その他
波間に揺れて遠ざかってゆく灯りを、いつまでも目で追った。あの日から、ずっと話したかったこと——謝りたかったこと。それらは未だ、何ひとつ言葉として紡ぐことはできない。けれど、せめて安らかに。それくらいなら、願っても許されるだろうか?
もちろん返ってくる言葉など無く、ただ水平線を見つめた。
◇◇◇
「おーいみんなー! ヒューザ兄ちゃんたちが帰ってきたぞーー!」
ここは海に面した小さな村。ウェディの幼子の張り上げた声が村中に響き渡ると、住人達が数人こちらに気づいて手を振った。
「あっ! おい! あんまり騒ぎにするんじゃねぇ!」
そんなヒューザの言葉は、既に幼子の耳に届いていない。数ヶ月前、突然立て続けに旅立って行ったヒューザたちの帰郷がよほど嬉しかったのだろう。幼子は道具屋へ続く坂を転がるように駆け降りていく。
「まぁいいじゃない。きっとみんなヒューザの帰りを楽しみにしてたんだから」
「チッめんどくせぇ。大体、アイツらが会いたがってるのはオレじゃなくて——あーいや、わりぃ」
「……うん。さ、行こう。皆待ってるよ」
この村を訪れるのは、生き返しのことを皆に伏せて旅立ったあの日以来のことだ。集まってきた住人たちに手を振り返すと、隣のヒューザは小さくため息をついて村の外れの方へと歩き出した。
「ちょ、ちょっとヒューザ! どこ行くの!」
「オレは先に行って例の準備しとくわ。お前はアイツらの相手してやってくれ」
そう言うと振り向きもせず、手をひらひらと振って立ち去ってしまった。
ヒューザは最初、彼の故郷であるこの村に帰るのをためらっていた。理由は、何となく分かる。"あの子"がもうどこにもいないということを、改めて目の当たりにするのが嫌なんだ。そんな彼がようやくこの村を訪れると決めた理由を、村人たちは知らない。そしてきっと、この先も知ることはないだろう。
「さて、わたしも"役目"を果たすとしますか」
波の音でかき消されるほどの声でそう呟くと、村人達の元へと一人歩みを進めた。
「ただいま! みんな元気だった?」
「レーンの村は相変わらずさ。アンタたち、村を出てったっきり顔を出さないから皆心配してたんだよ」
「あーごめんごめん、色々忙しくって」
わたしは今、ちゃんと"演じられている"だろうか?ふと、そんなことを思う。
村人たちのほとんどは、"あの子"が死んだことを知らない。ヒューザと共に帰郷した目の前にいる少女を、この村の孤児院で育った"あの子"だと信じて疑わないだろう。この身体の中にはなんと、彼女と同じ日に死んだ赤の他人の魂が入っています!——なんて言ったところで、混乱させてしまうだけだ。
だから、レーンの村では不慮の事故で亡くなった"あの子"のフリをすると決めていた。
「おや、ヒューザも一緒だったんじゃないのかい? あの子はどこ行っちまったんだい?」
村人は辺りを見渡してヒューザの姿を探した。
「あーヒューザは……ちょーっと用事があるみたいで……」
全く、別人のフリをしなければならないわたしを放ってひとりでどこかにいくなんて——と怒りたいところではあるけれど、村に着いた時の彼の物悲しい表情を見てしまったから、何も言えなかった。
「何だい、せっかく帰ってきたってのに……挨拶くらいしにきたっていいじゃないか。ねぇ?」
アハハと乾いた笑いを浮かべて曖昧な相槌を打っていると、村人の視線はわたしの荷物の方に移った。
「——ところでアンタ、さっきから気になってたけど……そのデカい包みは何だい?」
気になるのも無理はない。足元に置いた包みは、両手でやっと抱えられるくらいの大きさで、旅の荷物にしては違和感のある見た目をしている。
「あーこれ? き、気にしないで。とある人に頼まれたっていうか……」
「ああ、お届け物かい。アンタも何だかんだ、立派にやってんだねぇ!」
「え? あぁ、うん! これも冒険者の大切な役割だからね!」
