ペルソナ3
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
覇気の無い夕食を終えてアマネが部屋へ篭もっているとドアがノックされた。返事をすれば、有里とコロマルがドアの隙間から顔を覗かせる。
「入ってもいい?」
「どうぞぉ」
この部屋唯一の椅子にはアマネが座っていたから、有里は自然とベッドへと腰を降ろした。普段は足元の脇へ放置しているクッションを手持ち無沙汰に抱えて、その足元へコロマルが伏せる。
何も言い出さないから、アマネも何も言わずに有里が来る前からしていた制服の裾直しを続けた。キリが良いところまであと少しだったのだ。
直した裾を確認し、針を針山へ戻したところで椅子から立ち上がって有里の隣へと移動する。
「……アマネは、『絶対に死ぬ』って怖い?」
「怖ぇですよ。そればかりは何度経験したっていいもんじゃねぇですから」
「そうなんだ」
「『先輩』はどう思ってるんです?」
「……怖い、かな」
有里がクッションを持ち直した。
「でも漠然とし過ぎてて、ちょっとよく分からない。……アマネが『死んだ』ときのこと、聞いてもいい?」
「……誰にも看取られず一人で死んだ時。俺の身体は動かなくて、周りは人気の無い森で、俺に致命傷を与えた奴が去って行ってからは、星空が見えてましたね」
大往生をした時とか、誰かを庇って死んだ時の話よりはそれが相応しいと思う。同時に、目の前へ迫り来る死を感じていたのもその死に方だ。あの世界では、他に比べればだいぶマシな死に方ではあっただろうけれど。
そういえば、あの時の『死体』はあれからどうなったのだろうなんて、どうしようもないことを考える。
「それが満足のいった結果なら、怖くは無ぇんです。でもその時俺は満足なんてしちゃいなかったから」
「怖かった?」
「泣きましたよ。悔しかったし寂しくて」
『あの時』アマネは寂しくて泣いた。
「全部を忘れられるっていいことかも知れません。そういう悔しさとかも忘れられるんでしょうから」
もし有里が僅かな猶予を選んで、望月を殺した場合。
望月は泣くのだろうか。それとも笑うのだろうか。
「でも……俺は、記憶がなくなるとしても貴方が綾時さんを殺すのなんて見たくねぇし、そうやって俺の知る誰かが『犠牲』になるのは、クソ喰らえって思う。何があっても、何であっても、俺はもう綾時さんを見捨てられねぇ。あの人は俺の友達なんです」
「オレも、綾時と友達だよ」
当たり前の事だ、とばかりに言う有里に、思わず笑みが零れる。
「……できるのなら、俺が、綾時さんの役割か、せめて湊さんの役割も代われたら良かったぁ。そうしたら、俺は俺を殺します。誰にも告げるなんて事はしねぇ。皆何も知らねぇで最後まで笑っていればいい」
「そんなの嫌だ」
「何が嫌なんです」
「だってアマネがいない」
「でも世界は誰もこうやって悩まねぇまま終われる。それに俺達だって、綾時さんを殺せば彼の事を忘れます。……忘れられてしまえば、それは最初から『なかった』ものになるんです。綾時さんは、俺達の為にそうしろと言ってる」
「アイツはバカなんだ」
「どうして」
「自分のことは考えてない」
コロマルがくしゃみをする。
「そうですね。でも……ファルロスらしいじゃねぇですか」
有里がハッとした表情でアマネへと振り向いた。有里とアマネとだけ、友情を育んで消えてしまった幼い少年。
彼に『優しさ』を与えたのは自分達なのだと、望月だって言っていたではないか。
「俺は、『絶対的な死』について考えることはもう止めました。もう綾時さんとファルロスのことだけ心配してるんです。湊さんが決めるものへ口出しする気はありませんが、俺は、俺であれば綾時さんを殺して猶予を伸ばすなんて選択はしません。それが」
それが、今の何も出来ないアマネに出来る唯一の。
「綾時さんを一人にしねぇ方法なんです」
起き上がったコロマルが見上げてくるのに手を伸ばして頭を撫でる。有里はアマネを見たまま何も言わなかった。自分と同じで動揺しているだろうアマネの元へ来たつもりが、当のアマネは既に意思を固めていて驚いているのか。
抱き締めていたクッションで顔を隠して、有里がベッドに倒れこむ。
人のベッドで何をそんなに寛いでいるのかと言いたくなったが、その言葉は今までの有里への恩に免じて飲み込んだ。そうでなくとも、有里ならいいかという諦めもある。
「……アマネはさ」
「はい」
「もしオレが綾時の立場だったとしても、そう言う?」
「言いますよ。だって湊さん、『兄』を一人にする弟が何処に居ますか?」
クッションを僅かにずらしてアマネを見上げた有里の顔は、少し赤い。
「……普通逆じゃない?」
「貴方を一人になんてしたら、俺が寂しくて泣きます」
同じように、望月が一人でもアマネは悲しむだろう。
後ろ脚で立ってアマネの膝に前脚を乗せていたコロマルが、勢いを付けてアマネへと飛び掛ってくる。受け止める形で後ろへ倒れそうになるのを腹筋だけで堪えるつもりだったのだが、有里の居る側の服が引っ張られてバランスを崩し倒れた。
アマネの身体の上で満足そうに伏せるコロマルが、生暖かい舌でアマネの顔を舐めにくる。
「うわっ、ちょっ、コロマルっ! コロマル! 今は泣いてねぇだろぉ!」
「ふふっ」
「……コロマル、いけぇ!」
