ペルソナ3
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夜になって全員が作戦室へ集まった。それぞれが神妙な面持ちで最後に来た有里を見つめる。アマネも例に洩れずその中の一人として、寄りかかっていた壁から背中を離した。
勝っても負けても今日が最後でやり直しも効かない。そんな世界の命運がこの場に居る十人にも満たない人数の肩に掛かっている。
けれどもアマネはもっと少ない人数の肩へかかっていた世界も知っていた。それを思い出せば結局のところ人数なんて関係ないのかもしれないと苦笑すると、座っていたコロマルが不思議そうに見上げてくる。
最後の話し合いだからと、岳羽がニュクスを倒した後は影時間に関する記憶が消えてしまうかもしれない可能性を示唆した。以前にも言った事だが望月だって、自分が死んだら影時間に関する記憶は失われると言っていたので、その可能性は有り得なくはない。だから、戦いの後に会う約束を伊織が提案すると皆が賛同した。
記憶が消えてしまうタイミングも分からないので時間を空けて、三月に行われる真田と美鶴が旅立つ卒業式の日。平穏が戻った街が良く見える場所がいいという美鶴の希望で、学校の屋上で。
天田とコロマルは高校に侵入する事になるのだが、卒業式で校門も開放されているだろうしなんなら自分が待ち合わせて一緒に行けばいいかとアマネは思った。
ニュクスを倒し全てが終わったら、きっと今度こそイブリスへ分け与えられているモノがアマネの中へと戻ってくるのだろう。そうなれば他の誰もが影時間と今までのことを忘れてしまったって、アマネだけはきっと『覚えている』
正確にはそれは『覚えている』のではなく『記憶がある』というだけの状態なのかもしれないが別に構いやしない。『忘れない』というのが大切なのだ。
タルタロスへ向かう為に作戦室を出て階段を降りていく。影時間になるにはまだもう少し余裕があって、空には満月が浮かんでいた。
見納めにしないように、なんて忘れるつもりは無かったのですぐに視線を逸らす。有里が振り返ってアマネを見ていたので追いついて隣へ並んだ。
「明日の朝は何が食べたいですか?」
「目玉焼き」
「疲れてたら学校休んでも、桐条先輩も一日くらい許してくれると思います? だったら買物行ってプリンも作りますよ。好きでしょう湊さん」
「アマネが作ったものは何でも好きだよ」
「たまには他の人が作ったモノも食べてみてぇんですけどねぇ」
「ならオレが作ってあげる。アマネほど得意じゃないけど」
いつもの様にどうでもいい雑談をしながらタルタロスへ向かう。時計の秒針が頂点を指して止まった。
今まで行けなかった上階へまるでアマネ達を誘うように進めるようになったタルタロスの中で、山岸のペルソナが人の気配を見つけ出す。それが何者達であるのかは全員予想が出来ていた。
ストレガの二人は約束の日である今日、タルタロスへと来ているはずなのだ。
山岸の感覚では一人しか居ないということだが、それならばもう一人はまだ調べていない上の階へ居るのだろう。
アマネ達を妨害する為に。
だとすれば、山岸が気付いている人の気配はタカヤではなくジンだろうとアマネは確信する。
ジンはタカヤを尊敬していた。そんな彼ならタカヤを差し置いて、よりニュクスへ近い場所へ行こうとはしないだろう。
案の定山岸の言う人の気配がした階で待っていたのはジンで、改めるようにメンバーを順に見回し、最後にアマネを見てはどうしようもないという風に笑った。
「やっぱり、来よったか」
「来るに決まってんだろぉ。半裸野郎はどうしたぁ?」
「最後までタカヤのこと馬鹿にするんかい……あの人なら先へ行ってもろた。わしなんかよりナンボも上へ行けるからな」
それで自分はここで、絶対来るのだろうアマネ達の足止めを買って出たということか。そのどこまでもタカヤへ追従する心持ちは、ある意味賞賛に値するとさえ思えた。
美鶴が退けと言ったところでジンは退くはずがない。
「お前ら風情がニュクスを止められる訳はあらへん。けど、タカヤの邪魔するいうんやったら、許しておかれん」
「あんた、自分の言ってるイミ分かってる⁉ ニュクスを止められなきゃ、今日で全部の命が滅びんのよ⁉」
「だからこそ、や」
ジンの表情は何かを覚悟しているようで、俯いて小さく呟いた言葉は他の皆には聞こえなかったようだ。もしかしたら耳のいいコロマルとアイギスは聞こえていただろうが、何も言わない。
邪魔をするなら戦うしかないと、武器を構えかけた美鶴の前へ出て押し止める。美鶴だけではなく真田や山岸も驚いた顔をしていたが、アマネは不安にさせないように笑みを浮かべた。
「すいませんがコイツの相手は、俺一人にやらせてもらえますか?」
「ちょっ、アマネ君」
岳羽の呼び止めを無視して、決定権のある有里を見る。有里はジンを見てからアマネを見つめ、それから皆へ下がるように声を掛けた。
丁寧に礼を言ってジンの前へと対峙し、腰のナイフベルトからナイフを抜く。
「……ホンマ、舐めよって」
