ペルソナ3
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
世間は七夕だと少しだけ浮かれる七月七日。月齢は見事な満月を向かえ、アマネ達の予測が合っているなら大型シャドウの現れる日である。
その為今日は寮で待機を言い渡され、佐藤の誘いを断って寮に帰った。まさか彼女か、なんて言われもしたが無視。
影時間前には作戦室で待機をしていれば、先輩達もぞろぞろと集まってくる。皆不安や期待に気がそぞろだが大丈夫なのだろうかと少し思った。
時計の中で三本の針が重なる。
ペルソナを出した山岸がその中でシャドウの気配を探る姿は、何度見ても捕らえられているように見て仕方が無い。
新しい武器として先日渡されたコンバットナイフを右手で弄んでいると、美鶴に注意された。
「どうだ、反応はあるか?」
『待ってください……』
水中に響くかのような山岸の声が、続いて市街地に大型のシャドウ反応があることを告げる。
「ほんとにキタッ!」
「フンフン。満月の件、どうやら確実と見ていいね」
驚く伊織と納得する幾月理事長も気にせず、山岸は更なる詳細な場所を割り出した。
『場所は巌戸台の、ええと……白河通り沿いのビルです』
「白河通りか……。ここ数日、影人間がよく二人一組で見つかるって聞いてたけど、なるほどねぇ」
「二人一組か。……そういう事か」
地名だけでその場所が何なのか分かったらしい理事長と美鶴の対照的な態度を不思議に思いながら、アマネはナイフをしまってペルソナを帰還させた山岸同様首を傾げる。
「白河通りって、どんな所でしたっけ? 私、あの辺あまり行かないもので……」
「俺も行かねぇってか、知りません」
「聞いたことは、あるけど……」
「あ、そっか、ホテルんとこね。だから、二人一組なわけね。斑鳩は知らないだろーけど、風花は知ってんだろ? ホテル街だよ、ホテル街!」
これまた対照的な岳羽と伊織の態度。そして素直に親切と言い難い伊織の説明。なるほど知らなくて当たり前だ。
いわゆるラブホテル。アマネはそういう場所を利用したことが無いし興味も無かった。三大欲求ではあるが子孫繁栄遺伝子存続の行為自体興味が無いし、実のところいつの時も、どうやらアマネは子供が作れない身体のようなのだ。
なので『昔』から人肌が恋しくなれば娼婦を買っていたのである。
閑話休題。
幾月は白河通りがラブホテルであることを否定したが、アミューズメントホテルなどがそんな遊園地と併設している訳でもない場所にあるものか。そもそもこの学園都市化している巌戸台にそれを作ってどうする。シーズンになると受験生が泊まるのか。
ともあれ多感な年頃の高校生であるアマネ達では、いくらそこにシャドウがいるとしても乗り気になって行くところではないだろう。現に岳羽は行く気が失せているらしい。逆に乗り気な伊織のほうが子供っぽいと思うのはアマネだけか。
「オッケー、行こうじゃん。私、今日の作戦は、前線で戦うの予約します!」
「よ、予約制なの?」
結局どちらも子供らしく、伊織のからかいに本気になった岳羽がそんな宣言をした。珍しくは無いがツッコミに回る程には伊織も驚いたらしい。
現場の指揮は今回も有里だ。美鶴は山岸の方がサポートに適しているからと本格的に前線へ出ることにしたらしく、今回からは山岸が全てバックアップ。連れて行くのはサポートメンバーの護衛を考えてあと二人くらいか。
なら、と考えてアマネは主張の為に手を上げる。
「俺、今回は残ります。前回行ったし、こっちに護衛も残さねぇとですから」
ちらりと有里がこちらを見た。少し落ち込んだかのような雰囲気に、もしかしたらアマネを連れて行く方向で考えていたのかもしれないが、まぁ仕方が無い。
選ばれたのは真田と美鶴。アマネと伊織は居残り組である。
今回のシャドウがどういうものかは分からないが、無気力症患者が男女一組であることを考えると、有里と岳羽に真田と美鶴の組み合わせは妥当な気がしないでもない。
結局影時間なのでホテルの雰囲気も何もあったものではないのだろうが、普通そういうところへは男女で行きたいものだ。
白河通りのビル内へ向かう有里達を見送って、再びペルソナを召喚した山岸の傍で座り込む。
ビルの入り口に山岸が待機しており、ここからサポートするらしい。とはいえ戦闘能力の無い彼女一人残すわけにもいかないので、アマネと伊織もここで待機だ。
向かいのビルからだろうか。人の気配とこちらを見ている視線に注意を向けていると、ふと伊織が近付いてきて隣へ座る。
「斑鳩さぁ、ほんとは行きたかったんじゃないの? ホテル街」
「別にぃ? あんまり興味ないって言うか、行きたかったら好きな時に行けばいいって思います」
「好きなときって。お前、ああいう場所は女の子同伴だぞ? 彼女作るのにどんだけ世界中の男が苦労してるって……」
「売春してる子探せばどうですか。金は取られますが一応行くっていう目的は達成出来ますよ」
「……お前さ、前から思ってたけど結構不良な」
前とはいつだ。情報収集であの荒垣という人に会った時か。
伊織がアマネをどう認識しているか分からないが、アマネは不良でもないし優等生でもない。必要とあればなんでもするが今はその必要がないだけだ。
「髪伸ばしてるけど制服はきちんと着てるしよ。成績優秀だけど喧嘩慣れしてるし結局ドッチなわけ?」
「髪を伸ばしてる事でとやかく言われたくねぇから、それ以外の見た目をしっかりしてるだけですし、勉強は普通に授業受けてれば出来ます」
「喧嘩は?」
「……経験?」
見事シャドウを倒しビルから出てきた有里達に、立ち上がって軽く手を上げる。何故か有里の頬が赤くなっていたが、誰もそれに突っ込む様子が無いのでアマネも黙ることにした。
経過はともあれ結果は満足らしく、美鶴が山岸のサポートを褒める。次いで美鶴が有里のことも褒め、有里が黙って頷く。
「よし、なら解散だな」
そう言って真田と桐条が歩き出す。帰る先は全員同じなのだから一緒に帰ったっていいと思うのだが。
残された二年生四人とアマネも帰ろう、というところで山岸が岳羽に声を掛けた。
「あの、この前、頼まれた事だけど……」
「うまくいった?」
小声で交わされる会話にも注意を傾ける。どうやら岳羽が山岸へ何か頼み事をしたらしいが、肝心な内容は後で改めてということになり聞けなかった。
女子同士の秘密事、だとすれば今言う必要はないだろうし、となるとやはりこのシャドウとの問題のことなのだろうと予想は出来る。
情報が少ない現状、有益な情報なら全員で共有すべきなのだが、彼女等はどうするつもりなのか。
自分達も帰ろうと声を掛けた岳羽が、少し様子のおかしい伊織に気付いた。
「ほら順平、何してんの、行くわよ」
「湊……オマエ、またなんか活躍したみてぇだな」
いつの間にか不機嫌そうな伊織が有里へ声を掛ける。先程有里達が戻ってくる前はそんな様子など全然無かったのにどうしたのかと、アマネは思わず山岸と顔を見合わせた。
「たまたま」
「へっ、運なんかじゃねって、オマエが一番分かってんだろ」
「ちょっと、なにツッかかってんの? もしかして、悔しいワケ?」
「うっせえなっ!」
からかうように言った岳羽へ怒鳴り返した伊織の声に山岸が肩を震わせる。そのまま足早に去っていく伊織の後ろ姿に、これはアレかと思い至った。
「なんなの、もう……」
貴方の言葉が真意を突いていたんですよ、とは言えない。
