ペルソナ3
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クリスマスがなんだと悲哀を込めて叫ぶ佐藤に、手作りカップケーキを渡したら『しょっぱい……』とへこまれた。男子高校生の手作りカップケーキをクリスマスに貰うなんて確かに寂しいイベントだ。
伏見にも渡したら自分にもくれとクラスメイト数名に懇願され、自分で食べようと思っていた分をあげたら争奪戦が起こっていた。飢えているのか色気が無いのか。
クリスマスだしと夕食は各自で済ませることになったので、アマネは寮に残っていた天田とコロマルと一緒にオードブルとケーキで済ませ、少し遅く許可された門限を確認してから寮を出た。ちなみにサンタクロースを信じているのかは分からないが、天田へのクリスマスプレゼントは帰ってきた真田に任せてある。
そんな事までしなくてもいいだろと言われたが、アマネは笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
イルミネーションや車のライトが輝かしいいつもより明るく感じる夜道を、片手に紙袋を提げて歩く。鼻先がすぐに冷たくなり、巻いてきたマフラーを引き上げた。
とりあえず門限ギリギリまで粘るつもりだ。出来れば影時間のほうが可能性はあるが、流石にそこまで遅くはなれない。
そう考えてアマネは最初に、既に門も閉められているだろう学校を目指した。辿り着いた学校はまだ門は閉められていなかったものの、もう生徒も教員の姿も無い。
次に向かったのはポロニアンモールで、モール全体に飾り付けられたイルミネーションが夜だというのに昼間のように周囲を明るく照らしている。それをわざわざ見に来ている客も多くいつもより騒がしい。
途中有里の姿を見たが、よくは見えなかったものの誰かと一緒のようだったので話し掛けるのはやめた。せっかくのクリスマス・イブなのだし邪魔をしても仕方が無い。
そうして最後に念の為と向かったムーンライトブリッジで、探していた姿を見つけることが出来てアマネは冗談のようにクリスマスの奇跡へ感謝してみる。
車の行きかう道路の端、歩行者専用通路からでは暗い海の向こうに浮かぶイルミネーションの明かり。それを欄干へ寄りかかって見つめている姿へ声を掛けた。
「メリークリスマスぅ」
「……クリスマスって、明日じゃないの?」
「今日はクリスマス・イブって言って、クリスマス当日よりもいつも盛り上がるんですよ。綾時さん」
黄色いマフラーを引き上げて、望月がアマネを振り返る。
「ショートケーキじゃねぇですけど、暖かい飲み物も無ぇですけど、神の子の生まれを祝いましょうかぁ」
「僕に会えなかったら、どうするつもりだったの?」
「持って帰って食いますよ。湊さんにあげてもいいし、別に捨てる以外にも方法はありますから」
紙袋から出したカップケーキには慰め程度のクリスマスらしい装飾がしてある。子供だましのようなそれを、望月は小さく歓声を上げて嬉しそうに見つめていた。
そんなに喜ぶのだったら、無駄になる可能性を考慮せずもっとちゃんとしたケーキを作ってやれば良かったと思う。どうせ余ったところで明日食べるとかすればいいだけだったのだ。
けれどもアマネは、正直きっとこうして望月に会えるなんて思ってはいなかったのだろう。食べさせようと、プレゼントしようと探すことを辞めるつもりは無かったが、もし見つからなかった時にケーキを提げて寮へ帰る自分を想像したら怖かったのである。
プラスチック製の使い捨てフォークを刺してケーキを口へ運んだ望月は、すこし咀嚼してから幸せそうに微笑んだ。
「すごく美味しい」
それが心から言っているようにしか思えないものだから、アマネも笑みを浮かべるしかない。
ファルロスとして会いに来ていた時も、望月になって寮へ遊びに来ていた時にも、こんな程度で喜ぶのならばもっと食べさせてやれば良かったと思う。
