風邪と対価と貴方の証(JD)


 音機関の職人とその利用者たちが行き交う街。
 いつもと変わらず美しい私は夕暮れのシェリダンを歩いた。
 ここにくるのは久しぶりだったが、相変わらず栄えている。まだ夕暮れ時ということもあってか大勢の人間が通行していた。
 そして、大勢の人間の殆どがこのディスト様の方を振り向いていた。

 他の人間がそうする理由はただ一つ。
 私が――薔薇のように美しいからだろう。

 大勢の利用者たちの態度に満足した私は大きな買い物袋を抱えながら歩いた。


「しかし……少し買い過ぎましたかね……」


 前方を確認した私は小さく呟いた。
 腕に圧し掛かる重み。視界を悪くする紙袋。
 決して良いとは言えない条件の中、私は少しふらつきながら歩き続けた。

 だが、決して私が無計画に買い物をした訳ではない。
 確かに音機関類の荷物もある。だが、大半はライナーの為のものだった。

 シェリダンで私の世話をするはずだったライナーは風邪をひいていた。
 いや――ここで風邪をひいた、といった方が正しいかもしれない。ダアトにいた時は何ともなかったのに、シェリダンに来てすぐ熱を出したのだから。
 そして今ライナーは顔を真っ赤にして寝込んでいる。


「このディスト様に世話をしてもらえるなんて、ライナーは真の幸せ者です」


 自分で言った言葉に頷いた私は荷物を抱え直した。

 医者に貰った薬は飲ませてあるし、大人しく寝ているようにも言いつけている。このまま放っておいても問題はない。
 だが、ライナーのために何か作ってやろうと思い買い出しに出かけた結果――今に至っている。
 とりあえず野菜や果物を中心に食材を買い込んできた。これだけの材料があれば何か作れるだろう。

 正直なところ、私の料理はそれほど上手くない。だが、こういうものは気持ちが大切だ。
 毎日のお礼がしたいという私の気持ちはライナーに伝わる、美味しい料理を作れなくてもライナーは喜んでくれる。そんな気がしていた。


「……私ほどではありませんが、ライナーは頑張っていますしね」


 ぼそぼそと呟き、大きな荷物を抱え込みながら何とか歩く。
 普段なら浮遊する椅子のおかげで多少の荷物など大したことはない。しかし、今日に限って椅子まで壊れてしまっていた。

 ライナーの風邪を治す為の食材に、椅子を直す為の部品。その所為で転びそうな私。悪いことというのは続くものらしい。
 せめて椅子の部品だけでも人に任せれば良かったと私はため息を吐いた。けれど自分で選びたかったのだから仕方がない。
 腕に耐えがたい重みを感じた私は周囲を確認しながら慎重に歩いた。
 宿屋までもう少し。ここで荷物を落とす訳にはいかない。
 ゆっくり何歩か進んだ私は自分の足元に異変を感じた。どうやら段差があるらしい。
 そういえば、宿屋から出てすぐ階段を上った記憶がある。


「足元が見えませんが、まぁ何とか……」


 私は猫背になりすぎないよう気をつけながら階段を下りた。
 一段。二段。荷物の揺れに合わせて徐々に降っていく。順調だ。この分なら普通に下りても大丈夫だろう。


「えっ?」


 けれど、安心した所為か突然階段が消えた。
 精一杯足を伸ばしたが身体を支える地面がない。
 私は一瞬だけ浮遊した。


「あ……っ!」


 だがいつまでも浮いていられる訳はなく、前のめりになった私は下方向へと引っ張られた。
 果物が、野菜が宙を舞う。椅子の部品が腕の中からすり抜けていった。
 ゆっくりと、だが確実に落ちていく。
 慌てながら下を見ると、私は自分が感じていたより高い位置にいた。

 このまま落ちたらどうなるのだろう。
 まさか死なないとは思うが、骨折くらいはするかもしれない。
 華麗で美しい、しかも六神将の私が怪我をしたら大騒ぎになるだろう。
 騒ぎを聞きつけたライナーは気だるい身体で駆けつけるのだろうか。そうなってしまうと少し申し訳ない。


 普通なら落ちる恐怖を強く感じるはずなのに、不思議にも私は恐怖を感じなかった。



 
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