アマネ自身に覚えはないけれど、アマネの周囲にいた者で同じような感情を抱いていた者はいた。少し違うが「英雄になる」と言っていた彼。アマネに伊織の気持ちは分からないがそれと同じ部分はあると思う。
目立ちたい、というのは誰かに見て欲しい、という部分もある。となると伊織は誰かに見てもらいたいということになるがアマネは伊織の内心など分からない。
「……疲れたし、帰ろう」
「そうだね」
「――すいません。俺ちょっと影時間の後にコンビニ寄るので、先に帰ってください」
「まだ影時間だけど、一人で大丈夫?」
「今日は待機で疲れてねぇし、用が済んだら出来るだけ急いで帰りますから」
***
パルクール。というスポーツがある。
フリーランニングと同一視されやすいそれは、簡単に言うと己の身体のみでその場の障害を乗り越えて、如何に素早く綺麗に移動していくかを競うものだ。フィールドは何処でもいい。草原でもアマゾンでも都会のビル群でも。
とりあえず障害を乗り越え何処へでも行くスポーツだが、身体を鍛えれば地上からビルの屋上へ行くことも出来るうえ、逃亡の際障害を後ろへ残していける。
ましてやアマネの身体は通常より身体能力が高い。
何が言いたいかというと、この技術のお陰でビルぐらい外からでも簡単に登れるのである。
影時間のせいで自動ドアも開かないビルとビルの間の路地から、アマネは先程人の気配がしていたビルの屋上へとよじ登った。
最初からその気配に殺気は無かったので自分達を観察しているのだろうとは思ったが、その気配がいまだに去ろうとはしないのが気になったのだ。
ホテルとは向かいのビルの屋上。そこへ気配を消して着地し、三人程の人影を見つけて物陰に隠れる。あちらはアマネに気付いた様子も無く、何かを話していた。
「想像よりも、早い解決でしたね」
半裸の男とゴシックロリータ姿の少女がいる。もう一人居るようだがアマネが居る場所からでは見えない。
「彼等はここしばらく、毎月こういった活動をしていますね。最近では、頭数も増えているようですし、戦い方も、なかなかユニークだ……」
内心でお前の半裸姿に比べれば全くユニークじゃねぇよ、と思いつつ、ずっと監視されていたのかと考える。
アマネだって万能では当然無いので彼等の気配に毎回気付くことは無い。
そもそもシャドウを倒す活動をしているアマネ達を、影時間に象徴化もせず監視しているなんて怪しいことこの上なかった。
「あの『塔』にも頻繁に出入りしているようですしね……。どうでしょう、ジン。彼らは敵でしょうか?」
「もうすぐ『ヤツ』に会う頃合いやし、訊いてみたら、ええんとちゃいますか?」
第三者の声が聞こえた。関西弁だ。背中を向けているので誰が喋ったのか分からないが、これがあのゴスロリ少女の声だったらへこむ。
「なるほど……それはいい。彼は今や、私たちと同じ運命を背負う者。すぐにでも会って、話してみましょう。私たちにはあまり時間が無いですからね」
二人の言う『奴』とは誰のことだと疑問に思いながらも、彼等がこちらへ向かって歩き出したのに気付いて急いで隠れる場所を変えた。アマネに気付いた訳ではなさそうである。
屋上落下防止の手すりを外側に向かって乗り越え、手すりの下部へぶら下がった。これで手すりに近付いて下を見下ろしでもしない限り見つからない。
そうして三人が屋上を去っていったと同時に影時間が終わる。屋上へ戻って地上を見下ろしていれば、ややあってから三人がビルの出口から出てきた。
***
せっかく大型シャドウを倒したというのに、寮の空気が少し悪い。
原因は伊織だと分かってはいるのだが、こういう時年下のアマネが何か言ったとしても聞きはしないのだろうと判断し、アマネは口出ししないと早々に決めていた。
しかし食事に関しては、顔も合わせたくないと伊織が夕食の席に来ようとしなかったので一度思い切り叱りつけた。空気を読まない行動だとは理解していたが食器を片付ける手間が伊織達の仲違いに勝ったのである。
それ以来伊織も有里も、会話は無いが同じテーブルに着いて食べていた。
今はそういう問題より、学生の本分である来週に迫った期末試験だ。
「斑鳩は、試験は大丈夫なのか?」
「ちゃんと授業受けていますから」
夕食の片付けをしていたところに来た美鶴は、先程淹れた日本茶のお代わりを取りに来たらしい。
「気になりますか?」
「試験前でも食事を作ってもらっているからな」
「何も食べずに勉強して、当日空腹で倒れたら本末転倒でしょう」
「だがそれで勉強する時間が減っていてもいけないだろう?」
「随分心配してきますね」
洗い終わった食器の水気を拭い棚へ戻し、こちらを見ている美鶴を振り返る。
確か中間試験で彼女は学年一位で、真田もそれなり。有里も十番以内に入っていたし、寮生で一番成績順位が低かったのは伊織だ。
アマネ自身も学年で十位以内に入っていたし、なのにどうしてこうも心配されているのだろうと思って聞けば、美鶴は言いにくそうにしている。
中間試験の時と今回。何か違う事はあっただろうかと考えて思い至った。
「……桐条先輩。別にタルタロス探索も俺の負担にはなっていません。むしろ運動になって勉強のほうもはかどってるぐらいです。ですからそんな心配しなくても大丈夫ですよ」
「……そうか?」
夜中の影時間にタルタロス探索。
時計は感知しないその時間を体感している分だけ身体は疲れるけれども、そう心配する必要は無い。むしろタルタロスヘ行かない日の影時間内に勉強すれば、その分だけ一般人より勉強は出来ている。
といってもアマネは『前』のこともあって、もう勉強する必要は無いのだが。
「なんなら期末は一位でも取ってみせましょうか? そういう心配は俺の順位が下がったらでも遅くありませんよ」
「なかなか言うな。では君が一位をとったら、十位以内に入るのとは別の何か褒美をやろう」
さすが大企業の娘。言うことが大盤振る舞いだ。今から欲しいものを考えておかなければならない。
「じゃあ、せっかくですのでこれから勉強します。桐条先輩こそ試験、頑張ってください」
「ああ。楽しみにしているよ」
***
先日の大型シャドウ退治の報告を美鶴が幾月にしているのを聞きながら、アマネはあの三人組についても報告したほうが良いだろうかと考えた。
あの三人組は見た目からして変だったが、それでも影時間を自由に動ける適正は持っている。彼等の話では前々からアマネ達を観察しているらしかったが、かといってアマネ達に接触してくる様子も無い。
こちらの存在が分かっているのに何もしてこない、というのが少し引っ掛かる。
何の為にこちらを観察しているのか。シャドウの存在を知っているのか。ペルソナの存在は知っているのか。
そもそも彼等は何者なのか。
今言うのは得策ではない気だけはして、結局言わない事にした。彼等が何かしらの行動を起こしてくればそれからだし、起こしてこなければそれまでだ。
「だけど、悪い話ばっかりじゃない。実は、今日みんなに集まってもらったのは……」
いつの間にか報告は終わっていて、話の内容が変わるのかと気付いて顔を上げて幾月を見た。
「待ってください。この際なんで、桐条先輩に訊きたい事があります」
だが実際に話題を変えたのは岳羽だ。
「私に……?」
不思議がる美鶴。もしかしてと思いつつ岳羽を見れば、岳羽を挟んで反対側にいた有里と目が合う。
「わたしだけじゃないと思いますけど、ここに来てからビックリの連続で……。わたし、少し流されてきた気がするし、だからこの際はっきりさせたいんです」
