必要な距離(JD)
「んー……」
伸びをして時計を見る。
だが、まだ十時過ぎだった。
ディストはほんの少し手を止め、音機関の組み立てを再開する。
ディストはもう一度伸びをして時計を見た。
長針は六を指していて、短針は十二を指していた。
壁にかかっている時計が正確なのかは分からないが、大体十二時半らしい。
ジェイドから渡された設計図を見る、音機関を組み立てる、確認する。
そんな作業を繰り返しているうちに正午を過ぎていた。
「……そろそろですね」
ディストはゆっくりと背伸びをし、立ち上がる。
昼食を取るなら作業のきりがいい今だろう。
神託の盾にいた時もそうだったが、研究所に昼休憩の時間は定められていない。
決まっているのは取ることのできる休憩時間の長さだけ。多忙な研究者は都合のいい時に休憩を取って食べに行けばいい。
「…………」
ただ、ディストは椅子に座り直した。
今食堂に行けばジェイドと顔を合わせるだろう。そうなると、間違いなくジェイドと話したくなる。
それに――ないとは思うが、もしかしたら、ジェイドに話しかけられるかもしれない。
それで気を良くして嬉しそうにしたら意味がなくなってしまう。
結局、ディストは昼食を取るのをやめた。
空腹というほど腹が空いている訳でもないし、もう少し後でもいいだろう。
ディストは机上に散らばってしまっている部品を集め、山のような書類の整理を始めた。
目を通した書類が増えていること確認すると自然と笑みがこぼれる。
上機嫌で書類の分類をしていると、どこからか声が聞こえてきた。
「博士……ネイス博士」
名前を呼ばれた気がする。
振り返ると、何度かノックの音がしていた。どうやら一度では気付けなかったらしい。
名を呼ぶ「誰か」が入ってこなかったのは、音機関を扱う上での権力を貰っているからだろう。
――ちなみに、マルクト軍所属の研究者はディストがダアトに行く前のように『ネイス博士』と呼んでいる。
「どうぞ」
「失礼します」
形式通りに許可を出す。
礼儀正しく入ってきたのは、ジェイドの管轄の研究員だった。
「カーティス大佐から伝言を預かっております。本日分が完成しましたら執務室に届けるように、とのことです」
完成分を執務室に?
まだ完成していないが既に大きくなっている代物を、私に運べと?
ディストは一瞬耳を疑ったが、研究員は落ち着いている。
間違っていないという絶対的な自信があるのだろう。
「……分かりました。下がりなさい」
「はい」
ディストが声をかけると研究員は下がった。扉の前で一礼をして部屋から出ていく。
完成する予定の音機関は今よりもずっと大きく、重い。
わざわざ運ばせるなど新手の嫌がらせだろうか。
それとも、私のことを気にかけてくれているのだろうか?
「ジェイドが、私のことを……」
喜びが抑えられなくなったのか、ディストの唇から幸せそうな声が漏れる。
命令を前向きに受け止めたディストは音機関の組み立てを進めた。
これだけの音機関を完成させるのは大変だが、何があっても今日中に完成させてみせる――。
そんなことを考えながら、ディストは部品を手に取った。夕食を取るのも忘れて作業に没頭する。
音機関が完成する頃、時計の指針は七と十一を指していた。