ペルソナ3
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二日目の屋久島の空も青い。
元から全員一緒に行動する必要はないものの、今日は男女で別行動だと美鶴に言われた。女性陣は海ではなく屋久杉を見に行くらしい。
男性陣は伊織の提案で今日も水着に着替えて海岸だ。アマネとしては昨日遊びきった気もするので、正直海へ入るのはもう十分だった。
「あっれー、彼女たちまーだ起きてないのかなー? んもーお寝坊さんなんだから! 海は待っててくれないのに、ねー!」
「ああ、日がかげると水温が下がり、体力を余計に消耗するからな」
相変わらずかみ合わない二人である。というより、彼女達は屋久杉を見に行った事を知らないのだろうか。
「そう言えば、来がけに屋敷の使用人から手紙を渡されたんだっ……あっ、おい、順平!」
真田の手から伊織が手紙を奪い取った。
「抜け駆け禁止っス! メイドさんからのラブレターなんて、お父さん許しません!」
アマネは足元に小さな貝が転がっているのに気付いてしゃがむ。伊織のボケは無視だ、無視。
隣にいた有里も何故かしゃがんできたので拾った貝殻を渡すと、少ししてから同じく有里の足元に半分埋まっていたガラスの破片を渡された。波に削られて丸みを帯びたそれは、ゴミには見えない。
「えーなになに……『三人で縄文杉を見てきます』……ええっ⁉」
「これは山岸の字だな」
「桐条先輩も言ってましたよ」
「あーもう! 夏に南の島に来て、なんで海に来ねーんだ!? いいのかソレ『人』として⁉」
そこまで言うほどのことだろうか。そもそも桐条の別邸がある島だし、美鶴に関してはいつでも来ることが出来るのだ。今絶対に海へ来なければならない理由はない。
「お前が原因だろ」
「昨日のは重たい空気を何とかしようって、オレなりに気ぃ使ったんスから」
「オレに言うな」
先程はかみ合っていなかったくせに、いいコンビになっている。
「まぁでも、それはいいんス。大事なのは、ヤロウだけでどうすんのっていう事実っス! 持ち合わせが無ければ現地で調達! これ、兵法の初歩ナリってね!」
そうだっただろうか。
「ズバリ名付けて、『ヤクシマ磯釣り大作戦』!」
「磯釣り? ナンパのことか?」
まさか真田の口からそんな言葉が出るとは思っていなくて、思わず見上げたところで足元に作り上げた砂の山が崩れる。
「なんだ斑鳩? その顔は」
「どうスか、真田サンいれば絶対イケますって!」
「二人の意見も聞いておこうか」
あからさまに引いている様子だったが、それでも後輩の相手をする真田は偉い。崩れてしまった砂の山を更地に戻しながら立ち上がると有里も立ち上がった。
「どうでもいい」
「同じくぅ」
「三人とも、青春の夏が乾燥したまんま過ぎてってもイーワケ? この流れはもう必然ですよ、必然!」
真剣な表情で言い切った伊織には悪いが、アマネの青春はとうの『昔』だ。
「なら、いつもの通りこいつに現場指揮をさせる」
「エエッ、何スかそれ⁉」
「『作戦』だと言ったろ、自分で」
「うっわ、超ヘリクツだそれ! おい、ちゃんとマジメにやれよ、湊? 『作戦』だかんな」
「リーダー。不肖斑鳩、荷物番として戦線離脱します」
「ちょっ、斑鳩、ノリが悪いぞ!」
「まぁいいだろ。荷物番は必要だしな。リーダー、どうする?」
「……許可する」
「湊ぉー!」
戦力が減った、と落ち込む伊織はそれでもアマネの同行は諦めたらしい。正直ナンパなんてアホらしくてやっていられないだけだが、置きっぱなしの荷物番だって間違いなく必要だ。
水着姿で携帯を常備していない為、何か連絡があった時に困る。
歩いていく三人を見送って、荷物を置いていたパラソルの下に出来た日陰へ腰を降ろした。ビーサンを脱ぐのが面倒で、脚は半端に伸ばしたままにする。
一応確認した携帯には佐藤以外からのメールは来ていない。佐藤からのメールは長文過ぎて、それを読むのも面倒になる。
伊織達は早速一人目の女性に狙いをつけたらしい。大学生らしい女性にまず話し掛けたのは伊織のようだ。