岳羽はまっすぐに美鶴を見た。
「ズバリ訊きますけど……、先輩、わたしたちにまだ何か大事なこと言ってないんじゃないですか? 例えば『影時間』や『タルタロス』の事、分かんないみたいに言ってましたけど、あれって十年前の事故と関係あるんじゃないですか?」
ここ暫く、彼女が山岸と相談して考えていたのはこの事か。
「十年前のジコ……?」
首を傾げる伊織同様、アマネも何の事か分からない。十年前といえばアマネはまだ小学校に上がるかどうかの年頃だ。『前』のこともあってその頃は子供らしさを前面に押し出すのに尽力していて新聞はあまり読んでいなかった。小学校低学年は新聞を毎日読んだりはしない。
それもあってか、咄嗟にはどの事故の事か思い出せなかった。こういう時『×××』が使えないのは不便だ。
「学園の周りで爆発があって、たくさん人が死んだ話……。当時すごいニュースになった筈ですし、先輩は、知ってますよね?」
「……ああ」
岳羽の説明でアマネも少し思い出した。月光館学園が建つ前にあの場所で起こった爆発事故。離れた場所に住んでいたアマネの付近でも、近所の者がその事故の話を頻繁にしていたのを覚えている。
あの頃はあまり気にしなかったし言われるまで思い出さなかったが、あれはこの場所で起こった事故だったのか。
「幸い生徒は無事だったみたいですけど、でも、何かヘン。なぜかちょうど同じ頃、一度に何十人も不登校になってるんです。……コレ、偶然なんでしょうか」
「どういう意味だ」
「わたし、実は学園に残ってる昔の書類とか調べたんです。そしたら、不登校なんてのは記録だけ。ホントはみんな、急に倒れて入院したって……。似てると思いませんか? 風花をイジメてた子が、入院した時と」
押し黙る美鶴とは別に、岳羽もなかなか隅に置けない事をすると思った。山岸の情報集めで不良の溜り場へ行った時と同じく、自分の考えを正確にする為には恐れを抱かない質らしい。
「ちゃんと説明してください! 十年前の事故……。あの日本当は何があったんですか? 学園は桐条グループが建てたんだから、桐条先輩は知ってるはずでしょ! わたし、ホントの事が知りたいんです!」
否。
いくら親が関わっているとはいえ自分より一つ年上だけの者が全てを知っている筈も無い。まぁ美鶴のことだからおそらくは知っているのだろうが。
「……隠してる訳じゃない。必要の無い事は告げてないというだけだ。しかし……」
現に美鶴はそう肯定した。事故発生当時は幼くとも、今現在こういう活動をするに当たり彼女は彼女で当然調べたり情報を与えられたりしているのは目に見えている。
だが言わずにいた。言えずにいたのだとしても当然理由があると考えていいだろう。
集団で活動する場合情報の共有は必須だ。けれどもそれを今まで隠していたというからには、その情報はアマネ達の活動意欲を殺ぐ、もしくは言わずにいる必要があるものだったのだろう。
ただ、必要かどうかを判断するのは美鶴ではないし、岳羽でもない。
「仕方ないさ。君のせいじゃない」
今までずっと黙っていた幾月が言いよどむ美鶴へと声を掛ける。彼もまた知っている側の人間だ。
「……分かった。全て話そう」
何かを諦めたかのような美鶴の声色。
「シャドウには幾つもの不思議な能力がある。研究によれば、それは時間や空間にさえ干渉するものらしい」
つまりアマネの『鏡』である彼や、虹の巫女姫のようなものかと考えて少し嫌になる。
「私たちは敵と思ってるからあまり意識しないが、もしそれを利用できるとしたら……どうだ? 何か大きな力になるかも知れないと思わないか?」
「え……?」
「時間や空間に干渉。つまり影時間の俺等のように周りが動いてねぇ状況で移動することで移動時間を削減したり、空間に干渉することで本来なら手に入れられないモノを手に入れたり。ってことですか?」
「簡単に言えばそうだ。今から十四年前、そう考えて実践に移した人物が居たんだ。桐条グループ先代、桐条鴻悦……私の祖父だ。祖父はシャドウの力にいたく魅せられ、それを利用して、何か途方も無い物を作ろうとしていたようだ」
「途方も無いもの……?」
「実現の為に研究者を集い、シャドウを大量に集めさせた」
「シャドウを集めたぁ? うえっ……正気かよっ」
「しかし十年前、計画の最終段階で暴走事故が起き、実験は失敗。制御を失ったシャドウの力で、後には忌まわしい痕跡が残る事になってしまった」
「それって、まさか……」
山岸が息を呑んだ。
「そう。影時間と、タルタロスだ」
質問した側である岳羽は黙っている。
「記録では、集められていたシャドウは分かれて飛び散り『消失』したとある。満月の度にやって来るのは、この時のシャドウだ」
「『消失』……それでいつも、予想できない場所に」
「ちょっと、いいですか? 今の話がホントなら、なんで学校がタルタロスに? ……まさか、実験をやった場所って……⁉」
「……そうだ」
「じゃあ、ウチの生徒が何十人も入院したっていう、アレも」
「全て、君の考えている通りだ。傘下にあって人も集まり、最も『好きなように出来る』場所。……恐らくポートアイランドは最適だったんだ。実験の場所は紛れもなく、十年前の月光館学園だ」
つまり美鶴の祖父は、自分の目的が叶えばその他大勢の学生達などどうなっても良かったと考えていた。
ポートアイランドが離れ小島の様な環境である理由が、それでもなるべく被害を出さないようにという配慮だったのか。それとも一般に実験の事が知られない様にする為だったのかは、美鶴の祖父でないと分からないだろう。
前者であればその実験の為にこのポートアイランドを作ったということになる。
嫌な話だ。
初めから実験の為に作られた島。そこへ造られた学校。
「それ……どういう事ですか。それじゃ、この部の活動って……無関係のわたしたちを使って、その時の後始末ってこと? ……騙したんですか?」
憤りを露わにする岳羽に黙る美鶴。その憤りを向ける先は彼女ではないだろうに。
「真田先輩だって知ってたんでしょ? これじゃわたしたち、都合よく利用されてるだけじゃない!? それとも先輩は、戦う理由なんてどうでもいいって事なんですか?」
「そんな風に言った覚えは無い! 理由なら……あるさ」
「どう取ってくれてもいい。黙っていたのは確かに私の意思だ。……済まなかった。隠す気など無かった。だが筋道よりも、君らを確実に引き入れる事の方が私には大切に思えた。理不尽だろうと、戦えるのはペルソナ使いだけ……世界で私たちだけだからだ」
「今さら……!」
「それに私には、力を得るかどうか選ぶ余地など無かった。私は……」
「美鶴、もういい」
「岳羽君。……罪は『過去の大人たち』にある。そして彼らは、みんな自らの行いによって命を落とした。今はもう当事者はいないんだ。謂れの無い後始末なのはみんな同じなのさ」
今まで黙って聞いていた幾月が話し出す。当事者はいない、という言葉にアマネは少し引っ掛かりを覚えたが、今は黙っている事にした。
「事故から十年、シャドウ達がどうして今になって目覚めたかは本当に分からない。でも目覚めたって事は、見つけて倒せるって事でもある。これ、どういう事か分かるかい? あの十二体こそ、全ての始まりなんだ。……と言ったら分かるかな?」
「ヤツラを全部倒せば、『影時間』や『タルタロス』も消える……?」
「その通り! さっきは話の腰を折られちゃったけど、どうだい、朗報だろ?」