コロマルを乗せたまま寝返りを打って、有里へとコロマルの標的を変えさせた。途端にこっちもかと有里へと襲い掛かるコロマルに、有里が思わずと言った風に笑い声を上げる。
もうすぐ、望月がいなくなって一週間が経つ。
「入ってもいい?」
「どうぞぉ」
この部屋唯一の椅子にはアマネが座っていたから、有里は自然とベッドへと腰を降ろした。普段は足元の脇へ放置しているクッションを手持ち無沙汰に抱えて、その足元へコロマルが伏せる。
何も言い出さないから、アマネも何も言わずに有里が来る前からしていた制服の裾直しを続けた。キリが良いところまであと少しだったのだ。
直した裾を確認し、針を針山へ戻したところで椅子から立ち上がって有里の隣へと移動する。
「……アマネは、『絶対に死ぬ』って怖い?」
「怖ぇですよ。そればかりは何度経験したっていいもんじゃねぇですから」
「そうなんだ」
「『先輩』はどう思ってるんです?」
「……怖い、かな」
有里がクッションを持ち直した。
「でも漠然とし過ぎてて、ちょっとよく分からない。……アマネが『死んだ』ときのこと、聞いてもいい?」
「……誰にも看取られず一人で死んだ時。俺の身体は動かなくて、周りは人気の無い森で、俺に致命傷を与えた奴が去って行ってからは、星空が見えてましたね」
大往生をした時とか、誰かを庇って死んだ時の話よりはそれが相応しいと思う。同時に、目の前へ迫り来る死を感じていたのもその死に方だ。あの世界では、他に比べればだいぶマシな死に方ではあっただろうけれど。
そういえば、あの時の『死体』はあれからどうなったのだろうなんて、どうしようもないことを考える。
「それが満足のいった結果なら、怖くは無ぇんです。でもその時俺は満足なんてしちゃいなかったから」
「怖かった?」
「泣きましたよ。悔しかったし寂しくて」
『あの時』アマネは寂しくて泣いた。
「全部を忘れられるっていいことかも知れません。そういう悔しさとかも忘れられるんでしょうから」
もし有里が僅かな猶予を選んで、望月を殺した場合。
望月は泣くのだろうか。それとも笑うのだろうか。
「でも……俺は、記憶がなくなるとしても貴方が綾時さんを殺すのなんて見たくねぇし、そうやって俺の知る誰かが『犠牲』になるのは、クソ喰らえって思う。何があっても、何であっても、俺はもう綾時さんを見捨てられねぇ。あの人は俺の友達なんです」
「オレも、綾時と友達だよ」
当たり前の事だ、とばかりに言う有里に、思わず笑みが零れる。
「……できるのなら、俺が、綾時さんの役割か、せめて湊さんの役割も代われたら良かったぁ。そうしたら、俺は俺を殺します。誰にも告げるなんて事はしねぇ。皆何も知らねぇで最後まで笑っていればいい」
「そんなの嫌だ」
「何が嫌なんです」
「だってアマネがいない」
「でも世界は誰もこうやって悩まねぇまま終われる。それに俺達だって、綾時さんを殺せば彼の事を忘れます。……忘れられてしまえば、それは最初から『なかった』ものになるんです。綾時さんは、俺達の為にそうしろと言ってる」
「アイツはバカなんだ」
「どうして」
「自分のことは考えてない」
コロマルがくしゃみをする。
「そうですね。でも……ファルロスらしいじゃねぇですか」
有里がハッとした表情でアマネへと振り向いた。有里とアマネとだけ、友情を育んで消えてしまった幼い少年。
彼に『優しさ』を与えたのは自分達なのだと、望月だって言っていたではないか。
「俺は、『絶対的な死』について考えることはもう止めました。もう綾時さんとファルロスのことだけ心配してるんです。湊さんが決めるものへ口出しする気はありませんが、俺は、俺であれば綾時さんを殺して猶予を伸ばすなんて選択はしません。それが」
それが、今の何も出来ないアマネに出来る唯一の。
「綾時さんを一人にしねぇ方法なんです」
起き上がったコロマルが見上げてくるのに手を伸ばして頭を撫でる。有里はアマネを見たまま何も言わなかった。自分と同じで動揺しているだろうアマネの元へ来たつもりが、当のアマネは既に意思を固めていて驚いているのか。
抱き締めていたクッションで顔を隠して、有里がベッドに倒れこむ。
人のベッドで何をそんなに寛いでいるのかと言いたくなったが、その言葉は今までの有里への恩に免じて飲み込んだ。そうでなくとも、有里ならいいかという諦めもある。
「……アマネはさ」
「はい」
「もしオレが綾時の立場だったとしても、そう言う?」
「言いますよ。だって湊さん、『兄』を一人にする弟が何処に居ますか?」
クッションを僅かにずらしてアマネを見上げた有里の顔は、少し赤い。
「……普通逆じゃない?」
「貴方を一人になんてしたら、俺が寂しくて泣きます」
同じように、望月が一人でもアマネは悲しむだろう。
後ろ脚で立ってアマネの膝に前脚を乗せていたコロマルが、勢いを付けてアマネへと飛び掛ってくる。受け止める形で後ろへ倒れそうになるのを腹筋だけで堪えるつもりだったのだが、有里の居る側の服が引っ張られてバランスを崩し倒れた。
アマネの身体の上で満足そうに伏せるコロマルが、生暖かい舌でアマネの顔を舐めにくる。
「うわっ、ちょっ、コロマルっ! コロマル! 今は泣いてねぇだろぉ!」
「ふふっ」
「……コロマル、いけぇ!」
コロマルを乗せたまま寝返りを打って、有里へとコロマルの標的を変えさせた。途端にこっちもかと有里へと襲い掛かるコロマルに、有里が思わずと言った風に笑い声を上げる。
もうすぐ、望月がいなくなって一週間が経つ。