格好や雰囲気からしてあからさまな高校生の彼が相手にしてもらえるとは正直思えなかったが、まぁ、大玉砕さえしなければいいだろう。
人の声は聞こえるけれど街中ほどではない。それよりも大きく響く波の音に少し眠気を誘われる。昨夜も波の音が外から良く聞こえてよく眠れたというのに、まだ眠いらしい。
『昔』は人の気配が近くにあったり、仕事中だったりすると全く眠れなかった。今生でも叔父のいえで世話になっていた頃はあまり良く眠れなくて、中学時代はほぼ毎日学校の昼休みに屋上で数十分程度の仮眠を取っていたのを思い出す。
あの親戚一家には一番世話になっていたけれど、こうして考えるとやはり信用はしてなかったのだなと思った。
人が近付いてくる気配がして眠気が飛ぶ。近くを通るだけだろうと気付かない振りをしていると、何故かその気配が近付いてきたので顔を上げた。
「オジョーサンひとり?」
見上げた先にいたのはうっすらと日に焼けた肌の、男だ。
何を思ってアマネに声を掛けてきたのかは知らないが、おそらく伊織と目的は同じくナンパだろう。もっと観光地化した浜辺のほうが似合いそうな男は、アマネが何か言うよりも早くその場へしゃがみ込んだ。ナンパ行為自体には慣れていると見える。
ナンパに慣れているということは慣れるほどナンパを繰り返したという事で、それだけ成功しなかったという事でもあるのだろうが。
「こんなとこでひとりってサミシクない? オレもひとりでさー、一緒に話さない?」
そう言って隣へにじり寄って来ようとする男を、蹴り飛ばそうと右足に力を込めた途端真田が戻ってきた。
「オレたちの連れに何か用か?」
真田の後ろには有里と伊織もちゃんといる。男はいきなり真田達が来た事に驚いているらしい。
「つ、連れ?」
「そうだ」
まがりなりにも定期的にタルタロスでシャドウ退治をしているからか、三人ともそれなりに引き締まった身体ではある。ましてや真田は学園内でファンクラブが出来る程のボクシング部のホープ。この軟派な男にとっては苦手な部類だろう。
このまま黙っていて真田に追い払ってもらう事も出来そうだが、それではアマネが嫌だった。
「先輩、駄目ですよ。こんな男をナンパするような奴に話し掛けちゃ今度は先輩が狙われます」
「……は?」
「悪りぃけど、俺は同性愛に興味ねぇんだぁ。あっち行ってくれぇ」
「……お、おとこ?」
「Si」
男は顔を真っ赤にして立ち上がったかと思うと、アマネを指差して怒鳴る。
「紛らわしいカッコしてんじゃねぇよ! クソ野郎!」
「男か女かも分からずに見境無くナンパするヤツに言われたくねぇかなぁ」
逃げる様に走り去っていく男の背中に向けて言ってやれば、周囲にいた海水浴の客が男を見た。中には指差して笑ったり、ヒソヒソと囁きったりといった女性客もいる。携帯で写真を撮っている奴等もいて、男は海水浴場からも逃げる様に遠ざかっていった。
お嬢さん呼ばわりされた怒りはまだ残っているが、去られてしまっては仕方が無い。
「大丈夫? 斑鳩」
「この場合逆ナン? なのか?」
「大丈夫です逆ナンでもねぇです。先輩たちこそ、ナンパはどうしたんですか?」
女に間違えられてナンパされたなど屈辱なので、話題を変えようと尋ねれば三人は曖昧に顔を逸らした。
「……うまくいかなかった」
「ああ……」
駄目で戻ってきたらしい。最初は乗り気では無さそうだった真田まで落ち込んでいる。
「ナンパには興味無かったんじゃ?」
「『勝負』にはこだわりたい」
伊織がため息を吐いた。有里だけはそう残念そうでも無く、さっきアマネが拾って渡した貝殻をまだ持っていたのか手の中で弄んでいる。
反省会なのか糾弾会なのか互いにナンパ失敗の責任を押し付けあう真田と伊織は放置し、ナンパの間ずっと直射日光を浴びていた有里に炭酸飲料を渡した。
言い合いが有里まで巻き込み始めたので、付き合っていられないとばかりにアマネもお茶の缶を開ける。
「つかオマエ、ちゃんと考えて答え……」
「どうした? ……何かあるのか?」