「本当なんですか⁉」
本当だとしたら、疑問は残る。
何故『消失』したとされるシャドウが現れるようになったのか。これは誰にも分かっていない。
その十二体を倒したところでそれは一時『消滅』するだけだということはないのか。
分からない事が多いのに、どうして大型シャドウを倒せば全てが消えると思えるのだろう。それはただの予想ではないのか。
「確証となる記録もある。ここからが本当の戦いの始まりだね」
そう言う幾月に、その確証証拠とやらを見せてもらいたかった。
「ホントの、戦い……」
「事情はどうあれ、人を守る為なのは変わらない。シャドウたちはだんだん力を付けてる。待っているだけじゃ勝てない」
「……はい」
「それに、タルタロス自体にも謎は多いからね。何故あんな巨大なものが現れたのか。僕らの知らない『答え』が、きっとある筈だ」
「答え……」
呟く岳羽はまだ何か思うところがあるのだろう。アマネとしては十年前の事故とやらに関わりが無い分、現状維持でいいとは思う。シャドウを倒せと言うなら倒す。それだけだ。
ただ、本当に少しずつ、何か違和感を覚えて仕方が無い。桐条の話しかり幾月の話しかり。まだ隠された情報があるのか誰も知らない矛盾があるのか。
誰かが嘘を吐いているのか。
「理事長」
「なんだい斑鳩君?」
「十年前の当事者は全員亡くなったそうですが、それは本当で、全員事故に巻き込まれてですか?」
「そうだよ」
おかしいだろうと思った。当事者が一切いなくなった事故で、どうしてそこまで詳細が残っている。
違う。
幾月はどうして情報を小出しにしてくるのだ。
シャドウの研究が行われていた十年前。大方のシャドウに関する調査も同時に行われた筈だ。事故でその情報の大半が失われ再調査、という話だとしても事故の遺品が何処かに残っているはずである。
当事者が全員亡くなった。亡くなるほどの事故でそういう調査結果も全て無くなってしまったというのならまだ分かる。再調査であれ、殆ど一からの調査だといえるから。
けれども、確証となる『記録』があると幾月は言った。調査結果ではなく記録があると。
後始末の為の、十年分の調査結果。何故か今になってあると言われた記録。
何かがおかしい。
***
翌日。寮生は皆昨日の出来事が後を引いているのか、出掛けたかと思えば帰ってきて部屋に閉じ籠ったり再び出掛けたり、誰かと顔を合わせるのを嫌がっているようだった。
ラウンジにいるのもアマネと山岸だけで、有里も少し遅く起きてきたかと思うと出掛けてしまう。あの人の場合はマイペースなだけかも知れないが。
「どうぞ」
私物のノートパソコンへ向かって何かしている山岸へ自分のついでに飲み物を差し出すと、お礼を言って受け取られる。
「何してるんですか?」
「あ、うん。ちょっと調べ事。斑鳩君は?」
「休憩です。つっても勉強してねぇんですけど」
「余裕なんだね」
隣の椅子へ腰を降ろしても、会話は自然と無い。引き篭もらないだけで彼女も思うところがあるのだろう。だから話す事が限られてくるのだけれど、アマネ達の共通点は少ないのだ。
「……斑鳩君は、どう思ってる?」
ふいに話し掛けられてカップの中身を飲み干した。
「昨日の話ですか?」
「うん。……私はね、これからもここで皆の為に頑張ろうって思ってるの」
「俺は……流されてる訳じゃねぇですけど、正直、どうでもいいと思っています」
「どうでもいい?」
「十年前の事故もシャドウもタルタロスも、桐条先輩の祖父さんがしでかしたことも、その後始末を今までは騙されてるかのような状況でやってたって事も、桐条先輩が話してくれなかった事も、実のところ俺に関係無ぇでしょう? 人に言えねぇことは誰にだってあるし、無関係なことに巻き込まれることもある。俺も生まれた瞬間から無関係な筈のことに巻き込まれてる。けれどこの活動は人を助けるという目的があるだけ有意義でしょう」
生まれた瞬間から『×××』に巻き込まれている。今はもう、別にいいのだけれど。
「……生まれた瞬間から?」
「子供が生まれるのは子供の意思じゃなく生む側の意思ってことですよ。生まれた意味があると先輩は思いますか?」
「……よく分からない、かな」
階段の方から足音がして振り向けば、美鶴が申し訳無さそうに立っていた。
「……お腹が空いてしまってな」
人数が少ないので忘れていたが、時計を見れば確かに昼食の時間だ。何処か気まずげな美鶴に、アマネは何事も無かったのだと意識しながら立ち上がる。山岸はどう反応すればいいのか悩んでいたようだが、結局遅れて彼女も立ち上がった。
「二人ともオムライスでいいですか?」
「ああ。済まないな」
その一言には昼食を作ってもらう以外への謝罪も混ざっていたようだけれど、あえて気付かなかった振りをする。
後始末の責任者である彼女だけれど、同時に彼女も後始末を実の祖父に押し付けられた被害者だと、いったいどれだけの人数が分かっているのだろうか。
***
深夜影時間、また有里の部屋からファルロスの気配がする。前に会ったのは『友達になって』と言われた時だ。もう随分と経ったような気がする。
今日も有里と話をした後に来るのかと思い、召喚していたイブリスを戻した。暫くして部屋の中心に現れた少年が、アマネを見てニッコリと微笑む。
「こんばんは」
「おう」
「君はいつも僕が来る前から起きてるね」
「夜更かしなんだぁ。それに、お前が来ると分かってて寝れねぇだろぉ?」
「どうして?」
「友達が来るのに寝てたら悪ぃ」
掛け布団を捲って手招きすれば、ファルロスは素直に寄ってきてベッドへ腰を降ろした。人では無いのではと思わせる程に白い肌。クリクリとした青い瞳がアマネを映す。けれどもその瞳に生気は感じられない。
「彼にも言ったけれど、君にも言っておく。終わりの始まりは随分昔のことだよ」
「終わりの始まり」
「うん。少ししか思い出せてないけれど、始まりは十年前」
「……そっかぁ」
十年前に辰巳ポートアイランドで起きた事故。『消失』したシャドウ。その現場。
ファルロスが言っているのはその事故のことなのだろうが、それがどうして『終わり』に繋がるのかまでは分からない。思い出したとファルロスは言うが、タイミングのいい思い出し方だと少し思った。
「言わないほうが良かった?」
「いや、教えてくれてありがとうなぁ」
手を伸ばして頭を撫でてやれば、少しだけ表情を綻ばせて目を細める。手に伝わるぬくもりは、無い。
「君も友達だから教えてあげる。ペルソナはね、使う人の『鏡』なんだ。だからペルソナ使いは、自分自身の本当から逃げられない」
「……知ってる」
手を怪我したあの日、炎が使えない事に気付いてしまったあの日。
手のひら程度の小さな火なら灯せるけれど、その炎はしかし今のところアマネを落ち着かせる以外の利用法は無い。だからまだイブリスを喚び続けている。
「知ってたの?」
「色々あって、考えたら気付いたんだぁ。俺には昔、生きている『鏡』がいたけれど、鏡に映る自分も、自分だしなぁ」
今はいない、別々の人間でありながら『鏡に映る俺』だった白い彼。彼は今も何処かの平行世界で、アマネを探したりしているだろうか。
いや、わざわざ探す真似はしていないかもしれない。そこまでの情熱が彼にあるとは正直アマネには思えなかった。
「簡単に、もう一人の自分を受け入れられるんだね」
「ペルソナと違って、人だしなぁ。それに俺もあの頃はまだ、アイツに会えただけで浮かれてたぜぇ」
