貴方と私の約束(JD)
研究は、楽しかった。
今まで以上に多忙な日々になったが、私には確かな充実感があった。
色々な人物と話をする機会が増える代わりに好きなだけ譜業と向かい合っていられる。重要な音機関を作っているということもあって十分すぎるほど充実していた。
「ここはこうして……簡単に取り換えられるように……」
私は音機関を組み立てるこの時間が一番好きだった。
ジェイドと一緒にいる時間はこの時間と同じくらい――いや、それ以上に楽しい。
それでも最近はジェイドと会っていなかった。
私はできる限り長い時間を研究室で過ごしているし、ジェイドはジェイドの仕事をしている。
屋敷に戻ればジェイドに会えるのだが、以前のように気やすく会っていなかった。
疲れているジェイドに迷惑をかけたくない。
自分の感情を押し殺すように、私はそればかり考えていた。
ジェイドには訓練がある。執務もあるし、部下の教育もある。色々忙しいのだ。
そのうえ私が提出した報告書を見て指示を出さなければならない。一日中研究だけをしている私とは違う。
だからむやみに会ってはいけない。迷惑をかけてはいけない。
大好きなあの声で名前を呼ばれたい、と思ってはいけない。
「少し、寂しいですけど……これも研究のためです」
この音機関が完成すれば世界に貢献できる。
計画が無事に成功すればジェイドの選択が正しかったことを証明できる。
私は感情を振り払って音機関の組み立てに戻った。
「今日は……何曜日でしたっけ」
ふと独り言を呟いた私は音機関から手を離した。
伸びをしたついでに曜日を確認しようと立ち上がる。
一体どれくらいの月日が経ったのだろう。
毎日譜業に向き合っていたせいか曜日の感覚がない。
今の私には、日常生活を送っているという感覚さえも上手く感じられていなかった。
ただ、音機関を組み立てている感覚だけは確かにある。
「ん……?」
立ち上がった時、ほんの僅かな歪みを感じた。
身体の芯がぶれるような、そんな感覚。
もしかしたら長時間の作業で目を酷使しすぎたのかもしれない。
私は何度か瞬きをして目を開けた。
いつの間に――研究室が緑豊かな野原になったのだろう。
瞬きをした私が見たものは一面が緑で囲まれた野原だった。
森と言えるほどの木々があり、蝶々が舞う周辺には美しい花も咲いている。
その少し遠くには緩やかに続く丘があった。
「……ネビリム先生?」
丘の上に人影を見つけた私は目を凝らしてその人影を見つめた。
柔らかな風が吹く遠くの丘の上で先生が笑っている。
ゆっくりと私に手を振ってくれているのが見えた。
微笑む先生の傍には大人になったジェイドやネフリー、憎たらしい国王がいる。
そこに足りないのは私だけだ。
「先生、今行きます!」
私は先生に手を振り返して駆け出した。
体力はないほうだと思っていたが、全力で走っても不思議と疲れない。あの自慢の椅子がなくても悠々と辿りつけそうな気がした。
先生がいて、ジェイドがいて、ネフリーがいて、ピオニーがいる。
もう届かないと思っていた世界が目の前にある。
私はただ嬉しくて先生たちの元へ向かった。