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朝練のあと、コート脇に整列した部員たちは一斉に頭を下げた。
砂に触れる靴音、押し殺した息。
風だけが桜の花びらを選んでいく。
「今まで……本当に、すまなかった」
「軽口で、[#dn=#3]ちゃんの気持ちを踏みにじった。許してくれ」
[#dn=#3]は俯いたまま、何も言わない。
胸の奥で、今までの痛みがまだ熱を持っていた。
笑い声が刃になって、心を何度も裂いた感触――。
「……許さない」
顔を上げた瞳は、涙を含んでいながらも凪いでいた。
部員たちがざわりと揺れる。
菊丸が一歩出かけて、止まる。
桃城が唇を噛む。
不二は目を伏せた。
「触らないで。近寄らないで。
――わたしの"特別"を勝手に口にしないで」
淡い風紋が、[#dn=#3]の足元から広がる。
ポケットの中で、薄い氷片のような冷たさが脈打った。
「[#dn=#3]……」
肩の上で、しろちゃんがそっと呼ぶ。
けれど、[#dn=#3]は小さく首を横に振った。
「ごめん、じゃ足りないよ。
"からかっただけ"も、"そんなつもりじゃない"も、
わたしの傷を消さない」
言葉は静かだった。
だが、それは先刻の温度を帯びていた。
休み時間。1年2組。
噂は一瞬で教室まで届いていた。
今まで、からかいの輪にいた男女数人が席を立ち、
[#dn=#3]の机を囲む。
「今まで……本当にごめん」
「悪ノリだったんだ。反省してる。もう2度と言わない」
[#dn=#3]は席から立ち上がらない。
視線だけを彼らに向ける。
教室のざわめきが遠のく。
鉛筆の転がる音が、やけに大きく響いた。
「……許さない」
短くはっきりと。
笑って済む段階は、もう通り過ぎたのだと告げるみたいに。
「何度も言ったのに、笑ったでしょ。
"国ちゃん"は、わたしだけの呼び方だって言ったのに――」
机上に置いた右手が、ゆっくりと握られる。
次の瞬間、空気が鋼の輪のようにきしんだ。
カン――。
誰も鳴らしていないはずの、黒い鐘の音が胸の中で鳴り渡る。
夢の鍵が、制服の胸元で微かに光を洩らした。
(来る――)
[#dn=#3]は立ち上がる。
そして廊下に出て、人目のない場所まで走っていく。
「夢の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ――。封印解除!」
鍵が杖へと変わる。
[#dn=#3]はそれを取ると、くるくると杖を回した。
自分の頭上に杖を構えた。
「主なきものよ、夢の杖のもと、我の力となれ――。固着(セキュア)!」
パリパリ――。
パリィン!
結晶はカードになり、さくらのもとへ舞い降りた。
――『拒絶』『REJECTION』
触れようとする意志を測り、悪意と軽薄を弾き返す、無言の盾。
輪郭のない透明の結界が、[#dn=#3]の"境界"を確定させる。
同時に、透明な天秤が黒板の前に現れた。
片皿には今までの笑い声、片皿には泣き濡れた胸の痛み。
針が、コトリと中央を指す。
――『正義』『JUSTICE』
「わたしの意思を貫く」
赦すも拒むも、選ぶのは自分。
声なき裁定が、場を貫く。
――『裁許』『SANCTION』
「許すかどうかは、わたし次第」
その輪は、誰もが踏み越えられない"一線"として床に刻まれた。
――『畏怖』『DREAD』
続けざまに、教室の中央に黒い石柱めいた影が立つ。
その前に立つものほど、胸の底の"後ろめたさ"が形になって迫る。
笑いながら放った言葉、楽しさに紛らわせた無自覚――。
それらが、冷たい指で喉元をなぞる。
誰かが膝をついた。
誰かは口を押さえ、息を詰めた。
ただの"謝罪の列"は、いつのまにか"沈黙の被告席"に変わっていた。
黒板の上で、見えない羽ペンが判を押すように空を切る。
――『審判』『JUDGEMENT』
「各々、己の言を聞け」
心の内から、今までの自分の声が逆再生するように響き、
耳の後ろを刺す。
そして、最後に――。
冷たい鏡面が彼らの足元に広がる。
映るんは、[#dn=#3]の泣き顔。
眉を震わせ、唇を噛んだ、
あの瞬間の"痛み"そのもの。
それが波紋を立て、見る者の胸の奥へ、
静かな熱として戻っていく。
――『復讐』『NEMESIS』
「復讐……拒絶……」
返報。
流血も怒号もない。
[#dn=#3]は囁く。自分に、そして世界に。
「我の痛みを映し、我を傷つけしものに返せ――!
復讐―NEMESIS―、拒絶―REJECTION―!」
視えない壁が、円環となって[#dn=#3]の周囲に展開した。
教室に戻り、クラスメイトが[#dn=#3]に近づいた瞬間、
柔らかい弾性に触れて弾かれる。
「ひっ……!」
「何これ……近づけない」
教室の空気が一段冷える。
教壇の時計がわずかに震え、
蛍光灯が低く唸る。
「……わたしの"特別"に、勝手に入らないで」
[#dn=#3]の声は小さい。
だけど、誰の耳にもはっきり届いた。
拒絶の輪が、ひときわ強く脈打つ。
伸びかけた手が、もう一度ためらいに凍る。
「『ごめん』って言われるために、泣いたんじゃない。
"軽く言ってもいい言葉"なんて、ひとつもないの。
あなたたちが今までやったことは――。
"からかい"じゃない。暴力だよ」
教室の隅で、誰かが鳴咽を飲む。
畏怖の陰圧がひとつ抜け、代わりに静かな羞恥が落ちる。
裁判の透明な鐘が、もう一度だけ鳴った。
「許さない。今は――。まだ、許さない」
"今は"
その二文字が、唯一の余白として黒板に残る。
裁許の輪が、ふっと色を薄める。
赦しの扉の蝶番は、確かにここにある――。
ただ鍵は彼女が持っている。
「[#dn=#3]」
[#dn=#3]は振り返る。
そこには、しろちゃんと手塚が立っていた。
涙の跡の奥に、凛とした光。
「大丈夫、わたしが決める。大丈夫」
([#dn=#3]、一度にこんなに多くのカードを……。
それほどまでに……)
しろちゃんが不安になる。
手塚はただただ、頷いた。
まるで、[#dn=#3]の気持ちを分かっているかのように――。
「……"ごめん"を言う相手は、わたしじゃないよ。
"今までの自分"に、ちゃんと言って。
二度と同じことをしないって、誓って」
[#dn=#3]はそう言うと、自分の席へ戻っていった。