今でも会えたら確かに嬉しいと思うけれど、流石に今はもう、彼の声を聞いても無駄に大げさに喜ぶことは無いと思う。
その為今日は寮で待機を言い渡され、佐藤の誘いを断って寮に帰った。まさか彼女か、なんて言われもしたが無視。
影時間前には作戦室で待機をしていれば、先輩達もぞろぞろと集まってくる。皆不安や期待に気がそぞろだが大丈夫なのだろうかと少し思った。
時計の中で三本の針が重なる。
ペルソナを出した山岸がその中でシャドウの気配を探る姿は、何度見ても捕らえられているように見て仕方が無い。
新しい武器として先日渡されたコンバットナイフを右手で弄んでいると、美鶴に注意された。
「どうだ、反応はあるか?」
『待ってください……』
水中に響くかのような山岸の声が、続いて市街地に大型のシャドウ反応があることを告げる。
「ほんとにキタッ!」
「フンフン。満月の件、どうやら確実と見ていいね」
驚く伊織と納得する幾月理事長も気にせず、山岸は更なる詳細な場所を割り出した。
『場所は巌戸台の、ええと……白河通り沿いのビルです』
「白河通りか……。ここ数日、影人間がよく二人一組で見つかるって聞いてたけど、なるほどねぇ」
「二人一組か。……そういう事か」
地名だけでその場所が何なのか分かったらしい理事長と美鶴の対照的な態度を不思議に思いながら、アマネはナイフをしまってペルソナを帰還させた山岸同様首を傾げる。
「白河通りって、どんな所でしたっけ? 私、あの辺あまり行かないもので……」
「俺も行かねぇってか、知りません」
「聞いたことは、あるけど……」
「あ、そっか、ホテルんとこね。だから、二人一組なわけね。斑鳩は知らないだろーけど、風花は知ってんだろ? ホテル街だよ、ホテル街!」
これまた対照的な岳羽と伊織の態度。そして素直に親切と言い難い伊織の説明。なるほど知らなくて当たり前だ。
いわゆるラブホテル。アマネはそういう場所を利用したことが無いし興味も無かった。三大欲求ではあるが子孫繁栄遺伝子存続の行為自体興味が無いし、実のところいつの時も、どうやらアマネは子供が作れない身体のようなのだ。
なので『昔』から人肌が恋しくなれば娼婦を買っていたのである。
閑話休題。
幾月は白河通りがラブホテルであることを否定したが、アミューズメントホテルなどがそんな遊園地と併設している訳でもない場所にあるものか。そもそもこの学園都市化している巌戸台にそれを作ってどうする。シーズンになると受験生が泊まるのか。
ともあれ多感な年頃の高校生であるアマネ達では、いくらそこにシャドウがいるとしても乗り気になって行くところではないだろう。現に岳羽は行く気が失せているらしい。逆に乗り気な伊織のほうが子供っぽいと思うのはアマネだけか。
「オッケー、行こうじゃん。私、今日の作戦は、前線で戦うの予約します!」
「よ、予約制なの?」
結局どちらも子供らしく、伊織のからかいに本気になった岳羽がそんな宣言をした。珍しくは無いがツッコミに回る程には伊織も驚いたらしい。
現場の指揮は今回も有里だ。美鶴は山岸の方がサポートに適しているからと本格的に前線へ出ることにしたらしく、今回からは山岸が全てバックアップ。連れて行くのはサポートメンバーの護衛を考えてあと二人くらいか。
なら、と考えてアマネは主張の為に手を上げる。
「俺、今回は残ります。前回行ったし、こっちに護衛も残さねぇとですから」
ちらりと有里がこちらを見た。少し落ち込んだかのような雰囲気に、もしかしたらアマネを連れて行く方向で考えていたのかもしれないが、まぁ仕方が無い。
選ばれたのは真田と美鶴。アマネと伊織は居残り組である。
今回のシャドウがどういうものかは分からないが、無気力症患者が男女一組であることを考えると、有里と岳羽に真田と美鶴の組み合わせは妥当な気がしないでもない。
結局影時間なのでホテルの雰囲気も何もあったものではないのだろうが、普通そういうところへは男女で行きたいものだ。
白河通りのビル内へ向かう有里達を見送って、再びペルソナを召喚した山岸の傍で座り込む。
ビルの入り口に山岸が待機しており、ここからサポートするらしい。とはいえ戦闘能力の無い彼女一人残すわけにもいかないので、アマネと伊織もここで待機だ。
向かいのビルからだろうか。人の気配とこちらを見ている視線に注意を向けていると、ふと伊織が近付いてきて隣へ座る。
「斑鳩さぁ、ほんとは行きたかったんじゃないの? ホテル街」
「別にぃ? あんまり興味ないって言うか、行きたかったら好きな時に行けばいいって思います」
「好きなときって。お前、ああいう場所は女の子同伴だぞ? 彼女作るのにどんだけ世界中の男が苦労してるって……」
「売春してる子探せばどうですか。金は取られますが一応行くっていう目的は達成出来ますよ」
「……お前さ、前から思ってたけど結構不良な」
前とはいつだ。情報収集であの荒垣という人に会った時か。
伊織がアマネをどう認識しているか分からないが、アマネは不良でもないし優等生でもない。必要とあればなんでもするが今はその必要がないだけだ。
「髪伸ばしてるけど制服はきちんと着てるしよ。成績優秀だけど喧嘩慣れしてるし結局ドッチなわけ?」
「髪を伸ばしてる事でとやかく言われたくねぇから、それ以外の見た目をしっかりしてるだけですし、勉強は普通に授業受けてれば出来ます」
「喧嘩は?」
「……経験?」
見事シャドウを倒しビルから出てきた有里達に、立ち上がって軽く手を上げる。何故か有里の頬が赤くなっていたが、誰もそれに突っ込む様子が無いのでアマネも黙ることにした。
経過はともあれ結果は満足らしく、美鶴が山岸のサポートを褒める。次いで美鶴が有里のことも褒め、有里が黙って頷く。
「よし、なら解散だな」
そう言って真田と桐条が歩き出す。帰る先は全員同じなのだから一緒に帰ったっていいと思うのだが。
残された二年生四人とアマネも帰ろう、というところで山岸が岳羽に声を掛けた。
「あの、この前、頼まれた事だけど……」
「うまくいった?」
小声で交わされる会話にも注意を傾ける。どうやら岳羽が山岸へ何か頼み事をしたらしいが、肝心な内容は後で改めてということになり聞けなかった。
女子同士の秘密事、だとすれば今言う必要はないだろうし、となるとやはりこのシャドウとの問題のことなのだろうと予想は出来る。
情報が少ない現状、有益な情報なら全員で共有すべきなのだが、彼女等はどうするつもりなのか。
自分達も帰ろうと声を掛けた岳羽が、少し様子のおかしい伊織に気付いた。
「ほら順平、何してんの、行くわよ」
「湊……オマエ、またなんか活躍したみてぇだな」
いつの間にか不機嫌そうな伊織が有里へ声を掛ける。先程有里達が戻ってくる前はそんな様子など全然無かったのにどうしたのかと、アマネは思わず山岸と顔を見合わせた。
「たまたま」
「へっ、運なんかじゃねって、オマエが一番分かってんだろ」
「ちょっと、なにツッかかってんの? もしかして、悔しいワケ?」
「うっせえなっ!」
からかうように言った岳羽へ怒鳴り返した伊織の声に山岸が肩を震わせる。そのまま足早に去っていく伊織の後ろ姿に、これはアレかと思い至った。
「なんなの、もう……」
貴方の言葉が真意を突いていたんですよ、とは言えない。
アマネ自身に覚えはないけれど、アマネの周囲にいた者で同じような感情を抱いていた者はいた。少し違うが「英雄になる」と言っていた彼。アマネに伊織の気持ちは分からないがそれと同じ部分はあると思う。
