スコーンに想いを、貴方に愛を(JD)
「料理も音機関と一緒です。レシピに書いてあるとおりに作れば良いのですよ」
「……それが出来れば苦労しません」
ジェイドは何でもなさそうに告げて紅茶を飲んだが、私は落ち込んだままでいた。
もしジェイドの言うとおりだとすれば音機関技師や科学者に料理が出来ない者はいない。そもそも私はレシピに忠実に作っていて失敗しているのだ。
そう思うと余計に落ち込んだ。料理が出来ないのは私だけではないだろうが、料理の出来ない私は一体何なのだろう。
「お茶を入れるのが上手いんですから良いじゃないですか」
「でも……自分で全部やってみたいんです」
励ますように微笑むジェイドが二杯目をカップに注ぐ。
首を振った私は残った紅茶をすすり、バタークッキーを手に取った。
「ケーキやクッキーを焼いて、紅茶を入れて、ジェイドを招待する……。せっかくの休日ですからジェイドにゆっくりしてもらいたいんです」
バタークッキーを眺めた私は綺麗に焼かれたそれをかじった。
甘くて、しかし甘すぎなくて――おいしい。
力を抜いて笑えるような、幸せを感じさせてくれる味だった。
ジェイドも私もまとまった休みは滅多に取れない。
だからこそ、私は普段忙しいジェイドに安らげるような空間を提供したかった。今日私がティーパーティを提案したのもジェイドを休ませてあげたいと思ったからだ。
まぁ――結局ジェイドがクッキー作りを手伝うことになり、計画は失敗したが。
「ゆっくりさせるつもりなら一人にしてもらえると有難いのですが」
砂糖を加え、紅茶をかき混ぜるジェイドが「気を遣わないでください」と言って笑った。
いつもの冗談のつもりなのか、花瓶に生けてある薔薇の花弁をつついて遊んでいる。
だが、私はジェイドに何も言えなかった。
どうやら私はジェイドに迷惑を掛けることしか出来ないらしい。
今日だってそうだ。ゆっくり休ませてあげるつもりが働かせてしまった。
所詮、私の気持ちはジェイドの負担にしかならないのだろうか。
私がいるとゆっくり出来ないのなら、私が傍にいる意味は何なのだろうか。
そう考えると悲しくなる。
「貴方といると何をしていてもゆっくり出来ませんよ。――ですから、今度は二人でスコーンを作りましょうか」
「はっ?」
私と一緒にいるとゆっくり出来ないから二人でスコーン作り?
そんな私の疑問を潰すように、ジェイドは私の口内に何かのクッキーを放り込んだ。
私は半ば無理やり押し込まれたクッキーをかみ砕き、飲み込む。
やはり、おいしい。ココアの苦みの後に広がる優しい甘味が心地良かった。
「食べられるものが出来れば良いのですが」
「んむ……っ!」
何度も嫌味を言うジェイドはクッキーを一枚私の口の中に押し込んだ。
更にもう一枚、ジェイドに無理やり詰め込まれる。
飲み込む前に新たなクッキーを放り込まれた私はむせ返りそうになった。
「何、する……っ!」
詰め込まれたクッキーを何とか食べきった私は紅茶を口にした。
けれど紅茶は殆ど残っておらず、喉に詰まったものを飲み下すのには不十分だった。
このままではクッキーで窒息してしまう。ティーポットに手を伸ばそうとすると、視界の端のティーポットは突然宙を漂った。
一体何事だろう。ティーポットは浮くものだっただろうか。
判断出来ないでいると、美しい薔薇の容器から鮮やかな色の紅茶が零れ始めた。
湯気を立てる紅茶が香りと共に私のカップに注がれる。
浮かぶティーカップの上を見ると、そこには穏やかな表情を浮かべるジェイドがいた。
咲き誇る薔薇の先にある、金色の髪と赤い瞳。
ジェイドは一体いつ席を立ったのだろう。
微笑むジェイドに私は思わず息を呑んだが、今はそれどころではない。私は温かい液体を急いで流し込んだ。
「それとも、私と一緒に作るのは不服ですか?」
「っは……いえ。お願い、します」
ジェイドが迷惑でないのなら私に不服などあるはずがない。
クッキーを嚥下した私はジェイドの笑顔を目で追った。
「作り方を覚えて一人でも作れるようになってくださいね。
どちらにせよ同じ負担が掛かるのなら肉体的には早い方が楽ですから」
「私はもう歳ですから」と言うジェイドが金色の髪を揺らして歩く。
そして「少しでも楽をさせてください」と続けたジェイドは元の席に着いた。
「私、頑張ります!」
「では早速。お願いしますよ」
自分の唇と私の唇を指差したジェイドは少しだけ口を開き、私を見た。
一体何のことだろう。首を傾げていると、ジェイドはクッキーを指差した後、再び自分と私の唇を指差した。
開いた窓から風が入り込み、部屋にローズティーの香りが漂う。
どうしようか迷う私の視界の端でカーテンが揺れた。
「……楽、してください」
ジェイドにゆっくりしてもらうのが今日のティーパーティの目的だ。
穏やかな時間を取り戻した私は四角いマーブルクッキーを咥え、ジェイドの唇に渡した。
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