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風邪と対価と貴方の証(JD)


「ほら、早くしないとスープが冷めてしまいますよ」


 何か見返りを求めるジェイドはスープが冷めると急かした。
 ライナーは風邪をひいているのだ。出来れば温かいものを飲ませてやりたい。
 温め直せない出来ない訳ではないが、せっかくなのだから作りたてを届けたかった。


「……あ、じゃあ、目を! 目を、瞑って……!」
「こうですか?」


 ジェイドが出す条件に当てはまるものを一つだけ思いついた私はジェイドを急かした。
 私の言葉を素直に聞き入れたジェイドが目を瞑る。
 焦った私は緊張しながらジェイドの唇に自分の唇を触れさせた。
 触れ合うのは僅かな時間だったが、それでも確かにジェイドの熱を感じた。


「こ……これで良いでしょう?」


 出来るだけ落ち付いた声を出そうと努力した私はこれでお礼出来ただろうと尋ねる。
 目を開けたジェイドは少し驚いていたが、すぐに首を振った。


「いいえ、私は見てませんからね。もしかしたら今のはブウサギだったかもしれませんし」
「こんなところにブウサギがいる訳ないでしょう!」


 苛立った私は憤慨しながら叫んだ。
 こんなところにまで鬱陶しいピオニーの面影が現れるなんて思ってもいなかった。
 第一、今の自分が出来る最高の礼をしたというのにこの扱いはないだろう。

 憤慨している私をよそに、ジェイドは肩を竦めた。


「このままではスープが冷めてしまいますね。お礼は私が決めますよ」
「ちょっ、ちょっと!」


 伸びてきたジェイドの指に手首を捕えられる。
 動かそうとしていた私の両手が壁際に押さえつけられた。


「ん……い、っ……」


 美しいジェイドの金髪が私の肩に触れる。
 ジェイドの唇が首筋に押しつけられ、少し遅れて痛みが走った。
 場所を変えて与えられる僅かな痛み。
 目を閉じ手を握り締めて、私はただ痛みに耐えた。


「サフィール……」


 心を震えさせる低い声と共に痛みが消える。
 ジェイドのその声は最近誰にも呼ばれていなかった私の本名を呼んだ。
 だが、確かに呼ばれたと言うのにいまひとつ信じられない。珍しいこともあるものだ。

 驚いて目を開けると、ジェイドは香水の香りと共に私から離れていった。
 自由になった私は腕を降ろしシャツに手を伸ばした。


「い、一体何を……あ――っ!!」


 訝しく思いながらシャツを捲った私は思わず叫び声を上げた。
 白く透き通るような肌に赤い痕がつけられている。それも至るところにだ。
 これでは前を開けていられない。急激な体温の上昇を感じた私は急いでボタンを留めた。


「いえ。少しの間神経を使う日々を送っていただこうと思いましてね」


 シャツ越しに痕をなぞったジェイドが笑う。
 ジェイドは留めたシャツの釦を一つ外して服の中に手を入れた。予想よりも遥かに熱をもったジェイドの指が、鎖骨を、胸をくすぐっていく。
 けれど、その感覚はくすぐったさだけではない何かを伴おうとしていた。
 しかも、焦る心のどこかに流されたいと思う自分がいることを私自身が感じている。
 ――このままではまずい。非常にまずい。


「や、やめてください!」


 私はジェイドの手を服の中から引き抜いて振り払った。
 ほんの一瞬、ジェイドが意外そうな表情を浮かべる。
 だが、ジェイドがその不敵な笑みを崩すことはなかった。


「きぃ――! この私を馬鹿にして! 兵士を呼びますよ!」


 出来る範囲で腕を振り回し、小声で文句を言う。
 人の悪い微笑みを浮かべるジェイドを睨みつけながらボタンを留めなおした。

 ――私はディスト。六神将・薔薇のディストだ。
 マルクト軍の軍人に弄ばれるような人間ではない。それは相手がジェイドでも同じことだ。
 とりあえず――自分にそう言い聞かせるしかない。