どうやら上手く誤魔化せたようだ。小さな嘘をついた罪悪感と共に、ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、わたしはヒューザのところに行ってくるね」
村人たちと軽く挨拶を交わした後、先程ヒューザが行った方向へとそそくさと歩き出す。浜辺を通り過ぎ、岩場の陰になっている人目につかないところにヒューザを見つけた。
「おーやっと来たか、遅かったな。さっさとやっちまおうぜ」
「やっと来たか、じゃないでしょ。皆、ヒューザと話したがってたよ。後で行ってあげなよ」
「チッ面倒くせぇ……。まぁそれは置いといてだ。さっさと肝心なモノを出してくれ」
「もう、本当に分かってるんだか……よいしょっと」
先ほどから抱えていた大きな包みをヒューザの正面に置くと、ヒューザは無言のまま夢中で包みを解いた。そして中身を見るなり、感嘆の声をあげた。
「ああ、こりゃよく出来た舟だ」
そう、包みの中には小さな舟が入っていた。特別な飾りなどはないが、洗練された曲線が美しい。小柄なプクリポくらいなら乗れそうな大きさだが、これはヒトが乗るためのものではない。
「すごく立派な舟だよね。カミハルムイの木工職人さんに頼んだら、二つ返事で作ってくれたんだ」
「ああ、アイツを弔うのには丁度いい」
レーンの村には、死者を舟に乗せて海に送り出し、弔うという風習がある。
ヒューザ自身は決して口には出さないが、結局あの子をきちんと弔うことが出来なかったことを悔いているような、そんな気がしてならなかった。きっと、彼女はそんなこと気にもしないと思う。けれど——遺された者にとって、間違いなく必要なことだった。
小舟に花や生前好きだったものを入れて流すことで、弔いの儀式に代えられるのでは、というのは我ながら良い思いつきだった。ヒューザが案外あっさりとその提案を受け入れてくれたのは驚いたけれど。
もしかしたら、余計なお世話なのかもしれない。だけど身体を譲り受けた立場のわたしとしても、彼女に何かしてあげたいと思ったのだ。
ヒューザが彼女に対して抱く想いの全てを理解できているわけではない。けれど、きっと彼女を弔いたいという気持ちだけは同じだと、何となく分かっていた。
「まずは、これだな」
ヒューザは、わたしが村人たちと話している間にいくつか舟に入れるものを見繕ってきたようだった。
「これって——木刀?」
彼が最初に舟に入れたのは、随分と傷だらけの、使い古された木刀だった。
「ああ、アイツが使ってたものだ。子どもの頃は、よくこれで稽古してたんだ」
「ふふ、ヒューザとあの子、どっちが強かったの?」
「五分五分……ってとこだな。それで稽古中に勝負して、勝った方が負けた方の分のスイカを食えるっていう賭けをしたことがあって——」
「ああ、だからスイカ?」
ヒューザの傍らには、食べやすい大きさに切り分けられたスイカが置いてあった。
「ああ。アイツ、本当にバカみたいにスイカが好きでさ。ある時アイツが負けたくせに、オレにスイカを取られるのが本当に嫌でピーピー泣きやがって。それで大ゲンカだ」
「ふふ、負けず嫌いだったんだ」
「ああ、筋金入りのな。その時は仕方なくオレが折れてやったんだ。全く、世話のかかるやつだよ」
ヒューザは微笑みながら、スイカを数切れ船に載せた。
「ふっ、これだけじゃ全然足りないって叱られそうだな。許せよ、これ以上は舟が沈没しちまう」
それからヒューザは他にもいくつか思い出の品を舟に載せていった。ひとつひとつ、彼女との思い出を懐かしむように。
「あとは——よし、ちょっと待ってろ。そろそろ準備が出来てるはずだ」
どうやら次に載せるものが最後のようだ。
ヒューザは孤児院の方に向かい、しばらくすると持ち手のついた桶を持って戻ってきた。
「わぁ、綺麗」
「バルチャじいさんに事情を説明して、花を用意してもらったんだ。余らせても何だし、たくさん入れてやろうぜ」
