ペルソナ3
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「はてさて、将来の夢というのは不可思議なものですな」
「今まで正直流されてばかりだった気はしてる」
久しぶりに来たベルベットルームで、イゴールはアマネの言葉へ声を出さずに笑う。何もかもを知っているような態度だが、そう思わせているだけで本当に知っているのかは分からない。
テーブルの上の紅茶が湯気を立てている。ここでは『ニュクス』だの『終末思想』だのといった話は来客であるアマネが話題に出さない限り出てこない。
だからという訳ではないが、椅子に浅く座って背もたれへだらしなく寄りかかりながら、アマネはイゴールを見ないように天井を見上げた。
窓の向こうは相変わらず何処かへ昇り続けている。
「……俺はまだ驕ってんの?」
「さて、どうでしょうな」
二学期の期末試験の時、無理やりベルベットルームへアマネを案内したイゴールが言った言葉。
『過信や驕りによる悔いは、誰に対しても起こりうる』
それが今でも引っかかっている。
アマネは残りの日数がもう片手で数えられるほどになっても、まだニュクスを倒す方法も望月を助ける方法も見つけられていない。それどころか手がかりすらなく、何から手をつけて探せばいいのかですら分かっていなかった。
焦りが表面へ表れないのは、それでも『今までは』どうにか出来ていたからだ。
二度目の人生でトゥリニセッテを見守り続けたのはバミューダだった。三度目の人生は何も出来ないとかそれ以前の問題だったので、最期に時間稼ぎの足止めをして。
四度目はアマネが解放出来た。だから今回だってどうにか出来ると思う。
『×××』が無くたって、死ぬ気の炎が使えずとも、アマネは普通ではない。
もし普通であったなら望月はきっとアマネに話しかけてもくれなかっただろう。それどころかペルソナ能力だって発現していたかどうか。
だからアマネは自分が普通ではないと知っている。それだけはきっと、過信でも驕りでも無いはずだ。
イゴールは相変わらず眼を伏せている。冷めた紅茶を一息に飲み干して立ち上がった。
「きっとニュクスを倒す前にここへ来るのは最後だと思う」
「左様でございますか」
「もし無事にニュクスを倒してここへ来れたら、また向かい合って紅茶を貰ってもぉ?」
テーブルを挟んで向かい側、いつもの定位置へ座っているイゴールが顔を上げる。珍しく上げられた顔へは何故か表情が無かった。
「イゴール?」
「……いえ、いつでもお待ちしております」
そう言って再び手を組んで眼を伏せて、いつもの姿勢へと戻ってしまったイゴールに、アマネは肩を竦めて部屋を出る為の扉へと向かう。
だからその時イゴールが何と呟いたのかも、そもそも呟いたことさえアマネは知らなかった。
ニュクスとの戦いに備えて、タルタロスで戦闘経験を増す為に探索しつつのシャドウ退治をする。影時間にこうして戦う事も、あと数日だと思うとアマネが何とも言えない気分になってしまうのは、今までの人生がそう簡単なものではなかったからだろう。
戦いっぱなしの人生だったので、今のようにたった一年で戦う必要がなくなると言うのも奇妙な感覚だった。
そんなことを思っている事に気付いたからではないだろうが、探索の合間の休憩中にアイギスが話しかけてくる。エントランスの階段へ座っていたアマネの隣へ腰を降ろす彼女は、今は制服どころか服も着ていない。
汚れるだとか動き難いといった理由のようだが、そういう思考こそ自身がロボットなのだと明言しているようで、アマネはあまり好きではなかった。
「どうしました?」
「ちょっと聞きたい事がありまして」
有里は他の仲間を連れて探索へ行っている。残っているのは真田とコロマル、それに天田だ。
「前に幾月さんに操られていた時のことですが、アマネさんと戦いましたよね」