「舐めてねぇよ。舐めてねぇから、“俺一人”がお前の相手をすんだぁ」
ジンの武器はお手製だと思われる手榴弾である。普段から持っているアタッシュケースに入っていたのはノートパソコンなどではなくその手榴弾だったらしい。という事は日常的に危険物を持ち歩いていたことになるがそこは割愛。
手榴弾というのは安全ピンを抜き、信管を起動させて投げる事で自身から離れた場所で爆発するという代物である。ピンを抜いて信管を起動させるという手間が掛かる分、更にそれを行なってからも『投げる』という行為の為に、爆破までの間に僅かなタイムラグが発生するのだ。
一対一で、しかも相手が近距離系の武器を持っていた場合あまり有効な武器ではない。ましてやアマネは『普通ではない』のだ。
アマネの武器がナイフである事からして、自分に近付けさせてはいけないということは分かっているらしいジンは、隙を作らないよう断続的に手榴弾を投げてくる。それを動いて躱しながら、アマネはジンの立ち位置と有里達のいる場所を確認した。
「……なぁジン。お前前に会った時『わしがお前を倒しちゃる』って言っただろぉ」
「言ったなぁ! それが何や」
「それ聞いて俺が思った事言っていいかぁ?」
真田達がいつの話だと不思議がっている。転がってきた手榴弾の爆破を避けて、アマネは召喚器を取り出した。
体力はあまり無いのかそれともタルタロスの中という環境のせいか、もしくは残りの命の残数のせいか、ジンは息を荒げながらアマネの次の行動を測っている。手榴弾も投げてこないようなのでありがたくその時間を使わせてもらった。
ナイフをホルダーに戻し左手で指を鳴らす。
有里達へは見えないように身体で壁を作って隠しつつ、指先へ灯らせた炎で銃身をなぞる。
炎が吸い込まれるように消えたのを確認して、ジンへ向けて構えた。
「ハッ! 向ける先が間違っとるでぇ!」
「これでいいんだよ」
アイギスがハッとした表情をし、ジンが手榴弾を投げようとして構える。投げられた手榴弾がアマネとジンのちょうど中間に至った時、召喚器の引き金を引いた。
本来爆破するのとは違うタイミングで爆破した手榴弾の、もうもうと上がる爆煙の中へと突っ込んでいきながら、召喚器を戻してナイフを抜く。そうして煙の向こうにいたジンへと肉薄して押し倒した。
首筋へ押し当てたナイフにジンが呻き、アマネを睨みつけてくる。
「……さっきの話だけど、お前は俺と違って『殺してやる』なんて言えねぇんだなぁって思ってさぁ」
何か言いかけたジンは、どうにか抵抗しようと腕を動かそうとして、全く動かせない事に気付いて悔しげな顔になった。手を伸ばしてジンの召喚器を取り上げ有里達の方へと投げ捨てる。
アタッシュケースも奪ってアマネがジンの上から退けば、ジンは力なく起き上がって俯いた。
「……なんやねん、自分」
有里達が、決着が着いたのだと気付いて寄ってくる。それを眺めながらアマネは小声で、ジンにしか聞こえないように答えた。
「“元”殺し屋……ニュクスなんかよりももっと卑小で卑劣で卑怯な、『偽善者』だよ」
「……ホンマモンか。通りで勝てんワケや。――トドメ、刺さんでええんか。タカヤの為やったらわしは、どんな事かてするで」
力なく俯いたまま自嘲する様にそう言ったジンへ、真田がどうしてそこまでタカヤへ肩入れするのかを尋ねる。アマネに負けてもう気力も無いのか、ジンはそれへ答えていった。
ジンがペルソナ使いになった理由。過去の桐条財閥が行なった実験。集められた身寄りの無い子供達の生き残り。
アマネはハッキングした時から知っていたとはいえ、当事者の口から聞くのでは重みが違う。ジンにとっていつ自分も他の実験被験者の子達と同じく死ぬか分からない恐怖の中、タカヤはやっと見出した希望の光だった。
それは『敵』であるアマネから見れば、薄汚い蛍光灯の切れかけた光なのだけれど。
「過去に捕われず、未来を望まず、今この瞬間だけを生きる……桐条の事なんかは、正直もうどうでもええ。けど、タカヤの望みだけは、叶ってもらわな……!」
泣きそうな悲鳴のように叫んだジンの声。それに少し腹が立った。
気付けば周囲をシャドウが取り囲んでいた。同じ場所へ長居をしたせいでシャドウ達が人間の気配を嗅ぎつけてきたのだろう。
美鶴がこれ以上話を聞いている時間はないと、皆に上の階へ向かえと怒鳴る。伊織がジンを見て逡巡していたが、ジン自身がそれを切り捨てた。
哀れみなんぞ受けん、と。ほざいたその横っ面を引っ叩く。
「っ斑鳩⁉」
真田が驚いたようにアマネを呼ぶが、アマネは構わずもう一度ジンの横っ面を引っ叩いた。上の階への階段へ向かって走り出していた美鶴達もその音に驚いて振り返っている。
ここは早く上の階へ逃げるのが得策だということくらい、アマネだって分かっていた。
だがアマネは『偽善者』だ。
「過去へ捕われず未来を望ます今この瞬間だけを生きるってんなら、テメェは『今』この場を生きなけりゃいけねぇのと違げぇのかぁ⁉ 哀れみ? 結構! 俺は『偽善者』で自分勝手で『個人の目的』至上主義だぁ! 生かすも殺すも敗者であるテメェにその決定権は無ぇ!」
