明け星と踊れば

 舞踏会なんて、来るんじゃなかった。

 だだっ広い廊下に、ヒール靴の足音が響く。
 大魔王は、貴族たちが舞踏会に興じている大広間から離れると、キョロキョロと辺りを見渡した。
 周りに人がいないのを確認すると、壁に片手をついて靴を脱ぐ。
 ——やっぱり。思わずため息が漏れた。かかとからはわずかに血が滲んでおり、顔をしかめる。
 魔物との戦闘で怪我をするならともかく、まさかこんなところで——今思えば、大人しく魔物の討伐依頼でもこなしていた方が良かったのかもしれない。こんな風に履き慣れないヒールの高い靴を履いてお上品に——なんて、出来っこなかったんだ。
 やり場の無い苛立ちを感じながら、大魔王はかかとの傷口に手をかざして回復呪文を唱えた。
 柔らかな若葉色の光が灯る。それと共に痛みが引いていき——みるみるうちに傷口も塞がった。
 靴を履き直すと、ドレスのシワを払う。そういえば、お手洗いに行くと誤魔化して抜け出したのだった。心配をかける前に早く戻らないと。
 バランスを崩さないように注意しながら、ほんの少し大股で歩く。回復呪文のおかげか、つま先の疲れも多少和らいだようだった。

「……?」

 ふと、廊下を曲がった向こう側に、人の気配を感じた。何やら話し込んでいるようだ。
 軽く会釈でもして通り過ぎよう——そう思っていた矢先、「大魔王様が——」と聞こえてきて、足を止めた。
 そっと覗いてみると、そこにいたのは二人の若い令嬢だった。自分のことを話しているとなると話が違う。そのまま息を潜め、耳を傾けた。

「まぁ! やっぱり……なのかしら? だってあの大魔王様……でしょう?」
「ええ、そんな方……アスバル様と……」
「それにあのドレス……」
「まぁ! ……ふふふ」

 途切れ途切れに聞こえてくる会話を聞きながら、次第に大魔王の眉間には深いシワが刻まれていった。具体的なところは聞き取れなかったが——何となく言いたいことが分かってしまった。
 好奇心に負けて聞き耳を立てたことを後悔していると、勝手に足が動いていた。行き先はアスバルの待つ大広間ではない。反対の方へ。なるべく遠く、華やかな音楽が聞こえない場所を求めて。
 ゼクレス魔導国の陰険な貴族たちのことだ。碌な話をしているわけがない。どこか諦めるように、大魔王は自分に言い聞かせる。きっとまた、ドレスがダサいだとか、舞踏会には不釣り合いだとか、そういうことを言いたいのだろう。廊下の天井を飾る煌びやかなシャンデリアさえも、自分を小馬鹿にしているように思えてきた。自然に足取りが早くなっていく。
 そうして大広間から一番離れたバルコニーの前に着くと、その扉を力強く開けて外に出た。
 冷たい風が身体を包み込む。舞踏会の気取った音楽も、ここまでは届かない。大魔王は思いがけない肌寒さに自身の二の腕をさすった。それでも、あの貴族たちに囲まれているよりずっとマシだった。

 ベルヴァインの森の外れにある王家の別荘で、舞踏会が開かれる。アスバルが口にしたそんな話題が、大魔王が舞踏会に訪れたきっかけだった。
 誰でも出られるの?と何気なく聞いた大魔王に、アスバルは微笑む。実は、ぜひ僕のパートナーとして参加してほしいのだ——と。
 もちろん、大魔王はその場で快諾した。だって、断る理由などなかった。パートナーとして選んでくれたことはもちろん、アスバルと一緒に舞踏会に行くということ自体がとても魅力的に感じられたのだ。一方で、ゼクレスの貴族たちの陰湿な雰囲気は嫌というほど理解していたが——そんなものは、軽く受け流してしまえばよいと思っていた。それなのに。