「おや。貴方に詳細を言うことが出来るのですか? マルクト軍のジェイド・カーティスに痕をつけられた、と。私は敵で、しかも同性です。プライドの高い貴方に言えることだとは思いませんが」


 ガラス越しの瞳が私の瞳を射抜いていく。
 ジェイドは勝ち誇った表情を浮かべ、見下ろすように私を眺めた。

 確かに――言えない。言える訳がない。
 けれどそれを言ってしまうと負けを認めることになる。だから認められない。
 私は込み上げてくる感情を抑え込もうと唇を噛んだ。


「う……ジェイド……」


 今の私はディストなのだから泣いてはいけない。
 ジェイドの前で流す涙は再びフォミクリーの研究が出来る時の嬉し涙まで取っておきたい。
 そう思い何とか我慢していたが、とうとう涙が零れ始めた。


「……やれやれ。面倒ですから今日のところは見逃してあげますよ」


 そんな私を見たジェイドは大きなため息を吐き、シャツのボタンを一つ外して私から離れた。もう何もしないという意味なのか手をひらひら振っている。


「ですが、あまり優しさを見せないように。死神の名が廃りますからね」
「……だから、私は薔薇です……!」


 涙を止めようと必死になっている私はジェイドを見た。
 滲む視界には上辺だけの微笑を浮かべたジェイドが映る。

 ジェイドは輝く金髪を揺らして私に背を向けた。


「では、私はこれで。その痕……誰にも見つからないと良いですね」
「お……覚えてなさい! 復讐日記につけてやりますからね――!」


 私をからかうだけからかったジェイドは扉を閉めて厨房から出ていった。
 遥か遠くのように感じられる向こう側からは笑い声が聞こえてくる。
 どうせ扉の向こうで笑っているのだろう。ジェイドは私を馬鹿にすることが趣味だと言っても過言ではない気がする。

 そんなジェイドの態度を恨めしく思いながらも、私は残った痕に指を添わせた。
 そっと触れるだけで与えられた微かな痛みを思い出す。
 何故かは分からないが、私の胸の奥も痕をつけられたところのように痛んだ。


「……嬉しくなんてありません。悔しいだけです」


 私はそう自分に言い聞かせるよう呟いた。


 私に痕を残した相手は同性で、しかもその目的は私を侮辱することにある。六神将としての威厳を落とそうとしているのだ。
 全ては私を貶める為にやったこと。そうに違いない。

 そう――きっと私は悔しいのだ。
 ジェイドと逢うのも触れ合うのも久しぶりだから緊張して思い違いをしているだけ。
 こんな仕打ちを嬉しくなんて思うはずがない。これはただの錯覚だ。
 だから、触れるだけでジェイドを思い出してはいけない。
 ジェイドが私と関わった証だなんて考えてはいけない。


「そうです。嬉しくなんてありません。ジェイドのことなんて忘れて早くライナーのところに戻りましょう」


 私は何度も首を振ってスープを皿に注ぎ、ゆっくりと手に取った。
 スープから僅かな湯気が立ち上る。スープはまだ温かいようだ。
 そのことに安堵した私は息を吐いた。

 何だか脇道に逸れてしまったが、これで当初の目的は果たせる。
 ジェイドと私が一生懸命作ったスープだ。きっとライナーの風邪も治るだろう。
 私は致命的な痛手を負ったが、痕を負うだけのことはあった。


「……少しくらい優しくしても良いでしょう。ジェイド以外にはこんなこと、させないんですから」


 ぼそぼそと呟いた私は静かに揺れるスープの黄金色を眺めた。
 たとえお礼を渡す必要があったとしてもジェイド以外の人間にはこんなことなどさせない。自ら面倒を見たいと思ったライナーにさえさせるつもりはない。
 ただ――ライナーはジェイドに似ていないから、こんなことは望まないだろうが。


「さぁ、私も戻りましょう。六神将には私が必要ですからね」


 軽く頭を振った私はディストであるように表情を取り繕った。
 負った痕を隠すようにボタンを留め、シャツの襟を整える。
 自分以外誰もいない調理場に一人残された私は温かなスープを手に部屋を後にした。



 
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