バルチャさんはこの村で唯一、彼女の死と、わたしの正体を知る人だ。あとで、お礼を言わないと——そう思っていると、ヒューザは花を一輪取り出し、ふっと笑った。
「ま、アイツには花とか似合わねぇけどな」
「え、何それ。ひどくない?」
「そうか? アイツは花なんかより、食い物の方が興味あるような奴だったから」
そう言いながら、ヒューザは舟に花を敷き詰め始めた。
彼が彼女の話をするようになったのは、つい最近のことだ。ようやく思い出話が出来るところまで気持ちの整理がついたということだろうか。そうだったらいいなと思う。
ヒューザがあの子の話をする時、普段見ないような穏やかな表情をするのを彼自身は気づいているだろうか。
「だからアイツの葬式の時、たくさんの花に囲まれて横たわってるのが少し滑稽でよ。全然似合わねぇぞって笑ってやったら、文句言いながら起きてくるんじゃねえかって……思ってたんだけどな」
「そしたら、本当に起きてきたんだね」
「ああ、でもアイツの身体の中にいたのは……お前だった」
ヒューザは手を止めて、打ち寄せる波を眺めた。あの子の話をする時、ヒューザは絶対にわたしと目を合わせない。意図したことなのかは分からないけど、借り物の身体のわたしにとって、それが少しだけ救いだった。
「そういえば……いつから気づいてたの?」
「グレンでホーローのじいさんにお前の生き返しのことを聞くまでは確証を持てなかったが——最初から、ずっと違和感はあったんだ。ジュレットで再会して旅を続けていくにつれて、その違和感はどんどん大きくなっていった」
わたしは何も言えないまま、花を取って舟に差した。
「オレはビビってたんだ。この手で幼馴染を——アイツを殺したって認めてしまうようなもんだからな。でもあの時、もうアイツがこの世にいないってはっきりと思い知らされた」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。穏やかな波の音と共に、潮と花の香りが混ざった風が吹き抜けた。
「……でも、そうだな。今思えば、あの時に真実を知ることが出来て良かったのかもしれねぇ」
「良かった……って、どうして?」
「どうしてってお前なぁ。あんなことが無ければ、お前ずっとオレの前でアイツのフリするつもりだったろ……全然似てねぇくせに。こっちだって何も気づいていないフリしなきゃいけねぇから面倒だったんだよ」
「えっ嘘。だったら早く言ってよ!」
「……言えたら世話ねぇよ」
溜め息が混じった小さな声でヒューザが言った。
生き返しを受け、この村で目覚めた時からずっと考えていたことがある。たとえ全然似ていなかったとしても、"この村の孤児院で育ったヒューザの幼馴染"として振る舞うこと——それが、彼女の身体を譲り受けたわたしの使命なのだと。けれどその嘘はずっと、ヒューザを傷つけていただけだったのかもしれない。
「……ヒューザ、ごめんね」
「あ? 何だよ急に。謝られるようなことなんざ、された覚えはねぇぞ」
「ううん。わたしずっと、ヒューザの気持ちも考えずに、あの子のフリなんか……」
「……そうするしかなかったんだろ、お前も」
「で、でも……」
「いいって、もう済んだことだ」
ヒューザは舟に花を敷き詰め終えると、最後に紙でできた灯籠に火を灯した。
「おい、いつまでもウジウジしてないで手伝ってくれ。舟を海に流しちまおうぜ」
「……う、うん!」
足元を海に浸しながら、ヒューザと二人で舟を押した。水面に舟が浮いたのを見届けると、わたしはそっと手を離した。最後はヒューザに任せようと、最初から決めていた。
「ヒューザ、あとはお願い」
「……ああ」
先端に置いた灯籠の火が揺れている。ヒューザはしばらく舟を見つめた後、意を決したように強く押した。波に揺れながら、舟は徐々に遠ざかって行く。
わたしは、小さくなっていく舟とヒューザの後ろ姿をただ黙って見守っていた。