「はぁ……」

 大魔王は、あえてわざとらしくため息をついた。
 実際の舞踏会は、イメージしていた華やかさの裏に、それより遥かに暗いものを隠していた。
 笑顔の裏で互いを品定めし、自分の方がいかに優れているかを相手に示す。静かながらも魔物との戦いよりもよっぽど気疲れしてしまいそうな争いが、至る所で繰り広げられていたのだ。
 そんな中、アスバルは強かった。貴族の回りくどい嫌味を涼しい顔でかわしつつ諌めていて、最後には誰もが言い返す気力を失ってしまう。そして彼らは悔しさを滲ませながら、あるいはヘラヘラと曖昧な笑みを浮かべて、他の獲物を探すべく立ち去っていくのだった。
 さすが、悪意の都と揶揄されるこの国を治める魔王だ。生まれ育った国に古くからこびりついている歪さに、決して飲まれることはない。そして柔らかな微笑みの奥には、気高き心と硬い信念を持ち合わせている——そんな彼を、大魔王は密かに惚れ直していた。
 それに対して自分はどうだろう。自身の着ているドレスを摘んで見た。
 これほど素晴らしいドレスは他にない。それだけは胸を張って言い切れる。たとえ、貴族たちに陰でなんと言われようと。
 アスバルがゼクレス王家御用達の仕立屋を呼んできて、相談しながら一から作ったドレスだ。
 仕立屋が持ってきた布地はどの色も綺麗だった。悩みに悩んだ末、素敵なドレスにしようねと楽しそうに目を細めるアスバルの、その瞳の色とよく似たものを選んだ。素敵な色だねと微笑んだアスバルには、もちろんその理由は言えなかったけれど。
 そんな、とても素敵な、二人のこだわりが詰まったドレス——だけど。
 大魔王の表情はどんどん曇っていく。魔界には、身分の低い者でも身なりをきちんとすればそれなりに見える、という意味のことわざがあると聞いたことがある。自分の姿を見て、それを思い出してしまったことが嫌だった。
 廊下とバルコニーを仕切る扉、そのガラス窓に反射した自身の姿が映し出されている。大魔王は反射した自分と目を合わせると、試しに身体をひねって一回転してみた。
 窓越しの光を受け、縫い付けられた宝石が輝く。繊細な刺繍が施されたそのドレスは、やっぱり文句の付け所もないくらいに美しい。
 でも——窓に反射した自分は、そんなドレスに似合わない不安げな表情でこちらを見つめている。
 ——分からない。
 大魔王は自身の表情を見るなり、より一層眉間に皺を寄せた。
 今まで軽くあしらってきた貴族たちも、ドレスやヒールに慣れていない自分も、何故か今日は妙に引っかかってしまう。挙げ句の果てに、こうやって逃げ出すなんて——大魔王にあるまじき行為だ。

「おーい、大魔王! どこにいるんだい?」

 突然、大広間へ続く廊下からそんな声が聞こえた。優しくて、いつでも元気をくれる、聞き慣れた声。
 心配をかけてしまったという気持ちとは裏腹に、その声から逃げるようにバルコニーの端へ身を隠そうとする——その時。

「いったぁっ!!」

 ドレスの裾に靴を引っ掛けて、顔面から派手に転んでしまった。
 あ、ダメだ。
 張り詰めていた糸がプツンと切れたような感覚と共に、視界が滲んでいく。冷たいものが頬を伝い、バルコニーの床にいくつもの染みを作っていく。大魔王はそれをただ呆然と見つめることしかできなかった。

「大魔王……?」

 お願い、来ないで——そう言って拒むこともできないうちに、アスバルはバルコニーの扉を開けて入ってきた。

「大魔王! 大丈夫かい?」

 きっと、慌てて走ってきたのだろう。駆け寄ってきたアスバルの声には、少しだけ吐息が混じっている。

「……立てるかい? ケガは?」
「ううん。平気……」
「良かった……。しばらく君が戻らないから、心配になって探しにきたんだ」

 唇をかみしめて、涙が引っ込むように念じる。泣き顔なんて、余計に心配させてしまうだけだ。
 アスバルは片膝をついてしゃがみ、何も言わずに手を差し伸べた。大魔王はその手を取ろうとして、指が触れた瞬間にためらった。

