アスバル×主人公♀


「ねぇアスバル、ちょっとこれ見てよ!」

 息が詰まるほど静かだった玉座の間に、大魔王の声が響く。側仕えの兵士たちもすっかり慣れて、ずんずんと玉座に向かって歩いてくる大魔王に、ただうやうやしく礼をした。

「どうしたんだい? そんなにむくれて……」

 珍しく不機嫌そうな大魔王が手に持っているのは、どうやら数枚の写真のようだった。その一枚をアスバルに手渡した。

「これは……この国の城下町にあるパティスリーだよね?」

「そうそう。ここ、よーく見て!」

 大魔王は写真の右端、ショーケースの中を指差す。目がチカチカするような配色で、何かが書いてある——アスバルは目を凝らしてそれを読んで、思わず吹き出しそうになった。

「"あの仮面の大魔王も大絶賛!!"……? そうなのかい?」

 ショーケースの中に並ぶ菓子の値札の横には、そんな言葉が書かれていた。大魔王は相変わらず不貞腐れたような口調で言った。

「ううん。だってわたしこのお店のお菓子食べたことないもん。こっちの写真も見てよ」

 こちらは別の店だ。ゼクレス産の果物を扱っている店だが、やはりこちらにも例の言葉が並んでいた。

「ふふ、"あの大魔王イチオシ!"だって」

「ちょっと笑わないで。ポルテとラキにお土産をと思って城下町の食べ物屋さんに行ったら、全部こんなだったの。ひどくない? ちょっとこれはこの国の最高権力者の方に文句の一つでも言わないと気が済まなくって」

 そう言って大魔王は、"大魔王"と呼ぶには覇気の無さすぎる目でアスバルを睨みつけた。

「なるほど、ね。ちょうどよかった」

 睨みを効かせる大魔王を受け流し、アスバルは何かを思いついたように微笑む。

「君、例のアレを頼むよ」

 そして玉座の間の階段付近に控えていた侍女にそんな指示をする。侍女は一礼の後、スタスタと階段を降りていった。

「例のアレって?」
「ちょうど、昨日取り寄せたばかりなんだ」
「何を企んでるのか知らないけど……とにかく、わたしの名前を悪用しないようにきちんと取り締まってほしい……って何? さっきからニヤニヤしてるけど」

 アスバルの思わず滲み出る笑みを横目に、大魔王は怪訝な顔をする。

「ああ、すまない。顔に出てしまっていたかい? すぐに用意できるはずだから、食べながらゆっくり話そう」
「なになに、食べ物なの?」
「ふふ、君の口に合えばいいのだけど」

 しばらくすると、先程の侍女が数人の侍女を引き連れていくつかの化粧箱を持ってきた。
 いつの間にか用意された長テーブルに、それらが並べられる。不思議そうに見つめる大魔王に、アスバルは「開けてみて」と目で合図した。

「変なものじゃないでしょうね……あ、お菓子だぁ」

 大魔王が蓋を開けると、中にはカラフルな焼き菓子が並んでいた。一瞬大魔王は目を輝かせたが、すぐにあることに気づいて眉をひそめた。

「これって、もしかして……」

 大魔王は持ってきた写真を取り出し、箱の中の菓子と見比べると、再びアスバルを睨んだ。

「これ、例の"大魔王イチオシ"のお菓子じゃん! もしかして他のもそうなの?」

 アスバルは肯定するようにニコリと微笑む。実はちょうど先日、とある侍女から城下の店で大魔王が推薦しているかのような表示が流行り始めているという報告を受けていたのだ。アスバルがそういった経緯を説明すると、大魔王はもっともな疑問をぶつけた。

「それなら、別にこうやって買い集める必要は無いんじゃない?」
「僕も最初はただお触れを出して終わらせるつもりだったんだ。でもね、君が推薦していると書かれているなら、もしかしたら本当にそうなのかな? とも思えてきて……」
「違うよ?」
「そして僕は気づいてしまったんだ。君に実際食べてもらって、感想を聞けばいいんだって」
「そう来たかぁ」
「だから大魔王! せっかくだから今日はたくさん食べて、たくさん感想を聞かせてほしい!」