喋っている途中で黙ってしまった伊織に気付いて見上げると、伊織は何処かを見つめていた。
何かあるのかと思ってその視線の先を追う。
そこには、水色のワンピースを着た金髪の少女がいた。
「最後の最後にスゲェ波だよ……! ニクいぜ神サマ!」
金髪の少女に見蕩れて再びやる気が出たらしく、性懲りもなくナンパを、今度は一人ずつ行こうという作戦に出た三人を見送る。今度こそお前も、と伊織に言われたがアマネは本気で断った。
確かにアマネも、恋愛感情は無いし好みのタイプですらないがあの金髪少女は可愛いと思う。
可愛いとは思うけれど、違和感もあるのだ。
彼女はそういう視線で見る意味が無い。そういう感じがする。
じゃんけんに勝った伊織が一番手ということで勢いも新たに少女へ向かっていって、即効振られた。
「斬られたな……。予想以上に早かったな……」
落ち込みながら戻ってきた伊織は落ち込みながらも、二番手である真田へバトンタッチする。
「彼女、なんか変ですよね」
「変?」
「海だっていうのに水着じゃなくワンピースでしょ? それに――」
「それに?」
有里に尋ねられて続きを言おうとすると真田が戻ってきた。彼女と伊織より長く話せた事を誇っているが、伊織がそういう問題ではないと一刀両断する。尤もだと思った。
「ああ……なんかオレ、もう泣きそうッス……」
「な、泣くな! オレまでみじめになるだろうが」
「……という訳だ」
どういう訳だ。
「オマエが何とか拾わないと、トラウマんなっちまう」
「オレは負けてない。負けてないからな……後は任せた」
「……っていうか男にナンパされた俺が一番みじめじゃねぇですか」
金髪少女へ向かって歩きだした有里を見送る二人にアマネがそう言えば、伊織に睨まれる。
「お前はぁー! その髪を切ってパーカーを脱げば立派な戦闘力だろうがよぉ!」
「髪は絶対切りませんよ」
そうしている間にも有里が金髪少女へ話し掛けていた。会話はよく聞こえない。だが少女が有里を見て驚いているのは少し離れたここからでもよく分かった。
それを怯えさせてしまったと思ったらしい伊織が慌てて有里の元へ向かおうとすると、少女はこちらの動きに気付いて森のほうへと走り去る。
決して有里の顔を見て逃げた訳では無さそうだが、何故逃げたのか。
タイミング的には、伊織が近付こうとしたから逃げたようにも思える。だが先程伊織が行った時はそんな行動を取らなかったので伊織も悪くは無いだろう。
だとすれば、有里が何か言ったか少女の考えあっての行動か。
先に行った伊織を追い駆けるようにアマネも真田と一緒に有里の元へ向かえば、有里は伊織に何か言われて、いささか面倒そうではあるが少女を追い駆け森へと向かった。
森へ行くなら念の為携帯を持って行って欲しかったのだが、いきなりのことなので仕方が無い。
荷物を持って有里を探しにアマネ達も鬱蒼と茂る森へ入れば、見つけた有里は金髪少女に抱き着かれていた。驚く伊織達に気付いてこちらを見た少女の目がアマネを捕らえ、無表情のままだというのに一瞬見開かれる。
覚えのある視線だった。
「ああ、やっと居た! どこ行ってたの!? 探したんだから」
反対側の、正規の整備された道筋のほうから屋久島杉を見に行っていたはずの女性陣がやってくる。どうやら何故かアマネ達を探していたらしい。
携帯に連絡すれば良かったのに、と思って携帯を見ると不在着信が美鶴から来ていた。気付かなかったようだ。
「と言うか、皆さんなんで水着で森の奥に……」
「まったく、こっちは大変な事に……って、あれ!? その子、誰?」
不思議に思うのは当たり前だろうな、と考えながらも説明が難しい。
ナンパをしていたとは言い難いし、しかも失敗したとも伊織や真田のプライドを思うと言いにくい。そもそもの話、有里へ抱きついている少女もナンパしている途中に走り出したので追い駆けて来たのだ。などとは女性に言える訳が無いだろう。
いくらアマネ自身はナンパに参加していなくとも、止めなかった時点で共犯にされるのは目に見えている。
「なんで……抱きついてるワケ?」