ジンの襟首を掴んで怒鳴りつける。そうしている間にもシャドウは増えているし、上の階への階段へ至る場所も塞がれそうになっていた。
「先輩、走って先に上行って下さい!」
「お、お前は……」
「殿行きますからぁ!」
アマネに急かされて走り出した山岸や真田を確認し、アマネは掴んでいた襟首を引き上げてジンを立たせ、そのまま肩へ担ぎ上げる。片手にはアタッシュケースを持ったまま、アマネが走り出すのを最後まで傍で確認していた有里と一緒に階段を駆け上がった。
肩の上でジンが煩かったが、途中で舌を噛んだのか急に黙る。階段を途中まで駆け上がった所で、一度上まで行ったらしい伊織と真田が戻ってきた。それにジンを投げるように渡し、ジンのアタッシュケースを開ける。
開けた途端に足元へ転がり落ちる手榴弾。
それを追いかけてくるシャドウへ向けて蹴飛ばし、一つだけを取り上げて安全ピンに指を掛けた。
先程の戦いで確認したタイムラグは三秒。
しっかりシャドウが密集するのを確認してから、ピンを抜いて手榴弾を投げた。
「あーくそぉ、目薬無ぇですかぁ?」
「あ……危ない事をするな!」
思ったより強かった爆風で眼にゴミが入ったらしく、目を気にしながら上の階で待っていた有里達の元へ向かうと、盛大に怒られた。
対アマネ戦でジンに使われて減ってはいたものの、アタッシュケース一つ分の量の手榴弾はいい感じにシャドウを消滅させていたし、一応アマネもそういう勝算があって実行へ移したのだが、美鶴達にはそうは思えなかったらしい。
ジンはアマネが真田達へ受け渡した後何があったのか、気絶してアイギスへ指先を向けられている。ロープは無いかと山岸と天田が荷物を漁っているので、動きを封じておくつもりだろう。
「たまたま助かったからいいものの、もし怪我をしたらどうするつもりだったんだ!?」
「ちゃんと計算してました。最悪俺だけが離脱するだけ……痛っ」
寄ってきた有里へ頬を叩かれた。
「アマネ」
「……ご、ごめんなさい」
ああコレは本気で怒っていると慌てて謝る。ジンを自分の思い通りに死なせるのは業腹だったし、かといってアマネを置いて先には行ってくれないだろうからと思ったのだが、この手もいい策では無かったようだ。
叩かれた頬を押さえて有里を見つめれば、有里はしょうがないという様に溜息を吐いてから、アマネの頬を押さえている手へ手を重ねた。
「もうやらないで。アマネが離脱とか、他の皆もそうだけど、嫌だから」
「……はい。すいませんでした」
深々と頭を下げてもう一度謝罪する。真田と美鶴も一応は溜飲を下げたようで一度ずつアマネの頭を軽く叩いて離れていった。
天田がロープを見つけたらしいので、気を失っているジンの元へ寄ってロープを受け取る。
ジンの身体を起こして腕と胴体を縛り付けて、簡単には縄抜け出来ないようにした。最後に猿轡を噛まして再び横たわらせる。
「エントランスへ運びますか? ここじゃまたシャドウが来る危険がありますから」
「そうだな」
「ターミナルもありますし、俺が……いえ、真田先輩とアイギスさんに手伝ってもらっていいですか」
振り返って有里と美鶴を見れば頷かれた。一人で、と言っていたらおそらく直前に怒られたことも忘れたのかと叱られただろう。本当はニュクスが来る前に上階へ行かねばならず、ジンとの戦いでも時間をロスしていることを考えるとそんな事をしている余裕もあまり無いのだが、だからといって放置は出来ない。
気を失っているジンを背中へ担いで一階直通のターミナルへと向かう。その際岳羽や天田の視線に気付いて、自分の行為は過ぎた事だったのだろうかとも思った。
助ける必要はなかったと。
けれどもアマネとしては、美鶴達に敵とはいえ『人の死』を直視して心の傷を増やして欲しくないというのもあった。既に荒垣や美鶴の父、幾月の死をみてはいるのだけれど、だからこそ。
「……アマネ」
美鶴へ呼び止められて振り返る。
「ありがとう」
「……はい」
エントランスの出口近くで気絶しているジンを壁へ寄りかからせようとしたところで、ジンが目を覚ました。目の前にいるのがアマネであることと今いる場所が一階であることに気付いて、何かを言おうとして呻いているが猿轡のせいで喋れない。
後ろでジンが不審な動きをしないか見張っていた真田へ視線を向ければ頷かれ、猿轡だけ外してやる。
「っは、同情で助けられても」
「あ、ゴメン。俺別にお前の事同情で助けた訳じゃねぇからぁ」
言葉を遮って言えばジンは黙った。
「先輩達に目の前で『人の死』っていうトラウマを増やしたくなかったってのと、……俺は優しくねぇから、お前の好きなように死なせるなんて親切をしたくなかっただけだぁ。なぁ、自分の矜持に反して生きてるってどんな気持ちぃ?」
「……お前、最低やな」
「お褒め頂き恐悦至極。ご丁寧にかっこ良く死なせるなんて真似を俺がしてやる義理ねぇし。むごたらしく浅ましく遠慮なく礼儀無く愚かしく馬鹿らしく命乞いでもしたら、まぁ考えてやっても良かったけどぉ」
