ペルソナ3
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早朝五時。五時が早朝であるかはさておき、夢も見ずに目を覚まして寒い部屋で着替える。
新年に初物をおろすといいらしいので、靴下と髪を結わえているゴムだけだが新しいものにしてみた。アマネの信仰心は低いので、験は担いだり面倒くさがったりする人間である。
日はまだ昇っていないらしい。ラウンジの暖房を点けてからキッチンへ向かい、御節と雑煮の仕度を始める。
新年早々、主夫だなと思わなくも無い。
「……そもそも俺、カトリック寄りの無宗教だもんなぁ。なんで日本風の正月の祝い方限定なんだろぉなぁ」
「ワンッ」
独り言に返事があって振り返れば、コロマルが尻尾を振ってアマネを見上げていた。流石というべきか、コロマルは正月でも朝はしっかりと起きる派のようである。
しゃがんで手招けば近寄ってくるコロマルを抱き締めた。まだ寒いキッチンでコロマルの体温は非常に暖かい。
「明けましておめでとぉ」
「わふっ」
「……それとも、あと三十日って言うべきかぁ?」
コロマルの相槌は返ってこなかった。代わりのように尻尾を一度上下させて床を叩いたコロマルに、アマネは立ち上がって作っている途中だった御節の中から、犬に食べさせても平気そうなものを摘まんでコロマルの口元へと差し出す。
「お味はぁ?」
「ワンッ」
ちょっと笑って、アマネは手を洗ってから御節の仕度を続けることにした。
あらかた御節や雑煮の仕度が終わった頃にはいつもの朝食の時間になっていたが、まだ皆起きてくる様子は無い。正月であるし昨夜のこともあって皆まだ眠っているのだろう。伊織などは大晦日だからと夜更かしをしていたかもしれない。
仕度をしている間放置していた携帯を持ってラウンジのソファへ座ると、コロマルも付いてきてアマネの膝の上へと乗りあがる。これは膝掛け代わりになってくれるという事なのだろうかと思いつつ、携帯に着ていたメールを確認した。
日付が変わった途端に年賀メールを送信したらしい佐藤からのメールと、少し前に母親と初日の出を観に行ったらしい伏見からのメール。ただ返すだけでは面白みが無いから御節の写真でも撮るかと考えていると、急に画面が変わり電話の着信を告げる。
まだ起きてきていない美鶴からだ。
「……明けましておめでとうございます?」
『……ああ、おめでとう。眠っていたか?』
「いえ、ラウンジに居ますが、何かありましたか?」
『……すまないが、ちょっと私の部屋まで着てくれないか』
美鶴の声には少しばかり困り果てたような色が混ざっていた。新年早々何かあったらしい。
通話を切ってコロマルに膝から降りてもらい、一緒に三階の女子部屋に向かう。途中で見た男子部屋は全部静かで、アマネ以外の男子は全員まだ起きる気配は無いようだった。
そうして向かった三階の美鶴の部屋で、アマネは新年早々呆れる羽目になる。
「男だと認識されてねぇ訳じゃねぇんでしょうけど、先輩達は俺をどう思ってるんですか」
「す、すまない……」
申し訳無さそうに顔を赤くする美鶴の着物の上前を片手で押さえながら、アマネは肩に掛けていた腰紐を手に持ち中心をとる。それから美鶴の背中へ手を回して紐を渡し結んだ。
朝から何の困り事かと思えば、単に『着物が着れない』という相談だった。
新年だし初詣へ行くのに着物を着ていこうと計画し着物を用意していたのはいいが、当日になって一人では着付け出来ないことに気付いたらしい。大企業のご令嬢なので着物を着る機会自体は何度かあったが、いつも使用人が手伝ってくれていたようである。
着られないが諦めたくは無い。その結果アマネが呼ばれたらしい。
「俺が着付け出来なかったらどうするつもりだったんですか……いや、普通の男子高校生はそもそも出来ねぇんですけど」
「そしたら今度こそ諦めていたよ。しかし、本当に君は何でも出来るんだな」
「……覚えさせられたんですよ」
思い出すのは、『昔』幼馴染だった天然兄妹である。兄はボクシング一筋で妹は学校のマドンナだったが、よく考えればそれは真田と美鶴にも置き換えられる気がしてきた。
今にして思えば、あの妹は幼馴染といえ年上の異性に良く着付けを頼んできたものだ。
流石に身頃へ手を入れるのは憚られて、美鶴自身にお端折りを調えさせてから、伊達締めで留める。ここまでやれば後は帯だけだ。