空が赤く染まり、漁火のようなその灯りが見えなくなるまで、ヒューザはいつまでもそれを目に焼き付けていた。
もちろん返ってくる言葉など無く、ただ水平線を見つめた。
◇◇◇
「おーいみんなー! ヒューザ兄ちゃんたちが帰ってきたぞーー!」
ここは海に面した小さな村。ウェディの幼子の張り上げた声が村中に響き渡ると、住人達が数人こちらに気づいて手を振った。
「あっ! おい! あんまり騒ぎにするんじゃねぇ!」
そんなヒューザの言葉は、既に幼子の耳に届いていない。数ヶ月前、突然立て続けに旅立って行ったヒューザたちの帰郷がよほど嬉しかったのだろう。幼子は道具屋へ続く坂を転がるように駆け降りていく。
「まぁいいじゃない。きっとみんなヒューザの帰りを楽しみにしてたんだから」
「チッめんどくせぇ。大体、アイツらが会いたがってるのはオレじゃなくて——あーいや、わりぃ」
「……うん。さ、行こう。皆待ってるよ」
この村を訪れるのは、生き返しのことを皆に伏せて旅立ったあの日以来のことだ。集まってきた住人たちに手を振り返すと、隣のヒューザは小さくため息をついて村の外れの方へと歩き出した。
「ちょ、ちょっとヒューザ! どこ行くの!」
「オレは先に行って例の準備しとくわ。お前はアイツらの相手してやってくれ」
そう言うと振り向きもせず、手をひらひらと振って立ち去ってしまった。
ヒューザは最初、彼の故郷であるこの村に帰るのをためらっていた。理由は、何となく分かる。"あの子"がもうどこにもいないということを、改めて目の当たりにするのが嫌なんだ。そんな彼がようやくこの村を訪れると決めた理由を、村人たちは知らない。そしてきっと、この先も知ることはないだろう。
「さて、わたしも"役目"を果たすとしますか」
波の音でかき消されるほどの声でそう呟くと、村人達の元へと一人歩みを進めた。
「ただいま! みんな元気だった?」
「レーンの村は相変わらずさ。アンタたち、村を出てったっきり顔を出さないから皆心配してたんだよ」
「あーごめんごめん、色々忙しくって」
わたしは今、ちゃんと"演じられている"だろうか?ふと、そんなことを思う。
村人たちのほとんどは、"あの子"が死んだことを知らない。ヒューザと共に帰郷した目の前にいる少女を、この村の孤児院で育った"あの子"だと信じて疑わないだろう。この身体の中にはなんと、彼女と同じ日に死んだ赤の他人の魂が入っています!——なんて言ったところで、混乱させてしまうだけだ。
だから、レーンの村では不慮の事故で亡くなった"あの子"のフリをすると決めていた。
「おや、ヒューザも一緒だったんじゃないのかい? あの子はどこ行っちまったんだい?」
村人は辺りを見渡してヒューザの姿を探した。
「あーヒューザは……ちょーっと用事があるみたいで……」
全く、別人のフリをしなければならないわたしを放ってひとりでどこかにいくなんて——と怒りたいところではあるけれど、村に着いた時の彼の物悲しい表情を見てしまったから、何も言えなかった。
「何だい、せっかく帰ってきたってのに……挨拶くらいしにきたっていいじゃないか。ねぇ?」
アハハと乾いた笑いを浮かべて曖昧な相槌を打っていると、村人の視線はわたしの荷物の方に移った。
「——ところでアンタ、さっきから気になってたけど……そのデカい包みは何だい?」
気になるのも無理はない。足元に置いた包みは、両手でやっと抱えられるくらいの大きさで、旅の荷物にしては違和感のある見た目をしている。
「あーこれ? き、気にしないで。とある人に頼まれたっていうか……」
「ああ、お届け物かい。アンタも何だかんだ、立派にやってんだねぇ!」
「え? あぁ、うん! これも冒険者の大切な役割だからね!」
どうやら上手く誤魔化せたようだ。小さな嘘をついた罪悪感と共に、ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、わたしはヒューザのところに行ってくるね」