「随分と前の話ですが、そうですねぇ。それが?」
「あの時アマネさん、ナイフで弾を弾いていませんでしたか?」
アイギスが言いたいのは幾月が死んだあの日、一人遅れてタルタロスへ向かったアマネがアイギスの放った銃弾の弾道をナイフで逸らしたことだろう。今になって聞くには結構どうでもいいことに思えた。
確かに飛んでくる銃弾を弾くというのは案外難しいことだ。避けるだけなら比較的簡単だが、弾くとなると当たり所が悪ければ持っている武器のほうへ皹が入ったり、最悪折れたりする。
けれどそれは『普通であれば』だ。
ナイフベルトからナイフを取り出して持つ。有里が何処からか入手してきたもので、別に買った訳ではないらしい。その刃の部分を指でなぞる。
「どうしてそれを聞こうと?」
「幾月さんがアマネさんへ『少年兵か』と尋ねていたのを思い出したからです。そういう戦闘経験があるのなら、シャドウとの戦いでもナイフ以外の武器を使って手数を増やすべきかと思いました」
「なるほど……。俺はそんなに少年兵とかに見えるんですかねぇ?」
「戦いに慣れている感じはします。おそらく、私よりも」
アイギスはじっとアマネを見ていた。その視線を受けながら隠せなくなってきている事を自覚する。データを分析していたならアイギスだけではなく桐条財閥だって疑っているかも知れない。
有里だけには話した『昔の話』
経験してきた死線。
「……確かに、戦いには慣れてるといってもいいでしょう。でも、それだけですよ」
ナイフを弄りながらアイギスへ答える。
「ニュクスを倒したら戦う必要なんて無くなるんだし、そうなったら俺の戦闘経験や貴方のその指先はきっとどうでもいいことになるんです。だから、聞かねぇで貰えますか?」
ニュクスを倒したら、きっとアマネがこの人生で武器を持って戦う必要は無くなるだろう。持っている武器を処分する事は出来ないだろうが、ただの置物も同然になるに違いない。
それを少し寂しいと思ってしまうのは、きっと良くない証拠だ。
「今まで正直流されてばかりだった気はしてる」
久しぶりに来たベルベットルームで、イゴールはアマネの言葉へ声を出さずに笑う。何もかもを知っているような態度だが、そう思わせているだけで本当に知っているのかは分からない。
テーブルの上の紅茶が湯気を立てている。ここでは『ニュクス』だの『終末思想』だのといった話は来客であるアマネが話題に出さない限り出てこない。
だからという訳ではないが、椅子に浅く座って背もたれへだらしなく寄りかかりながら、アマネはイゴールを見ないように天井を見上げた。
窓の向こうは相変わらず何処かへ昇り続けている。
「……俺はまだ驕ってんの?」
「さて、どうでしょうな」
二学期の期末試験の時、無理やりベルベットルームへアマネを案内したイゴールが言った言葉。
『過信や驕りによる悔いは、誰に対しても起こりうる』
それが今でも引っかかっている。
アマネは残りの日数がもう片手で数えられるほどになっても、まだニュクスを倒す方法も望月を助ける方法も見つけられていない。それどころか手がかりすらなく、何から手をつけて探せばいいのかですら分かっていなかった。
焦りが表面へ表れないのは、それでも『今までは』どうにか出来ていたからだ。
二度目の人生でトゥリニセッテを見守り続けたのはバミューダだった。三度目の人生は何も出来ないとかそれ以前の問題だったので、最期に時間稼ぎの足止めをして。
四度目はアマネが解放出来た。だから今回だってどうにか出来ると思う。
『×××』が無くたって、死ぬ気の炎が使えずとも、アマネは普通ではない。
もし普通であったなら望月はきっとアマネに話しかけてもくれなかっただろう。それどころかペルソナ能力だって発現していたかどうか。
だからアマネは自分が普通ではないと知っている。それだけはきっと、過信でも驕りでも無いはずだ。