屋外の、車がたくさん行きかうせいで排ガスの匂いもして、夜風を遮るものもテーブルも椅子もないコンクリートの上で、座らなくても足元から冷気が全身を包み込んでくるような酷い場所だ。ケーキもつまらないものでイチゴも乗っていないし、七面鳥もオードブルも無く、シャンパンどころか飲み物も無い。
それでも、望月にとっては『初めて』のクリスマスだ。
こんな寂しいクリスマスがあるか、と望月に気付かれないようにアマネは握りこぶしへ力を込める。もしアマネが彼を探さなかったら、望月はそれこそ一人でずっと此処に立って遠くのイルミネーションを眺めていたのかもしれない。
一つ目のカップケーキを食べ終えた望月が、アマネを見てへにゃりと微笑んだ。
「そんな顔しないで」
「……もっと、ちゃんとしたケーキ持ってくれば良かったぁ」
「これも充分美味しいよ」
「でも、こんなの……」
「寂しくないよ。だってアマネ君がいるもの」
遠くから聞こえるクリスマスソング。
「こんなクリスマスになるなんて、僕は幸せだ」
「っ……」
二つ目のカップケーキを紙袋から出して、それも嬉しそうに食べ始める望月を見ていられなかった。それでも目を逸らそうとは思わなかったのは、半分以上意地だ。
寮へ帰るとラウンジには誰も居なかった。結局門限を過ぎてしまっていたからそれもそうだろうとは思う。後で美鶴に怒られるかもしれない。
自室へそのまま帰る気になれずラウンジのソファへ座り込む。灯りも消され暖房の切れたラウンジは、もう外から帰ってきたのであれば少し暖かく感じる程度で、寒くてマフラーも外せなかった。
「……なにが『メリークリスマス』だぁ」
行きより軽くなった紙袋。紐を放せないのは手がかじかんでいるからであって、決して離したくないからではない。
離したら望月と会った事実まで信じられなくなるなんて、そんな女々しい事を考えた訳ではなかったが、アマネにはその紙袋をどうしてもまだ手放す気にはなれなかった。
ソファの背凭れに身体を沈める。尻がずり落ちて随分とだらしない姿勢になってしまったが、アマネは気にせず目を閉じた。
吐いた息が薄暗い中で僅かに白い。
アマネの作ってきたカップケーキを食べ終えた望月は、大晦日の事は何も言わず、ただ静かにアマネへ寮に帰れと言うだけだった。
彼自身が思うことは、何一つ言わない。だからアマネには望月が何を考えていたのかも、本当は何を求めているのかも分かりはしなかった。
昔のように『×××』が使えれば、望月の望みも望月の願いも世界を救う方法だってわかるというのに、今のアマネは死ぬ気の炎さえまともに使えない凡人だ。
望月に会えたこと以外に、奇跡なんて起きやしなかった。
「誰かいるの?」
「……湊さん」
非常灯に照らされて、階段を降りてきたらしい有里が立っている。ポロニアンモールに居たが、アマネよりも先に帰ってきていたのだろう。
この人になら言ってもいいかと、アマネは座り直して有里へ声を掛けた。
「綾時さんと、クリスマス祝ってきました」
「……あいつに会えたんだ」
「ムーンライトブリッジに居ましたよ。祝ったっつっても、カップケーキしか食わなかったんですけどぉ」
「喜んでた?」
「『こんなクリスマスになるなんて、僕は幸せだ』って、橋の上だし寒いし二人しか居ねぇで、ケーキだって女子の調理実習かって感じだったのに……あんなんで幸せって、あの人どんだけ幸せに疎いんだって」
有里は何も言わない。前屈みになって顔を両手で覆っていたアマネへ近付いてきて、無言で頭を撫でてくる。外から帰ってきたアマネには温かい手のひら。
「風花が、綾時はどんなクリスマスだったんだろうって言ってたけど、アマネが一緒だったのなら心配する必要無かったかな」
「……貴方は、そう思うんですか」
「うん」
だとしたら、そうなのかも知れない。