不思議がる、というより半ば疑うように抱きつかれたままの有里を見つめる岳羽は、正直少し怖い。女性の嫉妬深さが頭角を現している気がする。
「聞いてくれ。実は少し面倒な事が起きてる。休暇中に済まないが、すぐに戻って戦う準備をしてくれ」
「いや、準備はいいよ。探し物は見つかったからね」
ズボンの裾に泥を跳ねさせて幾月までやってきた。少し息が上がっているのは、この森を急いでやって来でもしたのだろう。どういう事かと尋ねる岳羽に、幾月は額の汗を拭いながら深く息を吐いた。
「やれやれ、探したよ。勝手に出たらダメだろ、アイギス?」
「……はい」
有里へ抱きついたままの少女が返事をする。どうやら彼女はアイギスという名前らしい。
そしておそらく、幾月が探していて美鶴達にも協力を頼み、その為に戦闘準備をさせようともしていた。
少女一人探すのに戦闘準備、と不思議に思うが、美鶴がそう言うのならそう言うなりの理由が少女にはあるのだろう。
敵意や殺意は感じられない。服の下に武器を隠している様子もないが、僅かに硝煙の香りが漂うのは気のせいだろうか。
森の中で漂うそんな人工物的な匂いは、目立つ。
「……とにかく、一度屋敷へ戻ろう。ここで話も出来ないしお前たちも着替えたらどうだ」
美鶴に言われて頷く。日の当たる海岸から日陰の森の中へ急いで来たものだから、少し寒気がした。
***
「いやはや、心配かけて済まなかったね。もう大丈夫だ。」
応接室に集まった寮生にそう告げる幾月だが、何も知らないまま事が終わってしまったアマネ達にとっては何がなんだか分からない。
山岸が戦車を探すのどうのと訊いたので、アマネ達は戦車を探させられるところだったのか。
だが、幾月はもう終わったと言い切った。
「アイギス、こっちへ来なさい」
「……はい」
先程の少女が幾月に呼ばれ従順にやってくる。その格好は昼間に見た水色のワンピース姿ではなく、『人の形をした機械』だった。
「彼女の名は『アイギス』見ての通り『機械の乙女』だ」
「初めまして『アイギス』です。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで、皆さんと共に行動するであります」
淀みなく答える姿は到底機械には見えない。
「うそ、まるで生きてるみたい……」
「信じられん……」
同じ事を他の皆も思ったらしく、アイギスを見て驚いている。
「十年前、シャドウが暴走した時の保険として『対シャドウ兵器』というのが計画されてね。アイギスはその中でも最後に造られた一体。そして唯一の生き残りなんだ」
「対シャドウ兵器。ということはまさか、ペルソナを……?」
「はい。ペルソナ呼称『パラディオン』を扱える仕様であります」
「彼女は十年前の実戦で大ケガを負って、ここの研究所で管理されていたんだ。何故今朝になって急に再起動したのか、いまいちハッキリしないんだけどね……。ま、これから仲良くしてやってくれ」
「精神が備わった、対シャドウ兵器……すごい、すごいですっ!」
興奮する山岸は確か機械弄りが好きだったはずだ。まさかとは思うが分解してみたいなどとは言い出さないで欲しい。
「あの、ところでさ、ちょっと確認したいんだけど……あなたさっき、だ、抱きついてたよね? ……有里君に。その、彼を知ってるの?」
「はい。わたしにとって、彼の傍にいる事はとても大切であります」
「フム、人物認識が完全じゃないのかもね……。あ、それとも『寝ボケてる』って事かな? んー、そいつは興味深いぞ。フムフムフム……」
機械が寝ぼけるワケが無いだろう。と思ったが、過去の経験を考えると完全に否定出来ないのが少し悔しい。呆れて呟く岳羽の声に僅かな不安と嫉妬が混じっている気がした。
ふと視線を感じて顔を上げると、アイギスがまっすぐにこちらを見ている。その横では幾月がくだらない話をし始めていた。
アマネと目が合うと、アイギスは何故か困惑した雰囲気でアマネと有里を交互に見やる。