「それが、殺し屋っちゅうもんなんか」
「殺し屋?」
後ろでアイギスが不思議がる。アマネの肩がギクリと跳ねた。
「なんや知らんのかい。こいつはこんな喧嘩も出来んような女々しい顔しとるくせに『元』殺し屋らしいで。わしかてさっき知ったばっかやけどな!」
吐き捨てるように言って笑おうとしたジンの首に手刀を叩き込んで失神させた。その口へもう一度猿轡を付け直して立ち上がる。
蹴飛ばしてやろうかと思ったが大人気ないので止めて、覚悟して後ろの二人を振り返った。
どこか困惑した様子でしかし、真っ直ぐにアマネを見つめる真田の目と向き合う。
「斑鳩。……本当なのか」
「……。はい」
「……そうか」
「嫌悪しますか?」
急いでニュクスを倒しに皆の元へ戻らなければならないのだけれど、真田とアイギスに思わず問い掛けていた。
問い掛けたところでアマネが『昔』殺し屋だった事実は消えないし、それについて怖がられても今更な気もする。ただ、場合によってはこのまま二人へ内緒にしてもらって、上で待っている美鶴達にも言わないように口止めしなければならない。
今日が最後なのだから。
敵でありながら少しジンへ気を許しすぎていたのかもしれないと反省した。有里以外へは話すつもりも無かった事を、どうせ最後だからと口止めなどの心配もせずに言ってしまったアマネが悪い。
「ですがアマネさんの経歴では、そんな過去は無かったと思うのですが」
「経歴は確実ですか?」
「それは……」
「俺にも色々事情があるんですよ。巌戸台へ来たのは偶然ですしペルソナ使いになったのも偶然ですけど俺が、……俺が人殺しであることには変わり無ぇでしょう」
あと一日。
もう一日も無い状況でそれがばれてしまったのは痛かった。ここで『人殺しは一緒に来るな』と言われてしまえばそれまでだ。
二人がどんな態度へ出るかで今後の動きを決めねばならず、アマネは静かに二人を見つめる。早くしないと戻りが遅いと誰かが様子を見に来るかもしれない。
考えるように目を伏せていた二人のうち、先に動いたのは真田だった。
深く息を吐き出し、アマネへ手を伸ばしたかと思うと頭をグシャグシャにするように撫でてくる。思わず変な声が出て目が合うように上を向かされた。
「それを知ってるのはオレ達だけなのか?」
「え……いえ、その、湊さんへは話してあります、けど」
「だからか……。アイギス、美鶴達には内緒にしておくぞ」
「はい」
「え、いや、その、え……え?」
「落ち着け斑鳩。衝撃の事実を聞かされたのはこっちなんだぞ」
苦笑してアマネの頭から手を離した真田が腕組みをする。
「アマネさんが戦闘経験豊富な理由も、銃を向けられても怯えの無かった理由もやっと分かりました。……それを踏まえて宣言しますが、私は、アマネさんを嫌悪などしません」
アイギスが言い切るのに真田も同意するように頷いていた。我ながら失礼な話だが、この人達はシャドウとの対決で色々ありすぎて、普通の感性を失っているのではと思ってしまう。
だって今二人の目の前にいるのは、アマネという『人殺し』だ。
戸惑って何も言えないアマネに、二人はどう思ったのか笑みを浮かべる。
「お前が言えない何かを抱えている事には結構前から気付いていた。だがそれを聞き出すのはどうかと思ってもいたんだ。だがソレを聞いてしまったならもういいだろ。詳しい話は後で終わってから聞くとして、そろそろ戻ろう」
「え……」
「そうですね。ニュクスは待ってくれません」
「ちょっ、ちょっと二人とも! それで良いんですかぁ!?」
追求も糾弾も嫌悪も忌避もされず今まで通りの接し方のまま戻ろうとする二人に、アマネのほうが驚いてしまった。追求されても『元』殺し屋どころか『昔』のことだとか突拍子の無い話まで説明せざるを得なくなるのだが、全く何も聞かれないというのもなんだか落ち着かない。
だが真田は、そんなアマネを子供でも見るような目で見返すだけだった。
「元が何だったとしてもオレ達へ『人の死なんて傷を付けたくない』と言うヤツが、悪い奴だとは思わない」
「でも……」
「それに有里は既にそれを知っていて受け入れているだろう。お前は『仲間』なんだ。今更怯える相手じゃないさ」
そう言い切って一足先にターミナルから皆のいる階へと戻ってしまった真田に、アマネは思考も言葉も動きも追いつけない。普通そんな簡単に許容出来るものではないと分かっているからこそ、戸惑ってしまう。
だって『人殺し』だ。
「行きましょう、アマネさん」
「アイギスさん……」
「貴方がどんな人生を歩んできたかは知りません。でもアマネさんは私へ多くのことを教えてくれました。だから私はアマネさんが人殺しであろうと受け入れようと思います。……貴方が、機械である私を受け入れてくれたように」
手を掴んで引かれて、ターミナルへと乗る。瞬き一回分の時間を置いて視界へ現れる美鶴達。
先に来ていた真田が有里と話していたが、アマネ達が来た事へ気付くと話を終わらせたようで有里が傍へ来る。伸ばされた手がアマネの頭を撫でるのに、何も言う事は出来なかった。
