栞に想いを籠めて(JD)


 カーテンの隙間から暖かな光が入り込む。
 壁に掛けてある時計の針はそれぞれ十二と一を差していた。


 部屋に籠った私は昼食前の穏やかな時間を楽しんでいた。
 静かな部屋でコーヒーを片手にゆったり読書する。そう表現するとごく平凡な時間のように聞こえるが、私には滅多にできないことだった。
 普段は仕事で夜遅くまで帰れない。そもそも休み自体あまり取ることができない。
 そういうこともあり、私は久々の休日を一人穏やかに楽しんでいた。

 だが、しばらくすると読書をする私の耳に多少慌てたようなノックの音が飛び込んできた。
 こんなノックをするのは一人しかいない。
 私は「どうぞ」とだけ返事をして読書に戻った。


「ジェイド」
「何かご用ですか?」


 弾むように名前を呼んだサフィールは満面の笑みを浮かべて私に近づいた。

 サフィールは私の休みに合わせて休みを取ることになっている。私の不在時を狙った犯行を防ぐ為だ。
 だから屋敷にいることは不思議ではないが、一人の時間を邪魔されるのは鬱陶しかった。

 何の用か知らないが、読書の邪魔だ。さっさと追い返してしまおう。
 そう考えた私は本を閉じ、仕方なく返事を返した。
 だが、サフィールは投げやりな態度に文句を言うこともなく、何かを見せた。
 透明なフィルムにコーティングされた、細長い長方形の紙が私の視界に入る。
 その薄い膜の向こうでは平べったくなった花が綺麗な姿のまま眠っていた。


「これは?」
「手作りの栞です。これが薔薇で、これがキンバイソウです」


 誇らしげに語るサフィールが紐付き栞を差し出した。
 栞は全部で三つあり、赤い薔薇と白い薔薇、知らない小さな黄色い花がそれぞれ膜の間に挿まれていた。
 薔薇はサフィールが育てたものだろうが、この黄色の花は知らない。見たことがなかった。


「薔薇と、何ですって?」
「金梅草ですよ。なんでも、この時期はあまり採れないとか」


 栞を見せるサフィールは嬉しそうに微笑んだ。

 今はあまり採れないようだが、そうでなくとも金梅草という花は見たことがなかった。
 そもそも私は花自体に興味がない。時々必要に迫られることがあるので最低限の名前と花言葉は知っている。
 けれど本当に興味があるのは薬の材料になる薬草だけだった。

 鮮やかな黄色の花を珍しそうに見つめる私に満足したのか、サフィールは口角を上げた。


「この屋敷のメイドに分けていただいたんです。あまりにも綺麗だったので、枯らせてしまうのは勿体ないと思って」


 一部は花瓶に飾ったのですが、と言うサフィールはうっとりとした表情を浮かべた。

 花を枯らせたくないから栞を作るなんて相変わらず器用な男だ。
 実際に使用する時のことを想定しているのか、端の方には紐がついている。どうやらサフィールなりに本腰を入れて作ったらしい。


「それに、花言葉は『品位』だそうですよ。この花の高貴な雰囲気にぴったりですよね!」


 サフィールは自信たっぷりにそう言った。

 私は花に興味がない。だが、確かに頷けるところはあった。
 栞になってこの姿であれば咲いている時は相当美しかっただろう。あのサフィールが自分の薔薇を褒めずに金梅草を褒めているのだから余程魅力があるようだった。


「ジェイド、栞はあまり持っていませんよね。良かったら使いませんか?」
「そうですか。では、ありがたくいただきます」


 私はサフィールが差し出した三つの栞を受け取った。

 普段、読書を中断する時はページ数を覚えてから本を閉じている。
 だから栞は必要ない気もするが、こういう物を使うのも悪くないだろう。丁寧に作られた栞の花の姿を見るだけで匂いまで感じられそうだ。

 二つの薔薇と金梅草を眺めた私は白い薔薇の栞を取り、サフィールに差し出した。



 
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