目立ちたい、というのは誰かに見て欲しい、という部分もある。となると伊織は誰かに見てもらいたいということになるがアマネは伊織の内心など分からない。
「……疲れたし、帰ろう」
「そうだね」
「――すいません。俺ちょっと影時間の後にコンビニ寄るので、先に帰ってください」
「まだ影時間だけど、一人で大丈夫?」
「今日は待機で疲れてねぇし、用が済んだら出来るだけ急いで帰りますから」
***
パルクール。というスポーツがある。
フリーランニングと同一視されやすいそれは、簡単に言うと己の身体のみでその場の障害を乗り越えて、如何に素早く綺麗に移動していくかを競うものだ。フィールドは何処でもいい。草原でもアマゾンでも都会のビル群でも。
とりあえず障害を乗り越え何処へでも行くスポーツだが、身体を鍛えれば地上からビルの屋上へ行くことも出来るうえ、逃亡の際障害を後ろへ残していける。
ましてやアマネの身体は通常より身体能力が高い。
何が言いたいかというと、この技術のお陰でビルぐらい外からでも簡単に登れるのである。
影時間のせいで自動ドアも開かないビルとビルの間の路地から、アマネは先程人の気配がしていたビルの屋上へとよじ登った。
最初からその気配に殺気は無かったので自分達を観察しているのだろうとは思ったが、その気配がいまだに去ろうとはしないのが気になったのだ。
ホテルとは向かいのビルの屋上。そこへ気配を消して着地し、三人程の人影を見つけて物陰に隠れる。あちらはアマネに気付いた様子も無く、何かを話していた。
「想像よりも、早い解決でしたね」
半裸の男とゴシックロリータ姿の少女がいる。もう一人居るようだがアマネが居る場所からでは見えない。
「彼等はここしばらく、毎月こういった活動をしていますね。最近では、頭数も増えているようですし、戦い方も、なかなかユニークだ……」
内心でお前の半裸姿に比べれば全くユニークじゃねぇよ、と思いつつ、ずっと監視されていたのかと考える。
アマネだって万能では当然無いので彼等の気配に毎回気付くことは無い。
そもそもシャドウを倒す活動をしているアマネ達を、影時間に象徴化もせず監視しているなんて怪しいことこの上なかった。
「あの『塔』にも頻繁に出入りしているようですしね……。どうでしょう、ジン。彼らは敵でしょうか?」
「もうすぐ『ヤツ』に会う頃合いやし、訊いてみたら、ええんとちゃいますか?」
第三者の声が聞こえた。関西弁だ。背中を向けているので誰が喋ったのか分からないが、これがあのゴスロリ少女の声だったらへこむ。
「なるほど……それはいい。彼は今や、私たちと同じ運命を背負う者。すぐにでも会って、話してみましょう。私たちにはあまり時間が無いですからね」
二人の言う『奴』とは誰のことだと疑問に思いながらも、彼等がこちらへ向かって歩き出したのに気付いて急いで隠れる場所を変えた。アマネに気付いた訳ではなさそうである。
屋上落下防止の手すりを外側に向かって乗り越え、手すりの下部へぶら下がった。これで手すりに近付いて下を見下ろしでもしない限り見つからない。
そうして三人が屋上を去っていったと同時に影時間が終わる。屋上へ戻って地上を見下ろしていれば、ややあってから三人がビルの出口から出てきた。
***
せっかく大型シャドウを倒したというのに、寮の空気が少し悪い。
原因は伊織だと分かってはいるのだが、こういう時年下のアマネが何か言ったとしても聞きはしないのだろうと判断し、アマネは口出ししないと早々に決めていた。
しかし食事に関しては、顔も合わせたくないと伊織が夕食の席に来ようとしなかったので一度思い切り叱りつけた。空気を読まない行動だとは理解していたが食器を片付ける手間が伊織達の仲違いに勝ったのである。
それ以来伊織も有里も、会話は無いが同じテーブルに着いて食べていた。
今はそういう問題より、学生の本分である来週に迫った期末試験だ。
「斑鳩は、試験は大丈夫なのか?」
「ちゃんと授業受けていますから」
夕食の片付けをしていたところに来た美鶴は、先程淹れた日本茶のお代わりを取りに来たらしい。
「気になりますか?」
「試験前でも食事を作ってもらっているからな」
「何も食べずに勉強して、当日空腹で倒れたら本末転倒でしょう」
「だがそれで勉強する時間が減っていてもいけないだろう?」
「随分心配してきますね」
洗い終わった食器の水気を拭い棚へ戻し、こちらを見ている美鶴を振り返る。
確か中間試験で彼女は学年一位で、真田もそれなり。有里も十番以内に入っていたし、寮生で一番成績順位が低かったのは伊織だ。
アマネ自身も学年で十位以内に入っていたし、なのにどうしてこうも心配されているのだろうと思って聞けば、美鶴は言いにくそうにしている。
中間試験の時と今回。何か違う事はあっただろうかと考えて思い至った。
「……桐条先輩。別にタルタロス探索も俺の負担にはなっていません。むしろ運動になって勉強のほうもはかどってるぐらいです。ですからそんな心配しなくても大丈夫ですよ」
「……そうか?」
夜中の影時間にタルタロス探索。
時計は感知しないその時間を体感している分だけ身体は疲れるけれども、そう心配する必要は無い。むしろタルタロスヘ行かない日の影時間内に勉強すれば、その分だけ一般人より勉強は出来ている。
といってもアマネは『前』のこともあって、もう勉強する必要は無いのだが。
「なんなら期末は一位でも取ってみせましょうか? そういう心配は俺の順位が下がったらでも遅くありませんよ」
「なかなか言うな。では君が一位をとったら、十位以内に入るのとは別の何か褒美をやろう」
さすが大企業の娘。言うことが大盤振る舞いだ。今から欲しいものを考えておかなければならない。
「じゃあ、せっかくですのでこれから勉強します。桐条先輩こそ試験、頑張ってください」
「ああ。楽しみにしているよ」
***
先日の大型シャドウ退治の報告を美鶴が幾月にしているのを聞きながら、アマネはあの三人組についても報告したほうが良いだろうかと考えた。
あの三人組は見た目からして変だったが、それでも影時間を自由に動ける適正は持っている。彼等の話では前々からアマネ達を観察しているらしかったが、かといってアマネ達に接触してくる様子も無い。
こちらの存在が分かっているのに何もしてこない、というのが少し引っ掛かる。
何の為にこちらを観察しているのか。シャドウの存在を知っているのか。ペルソナの存在は知っているのか。
そもそも彼等は何者なのか。
今言うのは得策ではない気だけはして、結局言わない事にした。彼等が何かしらの行動を起こしてくればそれからだし、起こしてこなければそれまでだ。
「だけど、悪い話ばっかりじゃない。実は、今日みんなに集まってもらったのは……」
いつの間にか報告は終わっていて、話の内容が変わるのかと気付いて顔を上げて幾月を見た。
「待ってください。この際なんで、桐条先輩に訊きたい事があります」
だが実際に話題を変えたのは岳羽だ。
「私に……?」
不思議がる美鶴。もしかしてと思いつつ岳羽を見れば、岳羽を挟んで反対側にいた有里と目が合う。
「わたしだけじゃないと思いますけど、ここに来てからビックリの連続で……。わたし、少し流されてきた気がするし、だからこの際はっきりさせたいんです」
岳羽はまっすぐに美鶴を見た。