なんでこの人達はこんなにと思う。無性に親友達を思い出してしまって、それを押し込めるようにアマネは有里へと笑い返した。
勝っても負けても今日が最後でやり直しも効かない。そんな世界の命運がこの場に居る十人にも満たない人数の肩に掛かっている。
けれどもアマネはもっと少ない人数の肩へかかっていた世界も知っていた。それを思い出せば結局のところ人数なんて関係ないのかもしれないと苦笑すると、座っていたコロマルが不思議そうに見上げてくる。
最後の話し合いだからと、岳羽がニュクスを倒した後は影時間に関する記憶が消えてしまうかもしれない可能性を示唆した。以前にも言った事だが望月だって、自分が死んだら影時間に関する記憶は失われると言っていたので、その可能性は有り得なくはない。だから、戦いの後に会う約束を伊織が提案すると皆が賛同した。
記憶が消えてしまうタイミングも分からないので時間を空けて、三月に行われる真田と美鶴が旅立つ卒業式の日。平穏が戻った街が良く見える場所がいいという美鶴の希望で、学校の屋上で。
天田とコロマルは高校に侵入する事になるのだが、卒業式で校門も開放されているだろうしなんなら自分が待ち合わせて一緒に行けばいいかとアマネは思った。
ニュクスを倒し全てが終わったら、きっと今度こそイブリスへ分け与えられているモノがアマネの中へと戻ってくるのだろう。そうなれば他の誰もが影時間と今までのことを忘れてしまったって、アマネだけはきっと『覚えている』
正確にはそれは『覚えている』のではなく『記憶がある』というだけの状態なのかもしれないが別に構いやしない。『忘れない』というのが大切なのだ。
タルタロスへ向かう為に作戦室を出て階段を降りていく。影時間になるにはまだもう少し余裕があって、空には満月が浮かんでいた。
見納めにしないように、なんて忘れるつもりは無かったのですぐに視線を逸らす。有里が振り返ってアマネを見ていたので追いついて隣へ並んだ。
「明日の朝は何が食べたいですか?」
「目玉焼き」
「疲れてたら学校休んでも、桐条先輩も一日くらい許してくれると思います? だったら買物行ってプリンも作りますよ。好きでしょう湊さん」
「アマネが作ったものは何でも好きだよ」
「たまには他の人が作ったモノも食べてみてぇんですけどねぇ」
「ならオレが作ってあげる。アマネほど得意じゃないけど」
いつもの様にどうでもいい雑談をしながらタルタロスへ向かう。時計の秒針が頂点を指して止まった。
今まで行けなかった上階へまるでアマネ達を誘うように進めるようになったタルタロスの中で、山岸のペルソナが人の気配を見つけ出す。それが何者達であるのかは全員予想が出来ていた。
ストレガの二人は約束の日である今日、タルタロスへと来ているはずなのだ。
山岸の感覚では一人しか居ないということだが、それならばもう一人はまだ調べていない上の階へ居るのだろう。
アマネ達を妨害する為に。
だとすれば、山岸が気付いている人の気配はタカヤではなくジンだろうとアマネは確信する。
ジンはタカヤを尊敬していた。そんな彼ならタカヤを差し置いて、よりニュクスへ近い場所へ行こうとはしないだろう。
案の定山岸の言う人の気配がした階で待っていたのはジンで、改めるようにメンバーを順に見回し、最後にアマネを見てはどうしようもないという風に笑った。
「やっぱり、来よったか」
「来るに決まってんだろぉ。半裸野郎はどうしたぁ?」
「最後までタカヤのこと馬鹿にするんかい……あの人なら先へ行ってもろた。わしなんかよりナンボも上へ行けるからな」
それで自分はここで、絶対来るのだろうアマネ達の足止めを買って出たということか。そのどこまでもタカヤへ追従する心持ちは、ある意味賞賛に値するとさえ思えた。
美鶴が退けと言ったところでジンは退くはずがない。
「お前ら風情がニュクスを止められる訳はあらへん。けど、タカヤの邪魔するいうんやったら、許しておかれん」
「あんた、自分の言ってるイミ分かってる⁉ ニュクスを止められなきゃ、今日で全部の命が滅びんのよ⁉」
「だからこそ、や」
ジンの表情は何かを覚悟しているようで、俯いて小さく呟いた言葉は他の皆には聞こえなかったようだ。もしかしたら耳のいいコロマルとアイギスは聞こえていただろうが、何も言わない。
邪魔をするなら戦うしかないと、武器を構えかけた美鶴の前へ出て押し止める。美鶴だけではなく真田や山岸も驚いた顔をしていたが、アマネは不安にさせないように笑みを浮かべた。
「すいませんがコイツの相手は、俺一人にやらせてもらえますか?」
「ちょっ、アマネ君」
岳羽の呼び止めを無視して、決定権のある有里を見る。有里はジンを見てからアマネを見つめ、それから皆へ下がるように声を掛けた。
丁寧に礼を言ってジンの前へと対峙し、腰のナイフベルトからナイフを抜く。
「……ホンマ、舐めよって」
「舐めてねぇよ。舐めてねぇから、“俺一人”がお前の相手をすんだぁ」