「アマネの枕元にクリスマスプレゼント置いてあげる。だからもう寝よう?」
「……はい。……いや、プレゼントは別に枕元に置かなくていいです」
伏見にも渡したら自分にもくれとクラスメイト数名に懇願され、自分で食べようと思っていた分をあげたら争奪戦が起こっていた。飢えているのか色気が無いのか。
クリスマスだしと夕食は各自で済ませることになったので、アマネは寮に残っていた天田とコロマルと一緒にオードブルとケーキで済ませ、少し遅く許可された門限を確認してから寮を出た。ちなみにサンタクロースを信じているのかは分からないが、天田へのクリスマスプレゼントは帰ってきた真田に任せてある。
そんな事までしなくてもいいだろと言われたが、アマネは笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
イルミネーションや車のライトが輝かしいいつもより明るく感じる夜道を、片手に紙袋を提げて歩く。鼻先がすぐに冷たくなり、巻いてきたマフラーを引き上げた。
とりあえず門限ギリギリまで粘るつもりだ。出来れば影時間のほうが可能性はあるが、流石にそこまで遅くはなれない。
そう考えてアマネは最初に、既に門も閉められているだろう学校を目指した。辿り着いた学校はまだ門は閉められていなかったものの、もう生徒も教員の姿も無い。
次に向かったのはポロニアンモールで、モール全体に飾り付けられたイルミネーションが夜だというのに昼間のように周囲を明るく照らしている。それをわざわざ見に来ている客も多くいつもより騒がしい。
途中有里の姿を見たが、よくは見えなかったものの誰かと一緒のようだったので話し掛けるのはやめた。せっかくのクリスマス・イブなのだし邪魔をしても仕方が無い。
そうして最後に念の為と向かったムーンライトブリッジで、探していた姿を見つけることが出来てアマネは冗談のようにクリスマスの奇跡へ感謝してみる。
車の行きかう道路の端、歩行者専用通路からでは暗い海の向こうに浮かぶイルミネーションの明かり。それを欄干へ寄りかかって見つめている姿へ声を掛けた。
「メリークリスマスぅ」
「……クリスマスって、明日じゃないの?」
「今日はクリスマス・イブって言って、クリスマス当日よりもいつも盛り上がるんですよ。綾時さん」
黄色いマフラーを引き上げて、望月がアマネを振り返る。
「ショートケーキじゃねぇですけど、暖かい飲み物も無ぇですけど、神の子の生まれを祝いましょうかぁ」
「僕に会えなかったら、どうするつもりだったの?」
「持って帰って食いますよ。湊さんにあげてもいいし、別に捨てる以外にも方法はありますから」
紙袋から出したカップケーキには慰め程度のクリスマスらしい装飾がしてある。子供だましのようなそれを、望月は小さく歓声を上げて嬉しそうに見つめていた。
そんなに喜ぶのだったら、無駄になる可能性を考慮せずもっとちゃんとしたケーキを作ってやれば良かったと思う。どうせ余ったところで明日食べるとかすればいいだけだったのだ。
けれどもアマネは、正直きっとこうして望月に会えるなんて思ってはいなかったのだろう。食べさせようと、プレゼントしようと探すことを辞めるつもりは無かったが、もし見つからなかった時にケーキを提げて寮へ帰る自分を想像したら怖かったのである。
プラスチック製の使い捨てフォークを刺してケーキを口へ運んだ望月は、すこし咀嚼してから幸せそうに微笑んだ。
「すごく美味しい」
それが心から言っているようにしか思えないものだから、アマネも笑みを浮かべるしかない。
ファルロスとして会いに来ていた時も、望月になって寮へ遊びに来ていた時にも、こんな程度で喜ぶのならばもっと食べさせてやれば良かったと思う。
