スコーンに想いを、貴方に愛を(JD)
静かで穏やかな屋敷の客間。
揺れる白いカーテンを横目に、私はティーポットをテーブルに置いた。
ふと、花瓶の中の薔薇と目が合う。テーブルクロスの上にいる薔薇が私に微笑んだ。風と遊んでいるのか、鮮やかな紅色は微かに揺れている。
何でもない時間だが――私は確かに幸せだ。
薔薇を眺めながらそう思った。
「ジェイド、ローズヒップティーが入りましたよ」
特製のローズヒップティーをティーカップに注ぐと、ジェイドを呼んだ。
紅茶の香りが薔薇の香りと混じり合う。
似ているようで異なる匂いは柔らかな風に揺られて部屋を抜けていった。
ティーポット、紅茶、花瓶の中。自分の希望でテーブルの上は何もかも薔薇づくしだった。
ただ、ティーカップだけは例外で、白い陶器に薔薇は描かれていない。
しかし、その理由は簡単だ。――用意したティーカップが私の物ではない。それだけだ。
私はカップを一つしか持っていないので、ジェイドが大切に使ってきた物を借りている。
「こちらも準備完了です」
そう返事を返すジェイドは香ばしい匂いと共にやってきた。
ジェイドの手の中の小皿には焼きたてのクッキーが入っている。しかも一種類ではなく、六種類。
作られたばかりのクッキーは可愛らしい小皿の中で誇らしそうに収まっていた。
「流石ジェイド。おいしそうですね」
あまりにも出来のいいクッキーに嬉しくなった私が先に席に着く。
穏やかに微笑んだジェイドも小皿を置いて向かい側の席に座った。
「では、いただきましょうか」
「はい」
最初はストレートから。
そう考えた私は何も加えていない紅茶を口に含んだ。
一口。ほんの一口飲むだけで口腔内に薔薇の香りと味が広がる。
少し長く蒸らしすぎたのではないかと思っていたが、そう悪くない味だ。
紅茶に満足した私はチョコチップクッキーに手を伸ばした。
「おいしい……」
「クッキーも何とか成功したようですね」
口の中に広がる甘味に私がほっと息を吐く。
同じようにクッキーを食べたジェイドも満足そうに紅茶を飲んだ。
ジェイドは変なところだけ謙虚だ。
私は満足そうに笑うジェイドを眺めてそう思った。
ジェイドが料理で失敗することなど滅多にない。分量と焼き時間を守って作ったクッキーでジェイドが失敗する訳がなかった。
「ジェイドは本当に料理が上手ですよね。私も今度スコーンに挑戦してみます」
私も一度頑張ってみよう。そう思った私は決意を口にしてクッキーを頬張った。
特に必要に迫られないとはいえ、苦手なことから逃げるのは良くない。それに、手製のおいしい料理をジェイドに食べさせてあげたかった。
「作った料理らしきものを私に食べさせるのはやめてくださいよ」
「『料理らしき』ってどういうことですか!」
殊勝なことを考えていた私にテーブルの向こう側から嫌味が飛んでくる。
ジェイドの酷い言い様に、私は穏やかなティータイム中だということも忘れて反撃した。
作った料理がどんな料理であれ、どれも私が心を籠めて作った料理だ。それを料理扱いしないなどあまりにも酷い。
「……下手なんだから仕方ないじゃないですか」
だが、私がどんなに反論しようと――自分の料理が上手くないという事実は変わらない。
項垂れた私は言い訳の言葉を零した。
私は自炊が出来ない訳ではないし、作った料理が食べられないことも殆どない。
けれど、毎回どこかしら失敗していたりすることが多かった。
ジェイドには食べさせていないが、心しか籠っていないような料理を作りあげたこともある。
こんな腕では料理らしきものだと言われても仕方ないかもしれない。
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