ジンの武器はお手製だと思われる手榴弾である。普段から持っているアタッシュケースに入っていたのはノートパソコンなどではなくその手榴弾だったらしい。という事は日常的に危険物を持ち歩いていたことになるがそこは割愛。
手榴弾というのは安全ピンを抜き、信管を起動させて投げる事で自身から離れた場所で爆発するという代物である。ピンを抜いて信管を起動させるという手間が掛かる分、更にそれを行なってからも『投げる』という行為の為に、爆破までの間に僅かなタイムラグが発生するのだ。
一対一で、しかも相手が近距離系の武器を持っていた場合あまり有効な武器ではない。ましてやアマネは『普通ではない』のだ。
アマネの武器がナイフである事からして、自分に近付けさせてはいけないということは分かっているらしいジンは、隙を作らないよう断続的に手榴弾を投げてくる。それを動いて躱しながら、アマネはジンの立ち位置と有里達のいる場所を確認した。
「……なぁジン。お前前に会った時『わしがお前を倒しちゃる』って言っただろぉ」
「言ったなぁ! それが何や」
「それ聞いて俺が思った事言っていいかぁ?」
真田達がいつの話だと不思議がっている。転がってきた手榴弾の爆破を避けて、アマネは召喚器を取り出した。
体力はあまり無いのかそれともタルタロスの中という環境のせいか、もしくは残りの命の残数のせいか、ジンは息を荒げながらアマネの次の行動を測っている。手榴弾も投げてこないようなのでありがたくその時間を使わせてもらった。
ナイフをホルダーに戻し左手で指を鳴らす。
有里達へは見えないように身体で壁を作って隠しつつ、指先へ灯らせた炎で銃身をなぞる。
炎が吸い込まれるように消えたのを確認して、ジンへ向けて構えた。
「ハッ! 向ける先が間違っとるでぇ!」
「これでいいんだよ」
アイギスがハッとした表情をし、ジンが手榴弾を投げようとして構える。投げられた手榴弾がアマネとジンのちょうど中間に至った時、召喚器の引き金を引いた。
本来爆破するのとは違うタイミングで爆破した手榴弾の、もうもうと上がる爆煙の中へと突っ込んでいきながら、召喚器を戻してナイフを抜く。そうして煙の向こうにいたジンへと肉薄して押し倒した。
首筋へ押し当てたナイフにジンが呻き、アマネを睨みつけてくる。
「……さっきの話だけど、お前は俺と違って『殺してやる』なんて言えねぇんだなぁって思ってさぁ」
何か言いかけたジンは、どうにか抵抗しようと腕を動かそうとして、全く動かせない事に気付いて悔しげな顔になった。手を伸ばしてジンの召喚器を取り上げ有里達の方へと投げ捨てる。
アタッシュケースも奪ってアマネがジンの上から退けば、ジンは力なく起き上がって俯いた。
「……なんやねん、自分」
有里達が、決着が着いたのだと気付いて寄ってくる。それを眺めながらアマネは小声で、ジンにしか聞こえないように答えた。
「“元”殺し屋……ニュクスなんかよりももっと卑小で卑劣で卑怯な、『偽善者』だよ」
「……ホンマモンか。通りで勝てんワケや。――トドメ、刺さんでええんか。タカヤの為やったらわしは、どんな事かてするで」
力なく俯いたまま自嘲する様にそう言ったジンへ、真田がどうしてそこまでタカヤへ肩入れするのかを尋ねる。アマネに負けてもう気力も無いのか、ジンはそれへ答えていった。
ジンがペルソナ使いになった理由。過去の桐条財閥が行なった実験。集められた身寄りの無い子供達の生き残り。
アマネはハッキングした時から知っていたとはいえ、当事者の口から聞くのでは重みが違う。ジンにとっていつ自分も他の実験被験者の子達と同じく死ぬか分からない恐怖の中、タカヤはやっと見出した希望の光だった。
それは『敵』であるアマネから見れば、薄汚い蛍光灯の切れかけた光なのだけれど。
「過去に捕われず、未来を望まず、今この瞬間だけを生きる……桐条の事なんかは、正直もうどうでもええ。けど、タカヤの望みだけは、叶ってもらわな……!」
泣きそうな悲鳴のように叫んだジンの声。それに少し腹が立った。
気付けば周囲をシャドウが取り囲んでいた。同じ場所へ長居をしたせいでシャドウ達が人間の気配を嗅ぎつけてきたのだろう。
美鶴がこれ以上話を聞いている時間はないと、皆に上の階へ向かえと怒鳴る。伊織がジンを見て逡巡していたが、ジン自身がそれを切り捨てた。
哀れみなんぞ受けん、と。ほざいたその横っ面を引っ叩く。
「っ斑鳩⁉」
真田が驚いたようにアマネを呼ぶが、アマネは構わずもう一度ジンの横っ面を引っ叩いた。上の階への階段へ向かって走り出していた美鶴達もその音に驚いて振り返っている。
ここは早く上の階へ逃げるのが得策だということくらい、アマネだって分かっていた。
だがアマネは『偽善者』だ。
「過去へ捕われず未来を望ます今この瞬間だけを生きるってんなら、テメェは『今』この場を生きなけりゃいけねぇのと違げぇのかぁ⁉ 哀れみ? 結構! 俺は『偽善者』で自分勝手で『個人の目的』至上主義だぁ! 生かすも殺すも敗者であるテメェにその決定権は無ぇ!」
ジンの襟首を掴んで怒鳴りつける。そうしている間にもシャドウは増えているし、上の階への階段へ至る場所も塞がれそうになっていた。