屋外の、車がたくさん行きかうせいで排ガスの匂いもして、夜風を遮るものもテーブルも椅子もないコンクリートの上で、座らなくても足元から冷気が全身を包み込んでくるような酷い場所だ。ケーキもつまらないものでイチゴも乗っていないし、七面鳥もオードブルも無く、シャンパンどころか飲み物も無い。
それでも、望月にとっては『初めて』のクリスマスだ。
こんな寂しいクリスマスがあるか、と望月に気付かれないようにアマネは握りこぶしへ力を込める。もしアマネが彼を探さなかったら、望月はそれこそ一人でずっと此処に立って遠くのイルミネーションを眺めていたのかもしれない。
一つ目のカップケーキを食べ終えた望月が、アマネを見てへにゃりと微笑んだ。
「そんな顔しないで」
「……もっと、ちゃんとしたケーキ持ってくれば良かったぁ」
「これも充分美味しいよ」
「でも、こんなの……」
「寂しくないよ。だってアマネ君がいるもの」
遠くから聞こえるクリスマスソング。
「こんなクリスマスになるなんて、僕は幸せだ」
「っ……」
二つ目のカップケーキを紙袋から出して、それも嬉しそうに食べ始める望月を見ていられなかった。それでも目を逸らそうとは思わなかったのは、半分以上意地だ。
寮へ帰るとラウンジには誰も居なかった。結局門限を過ぎてしまっていたからそれもそうだろうとは思う。後で美鶴に怒られるかもしれない。
自室へそのまま帰る気になれずラウンジのソファへ座り込む。灯りも消され暖房の切れたラウンジは、もう外から帰ってきたのであれば少し暖かく感じる程度で、寒くてマフラーも外せなかった。
「……なにが『メリークリスマス』だぁ」
行きより軽くなった紙袋。紐を放せないのは手がかじかんでいるからであって、決して離したくないからではない。
離したら望月と会った事実まで信じられなくなるなんて、そんな女々しい事を考えた訳ではなかったが、アマネにはその紙袋をどうしてもまだ手放す気にはなれなかった。
ソファの背凭れに身体を沈める。尻がずり落ちて随分とだらしない姿勢になってしまったが、アマネは気にせず目を閉じた。
吐いた息が薄暗い中で僅かに白い。
アマネの作ってきたカップケーキを食べ終えた望月は、大晦日の事は何も言わず、ただ静かにアマネへ寮に帰れと言うだけだった。
彼自身が思うことは、何一つ言わない。だからアマネには望月が何を考えていたのかも、本当は何を求めているのかも分かりはしなかった。
昔のように『×××』が使えれば、望月の望みも望月の願いも世界を救う方法だってわかるというのに、今のアマネは死ぬ気の炎さえまともに使えない凡人だ。
望月に会えたこと以外に、奇跡なんて起きやしなかった。
「誰かいるの?」
「……湊さん」
非常灯に照らされて、階段を降りてきたらしい有里が立っている。ポロニアンモールに居たが、アマネよりも先に帰ってきていたのだろう。
この人になら言ってもいいかと、アマネは座り直して有里へ声を掛けた。
「綾時さんと、クリスマス祝ってきました」
「……あいつに会えたんだ」
「ムーンライトブリッジに居ましたよ。祝ったっつっても、カップケーキしか食わなかったんですけどぉ」
「喜んでた?」
「『こんなクリスマスになるなんて、僕は幸せだ』って、橋の上だし寒いし二人しか居ねぇで、ケーキだって女子の調理実習かって感じだったのに……あんなんで幸せって、あの人どんだけ幸せに疎いんだって」
有里は何も言わない。前屈みになって顔を両手で覆っていたアマネへ近付いてきて、無言で頭を撫でてくる。外から帰ってきたアマネには温かい手のひら。
「風花が、綾時はどんなクリスマスだったんだろうって言ってたけど、アマネが一緒だったのなら心配する必要無かったかな」
「……貴方は、そう思うんですか」
「うん」
だとしたら、そうなのかも知れない。
「アマネの枕元にクリスマスプレゼント置いてあげる。だからもう寝よう?」
「……はい。……いや、プレゼントは別に枕元に置かなくていいです」