嗚呼、なるほどと思いながらアイギスがアマネを見るタイミングで首を横に振ると、アイギスは機械ながらに人間らしい動作で不思議そうにしていた。
元から全員一緒に行動する必要はないものの、今日は男女で別行動だと美鶴に言われた。女性陣は海ではなく屋久杉を見に行くらしい。
男性陣は伊織の提案で今日も水着に着替えて海岸だ。アマネとしては昨日遊びきった気もするので、正直海へ入るのはもう十分だった。
「あっれー、彼女たちまーだ起きてないのかなー? んもーお寝坊さんなんだから! 海は待っててくれないのに、ねー!」
「ああ、日がかげると水温が下がり、体力を余計に消耗するからな」
相変わらずかみ合わない二人である。というより、彼女達は屋久杉を見に行った事を知らないのだろうか。
「そう言えば、来がけに屋敷の使用人から手紙を渡されたんだっ……あっ、おい、順平!」
真田の手から伊織が手紙を奪い取った。
「抜け駆け禁止っス! メイドさんからのラブレターなんて、お父さん許しません!」
アマネは足元に小さな貝が転がっているのに気付いてしゃがむ。伊織のボケは無視だ、無視。
隣にいた有里も何故かしゃがんできたので拾った貝殻を渡すと、少ししてから同じく有里の足元に半分埋まっていたガラスの破片を渡された。波に削られて丸みを帯びたそれは、ゴミには見えない。
「えーなになに……『三人で縄文杉を見てきます』……ええっ⁉」
「これは山岸の字だな」
「桐条先輩も言ってましたよ」
「あーもう! 夏に南の島に来て、なんで海に来ねーんだ!? いいのかソレ『人』として⁉」
そこまで言うほどのことだろうか。そもそも桐条の別邸がある島だし、美鶴に関してはいつでも来ることが出来るのだ。今絶対に海へ来なければならない理由はない。
「お前が原因だろ」
「昨日のは重たい空気を何とかしようって、オレなりに気ぃ使ったんスから」
「オレに言うな」
先程はかみ合っていなかったくせに、いいコンビになっている。
「まぁでも、それはいいんス。大事なのは、ヤロウだけでどうすんのっていう事実っス! 持ち合わせが無ければ現地で調達! これ、兵法の初歩ナリってね!」
そうだっただろうか。
「ズバリ名付けて、『ヤクシマ磯釣り大作戦』!」
「磯釣り? ナンパのことか?」
まさか真田の口からそんな言葉が出るとは思っていなくて、思わず見上げたところで足元に作り上げた砂の山が崩れる。
「なんだ斑鳩? その顔は」
「どうスか、真田サンいれば絶対イケますって!」
「二人の意見も聞いておこうか」
あからさまに引いている様子だったが、それでも後輩の相手をする真田は偉い。崩れてしまった砂の山を更地に戻しながら立ち上がると有里も立ち上がった。
「どうでもいい」
「同じくぅ」
「三人とも、青春の夏が乾燥したまんま過ぎてってもイーワケ? この流れはもう必然ですよ、必然!」
真剣な表情で言い切った伊織には悪いが、アマネの青春はとうの『昔』だ。
「なら、いつもの通りこいつに現場指揮をさせる」
「エエッ、何スかそれ⁉」
「『作戦』だと言ったろ、自分で」
「うっわ、超ヘリクツだそれ! おい、ちゃんとマジメにやれよ、湊? 『作戦』だかんな」
「リーダー。不肖斑鳩、荷物番として戦線離脱します」
「ちょっ、斑鳩、ノリが悪いぞ!」
「まぁいいだろ。荷物番は必要だしな。リーダー、どうする?」
「……許可する」
「湊ぉー!」
戦力が減った、と落ち込む伊織はそれでもアマネの同行は諦めたらしい。正直ナンパなんてアホらしくてやっていられないだけだが、置きっぱなしの荷物番だって間違いなく必要だ。
水着姿で携帯を常備していない為、何か連絡があった時に困る。
歩いていく三人を見送って、荷物を置いていたパラソルの下に出来た日陰へ腰を降ろした。ビーサンを脱ぐのが面倒で、脚は半端に伸ばしたままにする。
一応確認した携帯には佐藤以外からのメールは来ていない。佐藤からのメールは長文過ぎて、それを読むのも面倒になる。
伊織達は早速一人目の女性に狙いをつけたらしい。大学生らしい女性にまず話し掛けたのは伊織のようだ。