「ごめんね、アスバル」
「……? あぁ、平気だよ。舞踏会の途中で抜け出す人なら結構いるん——」
「違う。違うんだ。わたし、こんなに素敵なドレスまで用意してもらって、アスバルのパートナーとして呼んでもらったのに……。なのに、なんか今日ずっと全然上手くいかなくて——え、何?」

 アスバルの肩が揺れているのに気づいて目をやると、どうやら笑いを堪えているようだった。

「ちょっと、笑うところじゃないってば。わたし、真剣に悩んでるのに」
「おっと、ごめんごめん。ええと、それについては後で話すとして——とりあえず、そろそろ舞踏会に戻らないかい?」
「えっ?」

 大魔王は考えるより先に戸惑いの声が漏れた。舞踏会が終わるまで、どうにか隠れてやり過ごそうと思い始めていたから無理もない。

「もしかして……イヤなのかい?」
「あ、えぇっと……」
「お願いだ。最後の曲は——それだけはどうしても、君と踊りたいんだ」

 アスバルは先ほどと変わり、神妙な顔で大魔王の手を握る。珍しく強引なアスバルを前に、大魔王は頷くことしかできなかった。

◇◇◇

「ああ、良かった。間に合ったみたいだよ」

 大広間の前に着くと、アスバルは扉の向こうに耳を澄ませ、ホッとしたように微笑んだ。大魔王が微妙な表情で俯いていると、アスバルは構わず扉を開けた。
 貴族たちの視線が一斉に集まる。足を踏み入れるのをためらっていると、アスバルが手を差し出した。

「ほら、行こう。大丈夫。怖がる必要は無いさ」
「別に、怖がってなんか……」

 促されるままにアスバルの手を取ると、彼は慣れた様子で自身の曲げた肘にその手を乗せた。お手本のようなエスコートをされて、僅かに胸が高鳴る。
 そして——大魔王は強がりの言葉を口にした瞬間、今日ずっと心の中に居座っているモヤモヤの理由に気づいた。アスバルの腕に乗せた手に自然に力がこもる。

「ふふっ。僕と同じだね」
「え?」

 心を読まれたような気がして、大魔王は顔を上げる。

「僕も君と同じだよ。怖いものなんてひとつもないんだ。ねぇ、どうしてだと思う?」
「そ、それは……アスバルがこの国の魔王で、強い、から……?」

 困ったように笑ったアスバルが歩みを進め、大広間の真ん中で止まる。
 向かい合うように立つと、それを合図に音楽が流れ始めた。

「じゃあ——その強さの理由は、分かるかい?」

 答えを待たずに、アスバルは空いた手を大魔王の腰に回す。そのまま音楽に合わせ、ゆったりと踊り始めた。

「——君がいてくれるから」

 その言葉に、大魔王はうっかりつまずきそうになった。
 どうにか堪えて、練習通りに身体を一回転させると、アスバルと目が合って——いや、目を逸らすことができなかった。

「全部、君のおかげだ」

 全部——君のおかげ。大魔王は頭の中でアスバルの言葉を繰り返した。心が騒がしくて、うっかりアスバルの足を踏まないようにするだけで精一杯だ。

「君は僕を明るいところに連れ出してくれた。だから今日は、僕にも頑張らせて」

 そう言うと、アスバルはその場で立ち止まる。それと同時に音楽が鳴り止み、静寂に包まれた。

「あ、あれ!?」

 ふと辺りを見渡して驚いた。いつの間にか他の貴族たちは踊るのを止め、大魔王とアスバルを静かに見守っていたのだ。

「あの人たち、さっきの——」

 その中に、先ほど廊下で話し込んでいた令嬢たちを見つけた。悪目立ちしたらまた何か言われるのでは——嫌な予感がよぎる。
 ところが彼女らと目が合った瞬間、二人は顔を真っ赤にして、黄色い声を上げた。
 返ってきたのが思いがけない反応で、大魔王は首を傾げる。