「ズバリ訊きますけど……、先輩、わたしたちにまだ何か大事なこと言ってないんじゃないですか? 例えば『影時間』や『タルタロス』の事、分かんないみたいに言ってましたけど、あれって十年前の事故と関係あるんじゃないですか?」
ここ暫く、彼女が山岸と相談して考えていたのはこの事か。
「十年前のジコ……?」
首を傾げる伊織同様、アマネも何の事か分からない。十年前といえばアマネはまだ小学校に上がるかどうかの年頃だ。『前』のこともあってその頃は子供らしさを前面に押し出すのに尽力していて新聞はあまり読んでいなかった。小学校低学年は新聞を毎日読んだりはしない。
それもあってか、咄嗟にはどの事故の事か思い出せなかった。こういう時『×××』が使えないのは不便だ。
「学園の周りで爆発があって、たくさん人が死んだ話……。当時すごいニュースになった筈ですし、先輩は、知ってますよね?」
「……ああ」
岳羽の説明でアマネも少し思い出した。月光館学園が建つ前にあの場所で起こった爆発事故。離れた場所に住んでいたアマネの付近でも、近所の者がその事故の話を頻繁にしていたのを覚えている。
あの頃はあまり気にしなかったし言われるまで思い出さなかったが、あれはこの場所で起こった事故だったのか。
「幸い生徒は無事だったみたいですけど、でも、何かヘン。なぜかちょうど同じ頃、一度に何十人も不登校になってるんです。……コレ、偶然なんでしょうか」
「どういう意味だ」
「わたし、実は学園に残ってる昔の書類とか調べたんです。そしたら、不登校なんてのは記録だけ。ホントはみんな、急に倒れて入院したって……。似てると思いませんか? 風花をイジメてた子が、入院した時と」
押し黙る美鶴とは別に、岳羽もなかなか隅に置けない事をすると思った。山岸の情報集めで不良の溜り場へ行った時と同じく、自分の考えを正確にする為には恐れを抱かない質らしい。
「ちゃんと説明してください! 十年前の事故……。あの日本当は何があったんですか? 学園は桐条グループが建てたんだから、桐条先輩は知ってるはずでしょ! わたし、ホントの事が知りたいんです!」
否。
いくら親が関わっているとはいえ自分より一つ年上だけの者が全てを知っている筈も無い。まぁ美鶴のことだからおそらくは知っているのだろうが。
「……隠してる訳じゃない。必要の無い事は告げてないというだけだ。しかし……」
現に美鶴はそう肯定した。事故発生当時は幼くとも、今現在こういう活動をするに当たり彼女は彼女で当然調べたり情報を与えられたりしているのは目に見えている。
だが言わずにいた。言えずにいたのだとしても当然理由があると考えていいだろう。
集団で活動する場合情報の共有は必須だ。けれどもそれを今まで隠していたというからには、その情報はアマネ達の活動意欲を殺ぐ、もしくは言わずにいる必要があるものだったのだろう。
ただ、必要かどうかを判断するのは美鶴ではないし、岳羽でもない。
「仕方ないさ。君のせいじゃない」
今までずっと黙っていた幾月が言いよどむ美鶴へと声を掛ける。彼もまた知っている側の人間だ。
「……分かった。全て話そう」
何かを諦めたかのような美鶴の声色。
「シャドウには幾つもの不思議な能力がある。研究によれば、それは時間や空間にさえ干渉するものらしい」
つまりアマネの『鏡』である彼や、虹の巫女姫のようなものかと考えて少し嫌になる。
「私たちは敵と思ってるからあまり意識しないが、もしそれを利用できるとしたら……どうだ? 何か大きな力になるかも知れないと思わないか?」
「え……?」
「時間や空間に干渉。つまり影時間の俺等のように周りが動いてねぇ状況で移動することで移動時間を削減したり、空間に干渉することで本来なら手に入れられないモノを手に入れたり。ってことですか?」
「簡単に言えばそうだ。今から十四年前、そう考えて実践に移した人物が居たんだ。桐条グループ先代、桐条鴻悦……私の祖父だ。祖父はシャドウの力にいたく魅せられ、それを利用して、何か途方も無い物を作ろうとしていたようだ」
「途方も無いもの……?」
「実現の為に研究者を集い、シャドウを大量に集めさせた」
「シャドウを集めたぁ? うえっ……正気かよっ」
「しかし十年前、計画の最終段階で暴走事故が起き、実験は失敗。制御を失ったシャドウの力で、後には忌まわしい痕跡が残る事になってしまった」
「それって、まさか……」
山岸が息を呑んだ。
「そう。影時間と、タルタロスだ」
質問した側である岳羽は黙っている。
「記録では、集められていたシャドウは分かれて飛び散り『消失』したとある。満月の度にやって来るのは、この時のシャドウだ」
「『消失』……それでいつも、予想できない場所に」
「ちょっと、いいですか? 今の話がホントなら、なんで学校がタルタロスに? ……まさか、実験をやった場所って……⁉」
「……そうだ」
「じゃあ、ウチの生徒が何十人も入院したっていう、アレも」
「全て、君の考えている通りだ。傘下にあって人も集まり、最も『好きなように出来る』場所。……恐らくポートアイランドは最適だったんだ。実験の場所は紛れもなく、十年前の月光館学園だ」
つまり美鶴の祖父は、自分の目的が叶えばその他大勢の学生達などどうなっても良かったと考えていた。
ポートアイランドが離れ小島の様な環境である理由が、それでもなるべく被害を出さないようにという配慮だったのか。それとも一般に実験の事が知られない様にする為だったのかは、美鶴の祖父でないと分からないだろう。
前者であればその実験の為にこのポートアイランドを作ったということになる。
嫌な話だ。
初めから実験の為に作られた島。そこへ造られた学校。
「それ……どういう事ですか。それじゃ、この部の活動って……無関係のわたしたちを使って、その時の後始末ってこと? ……騙したんですか?」
憤りを露わにする岳羽に黙る美鶴。その憤りを向ける先は彼女ではないだろうに。
「真田先輩だって知ってたんでしょ? これじゃわたしたち、都合よく利用されてるだけじゃない!? それとも先輩は、戦う理由なんてどうでもいいって事なんですか?」
「そんな風に言った覚えは無い! 理由なら……あるさ」
「どう取ってくれてもいい。黙っていたのは確かに私の意思だ。……済まなかった。隠す気など無かった。だが筋道よりも、君らを確実に引き入れる事の方が私には大切に思えた。理不尽だろうと、戦えるのはペルソナ使いだけ……世界で私たちだけだからだ」
「今さら……!」
「それに私には、力を得るかどうか選ぶ余地など無かった。私は……」
「美鶴、もういい」
「岳羽君。……罪は『過去の大人たち』にある。そして彼らは、みんな自らの行いによって命を落とした。今はもう当事者はいないんだ。謂れの無い後始末なのはみんな同じなのさ」
今まで黙って聞いていた幾月が話し出す。当事者はいない、という言葉にアマネは少し引っ掛かりを覚えたが、今は黙っている事にした。
「事故から十年、シャドウ達がどうして今になって目覚めたかは本当に分からない。でも目覚めたって事は、見つけて倒せるって事でもある。これ、どういう事か分かるかい? あの十二体こそ、全ての始まりなんだ。……と言ったら分かるかな?」
「ヤツラを全部倒せば、『影時間』や『タルタロス』も消える……?」
「その通り! さっきは話の腰を折られちゃったけど、どうだい、朗報だろ?」
「本当なんですか⁉」
本当だとしたら、疑問は残る。
何故『消失』したとされるシャドウが現れるようになったのか。これは誰にも分かっていない。