村人たちと軽く挨拶を交わした後、先程ヒューザが行った方向へとそそくさと歩き出す。浜辺を通り過ぎ、岩場の陰になっている人目につかないところにヒューザを見つけた。
「おーやっと来たか、遅かったな。さっさとやっちまおうぜ」
「やっと来たか、じゃないでしょ。皆、ヒューザと話したがってたよ。後で行ってあげなよ」
「チッ面倒くせぇ……。まぁそれは置いといてだ。さっさと肝心なモノを出してくれ」
「もう、本当に分かってるんだか……よいしょっと」
先ほどから抱えていた大きな包みをヒューザの正面に置くと、ヒューザは無言のまま夢中で包みを解いた。そして中身を見るなり、感嘆の声をあげた。
「ああ、こりゃよく出来た舟だ」
そう、包みの中には小さな舟が入っていた。特別な飾りなどはないが、洗練された曲線が美しい。小柄なプクリポくらいなら乗れそうな大きさだが、これはヒトが乗るためのものではない。
「すごく立派な舟だよね。カミハルムイの木工職人さんに頼んだら、二つ返事で作ってくれたんだ」
「ああ、アイツを弔うのには丁度いい」
レーンの村には、死者を舟に乗せて海に送り出し、弔うという風習がある。
ヒューザ自身は決して口には出さないが、結局あの子をきちんと弔うことが出来なかったことを悔いているような、そんな気がしてならなかった。きっと、彼女はそんなこと気にもしないと思う。けれど——遺された者にとって、間違いなく必要なことだった。
小舟に花や生前好きだったものを入れて流すことで、弔いの儀式に代えられるのでは、というのは我ながら良い思いつきだった。ヒューザが案外あっさりとその提案を受け入れてくれたのは驚いたけれど。
もしかしたら、余計なお世話なのかもしれない。だけど身体を譲り受けた立場のわたしとしても、彼女に何かしてあげたいと思ったのだ。
ヒューザが彼女に対して抱く想いの全てを理解できているわけではない。けれど、きっと彼女を弔いたいという気持ちだけは同じだと、何となく分かっていた。
「まずは、これだな」
ヒューザは、わたしが村人たちと話している間にいくつか舟に入れるものを見繕ってきたようだった。
「これって——木刀?」
彼が最初に舟に入れたのは、随分と傷だらけの、使い古された木刀だった。
「ああ、アイツが使ってたものだ。子どもの頃は、よくこれで稽古してたんだ」
「ふふ、ヒューザとあの子、どっちが強かったの?」
「五分五分……ってとこだな。それで稽古中に勝負して、勝った方が負けた方の分のスイカを食えるっていう賭けをしたことがあって——」
「ああ、だからスイカ?」
ヒューザの傍らには、食べやすい大きさに切り分けられたスイカが置いてあった。
「ああ。アイツ、本当にバカみたいにスイカが好きでさ。ある時アイツが負けたくせに、オレにスイカを取られるのが本当に嫌でピーピー泣きやがって。それで大ゲンカだ」
「ふふ、負けず嫌いだったんだ」
「ああ、筋金入りのな。その時は仕方なくオレが折れてやったんだ。全く、世話のかかるやつだよ」
ヒューザは微笑みながら、スイカを数切れ船に載せた。
「ふっ、これだけじゃ全然足りないって叱られそうだな。許せよ、これ以上は舟が沈没しちまう」
それからヒューザは他にもいくつか思い出の品を舟に載せていった。ひとつひとつ、彼女との思い出を懐かしむように。
「あとは——よし、ちょっと待ってろ。そろそろ準備が出来てるはずだ」
どうやら次に載せるものが最後のようだ。
ヒューザは孤児院の方に向かい、しばらくすると持ち手のついた桶を持って戻ってきた。
「わぁ、綺麗」
「バルチャじいさんに事情を説明して、花を用意してもらったんだ。余らせても何だし、たくさん入れてやろうぜ」
バルチャさんはこの村で唯一、彼女の死と、わたしの正体を知る人だ。あとで、お礼を言わないと——そう思っていると、ヒューザは花を一輪取り出し、ふっと笑った。
「ま、アイツには花とか似合わねぇけどな」
