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曦澄SSまとめ


看病

――どうやら、不治の病におかされてしまったようです。

流麗な文字で書かれた、目を疑う一文。江澄はその文を受け取った際に、随分と簡素な文だと思った。薄い青の、紙一枚。送り主は、数日前に逢ったばかりの恋人……藍曦臣からであった。一体何の用であろうか、大した事は書かれていないだろう。どうせ、あなたが恋しくて堪らない、次はいつあなたに逢えるのでしょうか。などと書かれているのだろう。しかし江澄の目に飛び込んできたのは、たった一文。見間違いではないだろうかと、再度文に目を通すが書かれていたのはやはり同じ文のみ。

不治の病。詳細も何もなく、ただそれだけしか知ることが出来ない。顔を合わせた時は、藍曦臣は何も変わらず元気だったはず。少なくとも江澄の目にはそう映っていた。一体この数日の間に、藍曦臣の身に何が起きたのだろうか。何か大きな事が起きたのであれば、この文を受け取るよりも前に江澄の耳に入ってくるはずだ。
それは恋人であるから、ではない。それ以前に江澄は江家の宗主、そして藍曦臣は藍家の宗主だ。何処かの世家の宗主の身に何かがあれば、少しでも情報が入ってくるだろうに。

まさか、公に出来ないほどの何か、があったのだろうか。病状悪く、この文も辛うじて送る事ができたものかもしれない。嫌な想像ばかりが、江澄の脳内を巡る。だとしても、今は雲深不知処にいる魏無羨から何か連絡があってもいいものだが。いや、もしかすると。誰にもそれを、知らせていないのかもしれない。

藍曦臣の事を考えれば考えるほど、江澄は最悪の状態しか想像出来なくなってしまった。居ても立っても居られず、蓮花塢を飛び出し雲深不知処へと向かった。



「まさか、こんなにもすぐあなたに逢えるなんて」

お忙しいでしょうに、などと江澄の突然の訪問を嬉しそうに出迎える藍曦臣。数日前と様子は何ら変わらず元気そうで、江澄は拍子抜けしてしまう。

「……体調が悪いのではなかったのか?」

どうぞゆっくりしてください、お茶を淹れますからと言う藍曦臣へ思わず疑問をぶつける。江澄の言葉に手を止め、何の事だと首を傾げる藍曦臣。

「不治の病におかされた、と」

あのやけに意味深な文を寄越してきたのはそっちだろう、何だその反応は。江澄は若干の腹立たしさを覚えながらも、続けて尋ねる。ようやく合点がいったらしい藍曦臣は緩く笑い、そうなんですと優しい声で話す。

「きっと、一生治らないでしょうね」

口調は普段と変わらず穏やかだが、一生治らないという言葉。江澄は思わず息を呑む。元気そうに見えるが、実際はかなり深刻な状態なのかもしれない。

「……俺に出来る事はあるだろうか」
「看病をしてくれたら嬉しいな、ずっと私の側で」
「分かった。他にはないか?」
「私の名前を沢山呼んで、私の事を愛してると毎日言ってくれたら」
「ああ、いくらでも。藍渙」
「嬉しい。愛してるよ、阿澄」

そう言った藍曦臣は江澄に近付き、額に優しく口付けを落としてきた。そして優しく頬を撫でられ、抱き締められる。
伝わる温もりもふわりと香るそれも、普段と変わらない。江澄は藍曦臣の背中に腕を回し抱き締め返すが、痩せているようにも思えなかった。

一体どのような病なのだろうか。

「藍渙、あなたは何の病なんだ」
「恋の病です」
「……は?」
「一生阿澄が私を看病して、私の名前を呼んで、毎日愛してると言ってくれないといけない病です」


その後暫くは毎日江澄の元に、謝罪が綴られている分厚い文が送られてきたのは言うまでもない。
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