ペルソナ3
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洗面台の鏡の前で学校指定のネクタイリボンを丁寧に結ぶ。いつもは軽く崩している制服を生徒手帳の規則通りに着込んで、いつだって伸ばし続けている黒髪を結わえた。
少し開けた窓から寮の外を駆けていく寮生の足音が聞こえる。今日は卒業式だからいつもより登校が少し早い。
目元がやはり少し赤かった。それを誤魔化すように鏡から目を逸らして、机の上に置いておいた音楽プレーヤーを上着のポケットへ押し込む。
そうして部屋を出れば、有里の部屋の前にいるアイギスと眼が合った。
「あ……」
「おはようございますアイギスさん。湊さんを起こしてください。俺は朝食の仕度するんでぇ」
アマネの言葉に驚くアイギスへ微笑みを向けて、その脇を抜ける。本当は朝食の仕度なんて制服に着替える前にしていたので、本当は思い出したのだろうアイギスを有里と二人きりにしてやる為だ。
卒業式へ遅れないようにアマネ達以外は既に寮を出ている。思い出したのはアイギスだけかと思いつつも、一人も思い出さなかったよりはいいと思い直して降りてくるだろう二人を待つ。
暫くして二人が降りてきた頃には、学校で卒業式が始まる時間を過ぎていた。いずれにせよ卒業式へ参加する気にはなれていなかったからちょうどいい。
ラウンジで待っていたアマネを見て、アイギスも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「アマネさんも、思い出していたんですね」
「……ええ、言えば良かったですかね」
「思い出せたのでいいです」
少ない朝食を摂って寮を出た。時間がいつもと違うし卒業式の最中であるからか、流石に自分達以外に学生の姿はない。駅を出て校門を抜ければ大講堂のほうから歌が聞こえる。
卒業式定番のその歌に、アマネはあまり感慨を持ってはいない。今までに何度か歌わされたことはあったが、式の後でだって会えるのだからといつも思っていた。
いつの間にか立ち止まっていたらしく、手を掴まれる。冷たい手に振り向けば有里がアマネを引っ張っていた。
「……手、冷たいですね」
「じゃあ心が温かいんだろうね」
「何の話ですか?」
「聞いた事ありませんか? 『手が冷たい人は心が温かく、手が温かい人は心が冷たい』ってやつ」
根拠も無いただの俗説だが、アイギスは何を思ったのかアマネと有里の手を握る。それから首をかしげて手を見ていた。
「いい加減な話ですね。二人とも、とても優しい人ですから」
大講堂からの声を無視して校舎へ入り、屋上へと向かう。屋上の扉を開けた途端に顔へ当たる風は少し冷たく、けれども陽射しは暖かかった。
ベンチへ座るアイギスの膝へ頭を乗せて寝転がる有里に、アマネは思わず苦笑しながらその脇の地面へと座り込む。有里の脇の辺りのベンチへ背中を預ければ、有里の手が頭を撫でたり髪を弄ったりして遊んできた。だがそれも途中で飽きたか疲れたかして動かなくなる。
音楽プレーヤーを取り出して耳へ嵌めた。その音楽に紛れてアイギスの声が聞こえる。
アイギスは有里へ話しかけ続けている。それを口出しせずにアマネは膝を抱えて音楽プレーヤーの曲と一緒に聞いていた。
アマネが言えることなんてもう何も無い。穏やかな風に目頭の熱が少しだけ奪われて、けれども完全に堪えていることなんて無理だった。
『生きる』というのは難しい。それすらまともに出来ない人間のなんと多いことか。
機械の乙女であるアイギスでさえこんなにも思い悩み結論を出すのに時間の掛かる事が、今まで何度も生まれ変わっているアマネに分かれというのも難しいだろう。分かっていたらきっと有里を犠牲になんてしなかった。
犠牲という言葉が嫌いだ。誰かが犠牲になるのも。
だって犠牲とはいらないものを有効活用の様に始末しているだけの行為で、本来必要もなければ、無くたってどうにでもなるものだ。もし『犠牲になる為に生まれてきた』なんてものがいるとしたら、それは最初から世界にとってはいらないものだったということ。
