プラチナ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昼下がりの太陽がまぶしく照りつける。
テニス部のコートは、いつものように白線の輝きがまぶしく、
ボールの音が軽やかに跳ねていた。
けれど、その中心で動いている少女――。
[#dn=#1][#dn=#2]の周囲だけが、何処か静かだった。
「ボール、八番コートに補充しました!、
冷たいタオル、レギュラー陣に配ります!」
きびきびとした声が響く。
その姿勢は、誰よりも真面目で、誰よりも丁寧だ。
メモを取る手も止まらない。
練習中の動線、給水のタイミング、備品の残数――。
全部を記録して、誰に頼まれたわけでもなく、
完璧に回している。
それなのに。
「……[#dn=#3]ちゃん、これ――」
ボールを拾って差し出そうとした一年生の手が、途中で止まった。
ほんの数センチ。
手が、空気の膜に弾かれたように感じたからだ。
彼は慌てて手を引っ込め、視線を逸らす。
「……あ、ごめん、落としちゃった」
咄嗟に言い訳をした言葉に、
[#dn=#3]は振り向いて、柔らかく笑った。
「ありがとう。拾ってくれたんだね」
笑顔はいつもの[#dn=#3]。
でも、その声が触れる前に、
彼の心は妙に冷えた。
何も悪くないのに。
ただそこに"線"が引かれているだけなのに。
その線の存在が、彼らの呼吸を浅くさせる。
さくらは気づかない。
――いや、気づいていない"ふり"をしている。
休憩時間。
ベンチの上で、タオルを畳みながら[#dn=#3]は
部員たちの会話を背中で聞いていた。
笑い声が遠くに感じる。
それでも彼女はいつも通り、仕事を続ける。
「[#dn=#1]さん、すごいな……」
「前より静かだけど、ちゃんと全部やってるよな」
「けど……なんか、近づけなくね?」
――近づけない。
そう、それが一番正しい表現だった。
彼女は怒っていない。
睨まない。
無視しない。
話しかければ、ちゃんと答える。
でもその一言に"見えない距離の波"が混じる。
例えば――。
「[#dn=#3]ちゃん、麦茶持って来ようか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
そう言われただけで、なぜか胸がチクリとする。
まるで「そこに立たないで」と言われたような感覚。
それは魔法の結界。
REJECTION―拒絶―。
主を守るため、主を傷つけた世界を少しだけ遠ざける力。
悪意も善意も関係ない。
"近づこう"とする心の動きを、
無意識に察知して跳ね返す。
そしてその瞬間、彼女の心の奥では、
淡い声が小さく響いている。
『もう、いいの。近づかなくて。
わたしは、わたしの中でちゃんと笑えるから』
誰に聞かせるわけでもなく、
その"独り言"は風に溶ける。
練習が再開される。
部員たちの動きの隙を見て、
[#dn=#3]はタオルを配り、
ボールを整え、
得点板を確認して、
手塚に視線を送る。
手塚は頷く。
無言の合図。
その一つで、十分だった。
彼だけは――。
拒絶の外にいない。
「国ちゃん、スコアの更新、しておくね」
「頼む」
短い会話。
だがそれだけで、
[#dn=#3]の頬がほんのり赤く染まる。
誰も二人の間に割って入らない。
いや、入れない。
まるで磁場があるかのように、
"部長とマネージャー"の周囲はいつも澄み切っていた。
そして――。
その透明な空間が、
ほかの誰か取っては"触れてはいけない場所"に見えた。
練習が終わると、部員たちはぞろぞろと片付けに入る。
グラウンドの端で、不二がタオルを首にかけたまま、
少し遠い場所からさくらを見ていた。
その横で、菊丸がぽつりと呟く。
「……[#dn=#3]ちゃん、いつの間にか、完全に"国ちゃんの隣"以外、行かなくなったね」
「うん」
不二は苦笑するように答える。
「多分、無意識だろうけど。
あの子の周り、空気が違う。……冷たいっていうより、澄んでる」
「なんか……さみしいな」
「そうだね。
でも、仕方ないんだと思う」
風が吹いて、桜の花びらがひとひら、
コートの端に舞い落ちた。
その花びらは、まるで[#dn=#3]の笑顔みたいに儚くて――。
誰も、触れることができなかった。
休憩中。
乾いた風が吹き抜けるベンチの下で、
一年生の一人が勇気を出して声をかけた。
「[#dn=#1]さん、あの、これ……」
差し出したのは、落ちたハンドタオル。
[#dn=#3]は微笑んで受け取ろうとする――。
が、彼の手が、まだ途中で止まる。
――触れられない。
たった数センチ先に、見えない壁がある。
彼の手は空気の抵抗に押し返される。
「……ごめん、変なことしてないのに……」
「ううん、ありがとう。拾ってくれて」
[#dn=#3]は柔らかく言って、タオルを受け取る。
でも、彼女の指先は、彼に触れていない。
その瞬間、周囲の空気がまた少し冷える。
それでも彼女は仕事を続ける。
淡々と、黙々と。
そして、ほんの小さな隙を見つけて、
手塚の姿を探す。
視界の端に、
テニスノートを閉じてこちらを見る彼がいる。
「国ちゃん!」
声が弾む。
走り出す。
その足音がまっすぐ伸びて、
周囲の視線を全部押し越していく。
彼女が駆け寄るたびに、
REJECTION(拒絶)の結界がそっと彼女の周囲を追従し、
部員たちの心に"ため息"だけを残していく。
「ああ……また、行っちゃった」
「もう完全に、俺らとは違う世界だな」
「……あの子に近づけるの、手塚部長だけか」
寂しそうな声が、春の風に混じって消えていく。
部活が終わり、夕陽が校舎を染めるころ。
[#dn=#3]は最後のカゴを片付け終え、
タオルを畳みながら深呼吸をした。
(今日も……みんなに、ちゃんとできた……)
そう思うと同時に、胸の奥で、
"小さな孤独"がきゅっと痛む。
彼女は知っている。
拒絶は、誰かを傷つけるための魔法じゃない。
"守るための距離"だ。
でも――。
守るほど、ひとりぼっちになる。
「それでもいいの?」
しろちゃんの声が、心の奥で問いかける。
「うん。今は、これでいいの」
[#dn=#3]は小さく笑った。
「国ちゃんがいてくれるから」
その言葉に呼応するように、
REJECTIONの結界が静かに光り、薄れていく。
グラウンドの出口に、手塚が立っていた。
「片付けは終わったか?」
「うん」
その瞬間、[#dn=#3]の顔がやわらかくほどける。
走り出す。
風が髪を揺らす。
手塚のジャケットの裾がふわりと揺れた。
部員たちはその光景を遠くから見ていた。
誰も、もう何も言わない。
ただ、
「……やっぱり、"国ちゃん"って呼び方、あの子にしかできないな」
と、菊丸がぼそりと呟いた。
不二が穏やかに笑う。
「そうだね。
あれは、彼女の名前のような呼び方だから」
夕陽の中を並んで歩く二人。
その背中を、全員が見送る。
拒絶の膜が残した"距離"はまだ消えないけれど、
その境界の先に――。
確かな愛と絆があった。
「……ねぇ、国ちゃん」
「なんだ」
「わたし、ちゃんとやれてるかな……」
「やれてる。誰よりもな」
その言葉に、[#dn=#3]の胸の奥でREJECTION(拒絶)が静かに溶ける。
ほんの少しだけ、
風が柔らかく吹いた。