意地っ張り同士のナド主シリーズ

 どうしてこんなことになった?
 ——分からない。そんなの、こっちが聞きたい。
 ナドラガ神は、私の身体に縋り付くように、はたまた抱き枕か何かかのようにきつく抱きついている。
 私の背には彼の黒くて長い爪が食い込んでおり、服越しでもちくりと刺されたような感触があった。早くこの人を退かさなければ、きっと服に穴が空いてしまうし、最悪痕になってしまう。
 やっとの思いで片腕を動かし、彼の腕を掴んだ——冷たい。
 思えば、彼の身体に触れたのはこれが初めてだった。竜のようにゴツゴツとした芥子色の肌は、血が通っていないかのようにひんやりとしていた。
「う……あの、苦しい、苦しい……です!」
 やっとの思いで言葉を振り絞ると、ナドラガは名残惜しそうにゆっくりと身体を剥がした。
 案外あっさりと解放してもらえてホッとしていると、目の前には刺すような視線があった。
 ヒトのものとは少し異なるこの瞳に見つめられるのは、未だに慣れないし——正直、怖い。
「……寒い」
 ナドラガはまどろみの中にいるような声で呟いて、それから再び私の身体に触れようと手を伸ばしてきた。
「え!? ま、待って。待ってください! どうして……うわっ!」
 強引に腕を引かれ、今度は彼の胸にもたれかかるような体勢になってしまった。
 一体この神様はどうしてしまったのだろう。そう思っていると、あることに気づいた。
 ゆっくりだが、確かにナドラガの心臓の音が聞こえたのだ。かつてナドラガンドの地に封印され、今ではこうして再び彼の体内に血を送っている——そう思うと、少し不思議な気持ちになった。
「貴様は、温かいな」
 突然ぽつりとこぼした声が、彼の身体を伝わって、胸に当てている私の耳へと届いた。
「あなたが、冷たすぎるんです」
 竜のような厚い皮のせいだろうか。不思議なことに、彼の身体からはぬくもりが感じられない。心臓はこうして脈打っているのに、どうして。
「冷たくなりたくて、冷たくなったのではないのだがな」
 胸に顔をうずめる私に言う声は、意外にも穏やかだった。
 あ。口元がほんの僅かに緩んだ。ああ、もしかしたらこの人は。
「ナドラガ様」
 ナドラガから身体を離し、その琥珀のような目を見つめる。
「……何だ」
「突然の無礼をお許しください」
 ナドラガが突然私を抱いたのと同じように、私も彼の返事は待たなかった。気の緩んだその身体に詰め寄ると、自身と彼の唇を重ねた。
 自分でも、訳が分からなかった。当然、この神に対して恋情を抱いたことなどない。けれどこの時に限っては、こうすべきだと思ってしまったのだ。
「……!」
 ナドラガは驚いてはいるが、抵抗はない。無遠慮に舌を捩じ込んでいくと、鋭い牙の奥にある彼の舌がわたしのそれを捉えた。
「んっ……」
 ああ、やっぱりそうだ。視界が滲み、大きな粒となって頬を伝う。
 温かいんだ。彼はちゃんと温かかった。絡める舌も、漏れ出る吐息も、彼の全てが温かい——むしろ今は熱いくらいだけど。
 神様を汚しているようでゾクリとして、それからこの人を殺したのは自分だったと思い出して、そこからは心底嫌な気持ちになった。
 どれくらいの間、そうしていただろう。いい加減息が苦しくなって唇を離すと、ナドラガは驚いた表情で私を見つめていた。
「貴様……」
 ナドラガは眉間に皺を寄せた。
「貴様、何故泣いているのだ」
「えぇ? 変な人。第一声がそれなんですか」
「何だ、我に欲情した小娘に説教でもした方がよかったか? そもそも我ら神に生殖機能は——」
「わーーー! 言わなくていい! 言わなくていいですそんな生々しい話!」
「フン。分かったなら二度とするでない。二度と、だ」
 ——なーんだ。その時、心の奥が少しひんやりとしたような感覚があった。どうやら振り払わなかっただけで、あまり快くは思っていなかったらしい。良いけど。全然良いですけど。こっちだって、そういう気持ちでやったわけじゃない。
「で、貴様は何ゆえに涙を流していた」
「逆に聞きますけど、さっきから抱きついていたのはどうしてなんですか」
「……それに答えて、我が何か得をするのか?」
「え? はぁ? だったら私だって言いたくないです!」
「……はぁ」
 ナドラガは深くため息をついた。——そして、どういうわけか両手を広げている。
「え、なんですかその手は」
「いいから来い」
「えぇ……」
 膝で歩いてナドラガの両手に収まる位置に来ると、彼はまた先ほどと同じように私を抱きしめた。
「もう、本当になんなんですか……」
 ナドラガは大きく息を吸い込んで、それから振り絞ったような声で言った。
「……神々の長たる我にも、分からないことがある」
 ここで尚、自身を"神々の長"と呼称するのが何ともナドラガらしい。笑いを噛み殺していると、ナドラガは片方の手で私の頭を驚くほど優しく撫でて、指で髪を梳いた。
「貴様とこうしていると、何故こんなにも苦しくなる? それなのに、何故こんなにも温かいのだ」
 ねぇ、嘘でしょ?
 我慢出来ずに笑いが込み上げて、それと同時にまた視界が滲むから、本当に嫌になる。
 彼が知りたい答えを、きっと私は知っている。知っていて、自分の中で大きくなっていくその答えを、ずっと知らないふりをしてきた。
「あのですね、世の中には知らない方が良いことだって沢山あるんじゃないでしょうか」
「あ、おい。また——」
 鼻をすすったせいで、泣いているのがバレた。
「教えてあげたりしないので、自分で考えてくださいね」
 唇を重ねる。もう二度とするなと言われた気がするけれど、聞こえなかったフリをしよう。
 唇を離すと、不機嫌そうな表情で睨まれた。ふふ、と笑いが込み上げて、私はそのまま神を押し倒した。
「不思議ですよね、ヒトって。生殖機能が無くたって、誰かとそういうことをしたい生き物なんです」
 気の緩みからか、あっさりと組み敷かれてしまった神を見下ろす。
「……もういい。好きにしろ」
「ええ。もちろんですとも」
 この関係に、答えなんて無くていい。
 最後に触れた彼の肌は、ほんのりと熱を帯びていた。
1/2ページ
スキ