敵だとしても、心配させて(JD)


 何故かは分からない。
 だが、気がついた時には研究室に立っていた。

 今は殆ど関係ない、例の男に言わせれば『あの時代』のマルクト軍の研究室。
 私は理由も分からないままその研究室にいた。

 気がついたら昔の研究室にいた、などということは普通有り得ない。
 ということは、これは恐らく夢だろう。
 辺りを見回してみると、研究室の端の方で例の男がうずくまっていた。


「ディスト」


 夢の中だから関わっても問題ないだろう。寧ろ、早く夢が覚めそうだ。
 そう思い名前を呼ぶが、ディストの返事はない。その後ろ姿は泣いているように見えた。


「……サフィール」


 仕方なく呼ぶ名前を変えてみる。
 すると、ディストはゆっくり顔を上げた。

 夢の中なのに――いや、自分の夢の中だからか現実に忠実らしい。
 思わず苦笑したが、振り向いたディストの姿に眉を顰めた。
 そこにいつものディストの姿はなく、髪の毛は乱れ、顔は涙で崩れていた。


「ジェイドっ……手が……」
「……見せてみなさい」


 泣きじゃくるディストの前に回り、手を見せるように告げる。
 私は辛そうに差し出される手を見た。
 ――手がどうしたというのだろう。怪我はおろか切り傷一つない。


「何か問題でも?」
「……指が、動かな……」


 そう言って泣くディストは私から手を離して膝を抱えた。
 腕自体はぎこちなく動いているが、手首から先が全く動いていない。
 その指先に触れてみる。――ぴくりとも反応しなかった。


「私……もう……」


 生きていけません。
 私はジェイドも音機関も失ってしまった。

 自分の意思に反し遠のいていく意識の中、静かに泣くディストの言葉を聞いた気がした。



 
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