 不本意ではあるが、ちょうど小腹が空いていた大魔王は、目を輝かせて見つめてくるアスバルに、分かったと頷いた。
 そうこうしてる間に、気を利かせたのか侍女が茶器を運んできた。大魔王の前にソーサーとカップを置き、湯気と共に芳醇な香りを漂わせる紅茶を注いだ。

「あ、ありがとうございます」

 一口飲んだだけで、鼻から果実のような香りが鼻を抜ける。渋みもなく美味しいお茶だ。

「ふふ、気に入ったみたいだね」
「え、嘘。もしかしてこれも?」
「ああ、それは確か——"あの大魔王が毎朝飲む逸品"だったかな?」
「どの大魔王かをぼかしてるあたりもかなり嫌らしいな……そんなこと書かなくてもちゃんと美味しいのに。なんならお土産に買って帰りたいくらい」
「そう言ってもらえて光栄だよ。お菓子もどうぞ?」

 促されて大魔王が手に取ったのは、宝石の形を模した焼き菓子だった。アストルティアでは見かけないような、紫や青など珍しい色味に若干戸惑いながら、大魔王は恐る恐る口にした。

「ん〜……? 何だろう、なんか独特な味と食感……」
「酒に漬けた果実を細かく砕いたものが入っているようだよ。ゼクレスではそう珍しくはないもののはずだけど……」
「うーん、未知の味だった。次。」

 大魔王はその後も、次から次へと様々な菓子を食べ、その都度感想を述べた。次第に、何らかの品評会でもしているかのような錯覚に陥りながらも大魔王は一通りの菓子を平らげた。

「ご馳走様でした!」

 大魔王は何度目かの紅茶のお代わりを飲み干して、胸の前で手を合わせた。

「ありがとう、君の感想を聞けて参考になったよ」

「アスバルの何の参考になるのか分からないけど……うん、ほとんどはすごくおいしかったし、こちらこそありがとう」

 大魔王は、今日食べたもののいくつかは、アストルティアの友人たちへのお土産として買おうと決めた。
 もちろん例外もある。人の目玉を模した妙に生々しいディティールのトリュフは、流石に気持ち悪いと言って最後まで絶対に口にしなかった。これを自分が日頃から好んで食べていると思われているのは実に心外だ、と眉をひそめながら。

「とにかく、今後はわたしが薦めてるかのような虚偽の文言を書くのをやめてもらうこと。これだけはお願いね」
「ああ。分かったよ」
「うん、ありがと。じゃあ城下町に寄ってから帰るよ」

 大魔王はアスバルにまたねと手を振ると、玉座の間を後にした。アスバルはその背を見送ると、茶器などを片付けて侍女たちに感謝を述べた。

「君たち、今日は大魔王をもてなしてくれてありがとう。助かったよ」

 侍女たちはうやうやしく礼をすると、再び手際良く片付け始める。

「僕は夕食の時間まで自室で休むとするよ。それじゃ」

そしてそんな彼女たちの後ろを横切りながら、アスバルも階段を降りて玉座の間を後にしたのだった。

「ふふ」

 廊下を歩きながら、思わず笑みが溢れる。

「ふふ、あはは!」

 アスバルの中に渦巻くのは、ほんの些細な独占欲。大魔王のことを何も知らないにも関わらず、あたかも好みを知り尽くしたようにその名を悪用する城下の民への、密かな宣戦布告だ。
 部屋に着くなり、ベッドに横たわる。

「ああ、今日も可愛かったな……」

 アスバルは目を閉じ、大魔王が菓子を頬張る姿を瞼の裏に映し出した。気に入った味の菓子に目を輝かせる姿、強烈な香りの菓子に困惑しながらも紅茶で流し込む姿……ころころと表情を変える可愛らしい姿を思い返すたびに、思わず口が緩んでしまう。いつからだろう、これほどまでに彼女に虜になっていたのは。

「君が何が好きで、何が嫌いかは、僕だけしか知らない。全部僕だけが知っていれば、それだけで十分だ」

 誰に言うでもなく呟いたアスバルはまた、燻り続ける大魔王への想いをひとり拗らせていくのだった。
3/5ページ
スキ