その十二体を倒したところでそれは一時『消滅』するだけだということはないのか。
分からない事が多いのに、どうして大型シャドウを倒せば全てが消えると思えるのだろう。それはただの予想ではないのか。
「確証となる記録もある。ここからが本当の戦いの始まりだね」
そう言う幾月に、その確証証拠とやらを見せてもらいたかった。
「ホントの、戦い……」
「事情はどうあれ、人を守る為なのは変わらない。シャドウたちはだんだん力を付けてる。待っているだけじゃ勝てない」
「……はい」
「それに、タルタロス自体にも謎は多いからね。何故あんな巨大なものが現れたのか。僕らの知らない『答え』が、きっとある筈だ」
「答え……」
呟く岳羽はまだ何か思うところがあるのだろう。アマネとしては十年前の事故とやらに関わりが無い分、現状維持でいいとは思う。シャドウを倒せと言うなら倒す。それだけだ。
ただ、本当に少しずつ、何か違和感を覚えて仕方が無い。桐条の話しかり幾月の話しかり。まだ隠された情報があるのか誰も知らない矛盾があるのか。
誰かが嘘を吐いているのか。
「理事長」
「なんだい斑鳩君?」
「十年前の当事者は全員亡くなったそうですが、それは本当で、全員事故に巻き込まれてですか?」
「そうだよ」
おかしいだろうと思った。当事者が一切いなくなった事故で、どうしてそこまで詳細が残っている。
違う。
幾月はどうして情報を小出しにしてくるのだ。
シャドウの研究が行われていた十年前。大方のシャドウに関する調査も同時に行われた筈だ。事故でその情報の大半が失われ再調査、という話だとしても事故の遺品が何処かに残っているはずである。
当事者が全員亡くなった。亡くなるほどの事故でそういう調査結果も全て無くなってしまったというのならまだ分かる。再調査であれ、殆ど一からの調査だといえるから。
けれども、確証となる『記録』があると幾月は言った。調査結果ではなく記録があると。
後始末の為の、十年分の調査結果。何故か今になってあると言われた記録。
何かがおかしい。
***
翌日。寮生は皆昨日の出来事が後を引いているのか、出掛けたかと思えば帰ってきて部屋に閉じ籠ったり再び出掛けたり、誰かと顔を合わせるのを嫌がっているようだった。
ラウンジにいるのもアマネと山岸だけで、有里も少し遅く起きてきたかと思うと出掛けてしまう。あの人の場合はマイペースなだけかも知れないが。
「どうぞ」
私物のノートパソコンへ向かって何かしている山岸へ自分のついでに飲み物を差し出すと、お礼を言って受け取られる。
「何してるんですか?」
「あ、うん。ちょっと調べ事。斑鳩君は?」
「休憩です。つっても勉強してねぇんですけど」
「余裕なんだね」
隣の椅子へ腰を降ろしても、会話は自然と無い。引き篭もらないだけで彼女も思うところがあるのだろう。だから話す事が限られてくるのだけれど、アマネ達の共通点は少ないのだ。
「……斑鳩君は、どう思ってる?」
ふいに話し掛けられてカップの中身を飲み干した。
「昨日の話ですか?」
「うん。……私はね、これからもここで皆の為に頑張ろうって思ってるの」
「俺は……流されてる訳じゃねぇですけど、正直、どうでもいいと思っています」
「どうでもいい?」
「十年前の事故もシャドウもタルタロスも、桐条先輩の祖父さんがしでかしたことも、その後始末を今までは騙されてるかのような状況でやってたって事も、桐条先輩が話してくれなかった事も、実のところ俺に関係無ぇでしょう? 人に言えねぇことは誰にだってあるし、無関係なことに巻き込まれることもある。俺も生まれた瞬間から無関係な筈のことに巻き込まれてる。けれどこの活動は人を助けるという目的があるだけ有意義でしょう」
生まれた瞬間から『×××』に巻き込まれている。今はもう、別にいいのだけれど。
「……生まれた瞬間から?」
「子供が生まれるのは子供の意思じゃなく生む側の意思ってことですよ。生まれた意味があると先輩は思いますか?」
「……よく分からない、かな」
階段の方から足音がして振り向けば、美鶴が申し訳無さそうに立っていた。
「……お腹が空いてしまってな」
人数が少ないので忘れていたが、時計を見れば確かに昼食の時間だ。何処か気まずげな美鶴に、アマネは何事も無かったのだと意識しながら立ち上がる。山岸はどう反応すればいいのか悩んでいたようだが、結局遅れて彼女も立ち上がった。
「二人ともオムライスでいいですか?」
「ああ。済まないな」
その一言には昼食を作ってもらう以外への謝罪も混ざっていたようだけれど、あえて気付かなかった振りをする。
後始末の責任者である彼女だけれど、同時に彼女も後始末を実の祖父に押し付けられた被害者だと、いったいどれだけの人数が分かっているのだろうか。
***
深夜影時間、また有里の部屋からファルロスの気配がする。前に会ったのは『友達になって』と言われた時だ。もう随分と経ったような気がする。
今日も有里と話をした後に来るのかと思い、召喚していたイブリスを戻した。暫くして部屋の中心に現れた少年が、アマネを見てニッコリと微笑む。
「こんばんは」
「おう」
「君はいつも僕が来る前から起きてるね」
「夜更かしなんだぁ。それに、お前が来ると分かってて寝れねぇだろぉ?」
「どうして?」
「友達が来るのに寝てたら悪ぃ」
掛け布団を捲って手招きすれば、ファルロスは素直に寄ってきてベッドへ腰を降ろした。人では無いのではと思わせる程に白い肌。クリクリとした青い瞳がアマネを映す。けれどもその瞳に生気は感じられない。
「彼にも言ったけれど、君にも言っておく。終わりの始まりは随分昔のことだよ」
「終わりの始まり」
「うん。少ししか思い出せてないけれど、始まりは十年前」
「……そっかぁ」
十年前に辰巳ポートアイランドで起きた事故。『消失』したシャドウ。その現場。
ファルロスが言っているのはその事故のことなのだろうが、それがどうして『終わり』に繋がるのかまでは分からない。思い出したとファルロスは言うが、タイミングのいい思い出し方だと少し思った。
「言わないほうが良かった?」
「いや、教えてくれてありがとうなぁ」
手を伸ばして頭を撫でてやれば、少しだけ表情を綻ばせて目を細める。手に伝わるぬくもりは、無い。
「君も友達だから教えてあげる。ペルソナはね、使う人の『鏡』なんだ。だからペルソナ使いは、自分自身の本当から逃げられない」
「……知ってる」
手を怪我したあの日、炎が使えない事に気付いてしまったあの日。
手のひら程度の小さな火なら灯せるけれど、その炎はしかし今のところアマネを落ち着かせる以外の利用法は無い。だからまだイブリスを喚び続けている。
「知ってたの?」
「色々あって、考えたら気付いたんだぁ。俺には昔、生きている『鏡』がいたけれど、鏡に映る自分も、自分だしなぁ」
今はいない、別々の人間でありながら『鏡に映る俺』だった白い彼。彼は今も何処かの平行世界で、アマネを探したりしているだろうか。
いや、わざわざ探す真似はしていないかもしれない。そこまでの情熱が彼にあるとは正直アマネには思えなかった。
「簡単に、もう一人の自分を受け入れられるんだね」
「ペルソナと違って、人だしなぁ。それに俺もあの頃はまだ、アイツに会えただけで浮かれてたぜぇ」
今でも会えたら確かに嬉しいと思うけれど、流石に今はもう、彼の声を聞いても無駄に大げさに喜ぶことは無いと思う。