では世界の為にニュクスを封印する為に『犠牲』になった有里は世界にとっていらないものだったのか。
アマネはそう思えなかった。たくさんの絆を紡ぎ多くの人に、アマネに必要とされた有里が、世界にとって不用品だったなどとは絶対に思えない。そう思うことこそ冒涜だ。
犠牲は、世界にとっての不用品は存在しない。
それでも、どうしてもそんなものが必要であるのなら、それはアマネがなる。
大講堂から聞こえる声が卒業生答辞と言っていた。次いで美鶴の名前が呼ばれている。
「わたし……これからもずっと、あなたを守りたい」
アイギスの声。アマネはぐ、と手を握り締める。
自分の生きがいを見つけられた嬉しそうな声だ。彼女は知らない。
「こんなの、きっとわたしじゃなくたって出来る事だけど、でも、いいんです。その為なら、わたしはきっと、これからも『生きて』いけるから……」
有里へお礼を言う声が震えていて、アマネが振り向けばアイギスは微笑みながらまた泣きそうになっていた。
脚の上に置いていた音楽プレーヤーが身体をひねった拍子に地面に落ちてイヤホンから嫌な音がしたが、気にせずポケットからハンドタオルを取り出してアイギスへと渡す。
「きっと、ありふれた事でいい。大切な誰かのためにって、思えること……それだけで、人は、生きていけるんですよね」
あの日のように涙が出ている訳ではなかったが、アイギスはアマネの手からハンドタオルを受け取り、笑う。それから同意を求めるようにアマネを見て、有里を見つめた。
「わたしも『生きて』いけます……あなたを守るためなら」
下の方の階から伊織の呼ぶ声が聞こえて、アマネはイヤホンを外して座りなおし有里の手を握る。アイギスが屋上の出入り口のほうを振り返っている間に、有里がアマネへと顔を向け、アマネが何を言うよりも先に微笑み唇を動かした。
声の無い、見ているアマネにしか伝わらない言葉。
歪む視界に有里の手を自分の額へと押し当てる。アイギスへはまだ気付かせたくない。
最期に強く握り締められた手。
「約束します。ちゃんとずっと、覚えていますよ。……大好きです。『兄さん』」
眼を閉じた有里には聞こえただろうか。幸せそうに微笑む『兄』に、聞こえていたと思いたい。
少し開けた窓から寮の外を駆けていく寮生の足音が聞こえる。今日は卒業式だからいつもより登校が少し早い。
目元がやはり少し赤かった。それを誤魔化すように鏡から目を逸らして、机の上に置いておいた音楽プレーヤーを上着のポケットへ押し込む。
そうして部屋を出れば、有里の部屋の前にいるアイギスと眼が合った。
「あ……」
「おはようございますアイギスさん。湊さんを起こしてください。俺は朝食の仕度するんでぇ」
アマネの言葉に驚くアイギスへ微笑みを向けて、その脇を抜ける。本当は朝食の仕度なんて制服に着替える前にしていたので、本当は思い出したのだろうアイギスを有里と二人きりにしてやる為だ。
卒業式へ遅れないようにアマネ達以外は既に寮を出ている。思い出したのはアイギスだけかと思いつつも、一人も思い出さなかったよりはいいと思い直して降りてくるだろう二人を待つ。
暫くして二人が降りてきた頃には、学校で卒業式が始まる時間を過ぎていた。いずれにせよ卒業式へ参加する気にはなれていなかったからちょうどいい。
ラウンジで待っていたアマネを見て、アイギスも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「アマネさんも、思い出していたんですね」
「……ええ、言えば良かったですかね」
「思い出せたのでいいです」
少ない朝食を摂って寮を出た。時間がいつもと違うし卒業式の最中であるからか、流石に自分達以外に学生の姿はない。駅を出て校門を抜ければ大講堂のほうから歌が聞こえる。
卒業式定番のその歌に、アマネはあまり感慨を持ってはいない。今までに何度か歌わされたことはあったが、式の後でだって会えるのだからといつも思っていた。
いつの間にか立ち止まっていたらしく、手を掴まれる。冷たい手に振り向けば有里がアマネを引っ張っていた。
「……手、冷たいですね」