格好や雰囲気からしてあからさまな高校生の彼が相手にしてもらえるとは正直思えなかったが、まぁ、大玉砕さえしなければいいだろう。
人の声は聞こえるけれど街中ほどではない。それよりも大きく響く波の音に少し眠気を誘われる。昨夜も波の音が外から良く聞こえてよく眠れたというのに、まだ眠いらしい。
『昔』は人の気配が近くにあったり、仕事中だったりすると全く眠れなかった。今生でも叔父のいえで世話になっていた頃はあまり良く眠れなくて、中学時代はほぼ毎日学校の昼休みに屋上で数十分程度の仮眠を取っていたのを思い出す。
あの親戚一家には一番世話になっていたけれど、こうして考えるとやはり信用はしてなかったのだなと思った。
人が近付いてくる気配がして眠気が飛ぶ。近くを通るだけだろうと気付かない振りをしていると、何故かその気配が近付いてきたので顔を上げた。
「オジョーサンひとり?」
見上げた先にいたのはうっすらと日に焼けた肌の、男だ。
何を思ってアマネに声を掛けてきたのかは知らないが、おそらく伊織と目的は同じくナンパだろう。もっと観光地化した浜辺のほうが似合いそうな男は、アマネが何か言うよりも早くその場へしゃがみ込んだ。ナンパ行為自体には慣れていると見える。
ナンパに慣れているということは慣れるほどナンパを繰り返したという事で、それだけ成功しなかったという事でもあるのだろうが。
「こんなとこでひとりってサミシクない? オレもひとりでさー、一緒に話さない?」
そう言って隣へにじり寄って来ようとする男を、蹴り飛ばそうと右足に力を込めた途端真田が戻ってきた。
「オレたちの連れに何か用か?」
真田の後ろには有里と伊織もちゃんといる。男はいきなり真田達が来た事に驚いているらしい。
「つ、連れ?」
「そうだ」
まがりなりにも定期的にタルタロスでシャドウ退治をしているからか、三人ともそれなりに引き締まった身体ではある。ましてや真田は学園内でファンクラブが出来る程のボクシング部のホープ。この軟派な男にとっては苦手な部類だろう。
このまま黙っていて真田に追い払ってもらう事も出来そうだが、それではアマネが嫌だった。
「先輩、駄目ですよ。こんな男をナンパするような奴に話し掛けちゃ今度は先輩が狙われます」
「……は?」
「悪りぃけど、俺は同性愛に興味ねぇんだぁ。あっち行ってくれぇ」
「……お、おとこ?」
「Si」
男は顔を真っ赤にして立ち上がったかと思うと、アマネを指差して怒鳴る。
「紛らわしいカッコしてんじゃねぇよ! クソ野郎!」
「男か女かも分からずに見境無くナンパするヤツに言われたくねぇかなぁ」
逃げる様に走り去っていく男の背中に向けて言ってやれば、周囲にいた海水浴の客が男を見た。中には指差して笑ったり、ヒソヒソと囁きったりといった女性客もいる。携帯で写真を撮っている奴等もいて、男は海水浴場からも逃げる様に遠ざかっていった。
お嬢さん呼ばわりされた怒りはまだ残っているが、去られてしまっては仕方が無い。
「大丈夫? 斑鳩」
「この場合逆ナン? なのか?」
「大丈夫です逆ナンでもねぇです。先輩たちこそ、ナンパはどうしたんですか?」
女に間違えられてナンパされたなど屈辱なので、話題を変えようと尋ねれば三人は曖昧に顔を逸らした。
「……うまくいかなかった」
「ああ……」
駄目で戻ってきたらしい。最初は乗り気では無さそうだった真田まで落ち込んでいる。
「ナンパには興味無かったんじゃ?」
「『勝負』にはこだわりたい」
伊織がため息を吐いた。有里だけはそう残念そうでも無く、さっきアマネが拾って渡した貝殻をまだ持っていたのか手の中で弄んでいる。
反省会なのか糾弾会なのか互いにナンパ失敗の責任を押し付けあう真田と伊織は放置し、ナンパの間ずっと直射日光を浴びていた有里に炭酸飲料を渡した。
言い合いが有里まで巻き込み始めたので、付き合っていられないとばかりにアマネもお茶の缶を開ける。
「つかオマエ、ちゃんと考えて答え……」
「どうした? ……何かあるのか?」
喋っている途中で黙ってしまった伊織に気付いて見上げると、伊織は何処かを見つめていた。
