栞に想いを籠めて(JD)
「やはり、これはお返しします」
「……白い薔薇は気に入りませんか?」
分かりやすく沈んだサフィールの声が私の耳に入る。
栞に手を伸ばすサフィールは途端に残念そうな表情を見せた。手塩に掛けた薔薇を気に入ってもらえなかったと思って落ち込んでいるのだろう。
「いえ。貴方に持っていてもらいたいのですよ」
そっけなく答えた私はサフィールに白い薔薇の栞を握らせた。
――『約束を守る』。
それが白い薔薇の花言葉の一つだ。
だが、私はサフィールとの約束を何一つ守れなかった。守ろうとすらしなかった。
しかし、そんな私でも――いや、そんな私だからこそ心に秘めていた約束があった。
変わろうとするサフィールを最後の時まで見守り、受け入れる。
これが私の勝手な約束。言葉にもしていない、一方的すぎる約束だ。
けれど、何度もサフィールを見捨ててきた私にできる約束はこの約束しかなかった。
だからこそ、この約束だけは守り通す。
声には出さなかったが、私はそういう想いを籠めてサフィールの指から手を離した。
「あ……ありがとうございます。さっそく本に挿んできますね!」
持っていてほしいと言われたことが嬉しかったのか、サフィールは笑顔で部屋を後にした。
サフィールの勢いに圧された扉が音を立てて閉まる。
騒々しい足音が遠くへ移動していくのは分厚い扉を隔てていても分かった。
「『貴方を愛します』……ね」
広い自室に一人残された私は赤い薔薇の花言葉を呟いた。
金梅草の栞を読みかけの本に挿み、本の上から紐を出す。
黒の厚紙に浮かぶ黄色の金梅草と、まっ白な紐。栞としては暗めの色合いだったが、そう悪くはなかった。
「サフィールは金梅草の花言葉以外、何も考えていないのでしょうね。薔薇を名乗った男が薔薇の花言葉を知らない訳がありませんから」
私は白い薔薇の花言葉を思い出し、小さく笑った。
――『私は貴方に相応しい』。
それも白い薔薇の花言葉の一つだ。
私は白い薔薇の栞を一度自分の物にしてからサフィールに渡した。
それが何を意味するか、サフィールは気付いてもいないのだろう。
もしサフィールが花言葉の意味を狙って渡したのだとしたら――なかなか侮れない男だ。
「さて、そろそろ昼食にしますか」
私は赤い薔薇の栞を机の引き出しにしまい、椅子から立ち上がる。
今日は時間もある。栞の礼に何か作って届けてやろう。
サフィールの好物にするか、それとも花を使ったデザートにするか。
優しくするなど私らしくないが、赤い薔薇を確かに受け取ってしまったのだから仕方ない。
そう、私はうっかり――うっかり受け取ってしまったのだ。
花言葉を思い出したのは受け取った後のことなのだから、仕方ない。
これはちょっとしたミスなのだから、仕方ない。
そう何度も呟いた私はサフィールの笑顔を思い浮かべながら部屋の扉を閉めた。
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