「帯はどうしますか? 自分でやられます?」
「頼んだら出来るのか?」
「……簡単な奴ならぁ」
桐条に示された帯を手に取る。帯を巻いてどんな締め方にするかと考えていると、部屋のドアがノックされて他の女性陣が顔を覗かせた。
「明けましておめでとうございます! 美鶴先輩、着物は……斑鳩君⁉」
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうゆかり。皆の分はそっちにあるぞ」
驚く岳羽達と違い、流石というべきかもう気にする事を止めたらしい美鶴は動じずに、用意したらしい岳羽達の分の着物を指差す。締める為に引っ張ったせいでその身体が僅かに揺れたが、それすら美鶴は気にしていなさそうだった。
「な、なんで斑鳩くんが?」
「俺もそう思いますよ」
普通は岳羽や山岸が正しい。アマネはつくづくそう思う。
邪魔にならないよう上げてもらっていた袂を下ろして、美鶴の着付けは完成だ。他の三人も来たことだし、手があるなら大丈夫だろうとアマネが出て行こうとすれば、ガシリと腕を掴まれた。
「何処へ行くんだ? あと三人分あるぞ」
「……年下とはいえ襦袢姿を俺に見られるのは平気なんですか。再三言いますが、俺は先輩達にどう思われてんですか」
「大事な後輩だな」
助けを求めて岳羽達を見れば、アイギスを含めて三人とも美鶴が用意した着物に目を輝かせている。
いいのか、女性陣。
ここまで来ればもう毒を食らわば皿までと、着付けを終えて初詣に行くのだという女性陣にアマネも付いていく事にした。途中で着物が着崩れた時の為と、女性陣の護衛役として。
本来ならそこまで過保護になる必要は無いだろうが、新年で神社などの人混みが多くなる場所には、その機に乗じて犯罪に手を出す者だっているし、そうでなくとも慣れない着物姿なのだから使い走りの一人は居た方がいい。
御節と雑煮は、男性陣が起きていないこともあって『帰ってきてから』という事になった。
自室に上着と財布を取りに行ってラウンジへ降りれば、起きてきたのか天田がテレビを点けている。
「明けましておめでとう、天田」
「あ、おめでとうございます。アマネさんは初詣ですか?」
「桐条先輩達が着物で行くってから、その護衛だぁ」
「護衛って、お嬢様扱いですね」
うまい事を言ったつもりなのだろうか彼は。アマネの想像するご令嬢や姫というのは洋装なので、着物姿のお嬢様というのはいまいちしっくりこなかった。
そうしているうちに着物以外の仕度を終えた美鶴達が階段を降りてくる。
「明けましておめでとうございます。綺麗ですね皆さん」
「あらー、相変わらずおませさんなんだから。でもありがと」
「私たち、これから長鳴神社に初詣に行ってくるね。御節とかは帰ってきてからにしようって決めたんだけど……」
「腹が減ったら小皿の方なら食っていいぜぇ」
「食べませんよっ」
そうだらだらしていても帰るのが遅くなるからと、天田に見送られて美鶴達と一緒に寮を出た。雪が降っているなんてことが無くて良かったと思う。
雪だったらもっと寒かっただろうから、美鶴達だって初詣に行こうなどとは言い出さなかったかもしれない。しかしそうなれば着物を着ることもなかっただろうから、アマネ的にはその方が男子高校生としてのプライドが守られていたのだろうか。
慣れない下駄にいつもより小股で歩く美鶴達の後を歩きながら、アマネは思わず考えてしまう。
コロマルの散歩コースにもなっている長鳴神社の階段を上がった先では、参拝客を相手に露天が並んでいた。その熱気で神社の敷地内は結構暖かいかもしれない。
行列の先頭に到り、アイギスと並んで賽銭箱へお賽銭を投げる。両手を合わせて願いたい事で悩んだ。
望月の事や『ニュクス』のことは神頼みにはしない。勉強も学校での評価も自分の努力次第だと分かっている。
『会いたい人達』には会えない。『腕輪』が欲しいが手に入るはずも無く。『ナイフ』も然り。
後ろの参拝客に急かされて結局去年一年を振り返り、無『傷』息災を願う。が、その後すぐに人混みで足を踏まれた。
「ああ、来て良かった……イイよな、お正月ってさぁ!」
陶酔状態でそう語る伊織に着物姿の女性陣は照れている。全員が起きてから揃ってやってきた男性陣の目的は、半分以上初詣ではなく女性陣の着物姿のようだった。