「今は僕だけを見ていてくれるとありがたいんだけど……」

 アスバルの咳払いで、大魔王は我に返る。

「え! あ、はい!」

 アスバルはうやうやしく大魔王の目の前でひざまずくと、真っ直ぐにその瞳を見つめた。状況が飲み込めない大魔王は動揺しながらも、もうアスバルを見つめ返すことしかできなかった。

「ありのままの君に、僕はずっと支えられてきたんだ。出会った日から、ずっと」

 それはアスバルの心からの言葉だった。
 大魔王——いや、まだ名もなき冒険者だった彼女との出会いは、アスバルを取り巻く全てを色付けていくものだった。

「君は僕の人生を変えてくれた、運命の人だ。だから——今度は僕が、君の運命の人になりたいんだ」

 アスバルはそこまで言うと、一度目を閉じて深呼吸した。そしてまた、その瞳に大魔王を映し出す。

「どうか僕と——結婚してください」

 アスバルは大魔王の前に手を差し出す——しかし。
 大魔王はその手をすぐに取ることができなかった。

「えっと……わたし……」

 本当は、すぐにその手を取りたい。わたしも同じ気持ちだよって伝えたい。
 大魔王にそれが出来ないのは、今日ずっと胸につかえているもののせいだった。

「嫌……だったかい?」
「そ、そんなことない!」

 嫌なわけがない。だって、アスバルのことは大好きだし、ずっと一緒にいたい。だけど——
 大魔王の視界が次第に滲んでいく。だって、ドレスが似合わないから。この靴も、かかとだって痛いし、バランスを取るのも一苦労だ。踊りだって必死で練習したけど、上手く踊れている気がしない。
 アスバルのパートナーとして隣に立つなら、最高の自分でいたかった。だけど、自分には無理かもしれない。そう思ってしまったのだ。

「ねぇ、大魔王」
「……うん」

 アスバルは立ち上がり、大魔王の両手を取って語りかける。

「靴、痛いのかい?」
「……ううん。平気」

 大魔王の本音を見透かすように、アスバルは小さく笑った。

「全く、強がりだなぁ。次はもっと君の足に合う靴を作ってもらわないといけないね」
「次? で、でも……」
「君じゃなきゃ、ダメなんだ。僕と踊る相手は、ずっと君がいい」
「どう、して……?」
「ふふっ。まだ分からない?」
「ぜんっぜん分かんない」
「どんな君でも、ずっと愛しているからだよ。だから信じてほしいんだ——僕と、僕が愛する、君自身を」

 アスバルの力強い眼差しに、大魔王の頬には温かいものが伝った。

「改めて……僕と結婚してくれるかい?」
「……うん、結婚しよう。アスバル」

 気取った言葉なんて、ひとつも必要無かった。アスバルはホッとしたように、飛び切りの笑顔を見せた。
 その瞬間、歓声が上がる。そして——ふわりと大魔王の身体が浮いた。

「わっ! アスバル!?」

 アスバルは大魔王を横抱きして、貴族たち全員の目に届くようにその場で回ってみせた。より大きくなった歓声と盛大な拍手に包まれ、大魔王は感嘆の声を上げた。

「わぁ……夢みたい……」
「ふふっ。こういう気取ったのも、たまには悪くないだろう?」
「うーん。たまには、ね?」

 大魔王が含みのある言い方で口角を上げると、アスバルも釣られて微笑んだ。
 それにしても——貴族たちがこれほどにも二人の婚約を歓迎してくれていることに、大魔王は驚きを隠せなかった。
 ふと、女性の泣き声と鼻をすする音が聞こえたような気がして目をやると、そこには先ほどの令嬢たちが立っていた。