「先輩、走って先に上行って下さい!」
「お、お前は……」
「殿行きますからぁ!」
アマネに急かされて走り出した山岸や真田を確認し、アマネは掴んでいた襟首を引き上げてジンを立たせ、そのまま肩へ担ぎ上げる。片手にはアタッシュケースを持ったまま、アマネが走り出すのを最後まで傍で確認していた有里と一緒に階段を駆け上がった。
肩の上でジンが煩かったが、途中で舌を噛んだのか急に黙る。階段を途中まで駆け上がった所で、一度上まで行ったらしい伊織と真田が戻ってきた。それにジンを投げるように渡し、ジンのアタッシュケースを開ける。
開けた途端に足元へ転がり落ちる手榴弾。
それを追いかけてくるシャドウへ向けて蹴飛ばし、一つだけを取り上げて安全ピンに指を掛けた。
先程の戦いで確認したタイムラグは三秒。
しっかりシャドウが密集するのを確認してから、ピンを抜いて手榴弾を投げた。
「あーくそぉ、目薬無ぇですかぁ?」
「あ……危ない事をするな!」
思ったより強かった爆風で眼にゴミが入ったらしく、目を気にしながら上の階で待っていた有里達の元へ向かうと、盛大に怒られた。
対アマネ戦でジンに使われて減ってはいたものの、アタッシュケース一つ分の量の手榴弾はいい感じにシャドウを消滅させていたし、一応アマネもそういう勝算があって実行へ移したのだが、美鶴達にはそうは思えなかったらしい。
ジンはアマネが真田達へ受け渡した後何があったのか、気絶してアイギスへ指先を向けられている。ロープは無いかと山岸と天田が荷物を漁っているので、動きを封じておくつもりだろう。
「たまたま助かったからいいものの、もし怪我をしたらどうするつもりだったんだ!?」
「ちゃんと計算してました。最悪俺だけが離脱するだけ……痛っ」
寄ってきた有里へ頬を叩かれた。
「アマネ」
「……ご、ごめんなさい」
ああコレは本気で怒っていると慌てて謝る。ジンを自分の思い通りに死なせるのは業腹だったし、かといってアマネを置いて先には行ってくれないだろうからと思ったのだが、この手もいい策では無かったようだ。
叩かれた頬を押さえて有里を見つめれば、有里はしょうがないという様に溜息を吐いてから、アマネの頬を押さえている手へ手を重ねた。
「もうやらないで。アマネが離脱とか、他の皆もそうだけど、嫌だから」
「……はい。すいませんでした」
深々と頭を下げてもう一度謝罪する。真田と美鶴も一応は溜飲を下げたようで一度ずつアマネの頭を軽く叩いて離れていった。
天田がロープを見つけたらしいので、気を失っているジンの元へ寄ってロープを受け取る。
ジンの身体を起こして腕と胴体を縛り付けて、簡単には縄抜け出来ないようにした。最後に猿轡を噛まして再び横たわらせる。
「エントランスへ運びますか? ここじゃまたシャドウが来る危険がありますから」
「そうだな」
「ターミナルもありますし、俺が……いえ、真田先輩とアイギスさんに手伝ってもらっていいですか」
振り返って有里と美鶴を見れば頷かれた。一人で、と言っていたらおそらく直前に怒られたことも忘れたのかと叱られただろう。本当はニュクスが来る前に上階へ行かねばならず、ジンとの戦いでも時間をロスしていることを考えるとそんな事をしている余裕もあまり無いのだが、だからといって放置は出来ない。
気を失っているジンを背中へ担いで一階直通のターミナルへと向かう。その際岳羽や天田の視線に気付いて、自分の行為は過ぎた事だったのだろうかとも思った。
助ける必要はなかったと。
けれどもアマネとしては、美鶴達に敵とはいえ『人の死』を直視して心の傷を増やして欲しくないというのもあった。既に荒垣や美鶴の父、幾月の死をみてはいるのだけれど、だからこそ。
「……アマネ」
美鶴へ呼び止められて振り返る。
「ありがとう」
「……はい」
エントランスの出口近くで気絶しているジンを壁へ寄りかからせようとしたところで、ジンが目を覚ました。目の前にいるのがアマネであることと今いる場所が一階であることに気付いて、何かを言おうとして呻いているが猿轡のせいで喋れない。
後ろでジンが不審な動きをしないか見張っていた真田へ視線を向ければ頷かれ、猿轡だけ外してやる。
「っは、同情で助けられても」
「あ、ゴメン。俺別にお前の事同情で助けた訳じゃねぇからぁ」
言葉を遮って言えばジンは黙った。
「先輩達に目の前で『人の死』っていうトラウマを増やしたくなかったってのと、……俺は優しくねぇから、お前の好きなように死なせるなんて親切をしたくなかっただけだぁ。なぁ、自分の矜持に反して生きてるってどんな気持ちぃ?」
「……お前、最低やな」
「お褒め頂き恐悦至極。ご丁寧にかっこ良く死なせるなんて真似を俺がしてやる義理ねぇし。むごたらしく浅ましく遠慮なく礼儀無く愚かしく馬鹿らしく命乞いでもしたら、まぁ考えてやっても良かったけどぉ」
「それが、殺し屋っちゅうもんなんか」
「殺し屋?」
後ろでアイギスが不思議がる。アマネの肩がギクリと跳ねた。
