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必要な距離(JD)

「待ちなさい」
「もうやめてください!」


 怒鳴ったディストが振り向き、すぐ後ろにいるジェイドを睨みつける。
 瞬きをした途端にディストの瞳から涙が零れた。
 そんな様子にジェイドは少し躊躇したように見えた。


「もう……っ、ん……」


 しかし、次の瞬間には唇が塞がれていた。

 押し返そうとするディストは懸命に手を伸ばしたが、ジェイドの腕力に敵うはずもない。
 深くキスされ息が苦しくなった頃、ディストはようやく離された。


「は、ぁ……ん、っ……ぅ」


 力の抜けたディストはジェイドの腕の中に倒れ込んだ。
 少し高い位置からジェイドの手が降ってきて、ディストの眼鏡の位置を直す。
 ディストはジェイドの軍服をぼんやりと見た。


「もう……手遅れですか?」


 ジェイドが何か尋ねたが、ディストには意味が分からなかった。
 遅いとはどういうことだろう。
 ディストは僅かに顔を上げた。


「……貴方は本当に変な人ですね。いると鬱陶しいのに、いなければ面白くない」


 ジェイドはディストを抱きしめた。
 耳に息を吹きかけられ、ディストが身震いする。
 ジェイドはそんなディストを見下ろし、大半の人を魅了するだろう低い声で囁いた。


「誤解させてしまったこと、許していただけますか?」
「……こんなのっ、ずるい……!」


 泣きそうになったディストはジェイドから離れようと腕に力を込めた。
 だが、ジェイドはディストから離れようとしない。
 それどころかジェイドはディストとの距離を縮めていた。


「すみません。ですが、貴方を愛しています」


 誤解させたとしても、とジェイドは言葉を続けた。
 もう一度息を吹きかけディストの耳朶を軽く銜える。


「……貴方の勝ちですよ」


 自らの負けを認めたジェイドはディストから少しだけ離れた。
 あまり見ることのない柔らかく微笑んでいる。

 愛している。
 そんな言葉をジェイドから聞いた。
 ディストにはそれが信じられなかった。
 だが、訊き間違いでも幻聴でもないらしい。

 ディストはしばらく固まっていたが、ディストは小さな声で呟いた。


「なら……私を見てください、ジェイド」


 ディストがジェイドの首に腕を回した。
 自らの顔をゆっくりとジェイドの顔に近づけ、そのまま口付ける。
 どうすればいいかは未だによく分からないが、とにかく唇を重ねた。


「はい」


 瞼を閉じ微笑を浮かべたジェイドは大人しくキスを受け入れた。

 不慣れなディストが主権を握っていた所為か、口付けは軽いものだった。
 僅かに舌が触れることもあったが、ディストはキスの方法を知らない。
 結局それ以上の進展はしなかった。


「ん、ん……っ」
「……ふふ」


 ディストに聞こえないくらい小さな声でジェイドが笑う。
 ジェイドの身長に合わせようとディストが背伸びをする姿は可愛らしい。
 ただ、受け入れるジェイドもディストに合わせようと少しだけ屈んでいた。


「ディスト」


 とりあえず満足したらしいジェイドはそっと唇を離した。
 ジェイドがディストの首筋に口付ける。
 ほんの僅かに熱を帯びたディストはジェイドの言葉を待った。


「今日の仕事は終わりですから、夕飯を取りましょうか」


 ジェイドは意外な言葉を口にした。
 もう八時を回っているのに、まだ食べていないとは思っていなかった。

 そう言えば――私は昼食も夕食も取っていない。
 ジェイドとのキスで全て忘れていた。

 ディストは扉に寄りかかるようにしながら尋ねた。


「……まだ食べていなかったのですか?」
「貴方と一緒に食べようと思ったので取っていないんですよ」


 何気ないジェイドの言葉にディストの頬が赤くなる。
 どこか熱を帯びたような視線に耐え切れなくなったのか、ディストは俯いた。
 ジェイドがここまで自分のことを想ってくれていたとは考えていなかった。

 真っ赤になったディストは微笑むジェイドを見上げた。


「食後にはデザートを取りましょうか。格別に甘い物を、ね……貴方も好きでしょう?」


 意味深な発言をしたジェイドが耳元で囁き、黙ったままディストの手を握った。
 ジェイドは明らかに答えを求めている。
 だが『甘い物』をどういう意味にとっていいのかが分からない。
 どうしたらいいか分からなくなったディストはジェイドの手を握り返した。


「貴方がいてくれるなら、何でも……」


ディストはジェイドを見つめて呟いた。

そう、私はジェイドに見てもらえれば何でも構わない。
たとえ『甘い物』の意味が何であろうと。
この強い気持ちを伝えようと、ディストは恥ずかしそうに微笑んだ。


「押して駄目なら引いてみろ、か……」


 ジェイドはディストの手を離した。
 何かを言いかけて視線を落とすジェイドが眼鏡の縁に触れる。
 顔を上げたジェイドはいつもの笑みを浮かべ、愛おしそうにディストの頭を撫でた。


「……やはり貴方の勝ちですよ、ディスト」


 まさか貴方に負ける日が来るなんてね。
 お得意の笑みと、面白みを含んだジェイドの声。
 その声は確かに聞こえたが、ディストには意味が分からなかった。
 それでも笑ったままのジェイドはドアを手で指し示した。


「では、行きましょうか」
「あ……は、い」


 ぼんやりしていたディストは驚きながらも扉から離れた。
 ドアノブを回すジェイドを見たディストが考える。

 ジェイドが私を見てくれている。
 甘い幻想でも自分勝手な夢でもなく、本当に私を見ている。


「何ですか?」
「いえ。あの……デザート、食べましょうか」


 見つめていることが発覚した恥ずかしさからか、ディストは誤魔化すように言った。
 しかし言った後で「余計なことを言ってしまった」ということに気づいたらしい。
 驚くジェイドとは対照的に、ディストは真っ赤になって俯いていた。

 ただ、ジェイドと――甘い物を食べるのは、そこまで嫌ではない。
 自ら求めるような真似はなかなかできないけれど、悪くはなかった。


「……はい。食べましょうか」


 ジェイドは先程見たより柔らかい微笑みをディストに向けた。

 昔とは違っていても、ジェイドが見てくれる幸せ。
 やっと手に入れた幸せを噛み締めながら、ディストはジェイドの後をついて行った。


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