三文字の感情を、私に(JD)

 
 宮殿を出て、人気のない通りを歩く。
 灯りがついていて暗くはないが、どこかひっそりしている。
 ジェイドと二人で夜の散策。本当ならば楽しいはずなのに、今夜は全然楽しくない。ピオニーが残した暗号のようなメッセージも気になる。


「サフィール」


 気まずい雰囲気を考えごとで潰しながら歩いていると、ジェイドが唐突に口を開いた。
 ジェイドを見上げる。――傍にいるジェイドは私ではなく前を見据えていた。


「貴方は馬鹿なことなどしていないし、これからするつもりもない。そう信じていますよ。そのことを忘れないでください」
「はい」


 言葉の意味をよく理解しないまま返事をする。
 発言の意図は分からないが、馬鹿なことをするつもりはないから別に構わないだろう。
 答え終えた私はすぐにピオニーからのメッセージ解読に力を尽くした。
 あの男は一体何を伝えたかったのだろう。最初は『い』の母音で、最後は『お』の母音を含む三文字の言葉だったと思うが、中間部がよく分からない。


「サフィール」


 無数にある組み合わせを確かめようと俯きながら歩く私をジェイドが呼んだ。
 私はジェイドを見たが、ジェイドはやはり前を向いている。


「私は貴方を離すつもりはありません。ですが、もし私から離れたいと思う時が来たら――そう言ってください」
「え?」


 そう言ったジェイドは一瞬私を見てすぐに視線を逸らせた。


 最初が『い』の母音で、最後に『お』の母音を含む三文字の言葉。
 もしかしたら私の思い違いかもしれない。
 けれど、ピオニーが何を伝えたかったのか分かった。そんな気がした。

 だが、ジェイドに限ってそんなことがあるのだろうか。
 確かに最近様子がおかしかったが、若干信じがたい言葉だった。
 どちらかというと、その感情はジェイドより私が抱くものだ。
 しかし、もしジェイドが抱える感情がその言葉なのだとしたら――。


「ジェイド」


 辺りを見回した私はジェイドを引き寄せ、ジェイドの唇と自分の唇を触れ合わせた。

 もしかしたら思いがけず誤解をさせてしまったのかもしれないが、私が愛しているのはジェイドだけ。
 大好きで、尊敬していて、少しだけ嫌いだと思う相手はジェイドしかいない。


「ありがとうございます、ジェイド。……あの……今夜、部屋に行っても良いですか?」


 自分の気持ちをジェイドに上手く伝えられたのかどうかは分からない。
 けれど、これが今の私に出来る精一杯の行動だ。

 ジェイドは少しの間黙って私を見つめていたが、すぐに普段の笑みを浮かべた。


「……ええ。良いですよ」


 ただ一言答えたジェイドが私を残して歩き始める。

 誰でもないジェイドの横に並びたい。
 私は早足になったが、屋敷に着くまでジェイドの表情を見ることは出来なかった。


「ねぇ、ジェイド」
「はい。何でしょう」


 ジェイドの部屋に入った私は真っ先にジェイドの名前を呼んだ。
 まだ明かりのついていない暗闇の中から普段通りの声が返ってくる。


 もしかしたら、ジェイドがガイやピオニーに嫉妬したかもしれない――。
 そのことを嬉しく思う、こんな私を許してください。
 貴方の関心を引きたいと思う私の弱さを許してください。
 その代わり、最後の時まで必ずジェイドの傍にいます。
 だから――私を求めてください。


「……愛しています、ジェイド」


 私は眼鏡を外し、微笑むジェイドに顔を寄せた。



 
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