「じゃあ心が温かいんだろうね」
「何の話ですか?」
「聞いた事ありませんか? 『手が冷たい人は心が温かく、手が温かい人は心が冷たい』ってやつ」
根拠も無いただの俗説だが、アイギスは何を思ったのかアマネと有里の手を握る。それから首をかしげて手を見ていた。
「いい加減な話ですね。二人とも、とても優しい人ですから」
大講堂からの声を無視して校舎へ入り、屋上へと向かう。屋上の扉を開けた途端に顔へ当たる風は少し冷たく、けれども陽射しは暖かかった。
ベンチへ座るアイギスの膝へ頭を乗せて寝転がる有里に、アマネは思わず苦笑しながらその脇の地面へと座り込む。有里の脇の辺りのベンチへ背中を預ければ、有里の手が頭を撫でたり髪を弄ったりして遊んできた。だがそれも途中で飽きたか疲れたかして動かなくなる。
音楽プレーヤーを取り出して耳へ嵌めた。その音楽に紛れてアイギスの声が聞こえる。
アイギスは有里へ話しかけ続けている。それを口出しせずにアマネは膝を抱えて音楽プレーヤーの曲と一緒に聞いていた。
アマネが言えることなんてもう何も無い。穏やかな風に目頭の熱が少しだけ奪われて、けれども完全に堪えていることなんて無理だった。
『生きる』というのは難しい。それすらまともに出来ない人間のなんと多いことか。
機械の乙女であるアイギスでさえこんなにも思い悩み結論を出すのに時間の掛かる事が、今まで何度も生まれ変わっているアマネに分かれというのも難しいだろう。分かっていたらきっと有里を犠牲になんてしなかった。
犠牲という言葉が嫌いだ。誰かが犠牲になるのも。
だって犠牲とはいらないものを有効活用の様に始末しているだけの行為で、本来必要もなければ、無くたってどうにでもなるものだ。もし『犠牲になる為に生まれてきた』なんてものがいるとしたら、それは最初から世界にとってはいらないものだったということ。
では世界の為にニュクスを封印する為に『犠牲』になった有里は世界にとっていらないものだったのか。
アマネはそう思えなかった。たくさんの絆を紡ぎ多くの人に、アマネに必要とされた有里が、世界にとって不用品だったなどとは絶対に思えない。そう思うことこそ冒涜だ。
犠牲は、世界にとっての不用品は存在しない。
それでも、どうしてもそんなものが必要であるのなら、それはアマネがなる。
大講堂から聞こえる声が卒業生答辞と言っていた。次いで美鶴の名前が呼ばれている。
「わたし……これからもずっと、あなたを守りたい」
アイギスの声。アマネはぐ、と手を握り締める。
自分の生きがいを見つけられた嬉しそうな声だ。彼女は知らない。
「こんなの、きっとわたしじゃなくたって出来る事だけど、でも、いいんです。その為なら、わたしはきっと、これからも『生きて』いけるから……」
有里へお礼を言う声が震えていて、アマネが振り向けばアイギスは微笑みながらまた泣きそうになっていた。
脚の上に置いていた音楽プレーヤーが身体をひねった拍子に地面に落ちてイヤホンから嫌な音がしたが、気にせずポケットからハンドタオルを取り出してアイギスへと渡す。
「きっと、ありふれた事でいい。大切な誰かのためにって、思えること……それだけで、人は、生きていけるんですよね」
あの日のように涙が出ている訳ではなかったが、アイギスはアマネの手からハンドタオルを受け取り、笑う。それから同意を求めるようにアマネを見て、有里を見つめた。
「わたしも『生きて』いけます……あなたを守るためなら」
下の方の階から伊織の呼ぶ声が聞こえて、アマネはイヤホンを外して座りなおし有里の手を握る。アイギスが屋上の出入り口のほうを振り返っている間に、有里がアマネへと顔を向け、アマネが何を言うよりも先に微笑み唇を動かした。
声の無い、見ているアマネにしか伝わらない言葉。
歪む視界に有里の手を自分の額へと押し当てる。アイギスへはまだ気付かせたくない。
最期に強く握り締められた手。
「約束します。ちゃんとずっと、覚えていますよ。……大好きです。『兄さん』」
眼を閉じた有里には聞こえただろうか。幸せそうに微笑む『兄』に、聞こえていたと思いたい。