何かあるのかと思ってその視線の先を追う。
そこには、水色のワンピースを着た金髪の少女がいた。
「最後の最後にスゲェ波だよ……! ニクいぜ神サマ!」
金髪の少女に見蕩れて再びやる気が出たらしく、性懲りもなくナンパを、今度は一人ずつ行こうという作戦に出た三人を見送る。今度こそお前も、と伊織に言われたがアマネは本気で断った。
確かにアマネも、恋愛感情は無いし好みのタイプですらないがあの金髪少女は可愛いと思う。
可愛いとは思うけれど、違和感もあるのだ。
彼女はそういう視線で見る意味が無い。そういう感じがする。
じゃんけんに勝った伊織が一番手ということで勢いも新たに少女へ向かっていって、即効振られた。
「斬られたな……。予想以上に早かったな……」
落ち込みながら戻ってきた伊織は落ち込みながらも、二番手である真田へバトンタッチする。
「彼女、なんか変ですよね」
「変?」
「海だっていうのに水着じゃなくワンピースでしょ? それに――」
「それに?」
有里に尋ねられて続きを言おうとすると真田が戻ってきた。彼女と伊織より長く話せた事を誇っているが、伊織がそういう問題ではないと一刀両断する。尤もだと思った。
「ああ……なんかオレ、もう泣きそうッス……」
「な、泣くな! オレまでみじめになるだろうが」
「……という訳だ」
どういう訳だ。
「オマエが何とか拾わないと、トラウマんなっちまう」
「オレは負けてない。負けてないからな……後は任せた」
「……っていうか男にナンパされた俺が一番みじめじゃねぇですか」
金髪少女へ向かって歩きだした有里を見送る二人にアマネがそう言えば、伊織に睨まれる。
「お前はぁー! その髪を切ってパーカーを脱げば立派な戦闘力だろうがよぉ!」
「髪は絶対切りませんよ」
そうしている間にも有里が金髪少女へ話し掛けていた。会話はよく聞こえない。だが少女が有里を見て驚いているのは少し離れたここからでもよく分かった。
それを怯えさせてしまったと思ったらしい伊織が慌てて有里の元へ向かおうとすると、少女はこちらの動きに気付いて森のほうへと走り去る。
決して有里の顔を見て逃げた訳では無さそうだが、何故逃げたのか。
タイミング的には、伊織が近付こうとしたから逃げたようにも思える。だが先程伊織が行った時はそんな行動を取らなかったので伊織も悪くは無いだろう。
だとすれば、有里が何か言ったか少女の考えあっての行動か。
先に行った伊織を追い駆けるようにアマネも真田と一緒に有里の元へ向かえば、有里は伊織に何か言われて、いささか面倒そうではあるが少女を追い駆け森へと向かった。
森へ行くなら念の為携帯を持って行って欲しかったのだが、いきなりのことなので仕方が無い。
荷物を持って有里を探しにアマネ達も鬱蒼と茂る森へ入れば、見つけた有里は金髪少女に抱き着かれていた。驚く伊織達に気付いてこちらを見た少女の目がアマネを捕らえ、無表情のままだというのに一瞬見開かれる。
覚えのある視線だった。
「ああ、やっと居た! どこ行ってたの!? 探したんだから」
反対側の、正規の整備された道筋のほうから屋久島杉を見に行っていたはずの女性陣がやってくる。どうやら何故かアマネ達を探していたらしい。
携帯に連絡すれば良かったのに、と思って携帯を見ると不在着信が美鶴から来ていた。気付かなかったようだ。
「と言うか、皆さんなんで水着で森の奥に……」
「まったく、こっちは大変な事に……って、あれ!? その子、誰?」
不思議に思うのは当たり前だろうな、と考えながらも説明が難しい。
ナンパをしていたとは言い難いし、しかも失敗したとも伊織や真田のプライドを思うと言いにくい。そもそもの話、有里へ抱きついている少女もナンパしている途中に走り出したので追い駆けて来たのだ。などとは女性に言える訳が無いだろう。
いくらアマネ自身はナンパに参加していなくとも、止めなかった時点で共犯にされるのは目に見えている。
「なんで……抱きついてるワケ?」