その着物姿、着る前の姿から見ていました、とは流石に言わなかったが、アマネは何となく伊織に同調して褒める気にもなれず近くの出店を眺める。あの帯の下に一体何枚タオルを巻いたか。
まだ何も食べていないので空腹ではあるが、今買い食いしたら御節が入る気がしない。自分で作ったものだし別に食べられずとも構わないが、せっかくなら全員が揃っている時には一緒に食べるべきだろう。
露天の向こうで佐藤に似た姿が見えたなと思っていると、不意に服を引っ張られた。振り返れば有里がアマネの服を掴んでいる。
「どうしましたか?」
「アマネは、着ないの? 着物」
「……持ってねぇんで着れねぇですねぇ」
またそんな突拍子の無いことを、と呆れていれば、天田に妙なことを教えた罪で伊織に制裁を加えていた岳羽が振り向いた。
「あったら着れるの?」
「人の着付けが出来て、自分のが出来ねぇ道理も無ぇですからねぇ」
「……ん? 人の着付け?」
「ああ、斑鳩にやってもらったんだ。用意したはいいがやはり浴衣とは具合が違ってな」
「……そう、か」
美鶴の説明を聞いた真田と伊織の視線が痛い。残念だが下着姿は流石に見ていないのだが、着物姿で盛り上がれる彼等にとっては、襦袢姿でも充分妬む対象なのだろう。とはいえ浴衣だって元は下着だ。
「しかし残念だったな。女物しか用意してなかったよ」
「着れる?」
「み、湊君。流石に女物は……」
山岸の制止を無視して、有里はアマネを期待の篭もった眼で見つめてくる。
なんだこの新年早々の不運はと思った。年度でいったらまだ今年は終わっていないと言うことなのだろうか。そういえば人混みで足も踏まれていた。
「見てみたいですね。アマネさん」
「……アイギスさん、無理を言わねぇでください」
「無理なの?」
「……湊さん」
期待の篭もった視線が増える。どうしてそこまで着物に拘るのか。アマネが着物を着れば、それが男物でも女物でも構わないといえるその理屈が理解出来ない。
しかしこの視線をずっと向けられていて耐えられる自信も、アマネには無かった。
「……分かりました」
「着るの⁉」
「着るんですか⁉」
「着ませんっ! 代わりに何か一つ願いを聞きましょう。プリン作れとか何でもいいです!」
「着物着て」
即答である。
「……桐条先輩、男物の着物を一着お願いできますか」
「……泣くことはないだろう」
新年に初物をおろすといいらしいので、靴下と髪を結わえているゴムだけだが新しいものにしてみた。アマネの信仰心は低いので、験は担いだり面倒くさがったりする人間である。
日はまだ昇っていないらしい。ラウンジの暖房を点けてからキッチンへ向かい、御節と雑煮の仕度を始める。
新年早々、主夫だなと思わなくも無い。
「……そもそも俺、カトリック寄りの無宗教だもんなぁ。なんで日本風の正月の祝い方限定なんだろぉなぁ」
「ワンッ」
独り言に返事があって振り返れば、コロマルが尻尾を振ってアマネを見上げていた。流石というべきか、コロマルは正月でも朝はしっかりと起きる派のようである。
しゃがんで手招けば近寄ってくるコロマルを抱き締めた。まだ寒いキッチンでコロマルの体温は非常に暖かい。
「明けましておめでとぉ」
「わふっ」
「……それとも、あと三十日って言うべきかぁ?」
コロマルの相槌は返ってこなかった。代わりのように尻尾を一度上下させて床を叩いたコロマルに、アマネは立ち上がって作っている途中だった御節の中から、犬に食べさせても平気そうなものを摘まんでコロマルの口元へと差し出す。
「お味はぁ?」
「ワンッ」
ちょっと笑って、アマネは手を洗ってから御節の仕度を続けることにした。
あらかた御節や雑煮の仕度が終わった頃にはいつもの朝食の時間になっていたが、まだ皆起きてくる様子は無い。正月であるし昨夜のこともあって皆まだ眠っているのだろう。伊織などは大晦日だからと夜更かしをしていたかもしれない。
仕度をしている間放置していた携帯を持ってラウンジのソファへ座ると、コロマルも付いてきてアマネの膝の上へと乗りあがる。これは膝掛け代わりになってくれるという事なのだろうかと思いつつ、携帯に着ていたメールを確認した。
日付が変わった途端に年賀メールを送信したらしい佐藤からのメールと、少し前に母親と初日の出を観に行ったらしい伏見からのメール。ただ返すだけでは面白みが無いから御節の写真でも撮るかと考えていると、急に画面が変わり電話の着信を告げる。