「おや、気になるかい?」
「うん、ちょっとね」

 アスバルが大魔王の視線に気づいて降ろしてやると、二人は彼女たちのもとへ向かった。

「あの、大丈夫ですか……?」

 恐る恐る声をかけると、彼女たちは待ってましたという様子で口を開いた。

「ぐずっ、だいまおうさまぁ! よがっだですぅ……!」
「本当に……素晴らしいプロポーズでしたわ……」

 号泣している令嬢にもう一方がハンカチを手渡し、涙を拭う。胸に手を当てて深呼吸を二、三度すると、再び大魔王に向き直った。

「わたくしたち、大魔王様の大ファンですのよ。だからアスバル様とこうして……うっ……結ばれるだなんて……ぐすっ」
「あらやだ。また泣いちゃったわ。申し訳ございません大魔王様」

 大魔王は無言でアスバルに視線を送ると、面白いものを見たというような表情で、アスバルは肩をすくめた。
 令嬢たちはまたハンカチで涙を拭ったり、落ち着くように背中をさすってやったりしている。
 好意を疑いたくはないが、大魔王には先ほどの廊下での一件がどうしても引っかかっていた。

「えっと……ごめんなさい。実はさっき——」
「わたくしたち、先程も話してましたの。今晩アスバル様が大魔王様にプロポーズするんじゃないかって」
「え?」

 大魔王は、言いかけていた言葉を飲み込みながら、目を丸くした。

「ぐすっ……大魔王様が素晴らしい方なのはもちろんですけれど——まだわたくしたちと歳の近いレディですもの。もしも本当にお二人が結ばれたら、それはそれは素敵なことだと……」

 予想外の答え合わせに、大魔王は驚くことしかできなかった。
 これまで出会ったゼクレスの貴族といえば、何かと貶してきたり嘲笑ったりする者ばかりだった。そして大魔王という地位に就いてからは、手のひらを返したようにすり寄ってくる者もいた。
 そんな彼女だからこそ、この二人の言葉が権力者に縋るための上辺だけの賛辞ではなく、紛れもない本音なのだと分かった。
 慣れないことで自然と口元が緩むと、我慢できずに吹き出した。

「ぷっ! あはは! なーんだ、そうだったんだ」

 大魔王の反応がよほど嬉しかったのか、令嬢たちはまだ何か話さなくてはと鼻息を荒くしている。そしてすぐに、その一人が少し早口で話し始めた。

「それに今日の姿は一段とお綺麗だと話してましたの! もちろんいつもの旅装束姿も素敵ですわ。ですけれど——ドレス姿の大魔王様にお目にかかれる日が来るなんて……! ねぇ!?」
「ええ。それにそのお色って……ね、大魔王様?」

 令嬢はドレスとアスバルを交互に見て大魔王に目配せした。アスバルは「何だい?」と首を傾げ、大魔王は「絶対に言わないで」というように慌てて首を振った。

「やっぱり、君たちも彼女によく似合っていると思うだろう? この日の為に用意して良かったよ」

 令嬢たちはアスバルに賛同し、しみじみと頷く。大魔王はそんな三人の様子に照れながら、先ほどまで自分に似合っているはずがないと思っていたドレスが今は愛おしく感じていた。

「大魔王様、最後にもう一つだけ。よろしいですか?」

 令嬢の一人が、神妙な顔で大魔王に耳打ちする。

「この場にも、ええと、それなりにいらっしゃいますけど——今はまだ、陰湿で頭でっかちな貴族たちの時代です。ですが——それもまもなく終わることでしょう」
「えっ? それ、どういう……」
「それはもちろん、アスバル様と大魔王様がいらっしゃるからです。あなた方が、きっとこの国に澄んだ風を吹かせてくださると——わたくしたちは信じておりますわ」