「え、何それ。ひどくない?」
「そうか? アイツは花なんかより、食い物の方が興味あるような奴だったから」
そう言いながら、ヒューザは舟に花を敷き詰め始めた。
彼が彼女の話をするようになったのは、つい最近のことだ。ようやく思い出話が出来るところまで気持ちの整理がついたということだろうか。そうだったらいいなと思う。
ヒューザがあの子の話をする時、普段見ないような穏やかな表情をするのを彼自身は気づいているだろうか。
「だからアイツの葬式の時、たくさんの花に囲まれて横たわってるのが少し滑稽でよ。全然似合わねぇぞって笑ってやったら、文句言いながら起きてくるんじゃねえかって……思ってたんだけどな」
「そしたら、本当に起きてきたんだね」
「ああ、でもアイツの身体の中にいたのは……お前だった」
ヒューザは手を止めて、打ち寄せる波を眺めた。あの子の話をする時、ヒューザは絶対にわたしと目を合わせない。意図したことなのかは分からないけど、借り物の身体のわたしにとって、それが少しだけ救いだった。
「そういえば……いつから気づいてたの?」
「グレンでホーローのじいさんにお前の生き返しのことを聞くまでは確証を持てなかったが——最初から、ずっと違和感はあったんだ。ジュレットで再会して旅を続けていくにつれて、その違和感はどんどん大きくなっていった」
わたしは何も言えないまま、花を取って舟に差した。
「オレはビビってたんだ。この手で幼馴染を——アイツを殺したって認めてしまうようなもんだからな。でもあの時、もうアイツがこの世にいないってはっきりと思い知らされた」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。穏やかな波の音と共に、潮と花の香りが混ざった風が吹き抜けた。
「……でも、そうだな。今思えば、あの時に真実を知ることが出来て良かったのかもしれねぇ」
「良かった……って、どうして?」
「どうしてってお前なぁ。あんなことが無ければ、お前ずっとオレの前でアイツのフリするつもりだったろ……全然似てねぇくせに。こっちだって何も気づいていないフリしなきゃいけねぇから面倒だったんだよ」
「えっ嘘。だったら早く言ってよ!」
「……言えたら世話ねぇよ」
溜め息が混じった小さな声でヒューザが言った。
生き返しを受け、この村で目覚めた時からずっと考えていたことがある。たとえ全然似ていなかったとしても、"この村の孤児院で育ったヒューザの幼馴染"として振る舞うこと——それが、彼女の身体を譲り受けたわたしの使命なのだと。けれどその嘘はずっと、ヒューザを傷つけていただけだったのかもしれない。
「……ヒューザ、ごめんね」
「あ? 何だよ急に。謝られるようなことなんざ、された覚えはねぇぞ」
「ううん。わたしずっと、ヒューザの気持ちも考えずに、あの子のフリなんか……」
「……そうするしかなかったんだろ、お前も」
「で、でも……」
「いいって、もう済んだことだ」
ヒューザは舟に花を敷き詰め終えると、最後に紙でできた灯籠に火を灯した。
「おい、いつまでもウジウジしてないで手伝ってくれ。舟を海に流しちまおうぜ」
「……う、うん!」
足元を海に浸しながら、ヒューザと二人で舟を押した。水面に舟が浮いたのを見届けると、わたしはそっと手を離した。最後はヒューザに任せようと、最初から決めていた。
「ヒューザ、あとはお願い」
「……ああ」
先端に置いた灯籠の火が揺れている。ヒューザはしばらく舟を見つめた後、意を決したように強く押した。波に揺れながら、舟は徐々に遠ざかって行く。
わたしは、小さくなっていく舟とヒューザの後ろ姿をただ黙って見守っていた。
空が赤く染まり、漁火のようなその灯りが見えなくなるまで、ヒューザはいつまでもそれを目に焼き付けていた。
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