不思議がる、というより半ば疑うように抱きつかれたままの有里を見つめる岳羽は、正直少し怖い。女性の嫉妬深さが頭角を現している気がする。
「聞いてくれ。実は少し面倒な事が起きてる。休暇中に済まないが、すぐに戻って戦う準備をしてくれ」
「いや、準備はいいよ。探し物は見つかったからね」
ズボンの裾に泥を跳ねさせて幾月までやってきた。少し息が上がっているのは、この森を急いでやって来でもしたのだろう。どういう事かと尋ねる岳羽に、幾月は額の汗を拭いながら深く息を吐いた。
「やれやれ、探したよ。勝手に出たらダメだろ、アイギス?」
「……はい」
有里へ抱きついたままの少女が返事をする。どうやら彼女はアイギスという名前らしい。
そしておそらく、幾月が探していて美鶴達にも協力を頼み、その為に戦闘準備をさせようともしていた。
少女一人探すのに戦闘準備、と不思議に思うが、美鶴がそう言うのならそう言うなりの理由が少女にはあるのだろう。
敵意や殺意は感じられない。服の下に武器を隠している様子もないが、僅かに硝煙の香りが漂うのは気のせいだろうか。
森の中で漂うそんな人工物的な匂いは、目立つ。
「……とにかく、一度屋敷へ戻ろう。ここで話も出来ないしお前たちも着替えたらどうだ」
美鶴に言われて頷く。日の当たる海岸から日陰の森の中へ急いで来たものだから、少し寒気がした。
***
「いやはや、心配かけて済まなかったね。もう大丈夫だ。」
応接室に集まった寮生にそう告げる幾月だが、何も知らないまま事が終わってしまったアマネ達にとっては何がなんだか分からない。
山岸が戦車を探すのどうのと訊いたので、アマネ達は戦車を探させられるところだったのか。
だが、幾月はもう終わったと言い切った。
「アイギス、こっちへ来なさい」
「……はい」
先程の少女が幾月に呼ばれ従順にやってくる。その格好は昼間に見た水色のワンピース姿ではなく、『人の形をした機械』だった。
「彼女の名は『アイギス』見ての通り『機械の乙女』だ」
「初めまして『アイギス』です。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで、皆さんと共に行動するであります」
淀みなく答える姿は到底機械には見えない。
「うそ、まるで生きてるみたい……」
「信じられん……」
同じ事を他の皆も思ったらしく、アイギスを見て驚いている。
「十年前、シャドウが暴走した時の保険として『対シャドウ兵器』というのが計画されてね。アイギスはその中でも最後に造られた一体。そして唯一の生き残りなんだ」
「対シャドウ兵器。ということはまさか、ペルソナを……?」
「はい。ペルソナ呼称『パラディオン』を扱える仕様であります」
「彼女は十年前の実戦で大ケガを負って、ここの研究所で管理されていたんだ。何故今朝になって急に再起動したのか、いまいちハッキリしないんだけどね……。ま、これから仲良くしてやってくれ」
「精神が備わった、対シャドウ兵器……すごい、すごいですっ!」
興奮する山岸は確か機械弄りが好きだったはずだ。まさかとは思うが分解してみたいなどとは言い出さないで欲しい。
「あの、ところでさ、ちょっと確認したいんだけど……あなたさっき、だ、抱きついてたよね? ……有里君に。その、彼を知ってるの?」
「はい。わたしにとって、彼の傍にいる事はとても大切であります」
「フム、人物認識が完全じゃないのかもね……。あ、それとも『寝ボケてる』って事かな? んー、そいつは興味深いぞ。フムフムフム……」
機械が寝ぼけるワケが無いだろう。と思ったが、過去の経験を考えると完全に否定出来ないのが少し悔しい。呆れて呟く岳羽の声に僅かな不安と嫉妬が混じっている気がした。
ふと視線を感じて顔を上げると、アイギスがまっすぐにこちらを見ている。その横では幾月がくだらない話をし始めていた。
アマネと目が合うと、アイギスは何故か困惑した雰囲気でアマネと有里を交互に見やる。
嗚呼、なるほどと思いながらアイギスがアマネを見るタイミングで首を横に振ると、アイギスは機械ながらに人間らしい動作で不思議そうにしていた。