「なんや知らんのかい。こいつはこんな喧嘩も出来んような女々しい顔しとるくせに『元』殺し屋らしいで。わしかてさっき知ったばっかやけどな!」
吐き捨てるように言って笑おうとしたジンの首に手刀を叩き込んで失神させた。その口へもう一度猿轡を付け直して立ち上がる。
蹴飛ばしてやろうかと思ったが大人気ないので止めて、覚悟して後ろの二人を振り返った。
どこか困惑した様子でしかし、真っ直ぐにアマネを見つめる真田の目と向き合う。
「斑鳩。……本当なのか」
「……。はい」
「……そうか」
「嫌悪しますか?」
急いでニュクスを倒しに皆の元へ戻らなければならないのだけれど、真田とアイギスに思わず問い掛けていた。
問い掛けたところでアマネが『昔』殺し屋だった事実は消えないし、それについて怖がられても今更な気もする。ただ、場合によってはこのまま二人へ内緒にしてもらって、上で待っている美鶴達にも言わないように口止めしなければならない。
今日が最後なのだから。
敵でありながら少しジンへ気を許しすぎていたのかもしれないと反省した。有里以外へは話すつもりも無かった事を、どうせ最後だからと口止めなどの心配もせずに言ってしまったアマネが悪い。
「ですがアマネさんの経歴では、そんな過去は無かったと思うのですが」
「経歴は確実ですか?」
「それは……」
「俺にも色々事情があるんですよ。巌戸台へ来たのは偶然ですしペルソナ使いになったのも偶然ですけど俺が、……俺が人殺しであることには変わり無ぇでしょう」
あと一日。
もう一日も無い状況でそれがばれてしまったのは痛かった。ここで『人殺しは一緒に来るな』と言われてしまえばそれまでだ。
二人がどんな態度へ出るかで今後の動きを決めねばならず、アマネは静かに二人を見つめる。早くしないと戻りが遅いと誰かが様子を見に来るかもしれない。
考えるように目を伏せていた二人のうち、先に動いたのは真田だった。
深く息を吐き出し、アマネへ手を伸ばしたかと思うと頭をグシャグシャにするように撫でてくる。思わず変な声が出て目が合うように上を向かされた。
「それを知ってるのはオレ達だけなのか?」
「え……いえ、その、湊さんへは話してあります、けど」
「だからか……。アイギス、美鶴達には内緒にしておくぞ」
「はい」
「え、いや、その、え……え?」
「落ち着け斑鳩。衝撃の事実を聞かされたのはこっちなんだぞ」
苦笑してアマネの頭から手を離した真田が腕組みをする。
「アマネさんが戦闘経験豊富な理由も、銃を向けられても怯えの無かった理由もやっと分かりました。……それを踏まえて宣言しますが、私は、アマネさんを嫌悪などしません」
アイギスが言い切るのに真田も同意するように頷いていた。我ながら失礼な話だが、この人達はシャドウとの対決で色々ありすぎて、普通の感性を失っているのではと思ってしまう。
だって今二人の目の前にいるのは、アマネという『人殺し』だ。
戸惑って何も言えないアマネに、二人はどう思ったのか笑みを浮かべる。
「お前が言えない何かを抱えている事には結構前から気付いていた。だがそれを聞き出すのはどうかと思ってもいたんだ。だがソレを聞いてしまったならもういいだろ。詳しい話は後で終わってから聞くとして、そろそろ戻ろう」
「え……」
「そうですね。ニュクスは待ってくれません」
「ちょっ、ちょっと二人とも! それで良いんですかぁ!?」
追求も糾弾も嫌悪も忌避もされず今まで通りの接し方のまま戻ろうとする二人に、アマネのほうが驚いてしまった。追求されても『元』殺し屋どころか『昔』のことだとか突拍子の無い話まで説明せざるを得なくなるのだが、全く何も聞かれないというのもなんだか落ち着かない。
だが真田は、そんなアマネを子供でも見るような目で見返すだけだった。
「元が何だったとしてもオレ達へ『人の死なんて傷を付けたくない』と言うヤツが、悪い奴だとは思わない」
「でも……」
「それに有里は既にそれを知っていて受け入れているだろう。お前は『仲間』なんだ。今更怯える相手じゃないさ」
そう言い切って一足先にターミナルから皆のいる階へと戻ってしまった真田に、アマネは思考も言葉も動きも追いつけない。普通そんな簡単に許容出来るものではないと分かっているからこそ、戸惑ってしまう。
だって『人殺し』だ。
「行きましょう、アマネさん」
「アイギスさん……」
「貴方がどんな人生を歩んできたかは知りません。でもアマネさんは私へ多くのことを教えてくれました。だから私はアマネさんが人殺しであろうと受け入れようと思います。……貴方が、機械である私を受け入れてくれたように」
手を掴んで引かれて、ターミナルへと乗る。瞬き一回分の時間を置いて視界へ現れる美鶴達。
先に来ていた真田が有里と話していたが、アマネ達が来た事へ気付くと話を終わらせたようで有里が傍へ来る。伸ばされた手がアマネの頭を撫でるのに、何も言う事は出来なかった。
なんでこの人達はこんなにと思う。無性に親友達を思い出してしまって、それを押し込めるようにアマネは有里へと笑い返した。