イゴールは相変わらず眼を伏せている。冷めた紅茶を一息に飲み干して立ち上がった。
「きっとニュクスを倒す前にここへ来るのは最後だと思う」
「左様でございますか」
「もし無事にニュクスを倒してここへ来れたら、また向かい合って紅茶を貰ってもぉ?」
テーブルを挟んで向かい側、いつもの定位置へ座っているイゴールが顔を上げる。珍しく上げられた顔へは何故か表情が無かった。
「イゴール?」
「……いえ、いつでもお待ちしております」
そう言って再び手を組んで眼を伏せて、いつもの姿勢へと戻ってしまったイゴールに、アマネは肩を竦めて部屋を出る為の扉へと向かう。
だからその時イゴールが何と呟いたのかも、そもそも呟いたことさえアマネは知らなかった。
ニュクスとの戦いに備えて、タルタロスで戦闘経験を増す為に探索しつつのシャドウ退治をする。影時間にこうして戦う事も、あと数日だと思うとアマネが何とも言えない気分になってしまうのは、今までの人生がそう簡単なものではなかったからだろう。
戦いっぱなしの人生だったので、今のようにたった一年で戦う必要がなくなると言うのも奇妙な感覚だった。
そんなことを思っている事に気付いたからではないだろうが、探索の合間の休憩中にアイギスが話しかけてくる。エントランスの階段へ座っていたアマネの隣へ腰を降ろす彼女は、今は制服どころか服も着ていない。
汚れるだとか動き難いといった理由のようだが、そういう思考こそ自身がロボットなのだと明言しているようで、アマネはあまり好きではなかった。
「どうしました?」
「ちょっと聞きたい事がありまして」
有里は他の仲間を連れて探索へ行っている。残っているのは真田とコロマル、それに天田だ。
「前に幾月さんに操られていた時のことですが、アマネさんと戦いましたよね」
「随分と前の話ですが、そうですねぇ。それが?」
「あの時アマネさん、ナイフで弾を弾いていませんでしたか?」
アイギスが言いたいのは幾月が死んだあの日、一人遅れてタルタロスへ向かったアマネがアイギスの放った銃弾の弾道をナイフで逸らしたことだろう。今になって聞くには結構どうでもいいことに思えた。
確かに飛んでくる銃弾を弾くというのは案外難しいことだ。避けるだけなら比較的簡単だが、弾くとなると当たり所が悪ければ持っている武器のほうへ皹が入ったり、最悪折れたりする。
けれどそれは『普通であれば』だ。
ナイフベルトからナイフを取り出して持つ。有里が何処からか入手してきたもので、別に買った訳ではないらしい。その刃の部分を指でなぞる。
「どうしてそれを聞こうと?」
「幾月さんがアマネさんへ『少年兵か』と尋ねていたのを思い出したからです。そういう戦闘経験があるのなら、シャドウとの戦いでもナイフ以外の武器を使って手数を増やすべきかと思いました」
「なるほど……。俺はそんなに少年兵とかに見えるんですかねぇ?」
「戦いに慣れている感じはします。おそらく、私よりも」
アイギスはじっとアマネを見ていた。その視線を受けながら隠せなくなってきている事を自覚する。データを分析していたならアイギスだけではなく桐条財閥だって疑っているかも知れない。
有里だけには話した『昔の話』
経験してきた死線。
「……確かに、戦いには慣れてるといってもいいでしょう。でも、それだけですよ」
ナイフを弄りながらアイギスへ答える。
「ニュクスを倒したら戦う必要なんて無くなるんだし、そうなったら俺の戦闘経験や貴方のその指先はきっとどうでもいいことになるんです。だから、聞かねぇで貰えますか?」
ニュクスを倒したら、きっとアマネがこの人生で武器を持って戦う必要は無くなるだろう。持っている武器を処分する事は出来ないだろうが、ただの置物も同然になるに違いない。
それを少し寂しいと思ってしまうのは、きっと良くない証拠だ。