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必要な距離(JD)

 
 決めた。
 今日は、ジェイドを無視しよう――。

 自分以外誰もいない研究室。椅子に腰かけているディストは決意した。
 ジェイドからの問いかけに返事はしても、自ら話しかけに行くようなことはしない。昼食に誘ったり、研究報告の後、一緒に帰ったりするのもなしだ。


「押して駄目なら引いてみろ、でしたっけ」


 
 研究所に向かっている時、歩いている女性兵士の話を偶然耳にした。

 ――男っていうのはね、いつも傍にあったものが急に離れていくと後を追いたくなるものなんだよ。
 ――だったらさ、不用意に近付くより距離を取った方が効果的じゃない?

 それが本当なのか、同性であるディスト自身にも詳細は分からない。
 ただ、試す価値はある――と、思う。


 目を瞑ったディストはぼんやりとジェイドのことを考えた。

 自分でも、従来の方法では駄目だと分かっている。
 上手くいった例がないのだから、別の方法を考えなければいけないということも。
 それなのに、失敗した時のことを考えると、なかなか実行できないでいた。


「けれど……諦める訳にはいきませんからね」


 軽く拳を作るディストは、決意を固めるように言葉を紡いだ。
 きっと上手くやってみせる。そうすれば、ジェイドが私を見てくれるかもしれないのだから。
 幸せな幻想を胸の内に秘め、頷く。


「ジェイドに見てもらうまでは……!」


 強い望みを声に出す。
 ディストが再び頷いた時、ドアをノックする音が聞こえた。
 恐らくジェイドだろう。今朝はディストの方が早く研究室に入っていた。


「おはようございます、ディスト」
「あぁ、ジェイド。おはようございます」


 何気ない風を装い、ディストは立ち上がった。
 朝の挨拶をするジェイドに軽い挨拶を返す。
 いつもなら世間話でもするところだが、今日はしない。

 ――私のことを気にしてくれるだろうか。
  ディストは黙ってジェイドを見た。


「今日は設計図に書いてある音機関を組み立ててください。必要なことは書類に書いてありますし、部品は……」


 だが、ジェイドはディストについて何も触れなかった。
 いい笑顔を浮かべ、一日分とは思えない分厚い書類を差し出している。

 私がずっと黙っているというのに、何も言わないなど信じられない。
 納得のいかないディストはジェイドを見つめた。


「何か?」
「……いえ、何も……」


 ディストは首を振って視線を逸らせた。
 ここでジェイドを追及しては決意と努力が無駄になる。
 実際に結果を出すのは予想するより、ずっと――難しいのかもしれないし。
 ただ、甘い幻想が霞んでいくような気がして、ディストは密かにため息を吐いた。


「……では、私は別の研究室に」
「はい」


 それでも諦めなかったディストはジェイドに背を向ける。
 自分の研究室はここだが、音機関を組み立てる部屋は別にあるのだ。

 部屋から出る時ジェイドをちらりと見たが、彼の様子は至って普通だった。
 ディストは受け取った書類を抱え、口角を下げて研究室に向かった。


「はぁ……」


 扉を閉めたディストは再びため息を吐いた。
 つれなくするのは辛いものだ、と。

 いくら気を引く為とは言っても、ジェイドを無視し続けるのは簡単なことではなかった。
 好きな相手を突き放すのはディストにとって容易なことではない。
 それでも、どうしても自分を見てもらいたいディストは書類を握りしめる。
 浮かんだ弱音をなかったことにするかのように首を横に振り、研究室へ移動した。
 

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