まだ起きてきていない美鶴からだ。
「……明けましておめでとうございます?」
『……ああ、おめでとう。眠っていたか?』
「いえ、ラウンジに居ますが、何かありましたか?」
『……すまないが、ちょっと私の部屋まで着てくれないか』
美鶴の声には少しばかり困り果てたような色が混ざっていた。新年早々何かあったらしい。
通話を切ってコロマルに膝から降りてもらい、一緒に三階の女子部屋に向かう。途中で見た男子部屋は全部静かで、アマネ以外の男子は全員まだ起きる気配は無いようだった。
そうして向かった三階の美鶴の部屋で、アマネは新年早々呆れる羽目になる。
「男だと認識されてねぇ訳じゃねぇんでしょうけど、先輩達は俺をどう思ってるんですか」
「す、すまない……」
申し訳無さそうに顔を赤くする美鶴の着物の上前を片手で押さえながら、アマネは肩に掛けていた腰紐を手に持ち中心をとる。それから美鶴の背中へ手を回して紐を渡し結んだ。
朝から何の困り事かと思えば、単に『着物が着れない』という相談だった。
新年だし初詣へ行くのに着物を着ていこうと計画し着物を用意していたのはいいが、当日になって一人では着付け出来ないことに気付いたらしい。大企業のご令嬢なので着物を着る機会自体は何度かあったが、いつも使用人が手伝ってくれていたようである。
着られないが諦めたくは無い。その結果アマネが呼ばれたらしい。
「俺が着付け出来なかったらどうするつもりだったんですか……いや、普通の男子高校生はそもそも出来ねぇんですけど」
「そしたら今度こそ諦めていたよ。しかし、本当に君は何でも出来るんだな」
「……覚えさせられたんですよ」
思い出すのは、『昔』幼馴染だった天然兄妹である。兄はボクシング一筋で妹は学校のマドンナだったが、よく考えればそれは真田と美鶴にも置き換えられる気がしてきた。
今にして思えば、あの妹は幼馴染といえ年上の異性に良く着付けを頼んできたものだ。
流石に身頃へ手を入れるのは憚られて、美鶴自身にお端折りを調えさせてから、伊達締めで留める。ここまでやれば後は帯だけだ。
「帯はどうしますか? 自分でやられます?」
「頼んだら出来るのか?」
「……簡単な奴ならぁ」
桐条に示された帯を手に取る。帯を巻いてどんな締め方にするかと考えていると、部屋のドアがノックされて他の女性陣が顔を覗かせた。
「明けましておめでとうございます! 美鶴先輩、着物は……斑鳩君⁉」
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうゆかり。皆の分はそっちにあるぞ」
驚く岳羽達と違い、流石というべきかもう気にする事を止めたらしい美鶴は動じずに、用意したらしい岳羽達の分の着物を指差す。締める為に引っ張ったせいでその身体が僅かに揺れたが、それすら美鶴は気にしていなさそうだった。
「な、なんで斑鳩くんが?」
「俺もそう思いますよ」
普通は岳羽や山岸が正しい。アマネはつくづくそう思う。
邪魔にならないよう上げてもらっていた袂を下ろして、美鶴の着付けは完成だ。他の三人も来たことだし、手があるなら大丈夫だろうとアマネが出て行こうとすれば、ガシリと腕を掴まれた。
「何処へ行くんだ? あと三人分あるぞ」
「……年下とはいえ襦袢姿を俺に見られるのは平気なんですか。再三言いますが、俺は先輩達にどう思われてんですか」
「大事な後輩だな」
助けを求めて岳羽達を見れば、アイギスを含めて三人とも美鶴が用意した着物に目を輝かせている。
いいのか、女性陣。
ここまで来ればもう毒を食らわば皿までと、着付けを終えて初詣に行くのだという女性陣にアマネも付いていく事にした。途中で着物が着崩れた時の為と、女性陣の護衛役として。
本来ならそこまで過保護になる必要は無いだろうが、新年で神社などの人混みが多くなる場所には、その機に乗じて犯罪に手を出す者だっているし、そうでなくとも慣れない着物姿なのだから使い走りの一人は居た方がいい。
御節と雑煮は、男性陣が起きていないこともあって『帰ってきてから』という事になった。
自室に上着と財布を取りに行ってラウンジへ降りれば、起きてきたのか天田がテレビを点けている。
「明けましておめでとう、天田」
「あ、おめでとうございます。アマネさんは初詣ですか?」
「桐条先輩達が着物で行くってから、その護衛だぁ」
「護衛って、お嬢様扱いですね」