 大魔王が呆気に取られていると、令嬢はにこりと微笑んだ。

「ですから——共に頑張りましょうね、大魔王様。あなたという光がいつまでも輝き続けられますよう、わたくしたちがどんな時もお支えいたします」

 令嬢たちは二人揃って大魔王の手を取り、力強く頷いた。

「おっと、彼女を支えるのは伴侶である僕の役目だよ」

 二人から奪い取るようにアスバルが大魔王を腕で抱くと、彼女たちは大魔王の手を離すなり、頬を赤く染めて甲高い悲鳴を上げる。「伴侶ですって!」などと二人でひと通り騒いだ後、アスバルの方に向き直った。

「アスバル様だけに良い思いをしていただくわけにはまいりません……! ですけど、やっぱりわたくしたちには到底敵いませんわ!」
「アスバル様!! お二人を誠心誠意ご支援させていただきます!!」

 アスバルは微笑んで感謝を伝える。大魔王に目を向けると、すっかり緊張がほぐれて普段通りの笑顔でアスバルを見上げていた。

◇◇◇

「ふう。色々あったけど楽しかったね、アスバル」
「ああ。間違いなく今までで一番だったよ」

 舞踏会は幕を閉じた。
 二人は参加した貴族たちを見送って、それからアビスジュエルで城に戻ることも出来たが、まだ二人きりで過ごしたい——そんな思いが何となく通じ合って、二人は静かな森の中へと歩みを進めたのだった。

「さっき——考えたことがあって」
「何だい?」
「わたしね、もっとこういうのを着る機会を増やしていこうと思うんだ。どうかな?」

 大魔王がドレスを摘むと、縫い付けられた宝石が月の光に照らされてキラキラと輝いた。

「僕は大賛成だけど、君は……ふふっ。どうやら聞くまでもなさそうだね」

 君は慣れない服装で不便はないか——と聞こうとしたアスバルは、晴れやかな大魔王の顔を見て微笑んだ。

「だって、あんなに懇願されちゃったら……ね?」
「ああ。本当にすごい熱量だったよ」

 先ほどの令嬢たちが、絶対にまたドレス姿を見せてくださいねと目を輝かせていたのを思い出しながら、二人は笑い合った。
 「僕も負けていられないな」とアスバルが意気込むと、大魔王は「それなら絶対大丈夫だよ」と微笑みながら、アスバルの手を取った。

「だって、一番の理由はアスバルだから」
「どういうことだい?」
「ふふっ、教えない」

 不思議そうな顔をするアスバルを見上げながら、大魔王は得意げに笑う。

「これから、よろしくね。アスバル」

 大魔王はアスバルと繋いだ手をぶんぶんと振った。

「ああ、こちらこそ。じゃあまずは……今夜は、同じ部屋で寝てみるかい?」

 アスバルはイタズラを思いついた少年のような笑みを浮かべる。時折大魔王がゼクレス魔導国に泊まる際には、彼女は客間に通されていた。
 大魔王は思考を巡らせる。アスバルの部屋で……となると、ベッドはひとつ。つまり——

「待って! 一緒に寝るのはまだ早くない!?」
「おや、僕はまだ一緒に寝るとは言ってなかったんだけど……でも、いいよ。君って結構大胆——」
「ちょっと! 言ってないってば——」

 その時、アスバルは大魔王に顔を近づけ——その唇を重ねた。大魔王は驚いて目を見開き、アスバルは満足そうに微笑んだ。

「あ、あの、心の準備とか……」

 大魔王が頰を真っ赤にしてもごもごと呟いていると、舞踏会の時のようにふわりと身体が浮いた。アスバルは大魔王を横抱きして、再び歩き出す。

「すまない。ふふっ、つい嬉しくなってしまって」
「もう、浮かれすぎ……」

 霧深い森に、二人の笑い声が響く。
 それはまるでこの国の未来を表しているような、そんな輝きを放っていた。
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