……?」
「忘れたとは言わせぬぞ。そなたと居ると温かくて苦しくなる——その理由がやっと分かったのだ」
「そ、そんなことを律儀にずっと考えてたんですか?」
「ああ、悪いか?」
「変な方向に真面目なんだから……」

 そんなこと、私だって忘れていた——いや、本当のところは、ずっと忘れることができなかった。
 その答えは永遠に闇の中に葬り去るべきだと思っていたのに、心のどこかではいつかナドラガが答えを見つけるのを期待していた。

「それで、どんな答えが見つかりましたか?」
「フン、全く。ニヤニヤと意地の悪い顔をしおって」

 ナドラガは目を泳がせて大きく咳払いをした後、真っ直ぐに私の瞳を捉えた。
 ふと気づけば——写真を見ていた時からだろうか——お互いの肩が触れる距離まで近づいていた。それからナドラガの手が私の頬に伸びて——

「おい、何故避ける?」

 反射的に、ナドラガの手があるのと反対側に顔を背けてしまった。これは機嫌を損ねたかもしれない。

「あぁ……煩わしい」
「えっ!? うわぁっ!」

 頬に触れようとした手が降りてきて、私の腕を引き寄せた。そしてそのまま抱き寄せられてしまった。
 もう片方の手も背に回され——そして、私の頭を撫でた。
 ああ、嫌だ。身体が熱い。前みたいに、暖をとるように抱いてくれた方がまだマシだ。
 気づけばナドラガは、私の肩に顔を埋めている。
 もう、何だこれ。こんなことをされたら困ってしまう。こんなの、抱き返すしかなくなるじゃないか。
 同じように背に腕を回して、彼の頭を撫でてみた。ヒトとは違う、ドラゴンのようにゴツゴツとした感触だ。
 しばらくその手触りを堪能していると、ナドラガがゆっくりと口を開いた。

「……そなたのことを考えるたびに、我は腹立たしい気持ちになるのだ」
「……え? なんですって?」

 思わず抱き寄せた身体を引き剥がす。ああ、危うく雰囲気に飲まれるところだった。

「まぁ、最後まで聞け。腹立たしいと同時に——その、あれだ。不思議といつまでも傍に置いておきたくなる」
「それって、答えになってます?」
「無論。我が思うに、そなたは同じ気持ちを抱いている。相違あるまい?」

 ナドラガは自信ありげな笑みを浮かべている。全く、どこからそんな自信が湧いてくるのやら。

「ふふ、どうだか」
「やれやれ。そなたも大概素直ではないな」
「あなただけには言われたくないですね」

 私が肩をすくめると、ナドラガも呆れたようにため息をついた。そして——また手を伸ばして私の頬に触れる。
 拒む気配の無い私を見てホッとした表情をしたのが面白くて、思わず吹き出してしまった。

「ぷっ! ふふふ!」
「おい、笑う奴があるか」
「ふふ、すみません、つい……ぷ、あはは」
「本当に、生意気な奴だ」

 それからゆっくりと二人の呼吸が止まる。どちらともなく絡めてしまった手がこそばゆい。
 そしてほんのりと温かい唇の感触が嬉しくて、やっぱり舌での侵入を試みた。

「おい、それだけは止めろ」

 案の定、素早く拒絶され——

「な、はぁ!? 今はいける雰囲気だったじゃないですか!?」
「雰囲気など知らぬわ。そなたの舌は、その——熱くてかなわぬ」
「あっ、あつ……えっ?」
「しかし、今日は一段と熱い……何故だ」
「……あーもう、うるさいなぁ」

 もう一度、口を塞いであげた。
 何だ、熱いのは私だけじゃないじゃないか。
 ああ、ずっとこのままでいたい——なんて、一瞬でも過ったのが良くなかったのだろう。
 その瞬間に突然地鳴りのような音が響いた。

「えっ! な、何これ!?」

 気づけば、いつの間にか神殿は消えていた。薄紅色の花を満開に咲かせた木々は、大きく揺れて花弁を散らしている。

「奴が創った世界も、これで時間切れのようだな」
「そんな……」
「何だ、そのような顔をするな」
「あの、ナドラガ様」

 立ち上がって、手を差し伸べる。きっとこれが最後だから。
 手を取って立ち上がったナドラガのもう片方の手は、私の腰に回すように誘導した。

「さ、踊りましょう。この世界が、消えてしまうまで!」
「また訳の分からないことを」
「いいじゃないですか。とは言っても、アンルシアから教わった踊りしか出来ないですけど」
「はぁ、よりによってグランゼニスの……」
「すみません、ナドラガンドの踊りは知らなくて」
「まぁ良い。次までに、習得しておくことだな」
「……! はい、次までには」
 
 きっと、次なんてない。そう思うけれど、神様が言うならひょっとして。
 私たちはたどたどしく踊り続け——花吹雪と共に消えた。

◇◇◇

「ん……ここは……?」

 目を覚ますと、見慣れた顔が覗いてきた。

「ああ、良かった! 目を覚ましたのね!」
「んん……あれ? アンルシア……?」

 アンルシアがいるということは、ここはグランゼドーラ城。辺りを見渡して、どうやらここは城内にある兵士の詰め所のベッドだと理解が追いついてきた。

「あなたがここで眠っていると聞いて、会いにきたの。こんなところで一体どうしたの?」
「私は、えっと……あ、そうだ。グラさ……じゃなくて、グランゼニス様のお願いを聞いて、それで……」

 でも、それならこんな風にベッドで目覚めるだろうか。
 もしかしたら全部夢?だとしたら、どこからが夢なのだろう。
 そんなことを考えていると、アンルシアが私の髪に触れた。

「突然ごめんなさい。あなたの髪に、何かついていたの」

 アンルシアが指でつまんで見せたそれは、見覚えのある薄紅色をしていた。
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