うまい事を言ったつもりなのだろうか彼は。アマネの想像するご令嬢や姫というのは洋装なので、着物姿のお嬢様というのはいまいちしっくりこなかった。
そうしているうちに着物以外の仕度を終えた美鶴達が階段を降りてくる。
「明けましておめでとうございます。綺麗ですね皆さん」
「あらー、相変わらずおませさんなんだから。でもありがと」
「私たち、これから長鳴神社に初詣に行ってくるね。御節とかは帰ってきてからにしようって決めたんだけど……」
「腹が減ったら小皿の方なら食っていいぜぇ」
「食べませんよっ」
そうだらだらしていても帰るのが遅くなるからと、天田に見送られて美鶴達と一緒に寮を出た。雪が降っているなんてことが無くて良かったと思う。
雪だったらもっと寒かっただろうから、美鶴達だって初詣に行こうなどとは言い出さなかったかもしれない。しかしそうなれば着物を着ることもなかっただろうから、アマネ的にはその方が男子高校生としてのプライドが守られていたのだろうか。
慣れない下駄にいつもより小股で歩く美鶴達の後を歩きながら、アマネは思わず考えてしまう。
コロマルの散歩コースにもなっている長鳴神社の階段を上がった先では、参拝客を相手に露天が並んでいた。その熱気で神社の敷地内は結構暖かいかもしれない。
行列の先頭に到り、アイギスと並んで賽銭箱へお賽銭を投げる。両手を合わせて願いたい事で悩んだ。
望月の事や『ニュクス』のことは神頼みにはしない。勉強も学校での評価も自分の努力次第だと分かっている。
『会いたい人達』には会えない。『腕輪』が欲しいが手に入るはずも無く。『ナイフ』も然り。
後ろの参拝客に急かされて結局去年一年を振り返り、無『傷』息災を願う。が、その後すぐに人混みで足を踏まれた。
「ああ、来て良かった……イイよな、お正月ってさぁ!」
陶酔状態でそう語る伊織に着物姿の女性陣は照れている。全員が起きてから揃ってやってきた男性陣の目的は、半分以上初詣ではなく女性陣の着物姿のようだった。
その着物姿、着る前の姿から見ていました、とは流石に言わなかったが、アマネは何となく伊織に同調して褒める気にもなれず近くの出店を眺める。あの帯の下に一体何枚タオルを巻いたか。
まだ何も食べていないので空腹ではあるが、今買い食いしたら御節が入る気がしない。自分で作ったものだし別に食べられずとも構わないが、せっかくなら全員が揃っている時には一緒に食べるべきだろう。
露天の向こうで佐藤に似た姿が見えたなと思っていると、不意に服を引っ張られた。振り返れば有里がアマネの服を掴んでいる。
「どうしましたか?」
「アマネは、着ないの? 着物」
「……持ってねぇんで着れねぇですねぇ」
またそんな突拍子の無いことを、と呆れていれば、天田に妙なことを教えた罪で伊織に制裁を加えていた岳羽が振り向いた。
「あったら着れるの?」
「人の着付けが出来て、自分のが出来ねぇ道理も無ぇですからねぇ」
「……ん? 人の着付け?」
「ああ、斑鳩にやってもらったんだ。用意したはいいがやはり浴衣とは具合が違ってな」
「……そう、か」
美鶴の説明を聞いた真田と伊織の視線が痛い。残念だが下着姿は流石に見ていないのだが、着物姿で盛り上がれる彼等にとっては、襦袢姿でも充分妬む対象なのだろう。とはいえ浴衣だって元は下着だ。
「しかし残念だったな。女物しか用意してなかったよ」
「着れる?」
「み、湊君。流石に女物は……」
山岸の制止を無視して、有里はアマネを期待の篭もった眼で見つめてくる。
なんだこの新年早々の不運はと思った。年度でいったらまだ今年は終わっていないと言うことなのだろうか。そういえば人混みで足も踏まれていた。
「見てみたいですね。アマネさん」
「……アイギスさん、無理を言わねぇでください」
「無理なの?」
「……湊さん」
期待の篭もった視線が増える。どうしてそこまで着物に拘るのか。アマネが着物を着れば、それが男物でも女物でも構わないといえるその理屈が理解出来ない。
しかしこの視線をずっと向けられていて耐えられる自信も、アマネには無かった。
「……分かりました」
「着るの⁉」
「着るんですか⁉」
「着ませんっ! 代わりに何か一つ願いを聞きましょう。プリン作れとか何でもいいです!」
「着物着て」
即答である。
「……桐条先輩、男物の着物を一着お願いできますか」
「……泣くことはないだろう」