薔薇と監視者(JD)


「……言い方が悪かったようですね」


 私は前触れもなく足を止めた。
 少し遅れてサフィールも足を止める。


「何を隠しているのか、と訊いているんです」


 言葉で脅しつければ途端に挙動不審な動きを見せる。
 サフィールは迷った様子で私の瞳を捕え、そして目を逸らした。


「……何も」
「何も?」


 何故、視線を合わせられない。
 本当に何もないのなら、私から離れようとするはずがないだろう。

 私は僅かな苛立ちを押さえながら詰め寄った。
 サフィールを路地裏の物陰に引っ張り込む。


「罪人の身でまっすぐ帰宅せず、挙句の果てに嘘まで吐くとは」


 苛立っているせいか、発する言葉が強くなる。
 ほのかな月明かりに輝くサフィールは俯いていたが、急に顔を上げた。


「私はただ……ジェイドの役に立ちたかっただけです。まだまだのようですが」


 サフィールは自嘲気味に言葉を紡いだが、私には話の繋がりが見えない。
 第一、見えないどころか矛盾している。
 自分の行動が迷惑しか掛けないのは本人にも分かっているはずだ。


「貴方が私の役に立てるとでも?」
「立てます!」


 顎を掴むとサフィールは甲高い声で叫んだ。
 譜業のことでもないのに自信を持っているようだ。

 サフィールは眼鏡越しに私の目を見つめ、そっと唇を動かした。


「……抱いてください」


 サフィールが自ら腕の中に収まる。
 白いシャツを纏ったまま、弱い力で私に抱きついた。


「ジェイドの好きなようにしてください。私でも、それくらいなら……」


 胸元に顔を埋めたサフィールが消え入りそうな声で縋りつく。

 そんなサフィールを見て、私はようやく理解した。
 機械的に情事をこなし泣くようになった理由も、薔薇を飾らなくなった理由も、全て。


「……自惚れないでください」


 本心から苛ついた私はサフィールを突き放した。
 壁にぶつかり転びそうになるサフィールを乱暴に立たせる。
 急すぎる行動のせいか、サフィールは多少怯えていた。


「性欲処理をして役に立ったつもりですか? 奉仕して、受け入れて、それだけで解決するとでも?」


 声を押さえながら詰め寄る。
 私に捕えられたサフィールは瞼を閉じた。


 この男は――本当に救えない馬鹿な男だ。
 真面目に仕事に励み、私のために薔薇を育て、私と身体を重ねる。
 自分に何が出来るのか考えて行った行動のはずなのに、結局見失ってしまったのだろう。
 ――これで本当に役に立てているのか。
 ――本当は迷惑をかけているのではないか。
 サフィールはそう考えて薔薇を飾るのをやめた。
 代わりに私の欲望を満たすことに躍起になり、結果、自分から始めたことで傷ついた。
 大方「ジェイドが自分を抱いているのは性欲を処理するためだけ」だとでも考えたのだろう。
 泣いていたのは己の感情の整理がつかなくなったからだ。


「……役に立てると、思っていました」
「いいえ。役立たずです」


 私は間髪入れずに答えた。
 本当に役に立とうと思っているのなら、いい加減気づくべきだ。
 そのような考えでは私の役に立てるはずがない、と。


「では、何故私を傍に置いているのですか?!」


 私の答え方が気に食わなかったのか、サフィールは大声で涙を零し始めた。


「私がどういう風に見られているか、知らない訳ではないでしょう! 白いシャツを纏った罪人……権力者の幼馴染だから助かった罪人……」


 大粒の涙を零しながら、悔しそうに叫ぶ。
 サフィールは眼鏡を外すこともなく涙を拭った。

 サフィールがどのように見られているか知らない訳ではなかった。
 ピオニーが口添えしたのも嘘ではない。権力と能力のおかげで生き延びた罪人を嫌う人間は少なくないだろう。
 実際、私もサフィールの陰口を耳にしたことがある。
 口頭で軽く咎めはしたが、私自身それだけで終わるとは思っていなかった。


「……ジェイドの名前を口に出そうものなら冷たい視線を向けられる。大佐に迷惑をかけておきながらよく馴れ馴れしく呼べるものだ、と」


 サフィールは泣き続ける。
 指が当たった拍子に眼鏡が落ちた。

 以前ファミリーネームで呼んだのはそういうことだったらしい。
 正直に理由を話せば良いのに、心配をかけたくないと思ったのだろう。
 気味が悪いからと今までどおり呼ぶよう命令したが、その後サフィールは項垂れていた。――罪人の身で監視者である私の命令に逆らうことは出来ない。


「でも、私は逃げませんでした。私に出来ることは……ジェイドの役に立つことだけですから」


 落ちた眼鏡を拾い、サフィールは無理やり微笑もうとした。
 だが綺麗に笑えずに瞼を固く閉じる。


「……上手く……出来ませんでしたが……」


 そう呟いたサフィールは今朝と同じように泣いた。
 声を出さずに、ただ涙を零している。


 本当に――この男は馬鹿な男だ。
 私の傍に存在する意味は「ジェイド・カーティスを評価させること」だけにあると信じている。



 
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