第1章 ドール・メーカー

「せっかくなら人形劇でも始めたらいいのに。宣伝にもなりそうでしょう!ね、ジュモー?」
わざわざ町の辺境に位置するアトリエまでやって来た身重の女性は、隣で彫刻刀を研ぐ男に言った。
 ジュモーと呼ばれた男は、長髪の癖毛を後ろにまとめた頭をくりゃりと掻き、次に研ぐ彫刻刀を探しながら返事を返す。
「無茶言うなよ。ゴーチェ、僕は人形師でパフォーマーじゃないんだ。素人のしらけた人形劇じゃそれこそ人形が可哀想じゃないか?」
「あら!ウフフ、おっかしい!むかし学校の発表会でやった人形劇、まだ根に持ってるのね?」
ロッキングチェアに腰掛け、客人として出されたお茶を飲んでいた女性、ゴーチェは嘗てお互いが幼馴染みであった頃の話を思い出して笑う。
「あの時、ゴーチェと出し物が被って心底肝が冷えたこと、今も忘れてないよ。まぁ……はは、あれはスゴかったね」
「馬鹿にしてる?私の人形劇とても人気だったでしょう?」
ロッキングチェアをゆったり揺らし、ゴーチェは当時の製作秘話を悠々と話し出す。
「うーん……そこまで詳しくは……覚えてない、かなぁ」
ジュモーは別の砥石を手に取り、それが手ごろな砥石か確める事に忙しい素振りを見せて誤魔化した。
実際、ゴーチェの人形劇がクラスの皆や担任の先生に誉められるほど出来が良かったことを覚えていた。
しかし、そこで使われたゴーチェ自作の人形の評判が良くなかったこともジュモーは覚えていたので、自分なりに気を遣ったのだ。
「嘘、私の人形自体も独創性あふれてるって話題になってたでしょう?覚えてるはずよ」
つい数秒前の気遣いは一体何だったのか。
「あー……うん、確かに君の作品はその時から、なんて言うか、前衛的だったよね。もちろん僕は気に入ってるよ」
ジュモーは半ば流すように話を区切ると、丁度手入れが終わった全ての彫刻刀を作業机に並べた。
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